5 デート!?死にます!
(拝啓・お父様、お母様……。今まで育ててくださって、ありがとうございます。突然ですが、私はもう長くはないかもしれません……)
イリーナは本気でそう思った。
それほどのことが今、起こっていた。
心臓がばくばくと早鐘を打ち、両手も脚もがくがくと震えている。額を冷や汗が流れ落ちる。絶対に寿命が縮んだ。そうにちがいない。
だって……
(カリス様とお出かけだなんて……私、想像だけで気が遠くなりそうです……!)
ぷしゅう、と顔から湯気を出さんばかりに、イリーナは赤くなる。そして、持っていた手紙に額を押しつけた。
そこには「今度の休日、一緒に観劇に行かないか」という旨が書かれている。
カリスと出かける。つまりデート……! 子供の頃は一緒に遊んだこともあるが、学園に入学してから二人きりで出かけることはなくなった。
これはデート……初デートだ!
(これは……デートのお誘いと受け取ってしまっても、よろしいのですよね……!?)
イリーナはドキドキと鳴る胸を抑え、もう一度、手紙に目を通した。
夢中で読み返していたイリーナは、「きゃんきゃん!」とうるさい声でハッとなった。
ふわふわとした生き物が窓枠に乗っている。何かを催促するようにじっとイリーナを見つめていた。
「あ……ごめんなさい、スコルさん! 手紙を届けてくれてありがとうございます」
イリーナは机から金平糖を取り出して、そちらに歩み寄る。
窓際でしっぽをぶんぶんと振っているのは幻獣。子犬のような姿に翼が生えている。スコルだ。
郵便屋の帽子と斜めがけ鞄を誇らしげに身につけている。この国での手紙の配達は『スコル便』が主流だ。スコルたちがぱたぱたと翼をはためかせ、上空を飛び回っている様子をよく目にすることができる。
スコルの好物は甘いお菓子だ。郵便を届けてくれた礼に、チップとしてお菓子を渡すのが慣習となっていた。
中でも金平糖は最近スコルたちの間でブームになっているため、各家庭に常備してある(スコルは飽きっぽいところがあるため、お菓子のブームはコロコロと変わる)。
イリーナが金平糖を放ると、スコルはぱくりと口でキャッチした。嬉しそうにしっぽを振っている。
そして、翼をはためかせ、窓から飛び立った。
イリーナは手を振って、スコルを見送る。
それからハッとして、手紙と向き直った。
「こ、こうしてはいられません……! イリス! イリスはいますか!?」
デートのために万全の準備を整えなくては。
イリーナは慌てて、親しいメイドの名を呼ぶのだった。
◇ ◇ ◇
「カリス様! お待たせいたしました」
かわいらしい声が響き渡る。
カリスは冷徹な視線をそちらへ向けた。声の主と視線が交わる。
その瞬間。
いつも無表情ばかりのカリスの顔に、変化が起こった。
――引いている。
引きつっている。
ちょっぴり怯えているようにも見える。
というのも、彼の目の前に現れたのが。
「ちょっと……ちょっと待って」
「もう、どうしたんですか。カリス様ったら♪」
「君……いったい何のつもり」
カリスが震える指先で示した先には――
「どう? 似てる? 僕、イリーナに似てる?」
ばち! ばち! と、ウィンクをしてみせる小動物の姿がある。
カリスの使い魔・リュビだ。いつものふわふわ水色の毛並みはそのまま。なぜか顔の両端に、栗色の三つ編みをぶら下げている。
リュビは前足を床から離して、得意げに腕を組んで見せた。
「ぶっつけ本番のデートなんて、君にはハードルが高すぎると思って。気の利く使い魔な僕が、予行練習に付き合ってあげようと思ったわけ!」
「その三つ編みは……」
「少しでもイリーナに見えるようにと思って!」
リュビはどうだ! とばかりに胸を反らした。
使い魔の顔をカリスは呆然と見つめる。その目から少しずつ光が消えていった。
「……てない」
「え?」
「イリーナに全然、似てない!!」
怒号が飛ぶ。ついでに冷気も氷も飛ぶ。
突然、降って来た氷の雨に、リュビはぴゃっ、と飛び上がった。
「イリーナはもっと……! もっとかわいい! 子犬のようで、天使のようで、女神でもある! 似てないにも程がある! これはイリーナへの侮辱行為だ!」
「うわー!? 待って待って、そこ!? 問題はそこなのおお!?」