110 オカンは大体気づいてる。
恐怖の瞬間は、朝の食堂にて訪れた。
二日酔いの者が多いのか、ぐったりしている者が多い。
そんな中、食堂でメイさんの姿を見かけた。
「おはようございますメイさん」
昨晩メイさんは宿に戻って来なかったのかな?
と気にはなったが、聞くのは怖くてできなかった。
「お、おはようございますメイさん……」
シルフィはどこかぎこちない。
というかそもそも歩き方すらぎこちなかった。
多分これは男にはわからない何かがあるんだ。
「おはよう……そういえば、メイは昨晩どうしたんだ?」
リズはあっさりと、聞きづらい話題へと触れる。
なんて男らしい女性なんだ……。
その問いに、メイさんは短い沈黙の後、小さなため息をついた。
「はぁ……おはようさん。まぁ3人共座りぃや」
ため息の意図はわからないが、僕らは大人しく席についた。
メイさんの視線はジッとこちらを向いている。
何か言われたわけでもないのに、妙に居心地が悪い。
そして遠回りに、その答えがメイさんの口から告げられた。
「……ウチな、昨晩けっこう遅くまで飲んでもうたから、みんなを起こさんよう静かに宿に戻るつもりやったんや」
あぁ……なんとなく察してしまう。
その続きを聞くのが怖い……。
「そんで部屋の前まで来たら、まぁ中は盛り上がってたようやからなぁ……」
メイさんの言葉に、背筋が凍るような感覚を覚える。
隠していたエロ本が見つかるなんてものじゃない。
むしろエロ本を使ってナニをしていたところを目撃されたような気分だ。
「言うてもエルとリズの関係は知っとるし? 気ぃ使って教会に泊めてもらったんやけどなぁ」
そこでメイさんの視線はシルフィ一人へと移る。
「聞こえた声が一人多かったような気ぃしたんやけど、気のせいやなかったんやな。3人で顔出したっちゅうことはそういうことなんやろ?」
そう指摘されると、シルフィは赤くなり目を逸らした。
もはや肯定したも同然だ。
「すいません……」
シルフィは消え入りそうなほど小さな声でそう答えた。
「いやいや、別にウチも責めとるわけやないで? そうなったことを後悔しとるんやったら話は変わってくるんやけどな」
と言ったところでメイさんの視線は僕へと移る。
ここは男の僕がかっこよく決めるところに違いない。
「少なくとも僕は、後悔しませんよ」
キリッとした表情で、そう断言した。
シルフィのこちらを見る目が熱い……気がする。
酒の勢いがあったからといって、決して誰でもいいわけじゃない。
というか前後不覚になるほど飲んでたわけじゃないからね。
だからこそはっきり覚えていて恥ずかしい気持ちはあるのだけど……。
「そないかわいい顔で言われてもな……」
なぜかメイさんはちょっと呆れ顔だった。
おかしいな……かっこよさと凛々しさの中間を目指したはずだったのに。
さらにここから――――リズの発言で展開は大きく変わる。
「エルがこう言っているんだ、もういいだろう。……そもそも先に押し倒したのは私だしな」
それを聞いてメイさんの口角が上がる。
……この展開は非常にまずい気がしますよ。
「ほほう、そいで?」
「シルフィがどうしていいか迷っているようだったからな、私が手を差し伸べた」
そういえばそうだったね。
まさかシルフィがその手を取るとは思ってなかったけど。
「ほっほーう、そいでそいで?」
メイさんはもはや楽しんでいた。
「最初はシルフィも勝手がわかっていなかったようだが、慣れたら自らエルの上に――――
「――――ストォォォォォップ! これ以上は僕らのメンタルが持ちません」
今多分、僕の顔は真っ赤になっているだろう。
俯いたシルフィに至っては耳まで真っ赤だ。
「エル……もう尻に敷かれとるんかいな」
なぜかメイさんに哀れみの目で見られた……。
◇ ◇ ◇ ◇
宴の日から二日後の朝、僕らは鉱山都市ミスティアを発つことになった。
この辺りの地理にくわしくない僕らが積雪の中馬車を走らせるのは危険と判断し、ここから徒歩で要塞都市を目指すことになる。
南下していけば道中の街や村なんかで馬車を調達してもいいが、あまり期待はしないでおいたほうがいいだろう。
「そうかい、もう出るんだね」
見送りにはウォッカ伯爵となったアイギスさん、それにエマさんの姿があった。
あとはメイさん個人を見送りにきた鍛冶職人らしき方々が少々だ。
なんというか……鍛冶職人ってけっこう見た目バラバラというか、統一性がないというか……。
筋肉隆々のいかにもな鍛冶職人……これはわかる。
背は低いが、体格が良く長い髭……男のドワーフは初めて見た。
そして謎の少女たち……ひょっとしてメイさんと同じ女性のドワーフ?
メイさん同様、ホントに小さい子にしか見えない。
ひょっとして僕が気づいてなかっただけで、案外身近にいたのだろうか。
「鉱山が再稼働したらまた来たるわ、それまで腕鈍らせるんやないで?」
メイさん的には、お目当てのものはとくに見つからなかったようだった。
まぁ状況が状況だし、仕方ないのかもね。
しかし本場の職人から師事されるほどの腕前とは……うちのオカンメイド何者なん?
「もっといてほしいケド、公女様だもんナ」
うん……エマさんがいきなり殴りかかって来たこと、忘れてないからね。
調子の良い人だ、などと思っていると、アイギスさんにぼそりと耳打ちされる。
「それだけの神力が扱えるなら心配はいらないだろうけど、呪術を使う女には気を付けるんだね」
周囲には聞こえないようにそう言い残すと、最後にシルフィへと向き直った。
「シルフィーユ……無茶はしてもいいけど、無理はするんじゃないよ」
「アイギス様も、お酒はほどほどにしてくださいね」
多くは語らない、言いたいことは目で言い合える仲。
ホントに良い師弟関係のようだ。
シルフィとアイギスさんの挨拶が済むと、僕らは背を向け鉱山都市を後にする。
別れはこれぐらいあっさりしたものでいい。
やるべきことが終われば、またいつでも来れるのだから……。
(呪術を使う女……か)
未だに呪術というものを見たことはないが、アイギスさんの忠告……頭に入れておこう。
「ん? アゲハはあんなところで何をしているんだ」
鉱山都市の外壁へと向かっていると、リズは壁の上にいるアゲハを発見した。
「……あっ、忘れとったわ」
メイさんの反応から察するに、まさか通信装置を使ったあの日からずっと……?
「おーいアゲハぁ、こっちやこっち!」
アゲハさんに向かって、メイさんは手を振りながら声をかけた。
すると、一瞬その姿が消え、目の前にアゲハさんが現れる。
「皆さんお揃いでどうしたんですか? ……ま、まさか私を労いに……? ふふふっ、そんな心配ご無用です。なぜなら私は、一流の忍びですから!」
「あー……やっぱりずっとあないな所で待機しとったんか。置いとくだけで十分やったんやけど言い忘れとったわ、堪忍な」
少し嬉しそうだったアゲハさんの顔が一瞬で固まった。
その手には、通信装置の中継器が握られている。
なんだか見ちゃいけないものを見てしまった気分だった……。
鉱山都市外壁の門へと到着すると、最初に教会へ案内してくれた大男が待っていた。
男はこちらの姿を確認すると、10メートルほどはあるであろう巨大な門をゆっくりと開いていく。
すごいパワーだ……でも僕らは来たときみたいに上から通っても良かったんだけどな……。
というのは彼に失礼なので黙っておこう。
「ふぅ…ふぅ……ん」
男は、通っていいぞ、と目で語り掛けてくる。
相変らず無口な人だ、だが礼を欠くわけにはいかない。
そう思い、ただ一言「ありがとう」と伝えると……
「ん……」
男は無口ながらも、満面の笑みでこちらを送り出してくれた。
「……あれ?」
鉱山都市を出ると、シルフィは突然立ち止まった。
その視線は、外壁よりも上……神力による結界へと向けられている。
そのことに気づいたリズは、シルフィに声をかけた。
「どうしたシルフィ」
「……いえ、多分気のせい……です」
そして二人が立ち止まっていることに、僕は遅れて気が付いた。
「リズ、シルフィ、どうしたんですか?」
僕の声に反応し、二人から「なんでもない」と返事が返ってくる。
だが僕の声に反応したのは、二人だけではなかった。
「ほっほーう? いつのまにか呼び捨てかいな」
オカンメイドは、しばらくニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべていた……。