114 勇者の剣。
「……余の腹話術、なかなかのものだろう?」
先ほどまでの神秘的な雰囲気は、精霊女王のドヤ顔によって全て掻き消えていった。
皆呆気に取られている……というかなんだか気まずい。
だって誰もリアクションしてあげないんだもの。
「腹話術……?」
リズはそもそも知りもしなかったようだ。
というかひょっとしてみんなそうなのか……?
「なんだ知らぬのか。よかろう、ならば説明しようではないか。本来腹話術とは口を動かさずに、唇を少しだけ開き声を出すもの。だが余の力を持ってすれば、空気の振動を調整し声と認識させることが可能なのだ」
精霊女王はすごく饒舌に説明してくれた。
そうか、自分の声じゃなくて空気の振動自体をいじっていたのか……。
なんかそれ、ただのズルなのでは?
というか、もう腹話術とは呼べないのでは?
「……おかしい、もっと驚くところだと思ったのだが……」
女王はこちらの反応にガッカリしていた。
そもそも何で腹話術なんてやろうと思ったんだ……。
「あの、精霊女王……で間違いないんですよね? 僕らをここへ案内したのは何か用件でもあるんでしょうか?」
「まぁそう急くでない、これだから人の子は……ん? 本当に人の子か?」
女王の問いに、メイさんがグイッと前へ出る。
「ウチはドワーフの子や」
なぜかメイさんは胸を張って答えた。
威張ることでもないし、そもそも子と呼べる年齢じゃないでしょうに。
「悠久の時を生きる余からしてみれば、人もドワーフも同じ人族の括りよ。じゃがそこの白い坊主……お主からはちょっとばかし奇妙な香りがする」
「えっ……?」
僕は自分の服の匂いを嗅いだ。
旅の道中とはいえそこそこ身綺麗にしているつもりだけど……。
だがリズは僕と違うことに驚いていた。
「……! エルを初見で男と見抜いただと!?」
それを聞いて、シルフィとメイさんも「――たしかに」と驚愕の表情へと変わる。
さらに木の上に潜んでいたアゲハさんは落下してこちらを凝視した。
「ば――バカなッ!」
そういえばアゲハさんは知らなかったね。
でもやめてくれみんな、そのリアクションは僕に効く。
「なんじゃお主ら、余の腹話術の時とはまるで反応が違うではないか」
精霊女王は不満気だった。
「さて気を取り直そう、お主らを招いたのは他でもない。本来人が訪れて良い場所ではないが、妖精や精霊たちが世話になったからな。束ねる長として、三度も助けられた以上礼を欠くわけにはいかんのだ」
そう言って女王がパチンと指を鳴らすと、無数の蔦が伸び始めテーブルとイスを形成した。
イスは人数分ある、座れということだろう。
「三度……?」
メイさんは首を傾げた。
知らないのも無理はない。
一つは先ほどの結界のことだと思うが、もう一つは……
「一つはユア湖の一件か」
多分、リズの言った内容で間違いないだろう。
お礼を言われるほどのことはしてないのだけどね。
女王がチラリと周囲を一瞥する。
そこにはこちらを覗き見る妖精たちの姿があった。
「ふむ、やはり妖精たちの報告にあった『赤い奴』と『白い奴』というのはお主らのことじゃったか」
すごい雑な報告……ただの色やん。
「あの、よろしいでしょうか?」
シルフィは控え目に手をあげる。
「なんじゃ金色の」
もしかして髪の色で人を判別しているのだろうか。
……雑なのはきっと女王の影響だな。
「それにはあの邪教の結界も含まれているのでしょうか? たしかに強力な結界だったとは思いますけど……」
要は、精霊女王なら簡単に破壊できたのでは? とシルフィは聞きたいらしい。
「平時であれば、あんなもの何の問題もなかったじゃろうな」
そう言って、女王は空を見上げた。
「お主らも見たであろう。この国の魔物……妙に少ないと思わぬか?」
それは常々思っていた。
この森で久しぶりに魔物を見たぐらいだ。
「帝国の魔物……その大半が暴走してこの森に攻めてきおってな。おそらく邪教の仕業じゃと思うが、この地を守るのに力を使いすぎてしもうた」
スッとテーブルにティーセットが現れる。
精霊女王のおもてなしということらしい。
僕らはティーカップにそっと口をつける。
……スッキリとした甘さだ、これは花の蜜かな?
「そして粘った結果、あのような結界で閉じ込められて……というわけじゃ」
森に残っていた魔物はその残党ということか、道理で種類だけは豊富だったわけだ。
「なるほど、納得しました。それであと一つは……?」
シルフィはそう言って女王から僕らのほうへ視線を移す。
いまのところ二つ、あと一つは……?
そう思い僕も皆と顔を見合わせる。
だが、誰も心当たりがないようだった。
「ん? 雪の精からそこの『白い奴』に救われたと聞いておるが?」
女王の言葉に、視線が僕に集まった。
はて、雪の精とはおそらく精霊のことなんだろうけど、身に覚えが……
「――あっ」
あったわ……。
あれはセリスさんに書簡を届けた帰りだったか。
あの時の女性が雪の精だったらしい……道理で氷のように冷たかったわけだ。
「いや、でもあれは助けたというかたまたま――――
と僕が言った辺りで、女王がそれを制止する。
「そのつもりがなかったとしても、事実に変わりない。であれば、謝礼を受け取ってくれねば余の立場としても困る」
そう言われてもね……とは思うが、女王がこう言っているのに断るのは失礼にあたるだろう。
「はぁ……そういうことなら」
「そうかそうか、謝礼を受け取ってくれるか。ではついて参れ」
そう言って女王は立ち上がる。
なんか……妙に張り切っているように見えるのは気のせいか?
精霊女王に案内されたのは、大樹から歩いて数分のところだった。
そこには見慣れない文字が書かれた石碑があり、その上には一本の剣が刺さっている。
「まぁ謝礼とは言ったがの、抜けるのであればこれを好きにしてくれて構わない」
それは謝礼と言っていいのか……?
それにその言い方だと、おそらく簡単に抜けないのではなかろうか。
まぁ……ダメ元ということで。
「……ふんッ!」
身体強化込みで思い切り抜こうとするも、剣はビクリともしない。
それは重いというより、石碑に張り付いて離れないような感覚だった。
もしやこれは……。
(所謂選ばれし者のみが抜けるという伝説的なアレなのでは……?)
それならば仕方ない。
僕は選ばれし人間じゃなかったのだ。
そう思った矢先、意外な人物によってあっさりと剣が抜き放たれる――――
「うぉぉぉ……けっこう重いやんけ」
金属の擦れる音と共に、メイさんはふらつきながら体格に合わない剣を持ち上げた。
「うそぉ……選ばれし者にしか抜けない剣じゃないの?」
「は? なんじゃ選ばれし者とは。これはただ異様に重くて頑丈なだけの剣じゃぞ」
僕の中の伝説は女王にあっさりと否定された。
「重くて頑丈なだけねぇ……せやけど、切れ味もなかなか悪くはなさそうやな」
メイさんはそう言って、剣身をまじまじと眺めた。
全体が白銀で統一された剣からは、どこか神々しささえ感じる。
「不思議な剣やけど、これといって魔力も感じへんな……ほれ、リズ」
「ん……いいのか?」
「剣使うのリズだけやし、ええんとちゃう?」
これには誰も異論は挟まない。
それを確認し、リズはメイさんから剣を受け取った。
僕が持てなかった重さのものが、女性たちの手から手へ簡単に渡っていく……。
「予備の剣が一本ぐらいはほしいと思っていたんだ。大事に使わせてもらおう」
リズがそう言うや否や、舞い落ちる落ち葉が二つに割れた。
……今、何かしました?
「ハッハッハ、勇者の剣が予備扱いか。邪教の者はそれが森の外に出るのを恐れていたようだが……まぁ好きに扱うが良い」
女王はどこか楽しそうだったが、その言葉に聞き捨てならないワードが混じっていた。
「……勇者の剣?」
皆考えてることは同じだった。
勇者なんてワード、この世界で初めて聞いたよ。
「ん? あぁ、もう1000年前のことかの……。これは過去に魔王と戦った勇者が使っていたものじゃ」
魔神じゃなくて魔王ときたか。
勇者の使っていた剣が予備扱いって……いいんですかね?
「……あれ? でも勇者と魔王の戦いなんて伝承にはないって……」
僕はシルフィのほうへ視線を向ける。
「少なくとも私の知る限りでは、魔王はともかく勇者なんて伝承には……」
それはシルフィだけに限らず、他の者も同様である。
答えを求め、自然と皆の視線が女王へと集まった。
女王はそっと目を閉じ、どこか悲しそうに言葉を紡いだ――――
「勇者はたしかに存在していた……。名はダスラ――――後に魔神として、歴史にその名を刻んでおる」