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109/222

109 またやっちまったなぁ。

「今日この日から、私はこの地の領主――――アイギス・ウォッカとなる。ウォッカ伯爵と呼んでくれ……そして最初の領主命令だ! 今日は飲め、騒げッ!」


アイギスの乾杯の音頭と共に、大地を揺らすような歓声が沸き起こる。


もはや節制する必要はない、費用は全て公国持ちだ。

人々は肉を食らい、酒を飲み、未だ積雪の残る夜の鉱山都市は熱気に包まれていた。


「とりあえず立て替えたけど、これ経費で返ってくるのかな……」


公国の印象を良くするためとはいえ、大分懐が不安になってきた気がする。

最近冒険者として活動出来てないし……。


しかしこの宴は良い。

みんな遠慮して僕に声をかけてこないから落ち着いて飲める。


なので喧騒の中大人しくちまちま飲んでいると、従者役として左隣に座るリズさんがこちらにワインを差し出してきた。


「ここは蒸留酒がメインのようだな、エルもこっちのほうがいいか?」


さすがリズさん、よくわかってるぅ。

前世では色々としがらみが多くて酒に逃げることもあったが、今世はほどほどにしておきたいところ。


「そうですね、僕もそっちのほうが良いです」


それを聞くと、リズさんはワイングラスを取り出し、ワインを注ぎ始めた。


この街の人には悪いけど、ワインを飲みながらチーズをちまちま摘まむ程度が僕には合ってる。

だがこの行いが、周囲に誤解を生んでいた。


「おい、見ろ……公女様はワインのようだぞ」

「俺ら大口開けて酒を浴びるように飲んでるのが恥ずかしくなってくるな」

「小さな口でチーズを少しずつ……お上品なものだ、俺らとは住む世界が違う」

「お淑やかだなぁ、あれが本物の貴族か……」


周囲は騒がしいが、こちらへ向いた視線の言葉は微かに聞き取れてしまった。


こっちは宴の雰囲気に乗り切れていないだけなのだが……。

そうか……お淑やかに見えてしまったか。


(……でも女神像にされるよりはマシか)


少し離れたところで、樽ごと一気飲みするアイギスさんの姿が見えた。

たしかにもう一人の貴族があれだと、僕はさぞお淑やかに見えるだろう。


メイさんはというと、工房の見習いたちに何やら鍛冶講座を開いていた。

酔った勢いで説教する上司のようだが、見習いたちの目が輝いて見えるので問題ないだろう。


そして僕の右隣には、少しずつ蒸留酒に口をつけるシルフィさんの姿があった。


「これは……けっこうキツイですね」


と言いつつも、ちょっとずつその量を減らしていく。

酔うと性格が変わるタイプじゃないことを祈るよ。


周囲からは少し違うように見えているようだが、両手に花という状況だ。

気分的にも悪くない……よし、僕の秘蔵のおつまみを用意しよう。

そう思い、ポーチから必要な物を取り出す。


スライスされたハムとチーズ、それと粗挽きされた黒コショウ。


まずはハムに軽く黒コショウを振りかける。

そこへチーズを乗せ、くるくるっと巻いて一口サイズにカットすれば――――


「――くるくるハムチーズの出来上がりだ」


もちろんリズさんとシルフィさんの分も用意してある。

さぁ――――おあがりよッ!


「ふむ……いただこう」


リズさんが一つ、口へと運ぶ。


ふふっ、このピリッととろける味わいにだらしない顔を見せてみるがいいさ。


「これはなかなか美味だな、ワインとの相性も良さそうだ」


リズさんはさらっと絶賛し、二口目に手をつけた。

……なかなか手強い。


それを見たシルフィさんも、一つ摘まんで口へと運ぶ。


「これは……たしかにワインが欲しくなりますね」


口元に手をあて、それはとてもお淑やかなリアクションだった。

……さすが聖女、こちらも手強い。


「シルフィもこちらのほうが良いようだな」


そう言ってリズさんは、シルフィさん用にもう一つワイングラスを用意した。


ワイングラスと聞くと一見優雅に思えるが、リズさんは割とたっぷり注ぐ。

シルフィさん、飲み過ぎないようにね。


「いいんですか? ……それじゃあお言葉に甘えますね」


だがシルフィさんはすぐにワインには口をつけず、まずは残った蒸留酒を一気に飲み干してしまう。


(まだけっこう残ってた気がするけど……悪酔いしないよね?)


そして改めて、ワインとくるくるハムチーズに手を付け始めた。


「はぅ……これは危険な組み合わせです」


危険、と言いつつもその手は止まらない。

僕の期待しただらしない顔はどこにもなかったが、作ったものをおいしいと言ってもらえるのは素直に嬉しかった。



だが1時間後、それを後悔することになる――――



「エルさんはぁ、色々と隠し事ぉ? 多すぎなんですよぉ、ずるいんですぅ」


シルフィさんの目は座り、僕はあきらかに絡まれていた。


どこぞの商人娘みたいな間延びした喋り方が鬱陶しいよ。

酔っ払いはやはりめんどくさい、リズさんに助けてもらおう。


そう思い、視線を向け目で助けを求めたのだが……


「シルフィの言う通りだな。それが悪い事だとは言わんが……もっと本音で語りたいところだ」


リズさんは助けるどころか踏み込んで来てしまった。


ふむ、これはあれか。

最近出来てなかったけど、二人で交互に質問に答えるアレだな。

たしかにここは騒がしいし、そろそろ宴は抜け出してもいい頃合いだろう。


「じゃあ続きは宿で……」


喧騒から離れ、静かなところでゆっくり語り合う……ここからはロマンチックな大人の時間だ。


こうして、僕とリズさんは静かに宿へと戻って行った。

ついでにもう一名、呂律の怪しい聖女も連れて……。


………………


…………


……


翌朝、カーテン越しに差し込む淡い朝日が、程良く部屋を灯していた。


お布団が暖かい……寒い時期ほど二度寝という魔力に抗えなくなる。

――否、抗う必要などないのだ。


そう思い、再び掛け布団へと顔をうずめた。

すると柔らかい双丘が心地良い感触と共に現れる。


あぁ……なんて絶妙な柔らかさなんだ。


「――おはようエル」


さらに音声機能まで付いていた。

こころなしかリズさんの声に似ている。


「……ちょっとくすぐったいぞ、まだ寝ぼけているのか?」


というかリズさんだよね、そうだよね。

つまり僕が両手に掴んでいるものは……そういうことになる。


「おはよう……ございます」


昨晩は結局エロチックな大人の時間になってしまった。

なんでそんなことになったかはちゃんと覚えている。

酔っている時のお風呂は危険だから、という理由で一緒に入った辺りから、おかしな雰囲気になってしまったんだ。


ちょっと二日酔い気味だが、昨晩の記憶は割とハッキリしている。

だからだろうか……嫌な汗が止まらない。


記憶が正しければ、僕を挟むような形でリズさんとは反対側にとある人物がいるはず。

……それも同じように、一糸纏わぬ姿でだ。


その方向を向くにはやや勇気がいる。

でもね……ぬくもりがその人物の存在を主張しているんだ。


「ん……」


僕とリズさんの声とも違う、第三者の声がシーツの擦れる音と共に聞こえる。


大丈夫……僕は何も悪くないはずだ。

そう思い、意を決して体ごと振り返った……


「あっ……」


自然と絡み合う視線……もはや逃げ場はない。

なので僕は、できるだけ自然を装った。


「おはよう……ございます……シルフィさん」


朝の挨拶に、シルフィさんの体は一瞬だけビクリと震える。

徐々に紅潮し始める顔は、昨晩の出来事が夢でないことを物語っていた。


そして……シルフィさんは視線を逸らし、やや掠れた声を発した。


「責任……とってくださいね」


「え……あっ、はい……」


予想していなかった展開に、つい承諾してしまった。

てっきり罵声か悲鳴が上がるものだと思ったのに……。


気まずい空気に定まらない視線……。

すると、視界の端に僅かな血痕を発見した。


これはもう責任逃れできまい……いや、逃げるつもりもないのだけど。

難聴系主人公ならこんな状況でも「え? なんだって?」などと言えてしまうのだろうか……それはそれで怖い。


などとよくわからない思考を巡らせていると、気まずい空気の中へリズさんが割って入る。


「む、そういうことか……なら私も責任を取ってもらわんとな」


以前責任を取ろうとしたらよくわからん解釈をされた記憶があるが、今回はそうでもないらしい。

これは……一夫多妻の覚悟を決めるしか――――


「まずは……そうだな、昨晩のように呼び捨てで呼ぶところから始めようか」


そう言ってリズさんは不敵に微笑んだ。


呼び捨て……その言葉に、昨晩の記憶が益々鮮明になっていく。

たしかに事の最中、知らず知らずの内に何度も名前を呼び捨てで口にした記憶がある。


昨晩は盛り上がったからなぁ……勢いの力ってすごい。


「そうですね……それぐらいゆっくりだと、私も助かります」


シルフィさんは少し緊張が解けたのか、どこか安心した様子だった。


まぁ僕も、いきなり結婚しろと言われるよりは、ゆっくりお互いに歩み寄っていきたい。

順番が少しおかしいけど、まずはお付き合いからということで……


「えっと、じゃあ……リズ、シルフィ……?」


改めて口にすると、非常に気恥ずかしいものがあった。


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