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7 異質な魔力(カリス視点)


 「お前の魔力は異質だ」と、誰もが言った。


 カリスの不思議な力は、赤ん坊の頃から発揮されていた。その時からすでに、泣く度に冷気を放っていたというのだ。成長していくにつれ、その威力はどんどんと強まっていった。


 始めは冷たい風を作る程度だった。

 よちよち歩きをする頃には、冷気はさらに強まり、両親や使用人がしょっちゅう風邪を引くようになった。

 物心ついた頃には、小さな氷を作り出すようになっていた。それも自分の意志で魔術を使っているわけではなく、感情の高まりによって、勝手に魔術が発動してしまうのだ。


 両親はカリスの力に悩み、ありとあらゆる場に相談した。しかし、どんなに高名な魔術師も、カリスの力には首を傾げるばかりだった。


 通常、魔術の行使には『呪文の詠唱』が必要不可欠だ。理論を理解して、呪文を覚えて、それで初めて魔術が使えるようになる。赤ん坊の頃から無意識のうちに魔術が使えるのは「異質」であると、誰もが評した。


 原因がわからぬまま、カリスの力はどんどんと強くなっていった。

 6歳になる頃には、感情が高ぶると周囲を凍らせるようにまでなっていた。


 その頃、カリスは1人の友人を凍らせてしまったことがある。氷は魔術ですぐに溶かされたから大事には至らなかったが、その日からカリスに友人はいなくなった。


 更には使用人に疎まれていることにカリスは気付いていた。腫れ物に触れるように、使用人たちはカリスに接していた。


 カリスの力を知ってもなお、優しく接してくれていたのは両親くらいだった。だが、両親は多忙なため、ほとんどカリスと顔を合わせることがなかった。


 カリスの話相手は、小さな使い魔1匹だけ。友達も作れず、使用人には避けられ、多くの長い時間を少年は孤独に過ごした。


 両親はカリスの能力を周囲に隠すことにした。そのためカリスに感情を抑制する術を習得させた。魔術の制御の方法がわからない以上、感情を抑制するしか、魔術の暴走を抑える手段がない。

 カリスはそうして、感情の制御法を習得した。


 8歳になる頃にはあらゆる感情を抑えこむことができるようになっていた。カリスの心は氷のように冷たく何も感じないようになっていた。

 カリスは誰に対しても、冷淡な態度で接するようになった。ますます周囲からは疎まれて、遠巻きにされていった。


 そんなある日のこと。


「こんにちは、カリス様。イリーナ・カルリエと申します」


 カリスはイリーナと出会ったのだった。


 イリーナは屈託のない笑顔をカリスに向けてくれた。そんな風に純粋に笑いかけてくれる相手は、カリスにとって久しぶりの存在だった。


 かわいいな――と、素直にそう思った。

 しかし、表面上のカリスは無表情を装っていた。


 両親が何を考えてその縁談を結んだのか、カリスはわからないし、興味もなかった。

 イリーナという少女のことはかわいいと思うけれど、必要以上の付き合いをするつもりもない。だからいつも通り、冷淡な態度を貫いた。そうしていればこの少女だって自分に興味を失くして、いずれは離れていくだろう、と。


 そう思っていたはずだったのに……。


「カリス様、お会いできてうれしいです! カリス様にお会いしたら、お話したいことがいっぱいあったのです」


 イリーナはいつ会っても笑顔で話しかけてくれた。


「カリス様はいろいろなことを知っていらっしゃるのですね。もっと教えてください」


 どれだけ冷たく突き放そうとしても、離れていかない。

 いつでも自分に、その太陽のような眩しい笑顔を向けてくれた。


「もうお別れの時間なんてさみしいです。また私とお会いしてくださいますか?」


 また会いたい――。


 そんなことを誰かに言われたのは初めてだった。何も感じなくなったはずの胸が久しぶりにきゅうと痛くなった。


(また会いたい……。あの笑顔を見たい……僕も)


 イリーナが去って行った後で、呆然とそんなことを考えている自分がいた。そして、そばにあった花瓶を無意識に凍らせていたことに気付いて、カリスはその気持ちを慌てて振り払った。


 イリーナと会えれば嬉しいし、もっとあの笑顔を見ていたい。

 その気持ちにカリスは蓋をするしかなかった。


 自分の異質な力がイリーナに知られてしまったら、彼女が遠くに離れていってしまうと思った。かつての友人のように。使用人たちのように。

 それだけは避けたかった。


 そして、イリーナと出会って半年が経った頃のこと。


 その日は庭でイリーナと散歩をしていた。いつものように屈託なく話すイリーナに、カリスは感情を突き動かされそうになって、必死で気持ちを抑えこんでいた。


 その時、突然、顔を隠した男たちが2人に襲いかかって来たのだ。頭を殴られ、意識が遠くなった。気が付いた時、カリスはイリーナと2人で暗い部屋に閉じこめられていた。


 『誘拐されたのだろう』とカリスは状況から分析していた。

 少年はそんな時でも平静を保っていた。


 誘拐犯の目的はわからないが、きっと狙いは自分でイリーナは巻きこまれたのだ。そう判断して、イリーナの顔を見る。そして、カリスは息を呑んだ。


 いつも笑顔を浮かべていたイリーナの面持ちは、恐怖に強張っていた。その目からはらはらと涙が零れ落ちている。


 イリーナが泣いている――。


 その時、カリスの心は爆ぜんばかりに熱くなった。普段、気持ちを抑えこんでいるカリスが、それほどまでに激しく感情を高ぶらせたことは初めてのことだった。気が付いた時には誘拐犯をすべて凍らせていた。


 イリーナに泣いてほしくなかった。彼女の笑顔を奪う者は誰であっても許せないと思った。


 カリスはその時、初めて気付いた。

 イリーナのことが好きだという気持ちに。




 + + +



(気付かない方がよかった……僕は彼女のことを好きになるべきじゃなかった)


 あれから8年の月日が経った。

 カリスは後悔していた。


 彼女を好きだと気付いてから、気持ちは強くなるばかりだ。


 彼女に会えば会うほど、あの笑顔を目にすればするほど、どんどん好きになる。

 そして、感情を抑えこむために、ますます冷淡な態度をとるしかなくなる。


 好きだから、冷たくしなくてはいけない。

 会いたいのに、遠ざけなくてはならない。


 それはカリスにとって、何よりも苦しいことだった。


 初デートに失敗して、3日が経っていた。

 イリーナはいつもの通学時間に顔を見せなくなった。それほど彼女のことを傷つけてしまったのだと思うと、カリスは自分のことが殺してやりたいくらいに憎かった。


(会いたい……だけど、これ以上、彼女を傷つけるくらいなら)


 もう会わない方がいいのだろうか。


 感情を抑制して、生きるようになって数年。

 氷のように冷たく何も感じなくなったはずの心が、みしみしと悲鳴を上げるほどに痛んだ。


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