孤独の天才
御神楽 信 ここに眠る
そう書かれた墓標の前に喪服を着て佇む少女があった。
雨があり、雷があった
エアロライン駅
有栖川 忍「はぁ、、、」
金髪のロングヘア―でチャラい見た目だが、スーツを着ている。
忍がエアロラインを待っている。(エアロラインとは、地方や観光地などの主なインフラで中型の飛行機に乗って移動する)
忍「黒姫 雫。世界中で人気の天才画家。だけど、最近は絵を描かなくなったからもう一度描くように説得して欲しいって、、、無理だよ、、、」
忍「天才って言うんだから、どうせ気難しくて癇癪持ちで傲慢で不潔なんだろうなぁ、、、」
アナウンス「間もなく、エアロラインが到着します。」
忍「行きたくないなぁ、、、」
飛行機が駅の滑走路に不時着する
突然、忍がぴしゃりと自らの頬を叩く
忍「物怖じしちゃだめだ!出世の為に頑張るぞ!」
忍がエアロラインに乗り込む
アナウンス「間もなく、吉川、吉川に到着します。お忘れ物の無いようにお気を付けください。」
忍がスマホでメールを確認する
忍の先輩の姫路 凛からメールが来ている
凛「雫さんは悪い人じゃないから緊張しなくて良いよ。ただ、、、御神楽さんの話題を振るのは、まだ止めといた方が良いかな。あの人、意外と繊細だから。」
忍「了解です。」メールを返信する
飛行機が駅の滑走路に不時着する
忍がバックを持って立ち上がる
忍「何にも無い、、、」
田んぼしかない光景に忍は唖然とする
忍「本当にこんな所に住んでるの?」
バックから黒姫 雫のプロフィールを取り出す
忍「吉川市、、、中野、、、本当に住んでるんだ。」
忍「まあでも、この住所に行ってみないとわからないよね。」
忍がバックを持って田んぼしか無い細道を歩く
忍が雫の住んでいるおんぼろマンションのポストを見る
忍「黒姫、、、黒姫、、、」
ポストの一つに黒姫 雫の名前がある
忍「あ、あった。」
忍が雫に会いに行くために階段を上る
「ドンドン!!!」扉が強く叩かれる
雫「う、、、うん、、、?」
黒姫 雫はぼさぼさで手入れがなされていない漆黒の黒髪をしていて、艶めかしいキリっとした流し目をしている
雫「今何時だ、、、?」
雫がそばにあった目覚まし時計の時間を手に取って見る
雫「午前の12時じゃないか、、、こんな時間に訪問とは、、、非常識も良いとこだ、、、」
忍「開けてください!居留守を使っても無駄ですよ!貴女が滅多に外に出ない事は知っています!」
雫が玄関の扉を開く
雫「今何時だと思っているのかい?午前の12時だぞ、私は寝ている時間なんだ。帰ってくれ。」起こされて不機嫌な顔をする
忍「今まで寝てたんですか?生活リズムが狂ってますよ!ちゃんと朝に起きて、夜に寝てください!」
雫「わかったから、取り合えず私はまだ寝ている時間なんだ。明日の午後8時に来てくれ。」
忍が怒りを抑えるために深呼吸する
忍「それなら、30分だけお時間を頂けないでしょうか?」
雫「30分、、、わかった、それくらいなら良いだろう。」
雫が忍を部屋に招き入れる
忍「うわぁ、、、」
忍の眼前には見渡す限りのゴミが散乱している
至る所に食べた後の空のカップラーメンが転がり、衣服が散乱し、丸まったティッシュがゴミ箱の周辺に満ち満ちている
雫「少し汚いが我慢してくれ。」
忍「少し、、、」
忍が靴を脱いで玄関に上がる
雫「奥の私の寝室で待っていてくれ。」
忍「はい、、、」
忍(さて、どうやって奥の部屋まで行こうか、、、)
忍が寝室の中央にあったテーブルの近くで正座をしながら待っている
テーブルの上はきちんと整理されていて、一枚の写真が置いてあった
忍が写真を手に取る
写真には、雫と信が仲良く二人だけで写っている
忍「、、、」
雫「コーヒーで良いか?」隣の部屋から声が聞こえてくる
忍「はい。」
忍が写真を机の上にきちんと戻す
雫がコーヒーを持って来て寝室に入り、テーブルの上に置く
忍がコーヒーを手に取って飲む
忍「おいしいです。」驚いたような顔をする
雫「そうだろう、信にドリップの仕方を教えてもらったんだ。」
忍「そうですか、、、」
雫が地面に胡坐をかいて座る
雫「それで、私に何の用かな?」
忍「単刀直入に申し上げますが。契約違反の可能性がございます。」
雫「契約違反?」
忍「はい。雫さんが宮郷商会と契約する際の一項に休載期間は一年以下とあったのですが、休載期間が一年を遥かに上回っています。これ以上休載期間を延ばすのであるならば、契約違反として契約を解除させていただきます。」
雫「そうか、なら勝手にしてくれ。私はもう絵を描くつもりはない。」
忍が唐突に土下座をする
忍「お願いします!私には病気のおっかさんがいて出世コースから外れるわけにはいかないんです!」
雫「い、、、いきなりどうした、、、それで、病気の母親がいるのか?」
忍「いえ、いませんけど。」
雫「なんだよ!心配して損したじゃないか!」
忍「凛先輩に、もしも駄目だったら泣き落とせば良いと言われたので。」
忍「それに、私に母親はいませんけどね。」
雫「うん?」
忍「ですので!お願いします!もう一度、絵を描いてください!出世を逃したくないんです!」
忍がもう一度土下座をする
雫「わかった、わかった。君の出世への熱意は伝わった。だけど、、、」
忍「だけど、、、?」
雫がテーブルの上にある写真を手に取る
雫「だけど、信が死んだあの日から、私にはどうしても筆を握る事が出来なくなってしまった。言わば、スランプの状態だ。」
雫が写真を見つめる
雫「すまないが、私には当分の間は絵を描く事が出来ない。」
雫が写真をテーブルの上に静かに戻す
忍「そうですか、、、無茶を言って申し訳ありません。」頭を深く下げる
忍「それでは、失礼いたしました。」バックを持って立ち上がる
雫「本当にすまない。」
忍「いえいえ。お気になさらずに。」無理して笑顔を作る
忍が一礼してから玄関から出ていく
雫がマンションから立ち去る忍を見送る
忍「信が今の私を見たら何て言うんだろう、、、」
御神楽 信「元気出せって!私の作品が世間に受け入れられないからって、どうして雫が泣く必要があるんだよ!」
信は黒髪のボーイッシュなショートヘアーをしていて、童顔をしている
雫「だって、、、あの作品は信が最高傑作だって豪語していた作品じゃないか、、、最高傑作があんな評価で悔しくないの、、、!」
信が呆れたような顔をする
信「そりゃ私だって、人間なんだから泣いたさ。」
信「だけど、そんな事で立ち止まってたらもったいないだろう?絵を描くなんて普通の人には出来ないんだからさ!」
雫「確かに、もったいないよね、、、」
雫が筆を握りしめる
雫が東京メトロラインの地下電車に乗る
アナウンス「東京メトロ。東京メトロです。お忘れ物の無いようにお気を付けください。」
地下鉄が東京メトロ駅に停車する
雫が地下鉄を下り、東京メトロ駅のエレベータで目的地がある階に上がっていく
雫の後ろで美大生二人が話している
美大生 A「御神楽展、楽しみだね!」
美大生 B「でも、御神楽さんも報われないよね、死後に有名になるなんて。」
美大生 A「まあね、ゴッホみたく死後に有名になるって、芸術家じゃ良くある話だから。」
雫が信の描いた最高傑作を見る
その絵の題名は「最も親しい友」と名付けられており、雫をモチーフにした人物の裸婦画である。
解説音声「御神楽 信は生前、人物画を得意としていて、この絵は御神楽の親友がモチーフであると言われています。」
雫がまた別の絵を見る
その絵には「生と死」と名付けられていて、信の最晩年に描かれた絵である
解説音声「この絵は、御神楽 信が癌で病の床に伏しながらも、描き上げた作品です。彼女の親友である黒姫 雫の得意としていた現代美術を真似して描いたと言われています。」
解説音声「この絵の特徴は、グレーしか使わずに混沌とした世界を描き上げ、黒姫 雫の絵の最大の特徴であるキュビズムを取り入れ、自身の自画像を描き御神楽 信と黒姫 雫の両者の息吹を感じられます。」
雫はまた別の絵を見る
その絵には「雫」と名付けられていた
解説音声「この絵は、御神楽 信が黒姫 雫と交換した絵だと言われています。「最も親しい友」でもモチーフになった黒姫 雫をもう一度描いています。」
解説音声「また、一説によると黒姫 雫が描いた御神楽 信の肖像画が存在していると言われておりますが、未だどこの美術展にも展示されておりません。噂では黒姫 雫のアトリエに飾ってあると言われています。」
場面は移り変わり、雫が自身のアトリエに足を運ぶ
アトリエは失敗作や試作品などで満ち満ちていた。だが、雫が描いた信の肖像画だけは綺麗な額縁に入れられ、入口から見て奥の壁に飾られている。
雫は描いてある途中(厳密に言えば、信が死ぬまで描いていた)の絵画を見る。
絵画には「唯一の親友」と名付けられていた。見よ、その絵画には信の「最も親しい友」と同じ様に、信をモチーフにした人物の裸婦画である。
雫「、、、」
姫路 凛「どうでしたか?御神楽 信展は?」
凛は黒縁眼鏡をかけ、黒いスーツをバシッと決めた黒髪ロングヘア―の女性
雫「駄目だね。何かアイデアが浮かぶと思ったんだが。」
凛「忍が泣き崩れながら帰って来たので何事かと思いましたが、やっぱり駄目ですか。」
雫「あの子に本当にすまないと伝えてくれ。」
凛「あの、もし宜しければ、今から私のドライブに付き合ってもらえませんか?」
雫「良いが、、、どこに連れて行く気だ?」
凛「それは秘密です。」
凛「それでは、外に車を止めてあるので。先に行ってください。」
凛が雫に鍵を渡す
雫が鍵を受け取る
その鍵には、小さい熊の人形がぶら下がっていた
赤色のスポーツカーが高速道路を走る
空に星は一つもなく、月の白色以外は全て漆黒であった
凛「昔、よく私の父親が夜にドライブに連れて行ってくれたんです。」
凛「ドライブに決まった道は無いのですが、目的地はいつも一緒でした。今日は雫さんを私の思い出の場所にお連れしたいと思います。」
雫がぼんやりしながら窓の外の夜景を見ている
雫「凛。」
凛「はい?なんでしょう?」
雫「君は自分の人生を変えるほどの出会いを経験した事はあるかい?」
凛「そうですね、、、人生を変えるほどの出会いですか、、、」
凛の口角が少し緩む
凛「私の人生を変えるほどの出会いは、先輩との出会いですね。」
雫「どうして?」
凛「先輩には色々と教えていただきました。お仕事の事とか、人間関係や恋愛。ですけど、そんな事よりも重要な事を教えていただきました。」
雫「何々?」
凛「それはですね、、、」
凛「、、、」
凛「やっぱり教えません♪」意地の悪い笑顔を作りながら言う
雫「何だよ!」
凛「それよりも、もうすぐ目的地に着きますよ。」
雫が拗ねた様な顔をしながら腕を組む
赤いスポーツカーが高速道路を降りる
「ザァーーーー」
海が月光を反射して光り輝く
雫「ここが目的地か?」
凛「そうです。私と父との思い出の場所です。」
凛「海は都会、いや違いますね、人間界の喧騒から離れて静かに物思いに耽る事が出来るんです。今でも仕事で失敗したり、失恋したらよくここに来るんです。」
雫「そうか、、、」
少女が二人、静かに自身の物思いに耽った