11.どうして……
まったりチームが最初のアトラクションに移動し始めると、絶叫チームのリーダー格であるさくらちゃんは早速“いいんじゃないですか”に乗りたがった。
のっけから飛ばすなぁと思いつつも、私達は彼女についていった。先生は既に身震いが止まらないらしく、歯をカタカタ鳴らしていた。
この遊園地の中でも特に人気のジェットコースターなので、結構な時間待たされた。その間、勝浦親子は全く同じテンポで貧乏揺すりをしていた。見た目は似ていないがやはり親子だ。
そしてついに私達の番が回ってきた。コースターは横に2席並んだものだった。相談の結果、勝浦親子が前、私と先生が後ろにそれぞれ座った。
スタートを前に、私は隣で顔を真っ青にしている先生が気掛かりだった。
「先生、大丈夫?」
「はは……もう駄目だ」
「まさかそんなに苦手だなんて思ってなかったわ。乗った事無いの?」
「あるから怖いんだよ。あの時は悲惨だった……何せ、乗ってる途中で吐いちゃったんだもんなぁ」
私はぎょっとして身を引いた。先生は依然として歯をカタカタさせている。
「ちょ、ちょっと先生、それ」
その時、『それではこれから発進します。激しすぎて気絶しちゃうかも知れないけど、いいかな?』とアナウンスが流れた。
『いいんじゃないですかー!!』と、スタッフや乗客が怒鳴った。さくらちゃんもノリノリで叫んでいる。色々よくない。
そんな私のツッコミを乗せて、コースターは走り出した。
「めっちゃ凄かったなぁ! 途中で何がどうなってんのか分からんくなったわ!」
興奮して勝浦さんに話し掛けるさくらちゃん。「最近のは凄いよなぁ、俺が子供の頃なんか――」と自然に彼女と会話する勝浦さん。
そんな微笑ましいふたりの後ろを、私は先生の肩を担いでのそのそと歩いていた。
「こうなるの分かってたんなら、先に言ってくれたらよかったのに」と私は零した。
「だ、だってチーム分けの時、跡部さんの目が据わってたから……」
先生はゼエゼエと息を吐きながら、苦しそうに声を出す。
「はいはい、私のせいですか。すみませんでした」
「別にそういう訳じゃ……」
「もう喋らなくていいわよ、しんどいんでしょ?」
彼はこくりと頷く。唇が紫に変色していた。ほっといたら死ぬんじゃないか、この人。
「でも、途中で吐かなかっただけ良かったわ。次はどうする? まったりチームの方に行く?」
「いや……もう、吐きそうなんだけど……」
「え!?」
私の声に、勝浦親子が振り向く。
「どうした。マッチ、具合悪そうじゃねぇか」
勝浦さんは今初めて、彼の異変に気付いたらしい。
「ええ、かなり。今戻しそうになってるらしいので、トイレまで連れていきます」
「マジか。俺も何か手ぇ貸そうか?」
「いえ、私ひとりで大丈夫です。折角の機会ですし、おふたりはこのまま楽しんでて下さい」
「そうか……悪りぃな、ありがとよ。じゃあ行くか、さくら」
「うん!」
さくらちゃんは素直に返事をして、次の場所へと歩き出した。仲良く並んで歩くふたりの背中を見ていると、ここへ来て良かったという実感が湧いてくる。
「良かったわね。あなたの遊園地で仲直り計画、成功したみたいよ」
私は先生に囁いた。
「あ、そう……それより早く……早くトイレに……」
「ああごめんなさい、そうよね」
私達も仲良く(?)歩き出した。
「はい、どうぞ」
私はベンチに座る先生に、自販機で買ったペットボトルのお茶を差し出した。
「ありがとう」
彼はそれを受け取り、一口飲んだ。さっきよりは心持ち穏やかな顔をしている気がする。
私は彼の隣に座った。
園内を歩く人達は皆気分が高揚している様で、誰も彼も楽しげに笑っている。私達ふたりだけが、まるで枯山水でも眺めているかの様に静かな気持ちを共有していた。
「具合、どう?」
「おかげさまでましになってきたよ。やっぱり、全部出しちゃったらすっきりするもんだね」
彼は私を安心させる様に微笑した。しかしいつもの笑みに比べれば、やはり弱々しい。
「そう。無理しないで好きなだけ休みなさい。私、ついててあげるから」
「ありがとう。今日は、いつものツンツンした跡部さんはどこへやらだね」
「あら、もう軽口叩く元気まで出てきたのね」
「軽口なんかじゃないよ。事実でしょ」
こんな状況でもいちいち癇に障る人だ。
「誰のせいでツンツンしてると思ってるの」
「ひょっとして僕のせい?」
「当たり前でしょ」
ふと、いつか真剣に話さなくてはならないと思っていた事が頭をよぎった。
「ねぇ。ちょっと質問したい事があるんだけど」
「どうぞどうぞ。僕、質問に答えるの大好きだよ。路上アンケートなんか急いでても答えちゃうし」
「……真面目に答えてほしいの」
「真面目に? それは苦手だけど、まぁいいよ」
「どうもありがとう。質問は2つあるんだけど、まず1つ目ね」
私は背を正して、彼に問い掛けた。
「あの時、どうして私を家に呼んだの」
彼はしばらくの間、私から視線を逸らして沈黙した。
私が再度口を開き掛けた時、彼は言った。
「どうしてだと思う?」
「……逆質問?」
「そう」
彼は子供の様に笑いかける。
「私は、あなたが私の事を本気で心配してくれてるからだと思ってた」
「ぴんぽーん。正解」
「ふざけないでよ」
「ふざけてない。本気で心配だったんだ」
急に彼は真剣な顔をした。そして背もたれに体を預け、青空を見上げる。
「君はあのままじゃ危なかった。生きる意味を失い、この世界に独り取り残された様な目をしていた。救ってやれるかどうか分からなくても、手を差し伸べずにはいられなかったんだ」
そう。私はあの時、生きる意味を失っていた。けれど、ファミリア202号室に移り住み、こんな風に何となく生きるのも悪くないと思える様になっていた。
私は、先生に救われたのだ。
「はい、1つ目の答えはこれね。さぁ、2つ目の質問は?」
「え、ああ。2つ目は……どうして、他に同居人がいる事を教えてくれなかったのか」
「成程。これも、先に君の考えを聞いていい?」
「……からかわれてるんだとしか思えなかったわ」
「ぶぶー。全然違います」
彼はけらけらと笑った。私はまたもやむっとした。
「じゃあ、ちゃんとした理由があるのね」
「まぁ、そうだね」
「早く教えてよ」
「えー、しょうがないなぁ」
彼は何故か照れくさそうに笑った。そして気持ちを整える様に深呼吸すると、私の目をまっすぐに見つめる。
しばらくの間、彼はそのまま動かなかった。その時間は不自然に長く、時が止まったのかと錯覚する程だった。否、彼の大きな瞳を見ていると、時間の概念すら忘れてしまいそうになるのだ。
「それはね。僕を男として見てほしかったからだよ」
「……え?」
止まっていた時は、また動き出した。でも私は、その瞳から目を離せなかった。
「男として、見てほしかった? 私に、って事?」
彼は頷いた。
「……冗談でしょ」
「違う。君の事が好きなんだ。初めて会った日から、今もずっとね」
頬が熱くなるのを感じた。何を言っているんだ、この人は。どうして何の恥ずかしげも無くこんな事が言えるんだ。
「嘘。嘘よ」
「僕は本気だよ。……もっとも、本気になったところで仕方がないんだけどね。君には旦那さんがいるんだから」
どうして。どうしてそんなに悲しそうに、目を伏せるの。
あの日の夜、マンションの前で“来てくれて嬉しい”と言ったあの言葉も、微笑みも、嘘じゃなかったの?
考えたって分からない。だけど私は、あなたを信じたい。
だって、私も。
何も言えないまま、時は流れた。




