ゴミスキル『虫眼鏡』が覚醒して『神眼』に進化したので、俺を無能扱いして追放したやつらにざまぁする!
……というFランク冒険者に絡まれたSランク冒険者のお話です。
「たとえば、そう! Sランクで有名な君は、実は保有スキル皆無! それが君の真の姿だ!」
「はあ」
「あ、信じてないね? うんうん、みんな最初はそう言うんだよね。でも信じて!」
「信じるも何も、私は最初からスキルなしでギルドに申告していますが」
「かはっ」
「ついでに言えば、私は魔力も皆無ですね」
「え、うそ」
「そんな嘘ついてどうするんですか」
私の名は、ミル。一年前までは普通の村娘として畑を耕していたが、成人の儀で神様から何もスキルを与えられなかった。もともと魔力も皆無で魔道具すら使えなかった私は、更に注目を集めてしまった。もちろん、同情の目で。
村の神官さんのアドバイスの下、私は王都の教会総本山を訪ねた。司教様達の手厚い保護の下、何とか神の慈悲が得られないかと奉仕を続けているうちに……あることが判明した。
それから約一年。冒険者ギルドに登録した私は、いつの間にかSランク冒険者として名を馳せていた。
「くっ、なぜだ……。追放された直後に『虫眼鏡』のスキルが突然覚醒進化して『神眼』になったのに、なんかうまくいかない……」
「『神眼』ですか。確かに、鑑定系の最上位スキルですね。レベルはいくつですか?」
「……1」
「はあ。では、サブスキルは?」
「……ない」
「え? 『虫眼鏡』スキルには普通、分析スキルや探索スキルがサブスキルとして付随するはずですけど」
「えっ!? そんなの知らなかった!」
知らなかったって、ギルドで無料配布している初心者向け入門書に載っているんだけど。
今日もいつものように、ギルドの窓口で実家への仕送り依頼の手続きを済ませた後、受ける依頼を探そうと依頼ボードを眺めていたら、変なFランク冒険者に絡まれた。同じくらいの年齢の男の子で、カイと名乗った。
「火起こししかできないゴミスキルだとバカにされ続けて雑用ばかり押し付けられてきて、ちっともレベルアップしないからって数日前にパーティを追放されたんだけど……」
「それは……先輩冒険者の方々に騙されていたのでは。でも、それを避けるためにも、ギルド配布の入門書にメインスキルや付随スキルの一覧が記載されているのですが」
「……俺、文字読めない」
「そこからですか」
ギルド配布の入門書は、20個の文字を使って発音通りに記述する庶民向けの正書法で記載されている。貴族が嗜む古代正書法よりはるかに簡単に覚えることができ、一週間程度で日常語の読み書きができるはずだ。それとは別にある程度の専門用語を覚える必要はあるが。
「でも、スキルが変化するというのはレアですね」
「だろ!?」
「レアというだけで、全く聞かないというわけではないですけど。私の場合と違って」
「そうなの?」
「それも、ギルドの図書室の初級本に書かれているんですが」
「なんてこった」
「あ、スキルが変わったのなら速やかにギルドカードの更新をしないと。でないと、虚偽申告扱いとなってしまいますよ」
「やっべ」
どうやら、冒険者登録時の説明もロクに理解できていなかったらしい。
◇
「で、なぜまだついてくるんですか」
「いや、せっかくスキルが覚醒したんだから活用したいじゃん」
「理由になっていないんですが。でも、そうですね。では、足元にある草を鑑定してみて下さい」
「……何もわからない」
「植物の知識がないということですね」
「知識がないと鑑定できないの!?」
「できません」
「だから、君のスキル皆無しかわからなかったのか……」
「唐突に失礼ですね。魔力なしの方はわからなかったのに」
「ごふっ」
魔物討伐の依頼がほとんどなかったので、遠方にある希少な素材を採取する依頼を受けてギルドを出たら、なぜかカイがくっついてきた。無害っぽいし、採取依頼に寄生もないだろうと思い放置していたら、早速脱力するような様子を見せてきた。
「あなたはしばらく読み書き計算を学んだ方がいいですね。冒険者には必須のスキルですよ」
「え、冒険者ってみんなそんなスキル持ってるの!?」
「そちらのスキルではなく、学んで覚えるスキルの方です。依頼ボードの文字も読めないのでは不便でしょう?」
「……学んでいる時間が、ない」
「何か、忙しい理由でもあるんですか?」
「手持ちの金がほとんどない。宿無し空きっ腹で何日も学ぶなんてできない」
「はあ……」
貯蓄がないから学ぶ時間がない。学ぶ時間がないから簡単な依頼しか受けられない。簡単な依頼しか受けられないから当座の報酬しか得られない。典型的な貧困スパイラルである。
「知識を蓄えれば、『神眼』のレベルアップだけでなく、他のサブスキルも覚醒するはずなんですけど」
「うぐお……。あ、そうだ、君が読み聞かせてくれるというのは」
「お断りします」
「ですよねー」
などと漫才未満の漫才をカイと繰り広げていたら、遠方だったはずの目的地に到着した。おかしい、街から歩いて数時間はかかる森林地帯にある平坦部のはずなのに。
「えっ……採取依頼じゃ、なかったの?」
「採取依頼ですよ。少なくとも、魔物討伐依頼ではありませんね」
「だってアレ、ドラゴンじゃん! しかも、三体!?」
「飛びませんから、ドラゴンの中では比較的大人しい方ですけどね」
親子なのだろうか、大きいドラゴン二体に、小さいドラゴンが一体。仲睦まじそうである。そんなほのぼの家族の邪魔をするのは忍びないけど、依頼だからしかたがない。まあ、戦うわけでもないし。
「お、おい、なんでそんな簡単に近づいていくんだよ!」
「ああ、あなたは後ろの林の方に隠れていて下さい。ブレスが来たら黒焦げになりますから」
「よくわかんねえけど、そうする!」
あら、ある意味潔いですね。たまに、私のことを詳しく知らずに見かけた人が、私に逃げるよう強く叫びながら前に立ち塞がったりするのだけれども。
すうぅぅぅ……
「うおー! レベルがたけえブレスが来る! 『神眼』持ちの俺には手にとるようにわかる!」
なくても手にとるようにわかるが。通常の視覚で。
カッ―――――――――!
「どっしぇーーー!!」
どごおおおおおおおおんんん……!
最も強いと思われる父親ドラゴンなのだろうか、相応に威力の高いブレスが放たれる。平坦部の1/4の草花が吹き飛び、あっと言う間に荒れ地となる。ついでに、遠く離れていたはずのカイにも副作用としての風が吹き荒れ、少しばかり後方に飛ばされる。
「っててて……。あ、おい、大丈夫か……って、え……」
いまさらのように私を心配する様子を見せたカイが、すぐに唖然とした顔をする。ちなみに、私にブレスを叩きつけた父親ドラゴンも、それっぽい表情をしている。
まあ、そうか。私が全くの無傷なのだから。
「家族水入らずのところをごめんなさい。自然に剥がれたあなたたちの鱗を回収するだけだから」
◇
「魔法げんしょうのむこう? なにそれ」
「『現象』と『無効』の意味がわからないようですね。要するに、私には魔法が全く効かないんです。ドラゴンのブレスも魔法ですから」
「え、それなら服だけやられて、すっぽんぽんになるんじゃないの?」
「微妙に鋭いですね」
正確には『魔法が適用される高位精神世界の次元から常に外れている』ためである。私のスキルなし&魔力なしの原因であり、身につけていると意識している範囲全ての位相がズレることで同じく魔法が適用されない理由でもある。
「さっぱりわからんけど、じゃあ、魔物討伐の場合は……」
「魔法攻撃が通じず怯んでいる隙に、ナイフで急所をブスッと」
「えっと、それじゃあ、魔法を使わずぐわーっときたら?」
「物理攻撃のことですか。どこでもいいから触るだけで大人しくなります。ものによっては、消えてしまいますね。魔物は魔力の塊ですから」
「ずっこいじゃん!」
「そうですね」
スキルも魔力もないのをズルいと言われるのは複雑な気持ちだが、実際それであっさりSランクまで到達できるほどの成果を出しているのだから、そう言われてもしかたがないとあきらめてはいる。
「うう……俺のすっごいスキルはいつ役に立つんだ……」
「とりあえず、このアースドラゴンの鱗は鑑定できるようになったのでは?」
「え? ……うおおお、ホントだ!」
「現場で本物の鱗であることをしっかり認識しましたからね。しかも、鑑定系でも上位でないと判定できませんし」
「いやっふー! 鑑定師として食っていけるぜ!」
「アースドラゴンの鱗専門の鑑定師というだけでは無理なのでは……」
◇
その後、カイは『アースドラゴンの鱗の偽物』を見つけ出す冒険者として再スタートした。
が、案の定。
「数日でこの街周辺に広まってた偽物を全部判定しちまった! またレアな依頼に連れてってくれ!」
「まとまった収入が入って、書物を読む時間がとれたのでは?」
「宿の食堂のごちそうに化けた! つーかまだ文字覚えてねえ!」
「はあ」
「だから、はよ魔物討伐! もしくは、ミルが読み聞かせてくれ!」
「お断りします」
はー、いつまで絡んでくるんだろう、この人。
……私はこの時、想像すらしていなかった。
この調子で絡まれ続けてカイとあちこち旅をしていくうちに、勇者パーティさえ手こずっていた魔王軍を殲滅することになるとは。
私が四天王の砦を無効化して、カイが同様の砦を鑑定で発見して同じく無効化していって。
私が王都に紛れ込んでいた魔王の隠蔽魔法を無効化して、カイが魔王配下の魔人達を鑑定で発見して同じく無効化していって。
私が魔界の入口を発見して無効化して、カイが同様の入口を鑑定で発見して同じく無効化していって。
私が国王から褒美を賜る場で黒幕の邪神の空間転移を無効化して、カイが同様に邪神の眷属を発見して同じく無効化していって。
とはいえ。
「ミルー! また仕事がなくなって一文無しになった! 今度は勇者を鑑定できるようにしてくれ!」
「いいかげんにして下さい」
「俺まだ追放したやつらにざまぁしてねえし!」
彼は死ぬまでFランク冒険者のままだろうなということは容易に想像できていた。
もちろん、くっついたりもしません。