12.小さな冗談
その後、私達はたまたま通りかかった日吉君達と合流し、ペットと共に遊園地を回った。
あちこち歩き回り、コーヒーカップやらお化け屋敷やらで子供の様にはしゃいでいると、いつの間にか夕暮れ時になっていた。
そろそろ帰ろうかと勝浦親子を電話で呼び出すと、さくらちゃんが最後に観覧車に乗りたいと言い始めた。
「それなら、同じゴンドラに乗る人の組み合わせを決めよう」と、日吉君が言った。
「まず、さくら。君は誰と一緒が良いんだ」
「うち? うちはお父ちゃんと乗りたい」
まさかの即答だった。誰よりも驚いているのは“お父ちゃん”だ。
しかし、彼はすぐに平静を装った。
「あ、ああ、そうだな。じゃあ、ここは親子水入らずって事で」
そう言っている間にも、勝浦さんの目は潤んできていた。彼は慌てて顔を伏せた。
そんな姿に何かを感じ取ったのか、さくらちゃんはそっと彼の手を握った。
「さくらとヨシゾウさんで1組か。では、モッチーはどうだ」
「俺は、美咲と乗るよ」
「そうだね。アロマも一緒に」
一ノ瀬さんと佐野さんは、お互いの目を見て微笑み合った。
「こっちは夫婦水入らずって感じだねー」
先生がおどけた口調で言った。一ノ瀬さんは照れる様子も無く、「冷やかすなよ」とツッコんだ。
残るは日吉君、先生、私の3人だ。
「じゃあ、あとはこの3人で一緒に乗りましょうか」
「いや。僕はレイとふたりで乗る」
「え?」
いや。犬を人数のうちに入れるのはおかしい。それに。
「ちょっと待って。じゃあ、私と先生がふたりで乗らなきゃいけないって事?」
「そういう事になるな」
「やだやだやだやだ!!」
「ちょっと跡部さん、子供じゃないんだからぁ」
先生が私の肩をぽんぽんと叩く。どういう感情だ。気まずいと思わないのか貴様は。
「仕方ないですよぉ跡部さん。日吉君はレイちゃんの事、彼女って言ってもいいくらい愛してますからねー」
佐野さんがふんわりした口調で言った。何だそれ。異常性癖の極みじゃないか。
「すまないが諦めてくれ、跡部さん」
「日吉君……」
「僕なりに、ふたりの事を考えての行動だ」と、彼は私にだけ聞こえる声で呟いた。
はっとして日吉君の顔を見る。彼は無骨に笑った。
日は沈み掛けているというよりも、ほとんど沈んでいた。
西の空はぼんやりとみかん色に光っていたが、辺りはすっかり暗く、ビル街や住宅地のそこここに明かりが灯っていた。
「もう少し早く乗ってれば、綺麗な夕日が観られたかもね」
硬いプラスチックの椅子に座り、独り言の様に呟く。
「ほんとだねぇ。でもこれはこれで良いんじゃないかな。夕焼け空と夜空、どっちも観てるみたいで」
向かいに座った先生がそう返した。
「相変わらずポジティブね」
「だって、折角こんな良い景色観られるんだから」
先生の言う通り、悪くない景色だった。その向こうに人々の営みが想像出来て、心にぽっと火が点いた様に温かな気持ちになれる。
そういえば、以前観覧車に乗った時も、こんな情景を目にした気がする。
「何だか高校生の頃を思い出すわ。あの頃も遊園地で、友達と観覧車に乗ったの」
「そうなんだ。僕も高校の時、修学旅行で乗ったっけな」
先生は当時を回想する様に遠くを見据え、頬を緩めた。
「僕の高校は男子校でさぁ。いつか女子とふたりでここに乗ってキスでも出来たらなぁって、皆で盛り上がったの覚えてるよ」
「へぇ。あなたもそういうベタなシチュエーションに憧れてたの?」
「そりゃもう。こんなにロマンチックな場所って中々無いからさ」
「そう」
いつの間にか、ゴンドラは一番高い辺りまで来ていた。地上が随分遠く見える。
「していいよ」と、私は呟いた。
「え?」
外を眺めていた先生が、私に視線を移す。
「キス、していいよ。今」
「……どういう事?」
「そのままの意味よ」
唇が震えてきた。誤魔化す様に、私は口角を上げる。
「いいから、してみたら。誰も見てないし」
彼は明らかに戸惑っていた。そして数時間前と同じ様に目を伏せ、寂しそうな色を浮かべる。
重く繊細な沈黙が、密室の中に張りつめていた。彼はそれを壊そうとしない。私の期待にも応えない。
私は立ち上がり、彼の隣に体をくっつけて座った。驚いた様子の彼の肩に、頭を預ける。
「しないのね」
「うん。分かってたでしょ」
彼は小さく肩を揺らして、くつくつと笑った。私も、少し笑った。




