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「華麗なる萬★ジョン次郎先生」とパーティー追放ざまぁもの

今日もまた、手土産を片手に友人の家を訪れていた。

 インターホンを押すと、スピーカーからはプツリという音が響く。


「ああ、真由美だね。鍵は開いているから、遠慮なく入ってくれたまえ」


「はーい、じゃあお邪魔しまーす」


「うむ。待っているぞ」


 偉そうな返事のあと、再びプツリという音が響いた。

 それから、鍵のかかっていない扉を開け、花と写真が飾られた玄関を上がり、二階の部屋まで足を進める。


「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」


「うむ、入ってくれたまえ」


 ふざけた名前を呼びかけると、部屋の扉から満足げな声が返ってくる。

 扉を開けると、薄幸そうな未亡人っぽい見た目の女性がノートパソコンを覗

き込んでいた。


 コイツこそが私の高校時代からの友人、立花ゆかり、もとい、自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だ。


 部屋の中に入ると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回して、こちらに笑顔を向けた。


「やあ、真由美。元気にしていたかい?」


「まあ、ボチボチってとこだね。そっちの方は?」


「ふふふ、うだつがキャンノットライズといったところだね」


「つまり、相変わらずの感じか」


「まあ、そういうことだね」


 相変わらずののんきな口調で、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は答えた。

 

 ……先週の話だと、真面目に読者を増やそうとする気はある、という話をしていたはず。

 それなのに、昨夜公開された最新作は、長文どころか「ちり紙」という、たった三文字のタイトルだった。しかも、内容も、鼻の穴にティッシュペーパーが詰まって眠れなくなった、という非常にわけの分からない話だったっけか……


「おや? 真由美、そんなに脱力した顔をして、一体どうしたんだい?」


「別に……ところで、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』はどんな話が流行っているかとか、そういう研究はしてないの?」


「もちろんしているさ! 今日もついさっきまで、各種投稿サイトのランキング上位作品のタイトル、あらすじ、第三話までを読んでいたところだよ」


「ふーん。相変わらず、ちゃんと研究だけはしてるんだ」


「ああ、意外とちゃんとしているぞ。ちなみに、昨今は『パーティー追放ざまぁもの』というジャンルが流行っているぞ」


「それって、どんな話なの?」


「ファンタジーな世界の中で、『僕(私)は本当はすごい人間なのに、周りの見る目がない人たちが認めてくれないからいけないんだ』、というテーマに沿って進んでいく物語群だね」


「へー、そうなんだ」


「そして、そういったジャンルの流行をあまり面白く思わない方々は、『僕(私)の作品は本当は面白いのに、周りの見る目がない読者たちが読んでくれないのがいけないんだ』、という言葉を口にして憤慨しているね」


「なにそれ、地獄かな?」


 思わず問い返すと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は苦笑を浮かべて首を傾げた。


「まあ、傍目から見ている分には、どちらも面白い、と思うのだよ?」


「面白がるのはどうかと思うよ……」


「そうか、真由美がそう言うのならば、面白がるのは自重しよう」


 どこか他人事のように、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はそう言った。

 うだつが上がらないという自覚があるなら、もうちょっと当事者意識を持った方が良いと思うんだけど……。


「ん? 真由美、どうしたんだ? 河童がバタフライで泳いでいるところに遭遇したような顔をして」


「どんな顔よそれは……まあ、その話は置いておいて、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』はどっちなの?」


「どっち、というのは?」


「ほら、その流行ジャンルを迎合する方なの? それとも、否定する方なの?」


 私が尋ねると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は、なぜか勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「ふふふ、どっちもなにも、彼らの根本にあるのは、『上手くいかないのは自分じゃなくて周りのせいだ』、という同じ考えなのだよ」


「そう言い切るのはどうかと思うけど……、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」の頭の中では、そういうことになってるのね」


「まあ、我ながら極論にして曲論だろうとは、思っているのだけどね」


「なんなのよ、その『きょくろんにしてきょくろん』てのは……」


「ふっふっふ、ウィットに富んだ言葉遊びなのだよ」


「ああ、そうなんですかー。へー、すごーい」


「なんだか、反応が冷たい……」


「気のせい気のせい。ともかく、『上手くいかないのは自分じゃなくて周りのせいだ』、って考え方を否定するのか、肯定するのかでいったら、どっちなのよ?」


「そうだね……こんなご時世だし、全て周りがいけないんだ、って思いたくなる気持ちは、すごくよく分かるよ」


 ゆかりはそう言うと、回転椅子を回して窓の方を向けいた。窓の外では、ヘリコプターが灰色の空の中を飛んでいる。


「ただ、『自分が何かをすれば、まだいろんなことがどうにかなるかもしれない』、って気持ちも捨てたくないかな」


 ……うん。

 その言葉が聞けて良かった。


「……よし! それじゃあ、手土産に持ってきた芋羊羹を食べながら、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』が今後何をすべきなのか、一緒に話し合いませんこと?」


 おどけた調子で提案してみると、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は椅子を回してこちらに笑顔を向けた。


「それは素晴らしい考えだ! それでは、早速、特級品の緑茶を用意しよう!」


 回転椅子から飛び降りた『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は、鼻歌まじりに意気揚々と部屋を出ていった。

 本人がまだ希望を捨てていないのなら、特級品の緑茶とやらをいただきながら、あれこれ対策を話し合うことにしましょうか。

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