111 もぬけの殻。
「このメンツなら、もっと飛ばしても大丈夫なんちゃう?」
というメイさんの思い付きから、僕らの移動速度は飛躍的に上昇した。
リズとシルフィ、そしてアゲハさんは積雪の中を涼しい顔で駆け、僕は飛行魔法でそれを追う。
なお言い出しっぺのメイさんは僕が背負っている……解せぬ。
しかしその結果――――鉱山都市ミスティアを発ってから半日……たった半日で、周囲の雪化粧はすっぴんへと変化した。
「や、やっと空気がちょっと暖かくなってきた……」
速度は抑えめだったとはいえ、この時期に空を飛ぶのってホント寒いんだよ。
戦闘中はそれどころじゃないけどさ。
ということで雪原を抜け、次の街が遠目に小さく見えてきた辺りで陸地へと降下する。
「快適な空の旅やったでエル。また今度頼むわ」
そりゃメイさんは背中にしがみついてただけだからね。
おかげでこちらも背中だけは温かかったよ……背中だけは。
「すいませんリズ、シルフィ、それにアゲハさんも。さすがに疲れたでしょうし、今日はこの辺りで野営しましょうか」
僕とメイさん以外はみんな走っていたからね。
なんだか申し訳ないよ。
ただ走っている最中、リズとシルフィが何やら話しているのを何度か目にした。
何を話してたんだろうね……僕、気になります。
……あの晩のこととかじゃないよね?
「私はまだ平気だが……まぁ時間的にもちょうどいいか」
「そうですね、直に暗くなるでしょうし」
「ぜぇ…ぜぇ……速さなら……誰にも負けないのに……」
リズとシルフィはまだまだ平気そうだったが、アゲハさんは今にも死にそうな顔をしていた。
持久力はたいしたことないのかな。
などと一瞬思ってしまったが、半日も走れば普通こうなるよね。
ちょっと安心したよ。
「3人は休んでいてください。ここは僕とメイさんで準備しますんで」
「任しときッ! 腕によりかけたるわ」
こうして、僕はテントの設営、メイさんは火と食事の準備に取り掛かった。
以前師匠に作ってもらった僕とリズ専用の魔道具テントは使えない。
なのでここは、代わりに用意した大き目のタープを使って寝床を作ろう。
本来タープは雨避けや日除けとして使用するが、使い方しだいで十分テント代わりになる。
それこそ大き目のものならそれなりの広さが確保できる。
(床材がないのが欠点だけど……それは魔道具テント用のを使うか)
あとはテントより防寒性がないかもしれないが……いっぱい着込めば大丈夫だろう。
「タープ泊準備ヨシ!」
ちょっと狭いけど、我ながらよくできたものだ。
火の番で二人抜けると考えて、これなら三人はギリギリ寝れ――――たら困るな。
アゲハさんは忍者だから多分数に入れなくてもいいとして、二人ならスペースに十分余裕がある。
でも……極自然に、一緒に寝るの前提になっていた。
魔道具テントも床材代わりにしちゃったし……ど、どうしよう。
男らしく外で寝るか……いや、大分南下したとはいえ、まだまだ夜は寒いはずだ。
せめて寝袋でもあれば良かったのだが……。
「ひ、一先ず……その時になってから考えよう……」
5人で火を囲み、メイさんの作ったポトフに舌鼓を打つ。
優しい食感の野菜と、確かな存在感を主張する腸詰とベーコンが頬を緩ませる。
熱々で濃い目の味付けが体中に染み渡っていく……。
だが――――今回はこれだけじゃない。
ここにチーズを加えるという悪魔の所業を思いついてしまった。
あぁ……なんて罪深いのだろう。
飲んで良し、食べて良し。
もう――――どこにも逃げ場がないではないか。
トロトロになったチーズが具材と絡み合い、コクと食べ応えを一段と際立たせている。
それになんと言っても香りが……
「……そういえば全然魔物に出くわしませんね」
「急に真面目な顔せんといてや」
この香りに魔物が寄ってこないかと心配になっただけなのに……ひどいよメイさん。
……ひょっとして僕はまただらしない顔をしていたのか。
「言われてみればここまで魔物の気配もあまりなかったな」
「そうですね、おかげ予定より早く移動できてはいますけど……」
気配に敏感なリズとシルフィがいうのであれば間違いないだろう。
陸地を走っていた二人が戦闘になることもなかったし。
「あまり……ってことは、まったくいないわけではないんですよね?」
まったくいないのならそれは不気味すぎる。
何か原因があると考えるべきなのだろうが……。
「森の奥底からわずかに気配を感じる程度だな、平和といえば平和だが……少し不気味だ」
リズの口から不気味という言葉が出てしまった。
これは何かあると思っていいだろう。
願わくば、それが邪教関係ではないことを祈るばかりである。
「遠目に見えるタットの街もまったく灯りが見えませんね」
そう言ってシルフィは、要塞都市への中継地点でもあるタットの街へ視線を移した。
……正直僕の視力ではあまり良く見えない。
ただそれはもう日が落ちているからであって、街の灯りがあれば僕の視力でもさすがにその灯りぐらいは見えていたはずだ。
「嫌な予感がするなぁ……」
アゲハさん的にベッドはナシだが、テント泊はアリらしい。
忍者の基準はようわからん……。
おかげで、火の番に二人、テントに三人ということになってしまった。
スペース的にもけっこうきつきつ……それに、テントといっても元はタープなのでけっこう寒い。
つまりだ……
(眠りたくても眠れない……)
火の番を終えた僕は、メイさんとアゲハさんに挟まれる形で共に毛布にくるまっていた。
メイさんはいいよ、なんか妙に体温高いし。
でもアゲハさんの体が妙に冷たいんですけど……冷え性なんか?
チラッとアゲハさんのほうへ視線を向けると、涎を垂らしながら熟睡していた。
忍者ってこんな簡単に油断しているところを見せても……いや、割と初めから見せてるな。
幸せそうでなによりだよ、ちょっと離れてくれないか。
アゲハさんと少しでも間隔を開けるため、そして暖を取るために、メイさんを湯たんぽ抱き枕代わりにギュッと抱きしめる。
(はー……超温かい)
こうして、僕の意識は微睡んでいった……。
………………
…………
……
「エルのせいで汗だくになってもうたわ」
朝起きると、メイさんに誤解を招くようなことを言われた。
しかもわざとらしく頬を赤らめて……実年齢80歳と考えたらちょっとキツイっす。
でもここは、誤解される前に釈明したほうがいいだろう。
「安心してください、暖を取っただけです」
そう言って僕は、キリッとした顔でリズとシルフィへ視線を送る。
だが二人は、特に気にせず野営の片づけをしていた……。
……これは多分、信用されているってことだよ。
「――っと、ただいま戻りました」
先行してタットの街を偵察していたアゲハさんが颯爽と帰還する。
「遠目に見ても活気ある町には見えへんかったけど、どないやった?」
「それが――――」
アゲハさんの報告では、タットの街は人一人いない、もぬけの殻だった。
何かと争った形跡があるわけでもなく、荒らされたりもしていない。
だが武具の類だけはほとんど残っていなかった。
報告を聞いた後、実際街へ来て見るとその異様さがよくわかる。
「そもそもこの街ってどういう街なんですか? 妙に武具店や宿が多いような気がしますが……」
街自体はそれほど大きいわけではない。
でもその割にお店の類は豊富だった。
「この街は鉱山都市と要塞都市を繋ぐ中継地点ですからね、帝国産の武具類はここを経由していたんです」
そう言って、アゲハさんは倉庫らしき建物を指差した。
鉱山都市で作った武具の物流倉庫というわけか。
それに帝国産の武具を扱うなら、すでに輸送ルートが確立しているこの街は最適だ。
現地まで行くのは大変だけど、ここに武具店があれば冒険者も立ち寄りやすい。
宿が多いのはその影響だろう。
「……もしかして公国に攻めてきた人って」
「かもしれんな。武具の調達ついでに邪神像を使って強制徴募か……」
リズはそう言って、周囲を見渡した。
「……見られているな」
その言葉に――――緊張が走る。
リズ以外、誰も気づいていなかったのだ。
――その時、微かな物音が僕らの背後から聞こえた。
皆、そちらに意識を奪われる。
そんな中、リズだけは正面から視線を逸らさなかった。
「そこだッ――!」
リズは親指を弾き、空気の弾丸を飛ばす。
所謂指弾と言われるものだが、せいぜい小石を飛ばす程度の威力。
それでも牽制としては十分すぎるものだ。
「――いってぇッ!」
指弾が命中したのか、物陰から中年男性が額を抑えながら転がるように飛び出してきたのだった……。
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今年もぼちぼち投稿していきたいと思いますので、よろしくお願いします。