112 冒険を愛する孤高の戦士。
「この街に入ったときからずっと感じていた視線は貴様だな。何者だ」
リズは男に剣を向ける、それほど警戒するべきと判断したのだ。
見た感じは、年季の入った外套を身につけただけの小汚いおっさんのようだが……。
「まるで気配を感じなかった……」
シルフィの槍を握る手に力が入る。
そして忍びのアゲハさんも、同様に男の気配に気づいていなかった。
「私もです……まさか同業者!? くッ――」
そう言ってアゲハさんは姿を消した。
忍びには見えないけど……いや、人は見かけによらないからな。
まさかこのメンバーがここまで接近を許すとは、一体何者……。
「いてて……まったく容赦ないぜ。気配は完璧に消せてたはずなんだがなぁ」
こちらの警戒に対し男の反応は軽く、どこか余裕というものを感じさせていた。
「気配は感じなかったさ、だがどうにも誰かに見られている気がしてな」
「マジかぁ、直視しないようにしてたんだが、俺も歳かねぇ」
そう言って男はその場で胡坐をかき、楽な姿勢をとった。
観念しているのかこちらを舐めてるのか……。
僕の印象としては、なんとなくだが得体の知れない貫禄がある気がする。
そんな男が気配を消してこちらを見ていたのだ、最大限に警戒すべきだろう。
「……いいねぇ」
顎髭を弄りながら男はそう呟いた。
警戒されながらも、男は目の前の4人組を観察する。
(一人は俺の存在に気づいた途端姿を消したか……良い隠密だな)
どうにも優秀な若者を見ると笑みが零れる。
おかげで今なお警戒を解いてもらえないのだが……。
(砕けた態度をとっても警戒を解かない。殺気こそ向けてこないが……優秀だねぇ)
少なくとも、目の前の赤髪の剣士は強い。
真っ向から戦って勝てる相手ではないだろう。
雰囲気が自身の知り合い二人を足したような印象がある。
槍使いの少女も侮れない、下手に前に出ず周囲の警戒へと切り替えていた。
しかし白髪の……少女? はちょっと良くわからん。
一見隙だらけだが、こいつからも知り合いの魔力反応と似たものを感じる。
ある意味最も不気味な存在といえるか……。
そしてもう一人、褐色肌の小さい子は……
「――げぇッ!」
先ほどまでの余裕がありそうな表情から一転。
男は突然素っ頓狂な声を上げた。
「……?」
今一瞬メイさんを見て驚いていたような……?
「ゲエ? それがお前の名か……?」
リズは切っ先を男へ向ける。
真面目にやってるのかちょっと僕にも判断できない。
「えっ? あぁ、いや……俺は怪しい者ではないぞ? ほれ、冒険者カードだってある」
そう言って男は、懐からチラリと金色の冒険者カードを見せた。
チラッとだけだったので名前までは見えなかったが……まぁそれは個人情報だしね。
それにしても金か……たしかAランクからは金色になるんだったか。
「ふむ……怪しくないならなぜ気配を消していた」
とリズは問い詰めるが、正直こちらも十分怪しい御一行なんだよね。
「そりゃお前あれだよ。ちょっとそこを宿代わりに使わせてもらってな。んで、朝起きたら急に人の気配を感じたからついよ……」
そう言って男は、傍にある冒険者ギルドを顎で指し示した。
戦争前に国境を越え損ねた冒険者、と考えればそう不思議な話でもない。
「そういうお前さんらこそ、この街に何のようだ? 言っておくが、この街には武具はおろか食料すら残ってないぞ」
男がそう言うと、リズはチラリとこちらに目配せし、剣を納め冒険者カードを見せた。
まぁ冒険者相手ならこれが無難だろう。
「残念だが同業者のようだな。あの完璧な気配の消し方も、高ランク冒険者と考えれば納得だ」
「なんで残念なんだよ……」
男は立ち上がり、やれやれといった具合に頭をかいた。
立ち上がると全身年季の入った装備をしているのがよくわかる。
そして、ここまでの様子を黙って見ていたメイさんが口を開いた。
「んー……どっかで見たことあるような気ぃするんやけどなぁ」
その言葉に、男はやや後退った。
「い、いやいや、そんなわけない――――っともうこんな時間だ! 悪いが俺は、三度の飯より冒険をこよなく愛する孤高の戦士なんだ! キミたちも道草を楽しむことを忘れてはいけないよ。――――ではさらばだッ!」
そう言って男は、逃げるように北へと走り去っていった……。
「なんだったんでしょうね」
「さぁ……ただ敵意はなかったようだな」
僕の言葉に、リズは肩を竦めた。
どうにもメイさんを見た瞬間態度が変わったような気がするけど……。
そう思いメイさんのほうを見ると、未だ何かを思い出そうとしているところにシルフィが声をかけた。
「……どうしたんです?」
「いやぁ、なんやあのセリフもどっかで聞いたことあるような気ぃして……」
金の冒険者カードを持っていたし、それなりに有名な人だったのかな。
二つ名があるとすれば……不審者?
などと失礼なことを考えていると、リズが街の南側へ向き直った。
「無人の街だというのに、また人の気配か……しかしこれはけっこうな大人数だな」
「たしかに……こちらはとくに気配を隠してはいないようですね」
シルフィも同じように南側へ視線を移す。
すると、馬に乗った集団の姿が徐々にはっきりとしてきた。
「あれはひょっとして……」
見覚えのある騎士の姿に、ホッと安堵する。
あれは敵じゃない……公国の騎士だ。
「――エルリット公女殿下ッ! もうここまで南下しておられましたか」
せっかく安堵した蚤の心臓は、騎士の言葉によって心拍数が上がってしまった。
そうだよね……公国の騎士ってことは、僕の立場はそうなるよね。
ドレスどころか化粧すらしてないんだから、少しは疑問に思って欲しいよ。
「えっと、あなたは……」
生憎と公国の騎士に知り合いはいない。
すると、馬から降りた騎士は兜を脱ぎ膝を付いた。
「申し遅れました。この度鉱山都市ミスティア防衛を任されました、ジョンソンであります」
その言葉に続くように、後続の部下と思われる者も同様に膝を付いた。
人数的には100人といったところか。
都市の防衛と考えたらあまりにも少ない。
でもまぁ、僕の張った結界と、復活したアイギスさんがいるのを見越した上での采配だろう。
中には文官らしき人の姿もあるし、あちらが本命に違いない。
ところで、膝を付いてくれるのはいいんだけど……ここからどうしたらいいの?
パチモンの公女様なもんで、こういうときどんな顔したらいいかわからないの。
「……お、面を上げ楽になさってください」
「――ハッ!」
掛け声と共に騎士達は立ち上がると、足を肩幅程度に開き手を後ろで組んだ。
……それ楽なんか?
もっと楽にしてくれていいんだけど……。
などと思いつつ、一先ず要塞都市への主力部隊の報告を受け、そしてこの街の現状と北部の詳細を伝えることにした……。
「なるほど、無人ですか……。しかし放置して魔物や盗賊の類が住み着いても厄介です。よろしければ、部隊から20名ほどこの街に残したいと思いますが……」
ジョンソンと名乗った騎士はこちらへチラリと視線を送る。
「えぇ、ではそのように」
この街に騎士を残すということは、占領することと同義だろう。
であれば、許可を出すのが僕の仕事だ……多分。
僕の言葉を聞き、ジョンソンは部隊を編成し始めた。
そしてジョンソンからの報告では、5日後には主力部隊が要塞都市カトラリマスへ到着するらしい。
つまりここからはのんびりと南下していっていいわけだ。
旅を楽しむというわけではないが、道中何かあるかな? と思い、僕は地図を広げた。
「…………何もないな」
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ……なんでこんなところにメイ姉がいるかねぇ」
逃げるように走り去った男は、遠目に小さく見えるタットの街を眺めていた。
そして目を瞑ると、懐かしい友人の顔が思い浮かんだ。
「……ガジット、お前の嫁さんは元気にしてたぜ」
そう言葉を残し、男は再び足を進め始めた。
「それにしてもメイ姉、俺の事すっかり忘れやがって……いや、俺が老けただけか」
そう言って男は顎髭を弄る。
見た目の変化があまりにも緩やかなドワーフと違い、ただの人は数十年という月日で大分印象が変わってしまう。
(葬儀にも顔を出さなかったからな……最後に会ったのは40年近く前か)
まぁ、おかげで絡まれずに済んだわけだが。
「さて、帝国の情勢はよくわからんが、今は北に行きたい気分だ」
男は基本的に目的地を定めない。
その時の気分で道を選び、立ち寄った街で路銀を稼ぐ。
放浪ともいえるが、男はそれを楽しんでいた。
その極地に辿り着いた彼を、人はこう呼んだ――――
Sランク冒険者の一角――――冒険王ロイド
見た目こそ50代程だが、御年70歳を迎える。