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107 師匠がだらしないのは世の理。

「……いや、とりあえず良かったじゃないか、反対する者もいなかったようだし」


アイギスの宣言も無事終わり、教会に戻った僕はアイギスさんに慰めの言葉を掛けられていた。


「はははっ……これでもカザールでは上手くやれたんですけどね」


皆の前で第2公女役をビシッと決めるつもりが、結局ほとんどシルフィさんに代弁してもらうはめになった。


台詞を噛んだ後のあの静寂……今思い出しても恥ずかしい。

でも僕は悪くねぇ!

寒さで舌が上手く回らなかったんだ!


「あのシーンとした雰囲気で頭真っ白になっちゃって……まぁ元々頭は白いんですけどね、へへっ……」


もはやどうでもよくなり、脱力した僕は壁にもたれかかった。

鉱山都市も二度と来るもんか……。



「それにしても良かったのですかアイギス様? 領主になるだなんて宣言して……」


「ん? まぁ政は私にはわかんないからね。実務は公国の連中に任せる、君臨すれども統治せずってやつさ」


シルフィさんの問いに対して、アイギスさんは割と楽観的に見える。


けどその存在感は頼もしい。

鉱山都市の人たちから支持を得ている分、反対意見らしいものもなかった。

帝国からの襲撃も、アイギスさんが撃退したことにしたのは正解だったようだ。



「そういうことならいいのですが……追手はどうするつもりです?」


シルフィさんの懸念ももっともだ。


領主云々はアンジェリカさんに便宜を図ってもらえば可能だとしても、居場所が知れればまた追手が差し向けられることになるだろう。

だがアイギスさんも無策というわけではないはずだ。

きっと何か考えがあって……


「あっ、うん……どうしようかね」


アイギスさんは真面目な顔でそう答えた。

つまり何も考えてはいなかったようだ。


「そんなことだろうと思いました……」


はぁ……と、シルフィは呆れてため息をついた。

こういうことは一度や二度ではないのだろう。


「いくら追手が来たところで物の数ではないけど、あまり頻繁に来られると傍迷惑だねぇ」


常に追手に狙われる領主……たしかにそれは民衆も不安になるだろう。

それも教会からとなるとなおさらだ。

いくら信仰心の薄い地域といっても限度がある。


「領主名を偽名にできれば……結局は一時しのぎかもしれませんけど」


シルフィさんの案は、本人の言う通りいつか露呈するが、それほど難しくはない。

アンジェリカさんにお願いすれば、便宜を図ってくれる可能性はあるはず。

ただ同時に、公国を危険に晒す行為にもなりえる。


「……もし偽名だと判明した場合、教会はその責任を公国に問う可能性がありますよね?」


僕の考えすぎならそれでいいんだけどね。

教会からしてみれば、大罪人を匿うような行為だ。

ナーサティヤ教も一枚岩ではないようだし、今邪教と教会両方を相手にするのは危険だろう。


「たしかに……エルさんの言う通りです。公国の教会はともかく、王国の教会は追及してくる可能性がありますね」


「あー……あそこの連中は間違いなくそうするだろうね」


アイギスさんには思い当たる節があるようだ。

僕は公国の教会しか知らないけど、王国はまた違うのだろうか。




3人で何か策はないものかと考えていると、勢いよく教会の扉が開いた――――


「――領主アイギス様! いっそのことアイギス教を作ろうかと思うんだがどうダロウ?」


そう言って教会に入って来たのは、満面の笑みを張りつかせたエマだった。

その後ろから姿を現したリズとメイは、自分らは関係ないという顔でサッと脇を通る。


「外はお祭り騒ぎ……というかもう宴の準備に取り掛かっているぞ」


「浮かれんのもしゃーない思うたけど、エルたちの顔見たらそないな状況やないみたいやな」


エマさんの浮かれ具合に対して二人は冷静なようで助かった。


「実はかくかくしかじかでして――――」




僕がザッと現状の問題を話すと、リズさんとメイさんも僕らと同じように追手対策を考え始めた。


「教会についてくわしくはないが、追手を送るには場所が悪いな」


「ウチもよう知らんけど、こないなとこまで来るんやろか」


たしかに位置的に考えると効率が悪い。

アイギスさんの実力は教会も知っているだろうし……。


そもそも追手を送るより、公国に対してアイギスさんを差し出すよう圧力をかけたほうが早い。

そう考えると偽名どころか本名もアウトじゃないか。


「領主になるのって大変なんだねぇ」


そう言ったアイギスさんの手には、いつの間にか酒瓶が握られていた。

事の発端の割にまるで他人事のようだ……この世界にまともな師はいないのか。


だがその酒瓶は口へと運ばれる寸前に、シルフィによってサッと回収されることとなる。


「まだ本調子ではないでしょう? お酒は控えてください」


「むぅ……飲んだほうが調子出るんだけどね」


アイギスはシルフィに奪われた酒瓶を、名残惜しそうに眺めていた。


なんとなく二人のやりとりを見ていると、その関係性がわかってくる。

シルフィさんも苦労してきたんだなぁ……。



「ええ案もないようやし、アンジェリカ嬢に報告ついでに相談してみよか」


そう言ってメイは、カザールで使ったものと同じ通信装置を取り出した。

そして何やら操作をし始めるのだが……


「んー……上手く繋がらへんな……アゲハおるかぁ?」


「――ハッ、ここに」


メイが呼び掛けると、スッとアゲハは物陰から姿を現した。


その手にはちくわが握られている……食事中だったのかな。


「これを高い所に……せやなぁ、鉱山都市囲んどる壁の上にでも持って行ってくれへんか」


「承知――ッ!」


そう言ってアゲハは、メイから渡された金属の棒のようなものを持って姿を消した。


アレはもしかして……


「アゲハさんに渡したのって、ひょっとして中継器的な……?」


「お? ようわかっとるやんエル。まぁこれもアンジェリカ嬢の案なんやけどな、作っといて良かったわ」


案があるからって形にできるのもすごいと思うが……。


そうか、アンジェリカさんの発想なのか。

新しい浄水設備といい、一体どこからそんなもの思いつくのだろう…………ま、まさか!?


(――――アンジェリカさんには発明の才があるのでは?)


そこにメイさんの技術力が加わった結果……ということか。

そうなってくると夢が広がるな。

前世にあったあんなものやこんなものが実現したりして……。

うーん、僕の口から案を出せないのがもどかしい。


などとエルリットが脳内会議を行っている様子を、アイギスはジッと観察していた。


「ころころとよく表情が変わるもんだ。シルフィ、あんたの連れ……変わってるねぇ」


「そうですね……変わった方です」


と言ってシルフィは視線をエルリットに向ける。

するとアイギスの視線はシルフィへと移った。


「……んで、もうヤッたのかい?」


「……は? な、ななななにを――――」


シルフィはアイギスの問いに動転し、顔を真っ赤にさせた。


「げ、下品ですよアイギス様ッ!」


「その反応じゃまだっぽいね。良物件だしさっさと唾つけときゃいいのに」


声を荒立てるシルフィに対し、アイギスは呆れ顔だった。


(まぁでも……照れてる感じはあるけど嫌がってはいないね)


となれば後は男の仕事……。

そう思い、アイギスは後押しするように、エルリットにウインクで目配せをした。



「えっ? な、なんですか……?」


老後を楽しむように前世の思い出に耽っていたところに唐突なウインク……ど、どういうことだってばよ。


すると、今度はリズさんの手が僕の肩を軽く掴んだ。


「責任とれるなら、私は増えても構わんぞ」


リズさんが……増える?

何の話かさっぱりわからないが、とりあえず「お気遣いありがとうございます」と答えておいた……。


………………


…………


……


『えぇ、問題なく聞こえるわ。鉱山都市のように山に囲まれた土地はやはり中継器が必要なようね』


僕が困惑している中、メイさんの通信装置がアンジェリカさんと繋がったようだ。

そして、鉱山都市で起こった出来事と、アイギスさんのことを僕らは報告した。


『あなたたちの人選には何も言うつもりはないけど、たしかに教会のお尋ね者を偽名で領主に任命するのはまずいわね』


「お尋ね者、と言っても正式に手配されているわけではないので……何とかなりませんか?」


シルフィさんの言葉に、アンジェリカさんはやや遅れて応答した。


『……本名を使って、かつ王国の教会の目が向かないように……』


僕らはただアンジェリカさんの答えを待つことしかできない。

というか向こうが発信中の状態だと、こちらは受信することしかできないんだ。

この無線機の世知辛いところだね。


『……ん、あぁごめんなさい。多分それはそこまで難しい問題じゃないから……でもそうか、教会か。……また明日連絡してくれる? ちょっと気になることがあるから』


「了解、ほな明日同じ時間に連絡するわ」


そうメイさんが応答し、アンジェリカさんとの通信は終了した。

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