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第5話 馴れ初めの経緯 ④ あだ名呼び

続きます。



「言ったでしょっ? 私は本気なんだからっ」


 そう俺の目前で両腰に手を添えるとにかーっと笑った。


 はっ、度胸は買ってやるが果たしてその笑みはいつまで続くかな?


「ああよく分かったよ。……さて、それじゃあ今から試験の内容を発表するぞ」


「さあーどんと来いっ!」


 元気なのは良いけどその発達が良さそうなDカップを叩くなよ、目に毒なんだ。


「……今から木下さんに、倒立をさせる」


「倒立?」


「ああ、そうだ。先ず、あそこにある赤い線の床が見えるだろう? あの線から逆立ちで歩いて、俺の前にあるこの黄色い線まで歩いて来てみてくれ。それができたら、次にすることを教えてやるよ」


 俺がが指差したのは、この塔の入り口付近にある赤色で塗られた床のことだ。


 この中央公園にはど真ん中に廃墟になってしまった屋根付きの塔があるんだが、俺たちは今その下に居る。


 そこを見てみれば確かに一部の床が一本の赤い線になっていて、あそこから俺の目前までだと恐らく()()()()()()()()だろう距離が広がっている。


「っ……うん、分かった」


 一瞬だけほくそ笑んだように見えたが気のせいか?


 そう短く返事だけすると木下さんはその場で軽く柔軟し始めた。


 昨日やり方の動画でも見て覚えてきたんだろうか。


「そ、そう? それじゃあ頑張れよ」


 予想の斜め上な返事が返ってきたせいでつい吃ってしまった。


 木下さんが慌てふためいたり、最悪の場合は泣きながらビンタして来ることも覚悟の上で無理難題を吹っ掛けたつもりなんだけどな。そんなに自信あるのか?


 やがて柔軟を終えると奥の赤い線まで軽く走って行った。


 ──無理難題を吹っ掛けておいて今更なんだけど、あいつ怪我をしないだろうな?


 まさか本当に俺の馬鹿げた課題と向き合ってくれるとは思わなかったからな。


 あのまま木下さんが逃げ帰ることも想定してたから今更心配になってきたんだが。


 まあ仮にも俺の役割はちゃんと20メートルを倒立歩行のみで渡り切れたかを見届けるだけだし、万が一に転けても怪我しないように側についていてやるか。


「どうしたの西亀くん? 別に向こうで座ったままでも良いんだよ?」


「君に怪我をされたら俺は社会的に殺されそうだからな。ただの見張り役だ」


 それに目の前で無垢な少女を怪我されるのは非常に後味が悪い。


「へ〜西亀くんにも優しいところあったんだねっ。見直したよ」


 試験直前に審査役を揶揄うなんて随分と余裕なんだな。


 本当に背中からここのタイル張りの床にぶっ倒れて骨折しても知らねえぞッ!


 それでもいつでも支えられるように側から離れることはしないが。


「そんなんじゃねえよ、全く。……それじゃあ早速始めてくれ」


 実はハッタリかましてるだけなら今が逃げ帰る最後のチャンスだぜ?


「はーいっ! それじゃあこの木下優希選手、いざ参りますっ!」


 それだけ言うと綺麗なフォームでバッチリ足を揃えてから歩き出したぞこいつ。


 えっ……マジで?


 もう既に5メートル通過してるけど身体の芯にブレが一切見られないんだが。


 視線の位置も腕から腕へと移動させる体重の掛け方もバッチリこなせている。


 ついでに上着が重力で落ちててお腹が見えてるせいで、結構目に毒な光景だな。


 ていうか別にお腹に縦線が入った腹筋が浮き彫りになってないのに凄いなこの人。


「……マジか」


 もう折り返し地点まで来てしまった。


 ペタっ、ペタっ、ペタっ、ペタっ。


 だと言うのに木下さんの体力とフォームが崩れそうな気配が一切無い。


 結局俺の手助けを借りる必要もなく木下さんは20メートルを倒立で渡り切った。


「ふう〜」


 そう息を吐き出しながらタオルで額の汗を拭くのを呆然と見つめてしまう。


 まさか本当にやってくれるとは思わなかったし、かなり余裕あっただろ今の。


 何より彼女がその抜群なプロポーションの下にしっかりとした体幹を隠し持っていたとは思いもしなかった。


 それともスタイルの秘訣は筋肉が正体だったのか?


「ほらどうだったかなっ? 私の倒立歩き。さあ西亀くん、合否の判定をお願いしますッ!」


「聞かれるまでも無く合格だよ。成績は満点を軽く突破してる程にな」


「やったーっ!!」


 そう言うと喜びの舞を踊り始める木下さん。元気が取り柄の若娘って感じだな。


 疑問点が湧きあがったので素直にぶつけることにした。


「……木下さん、もしかして体操やってたりする?」


 そう言ってやるとビックリしたような表情を浮かべたから図星だろうか。


「凄い! 西亀くん当たってるよっ! でもどうして分かっちゃったの?」


 それはさっきの倒立歩行をよく観察していれば簡単に分かる。


「だって倒立するときに足をピンと張ってただろ。体操以外にありえないよアレは」


 まあ俺が知らないだけで倒立するときにつま先を伸ばすスタイルもあるかもだが。


「それでトーマスフレアも足の裏を外側に向ける話になるんだね。納得納得っ!」


「ブレイクダンスの4大要素のうちのフリーズで、倒立系のものをするときも同じだな」


 理由は単純でフリーズ決めた瞬間にまたフロアムーブに入ることもしばしばあるから、そのときにつま先をピンと張ってたら怪我をする恐れがあると言うわけだ。


「へ〜なるほどねっ! 私は中1から中2の頃まで体操やってたよ。辞めたけどね」


 その頃から定期的に身体のメンテナンスをしてたならさっきの動きには納得だな。


「辞めた理由を聞いても良いか?」


 あ……流石にプライベートに踏み込みすぎたかな?


「もちろん!だってもっと友達と遊びたかったし、身体が筋肉だらけになりそうで嫌だったもん。ニャハハ〜」


 心配して損したな。


「清々しい程に女子っぽい理由だな。……けど本当に良いのか? ブレイクダンスと真剣に向き合うなら友達と遊ぶ時間も減るし、身体がワンダーウーマンみたいになるかもな?」


 まあ海外でソロバトルの世界大会に出てるBーGIRLたちの中にそんなバッキバキに鍛え上げられた肉体の女性は居なかったけどな。


 強いていえば皆腹筋に綺麗な縦線の窪みが出来てたりしてるくらいだったっけ。


「え〜スタイルを維持できるのは嬉しいけど筋肉モリモリになるのはちょっと……」


 そう言って頬を掻きながら苦笑する木下さん。


 まあプロテインぶ飲みしても多分ならないだろうから心配しなくて良いと思うぞ。


「それじゃあ約束だよ西亀くんっ! 今日から私の師匠としてよろしくねッ!」


 そうだった。


 木下さんが俺の試験を突破したせいで面倒見るハメになっちまった。


 まさか本当に俺の理不尽な課題を突破してくれるとは思わなかったから油断した。


 だがここで彼女の頑張りを突っぱねる選択肢は無い。


「生意気な弟子が出来ちまったな俺……」


「えっへへ〜ん」


 くーっ……こうなったらもう妥協案を提示するしかない。


 なぜなら俺はルナともっと遊んでいたいからなんだっ!


「わかった。約束は守るよ……これから木下さんにブレイクダンスを教える約束をする。けどな……指導する頻度は毎週火曜日と金曜日に2時間ずつのみと指定させてもらうぞ」


 これはまだ俺が小学生の頃に実際に通っていたダンススクールでのレッスンの日程を2倍に増やしたものだから少なすぎる事は無いだろう。


 失われた4時間はラノベ読書タイムを犠牲にするか、まだルナと遊べる時間削らなくて済むし悪くないだろう。


「うん、分かった! 本当にありがとうね。レッスン費はいくらなの?」


「なっ……お前、払うつもりなのか?」


 マジか……美少女から金を恵んでもらえるなんて夢みたいな話じゃないか。


 ぷちダンスインストラクターをしながらも小銭稼ぎか……悪くない案だな。


 個人的に心を許した人間以外とは積極的にコミュニケーションを取ろうとしない俺の性格を考慮しても、将来にこのルートに寄り道する可能性も芽生えたかもな。


 それも教え子がとびっきりの美少女と来れば気分を悪くしない男はいないだろう。


「だって折角西亀くんの貴重な時間を割いて貰うんだもの。そのお礼くらいはちゃんとしたいよ。だって上手くなるのに西亀くんも膨大な時間を費やしてきたもんね?」


 頭が上がらない程に木下さんが実は優秀な人間だった件。


 彼女の言う通りに素人が熟練者に教えを乞うときにお金を払うのは、ただ技術を教えて貰うためだけでなく、熟練者がそれを習得するのに費やした時間に対して払うものだ。


 それを理解もせずにタダで教えてくれと言われてきたから俺は飽きたんだっけな。


 当時は週1で9000円払ってたんだっけ。


 だから木下さんに週2に教えるって事は月に2万円近い金額も懐に入って来るのかウヘヘヘ……ってそうじゃないだろ!


 よく考えたらスタジオの部屋代に光熱費とかその他諸々も含まれてたからな。


「いや、気持ちは嬉しいけど……やっぱり受け取るのは辞めとくよ」


 本当は猛烈に欲しいぞッ!! 


 月に1万だけでもラノベを10冊くらい買えるのだ!


「それはどうしてなの? 西亀くん」


「弟子からお金を巻き上げるのって何だか趣味が悪いだろ。それに……お礼はこれから教えていく中で上手くなって結果も出して成長する姿を俺に見せてくれれば良い」


 やっぱり断るに限るな。


 クラスの奴らにクラスのマドンナから金をむしり取ってるという偏見で事実が歪曲され、そんな噂が広まった日には「おめえの席ねえからッ!!」状態になりそうだ。


「……ふっ、分かった。それじゃあこれからも師匠、そして友達としても宜しくね、()()()()


「ニッシー……?」


 なんだその変な呼び名は。


「西亀くんの『西』を呼び易くしたんだよ! どう!? 可愛いでしょ〜ニャハハ〜!」


 猫のような笑い声をあげる木下さんも無駄に可愛いなオイ。


「そのあだ名はなんか恥ずかしいから辞めてくれないか……?」


「え〜嫌だよ可愛いし気に入ってるもん。ほらニッシー。ニッシー? ニッシー!」


 クッソ、俺を揶揄うようにして前屈みで俺の目を覗き込むその仕草が可愛すぎる。


 こいつは天然でやってるのか素なのか、自分を可愛く見せる方法を熟知してる。


「あーもう分かった分かったから好きにすれば良いだろッ!」


 まあ木下さんは良い体幹を持ってるようだし鍛えがいがありそうだからな。


 それに人にダンスを教えることで自分自身のスキルアップにも繋がりそうだ。


「わーいやった〜っ! て言うわけで、改めて宜しくねニッシー!」

 

 そう言って手を差し出してきたので、照れ臭くなりながらも握手し返した。


 手が結構柔らかいんだなこいつ。


「ああ、これからも宜しくな。木下さん」


 そう言うと彼女はにっこりと笑った。やはり野原に咲く一輪の花と形容可能だな。


 ──こうして俺と木下さんは師弟関係になった。


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