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10.いざ、わんにゃんランドへ

 東京って、探せば何でもあるんだ。

“わんにゃんランド”というペット同伴可の遊園地へ向かう車内で、私はぼんやりとそう思った。

 後部座席に座る私の両隣には、ひとりの女の子と籠に入れられた一匹のチワワがいる。原中さくらちゃんと、佐野さんのペットのアロマ君だ。

 アロマ君は知らない人の隣にいるのが心細いのか、さっきからほとんどひっきりなしに吠えている。

「なぁ、ええ加減こいつうるさいわ。何とか出来へんの」

 さくらちゃんが不満そうに運転席に怒鳴る。

「何とかって言われてもぉ。アロマは人見知りで、初めて会う人が怖いんだよ。もうちょっと優しい目で見てあげて、ね?」

 ハンドルを握る佐野さんは浮かれた声で返事をした。きっと、一ノ瀬さんと遊園地を回れるのが楽しみで仕方ないのだろう。

「さくらちゃん、犬好きなんじゃなかった?」

 私はそう問い掛けてみた。1週間前にうちに来た時は、レイちゃんを抱きかかえて喜んでいた筈だ。

「犬種による。チワワはちょっと苦手やねん。取れそうな目ぇしとるもん」

 彼女はむすっとした顔で答えた。

「えーそうかな? 愛くるしいおめめだと思うんだけどなー」

 佐野さんの発言に、さくらちゃんはぷいとそっぽを向いた。このふたり、あまり相性が良くなさそうだ。




 日曜日の今日、私達は2台のレンタカーを借りてわんにゃんランドへ出発した。

 出掛ける前の同居人達の様子は三者三様だった。

 先生は予想通り大はしゃぎ。リュックサックの中身を何度も確認したり、遊園地のパンフレットを繰り返し読んだりする様子は遠足前の子供そのものだった。

 日吉君はずっとレイちゃんの様子を観察していた。遠くまで連れていくのが初めてなので、心配なのだろう。

 一ノ瀬さんはずっと佐野さんとLINEしていた。

 彼が佐野さんも遊園地に誘うと言い始めたのは数日前だ。当然私達は、日を改めてふたりで行けばいいでしょうとたしなめた。しかし彼は、佐野さんがムードメーカーとなってさくらちゃんの気をほぐしてくれると力説し、結局彼女も同行する事になった。

 それによって私と一ノ瀬さん達が同居している事も佐野さんにバレたが、例によって彼女のリアクションは薄かった。

 肝心の勝浦さんは朝から緊張しっぱなしだ。朝食もほとんど口にせず、全身汗びっしょりにしてシャツを2度も着替えた。

“1レースに100万賭けたってこんなにガチガチにゃならねぇな”と彼は苦笑していた。

 そして一行はマンションのエントランスに集合し、レンタカーを運転する人と同じ車に乗る人の組み合わせを決めた。

 結果、勝浦さんが運転する車に男性陣とレイちゃん、佐野さんが運転する方に女性陣とアロマ君が乗り込んだ。

 私達はさりげなく、さくらちゃんを勝浦さんと同じ車に乗せようと誘導したが、残念ながら彼女はそれを汲んでくれなかった。

 こうして、女子3人を乗せた車は走り出したのだった。




「それにしても、佐野さんが免許持ってるなんて意外だったわ」

 移りゆく巨大なビル群を眺めながら、私は言った。

「ほんとですかぁ?」

「ええ。だって佐野さんって、女子の中の女子って感じだし」

 というより、天然すぎて運転なんて出来ないだろうと見くびっていた。

 しかしここまでの彼女はちゃんと安全運転を心掛けている様で、乗り心地も快適だった。

「私、実家が物凄いド田舎にあるんですよー。車無しじゃどこにも行けないくらいガチのやつなんで、帰省する時の為に免許取ったんです」

「へー。偉いわねぇ」

 慣れた手つきでハンドルを操作する佐野さんは、何だかまともな人に見える。社内一の変人なのに。

「なぁ、佐野さんって誰とどういう関係があって来たん?」

 さくらちゃんが私の顔を覗き込んで訊いた。

「あ、言ってなかったっけ。私は跡部さんの会社の後輩なの!」

 先に佐野さんが答える。

「ふーん。仲ええんや」

「まぁ、彼女を直接誘ったのは一ノ瀬さんなんだけどね」

「え? 何で?」

「今良い感じなのよ、ふたり」

 さくらちゃんは目を丸くした。そして感心した様に「はぁー」と呟いた。

「あんたら、えらい複雑やなぁ。ええ感じって事は、まだ付き合ってないん?」

「さぁ? どうなの、佐野さん」

 彼女は「えー?」と困った様に言った。

「いや、多分付き合ってはない、かなぁ?」

「何で疑問形なん」とさくらちゃんが詰め寄る。

「うーん、今のところ順調っちゃ順調だけど、まだ知り合ってそんなに経ってないし。ちゃんとした告白も無いから、付き合ってはないなぁ、やっぱり」

「何や、おもんな。もったいつけるんやったらそれなりにオチのある話してぇや」

「オチのある話なんて即興で出来ないよぉ、芸人さんじゃないんだからぁ。さくらちゃんは流石、関西の子だねー」

「関西の子やない。生まれも育ちも千葉や」

『えっ?』

 思わず出た声が佐野さんとシンクロした。

「じゃあ何でそんなコッテコテの関西弁を……」

「お母ちゃんが大阪出身やの! 何か悪いか?」

 彼女は私達を睨み、ふんと鼻を鳴らした。そして私達の存在をシャットアウトするかの様に窓の方を向いた。




「初めに言っておくが、僕はレイと一緒に乗れる緩めのアトラクションを優先的に回りたい」

 スタッフに手渡された地図を見て、日吉君がそう宣言した。地図には各アトラクションの場所が印されており、ペットと一緒に乗れるものは星マークが付いている。

 私達7人と2匹は、わんにゃんランドの入り口付近で円になって集合し、これからの行動を決めているところだった。

 最初に喋り出した日吉君の方を皆まじまじと見ている中、ペット達と斉藤先生だけが落ち着きなく周囲を見回している。

「だが、ジェットコースターなど激しいアトラクションに乗りたい人も当然いるだろう」

「はーい。うちジェットコースター大好き!」

 さくらちゃんが勢いよく手を挙げた。元はといえば、彼女が犬好きだからわざわざペット可の遊園地を探してきたのだが。

 しかし、日吉君はそれを咎める事無く頷いた。

「そこでだ。僕と同じ様にまったり系に行く人、あるいはさくらと同じ様に絶叫系に行く人。この2チームに分かれるのはどうだろう」

「それ賛成! 私もアロマと一緒に乗りたいから、まったりチームが良いです!」

 佐野さんがリードを持っている手を激しくシェイクしながら言った。

「美咲がそっちなら、俺もそっちで」

 一ノ瀬さんが控えめに手を挙げて言う。

「あーっと、じゃあ俺ぁ激しい方に行くぞ」

 そう言いながらそろそろとさくらちゃんに近付く勝浦さん。

 さて、あとは先生と私だけだ。折角遊園地に来たからには、絶叫マシンに乗ってすっきりしたいものである。

 しかし、ここで私は危険を察知した。今、絶叫系に行こうとしているのは勝浦親子だけだ。

 つまり先生がまったり系に行ってしまうと、私はこの気まずい関係の親子にひとり挟まれて行動しなければならない。

 それだけはどうしても避けたい。でも絶叫マシンには乗りたい。

「じゃあ私と先生も激しい方にしましょうか!」

 私はにわかに声を張った。

「えっ? いやいや、僕はまっ」

「先生あのジェットコースター楽しみにしてましたもんね、ほら“いいんじゃないですか”ってやつ! 一緒に楽しみましょう!」

「え、あ……うん」

 流石の先生でも、私の剣幕から何かを汲み取ったらしい。大人しく従ってくれたが、表情には軽い絶望の色が見えた。……あくまで軽い(・・)絶望だ。




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