表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/222

108 ウォッカ伯爵。

通信を終了したアンジェリカは、母と共に城に滞在するツバキを呼び出した。


「……一時的とはいえ、邪教に加担していた私を恨んでいるかしら?」


「そういうの、よくわからない。私は母様がいればそれでいい……欲を言えば姉様も」


そう答えたツバキは、相変わらずあまり表情の動きがない。

姉の存在は初耳だが、踏み込みづらい雰囲気がツバキにはある。


「そういうことならいいのだけど。月華の……いえ、和国の方に仕事を依頼したいの。諜報活動が得意な人とかいないかしら? できれば口の堅い人で」


調査内容が漏れるのは危険だし、内容が内容だけに金銭での依頼は難しい。

ならば和国への復興支援をチラつかせたほうが容易だろう。


「それなら多分私、でも行ったことある場所じゃないと無理」


そう答えたツバキは、跳躍の瞳という瞳術の使い手だった。

魔眼とも呼ばれるそれは、際限なく自身の視界を飛ばすことが可能……ただし、自分の目で見た光景のみという条件がある。

そしてあくまでも『見る』ことができるだけなので、音を拾うことはできない。

ただ、それも読唇術を心得ているツバキにとっては些細な事である。


当然そんな事情をアンジェリカは知る由もない。


「行ったことのある場所……? それって一体……いや、手段はこの際いいか」


気にはなるところだが、そうペラペラと喋ってくれるものでもないだろう。

だが行ったことのある場所という条件を考えると、なんとなく予想はできる。

密談を行う際は気をつけよう……とアンジェリカは心に留めておいた。


「ナーサティヤ教の教会とか行ったことあるかしら? できれば公国と王国内が望ましいのだけど……」


欲を言うなら上層部が出入りする大聖堂が望ましいのだが、和国の者が足を運ぶ機会は……まぁないだろう。


アンジェリカの問いに、ツバキは顎に手を当て記憶を辿る。


「……公国の教会と大聖堂は行ったことある。でも王国のほうは前を通り過ぎた程度、中には入ったことない」


「ふーん、うちの大聖堂には行ったことあるんだ……えっ、中まで入ったの?」


ツバキの言葉に、アンジェリカは少し驚いた。


和国の者でも、興味本位で教会に足を運ぶぐらいはあると思うが、大聖堂となると話は別だ。

あそこに信徒以外の部外者が入れるとは思えないが……。


「大聖堂がどんなものか気になったから迷子のフリして入った」


そう答え、ツバキは無表情のままピースサインをした。


「迷子のフリて……」


これにはアンジェリカも呆れるしかなかった。

ツバキの見た目を考えるとたしかにしっくりくるが……。


しかしそこで、ツバキの表情が少しだけ曇る。


「……でもカムイが探しに来てくれなかったら、危うく孤児院行きになるとこだった」


こいつ……フリじゃなくてホントに迷子だったのでは?

とアンジェリカは口に出しそうになったところをこらえる。


「ま、まぁ何にせよ、内部が探れるのは助かるわ。王国のほうも一応……そっちは深夜帯のほうがいいかも」


深夜帯なら、外でも何かしらの動きがあるかもしれない。

という考えではあるが、あまり期待はしないでおこう。


「……ん、報酬は?」


そう言ってツバキは手を差し出した。


「あら? お金でいいの?」


「……いや、もしそうだったら断ってた」


ツバキはスッと手を引っ込める。

どうやらアンジェリカを試していたようだ。


「でしょうね。和国復興の際、できる限りの支援を約束するわ……それじゃダメかしら?」


というアンジェリカの案に、ツバキは少し考える素振りを見せる。

そして程なくして、口を開いた。


「私は国とかどうでもいいけど、多分母様は喜ぶ……うん、それでいい」


快諾……と言っていいかは微妙だが、ここにアンジェリカとツバキの契約が成立した。


これは下手すれば教会を敵に回す行為。

和国出身のツバキはともかく、アンジェリカはその危険性を理解している。


(もし今教会と揉めたら、私の立場的にあまりよくないけど……)


それでもこの決断ができたのは、教会について思うところがあったからだ。


(私がクリストファと初めて会ったのは王国だった……)


あの男が何の目的で王国にいたのか。

教会との関りがないならないで、そのほうが良い。


でももし何かあれば……そう考えると、少し罪悪感が薄まる自分が嫌だった……。




ツバキが部屋を出ていくと、アンジェリカは書類を漁り始めた。


「さて後は、都市の領主となると子爵……いや、最低でも伯爵ぐらい必要か」


こうやって机に向かっていると昔の自分を思い出す。

気分が落ち込んでいても、仕事がそれを忘れさせてくれる。


「せっかく生まれ変わったのに何やってんだか……」



◇   ◇   ◇   ◇



アイギスさんがまだ本調子ではないということで、鉱山都市の宴は3日後を予定していた。


本当に宴を行えるかどうかは、アンジェリカさんとの通信内容しだいである。

結局どういう扱いで領主になるのか……。

そこがはっきりしないと浮かれ気分にはなれないのだ。


そして先日の領主宣言から1日が経ち、僕らは再びアンジェリカさんと通信していた。



『――――ということで、新たに爵位を与えると却って目立つと思うの。だから没落寸前のウォッカ伯爵の家名を使おうと思うのだけど――――』


アンジェリカさんの話を要約すると、没落寸前の伯爵位を買い取るつもりらしい。

買い取ると言うと聞こえが悪いが、放置していても破滅が待っているだけだった伯爵からしてみれば、人生をやり直すチャンスだとか。

利害の一致ということで、すでに了承は取れているとのこと。


それにしてもウォッカ伯爵か……アルコール度数高そうな名前だな。


「一応聞いておきたいんですけど、没落する理由って……?」


『……無類のお酒好きだったらしいわ。首が回らなくなるほどだからよっぽどでしょうね』


Oh……名は体を表すとはこのことか。


「つまりこれから私は、アイギス・ウォッカと名乗ればいいわけか。ウォッカ……悪くない響きだね」


アイギスさんは気に入ったようだ。

こっちも部類のお酒好きっぽいけど……没落しないよね?


『あまり社交界に顔を出す家系ではなかったようだし、堂々と名乗って大丈夫だと思うわ』


ただのアイギスと、アイギス・ウォッカという家名付きの貴族。

対外的にはウォッカ伯爵と名乗るだろうし、これを教会が同一人物だと結びつけるのはなかなか難しいのかもしれない。


偽名使うのと何が違うの? という気もする。

だがそれも、この通信内容さえ漏れなければ公国側は責任逃れができる。

あくまでも、アイギスさん個人が伯爵家を乗っ取ったと……。


「アイギス様はそれで良いのですか?」


シルフィは領主になるアイギスの身を案じていた。

もっと平穏に過ごす選択もできただろうに……と。


「シルフィーユ、私は一度死んだも同然の身だ。だけどね、まだ教会の真実に辿り着くのをあきらめたわけじゃないんだよ」


アイギスは守るためではなく、攻めるために領主になる道を選んだ。

シルフィに対し、そう目で語っていた。


「……わかりました。そういうことなら、私も微力ながらご助力します」


良い師弟関係だと、素直に僕は思った。


『そうそう、こちらも教会には探りを入れてるから、何かわかったら連絡するわ。それと鉱山都市ミスティアの防衛に関して、しばらくはウォッカ伯爵に一任することになる。位置的にどうしても兵を送るのに時間がかかるのよね、そっちはまだ雪が積もっているようだし』


まぁここまで領主不在だったわけだし、しばらく領地運営云々は気にしなくても問題ないだろう。

結界は僕が張り直し、さらにアイギスさんが完全復活、これなら防衛戦力としても申し分ない。


「なら僕らは予定通り、次は要塞都市を目指した方がいいんですかね?」


『そうね……こちらからも進軍予定だから、要塞都市カトラリマスで合流しましょう』


こうして、アンジェリカさんとの通信は終了した。


……合流しましょう?

まるでアンジェリカさん自ら来るような言い方だ……。

ま、まぁ次で三つ目だし?

僕の役目もほとんど終わったようなものだろう。



「となると、後は宴の準備だね。早速領主権限だ、盛大に――――」


アイギスはそこまで口にしたところで、集まっている面子を確認する。


エルリット……命の恩人。仮初の身分とはいえ、公国の第2公女。その権限と発言力は国内でも指折りだろう。

リズリース……圧倒的強者の香りがする。聞けばあの剣神と戦女神の血を継ぐ白兵戦のサラブレットだとか。

シルフィーユ……ナーサティヤ教司祭、下手すれば一介の貴族より発言力は上。

メイヴィル……ドワーフの見た目に騙されてはいけない。通信装置を作った張本人ということならば、この者は技術の最先端を行く者だ。


「……貴族って、思ったほど大したことないんだね」


自分の権限って何かあるのか? とアイギスは少しだけ判断を早まった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ