118 金の力は偉大です。
要塞都市の地下通路に、足音が二つ静かに響く。
一人は魔眼を携え、もう一人は灯りを手に……
(……無言が気まずい!)
アゲハさんと二人で地下通路の調査をしているのだが、悲しいぐらい話題が何もない。
そもそも二人きりで話したことないし……静寂が辛いよ。
何か、何か話題を……
「……こんな真っ暗な道も見えるなんて、瞳術って便利なんですねぇ」
実際のところ、先導しているアゲハさんは手ぶらで、後ろの僕は灯りを持っている。
非常に便利で羨ましいことだが……
「…………」
返事はとくに返ってこなかった。
ますます気まずくなったじゃん!
なんで返事してくれないの!
もう……話すのはあきらめようか。
感情を殺して、淡々と調査して帰ろう。
そう思った矢先、それまで沈黙していたアゲハさんが口を開いた。
「ふふふ……やっと二人きりになれましたね」
そう言って、アゲハさんはサッとこちらへ振り返った。
瞳術の影響なのか、その瞳は普段と違い紫色に変色している。
「……? 何を言って……」
嫌な予感と共に、僕は1歩後退った。
だがアゲハさんは1歩距離を詰める。
「ようやく、目的が果たせます……」
一瞬ニヤリと笑みを浮かべ、僕の視界からアゲハさんが消え去った。
(まずい……何が目的かはわからないけど、この速さは捉えられない)
ちょっと信用させておいてから裏切るなんて……さすが忍者、汚い。
低めの天井に、灯りではあまり先を照らせない暗い通路。
どこだ……どこからくる?
すると――――足元からアゲハさんの声が響き渡った。
「お願いしますぅぅぅッ、お金を貸してくださいぃぃぃッ!」
そこには、額を地べたに擦りつけ、小さく土下座した忍者がいた。
「はぁ、つまり鉱山都市で良さげな手甲を見つけて、ついツケ払いしてしまったと」
「はい……金貨10枚だったのですが、あと9枚足りなくて……」
けっこう高いな……てかついさっきまで無一文だったんかい。
……まぁ、メイさんが払ってる賃金を考えるとそうなるか。
「というか、よくツケ払いできましたね」
こちらが公女だと名乗った後なら、その信用で……というのものわかるが。
アゲハさんは途中からずっと外壁の上で待ちぼうけをくらってた。
つまり街について割と早いタイミングで購入したと考えられる。
「それは……祖母の遺品の宝玉を担保代わりに預けて……」
この忍者めっちゃクズやん……。
「何で払うアテもないのにそんなことを……」
「道中立ち寄る街で何とか稼げるかなーと思って」
そしたら無人だったからアテがはずれた、というわけか。
計画性がないというかなんというか、僕の中でどんどん評価が下がっていくよ。
「それで? なんでその話が僕と二人きりじゃないとダメなんです?」
なんなら多分、今はリズのほうが僕よりお金持ってると思う。
「だって公女なのに男って……つまりそれは何かワケありということ。金の匂いがするじゃないですか!」
アゲハさんの眼は輝いていた。
精霊の国で僕が男だと知ってもこれといって事情を聴いてこないと思ったら、そんなことを考えていたのか。
少なくともお金に関する嗅覚がまったくないことはわかった。
「金の匂いなんて全然しないです。なんならホントは公女でもないですから」
まぁ今はアゲハさん以外いないし、別に話しちゃってもいいよね。
事実が発覚するたびに驚かれても困るし。
「……は? 公女じゃ……ない? じゃあお金もないんですか?」
アゲハさんは愕然とした表情に変わった。
ひょっとして僕のことを金づるとしか思ってないな?
「いや、まぁお金はありますけど……」
大分減ってきたとはいえ、それでもまだまだ持っているほうだろう。
「なら問題ないです」
事実を知ってもお金のほうが大事らしい。
正直金貨9枚ぐらいなら余裕で貸せるのだけど……。
(まず返ってこないよなぁ……)
この人に金を渡すということは、あげるのと同義な気がする。
それならいっそのこと利用するのがいいかもしれない。
「はぁ、わかりました。でも貸すことはできません。その代わり、僕に雇われてみませんか?」
クズだしどこか抜けているところがあるけど、便利っちゃ便利な存在だ。
「雇う……? でも私にはもう主が……」
「第1優先はメイさんで構いませんよ。ただ、たまに僕の頼みも聞いてもらえたらそれでいいです」
そして畳みかけるように金貨を9枚渡し、僕はそっと耳元で囁いた。
「僕にとってこれは大した金額じゃありません。その意味……わかりますよね?」
「……!」
アゲハさんは膝を付いた。
「第2の主君として、エルリット様に誠心誠意仕えさせていただきます!」
エルリットは、金の力でクズの忍者を部下にした。
ホントはちょっと痛い金額だけど……。
「へー、じゃあこの黒い部分が呪いの魔法陣みたいなものなんですか」
アゲハさんの先導で地下通路の調査をしていると、床の端が黒くなっておりそれがずっと続いていた。
「呪印とも言いますね。これほど大規模なのは初めて見ましたが……。呪いには何かと贄が必要でして、これはおそらく人の血で描かれているかと」
「血……?」
しゃがんでよく目を凝らしてみると、たしかに真っ黒ではなく赤黒い。
なんて悪趣味なんだ……。
「しかしもうこれには呪いの力が残っていません。放っておいても害はないと思いますが……一部を消してしまえば確実です」
消す……か。
血って落ちにくいんだよね。
そう思い、レイバレットの出力を極力落として壁の一部分を削いだ。
「よし、あとは一応地下通路を一通り見て回りましょうか」
「――御意」
一応部下になったからなのか、アゲハさんが何かと丁寧な対応だった。
淡々と地下通路を進むが、時折物資が置いてあったと思われる小部屋があるぐらいで、これといって新しい発見はなかった。
なので少しだけ、アゲハさんに話題を振ってみることにした。
「……なんで男の僕が公女を名乗っているのか、とか聞かないんですね」
ここまで来たらもうアゲハさんも部外者とはいえないし、こっちの事情とか説明したほうがいいような気がする。
しかし、当の本人は少し嫌そうな顔をしていた。
「えっ……それって複雑な事情とかあったりするんですよね?」
「そりゃまぁ……それなりに」
僕も利用されてる側だけどね。
「じゃあ説明されても困ります。理解できる自信がありません」
目の前の忍者は困り顔でそう断言した。
良かった、丁寧になっても中身は変わっていない。
◇ ◇ ◇ ◇
地下通路の調査を終えた僕とアゲハさんの報告を聞き、アンジェリカさんは今後の方針を考え始めていた。
「そう、やっぱり呪術の類だったのね。それで、もう本格的に部隊を送っても大丈夫そう?」
「はい、とりあえず地下にはもう何もないです」
何もないはずの地下で謎の出費は発生したけど。
「……それなら、今日はもう日が落ちるから、明朝全部隊で要塞都市を占拠しましょう」
そう言って、アンジェリカさんは部隊長らしき兵に指示を出し始める。
「明日はあなたにも帝都側を警戒しててもらうわ。寝床はこちらで用意しているから今日は休んで頂戴」
どうやら明日も僕の仕事はあるらしい。
警戒だけなら楽そうだからいいけど……。
「まぁそれぐらいなら、それじゃあまた明日……」
そう言って僕はアンジェリカさんの天幕を出た。
なんか……当然のように利用されてるなぁ。
(まぁ乗り掛かった舟を今更降りる気もないけど)
はたしてこの第2公女役の終わりは一体いつになるのやら。
そう思い夕暮れの空を見上げると、突如アゲハさんの顔が視界いっぱいに広がった。
「エルリット様、お願いがあります」
「――ふぁッ!」
突然だったからビックリした……。
いや、一緒にはいたのだけど、急に視界が黒髪で包まれると心臓によろしくない。
「アゲハさん……なんですかお願いって」
「はい、明朝までには戻りますので、祖母の遺品を取り戻しに行きたいのですが……」
なんだそんなことか、さすがに遺品を放っておくほどのクズではなかったんだね。
「まぁそういうことなら、メイさんには僕から言っておきますんでいいですよ」
「――ありがとうございます!」
そう言ってアゲハさんは颯爽と姿を消した。
僕はもう一度、夕焼けに染まった空を見上げる。
「そっかぁ……朝までに帰れるのかぁ……」
優秀なのかポンコツなのか……扱いが難しいな。