ティファとジェニファー
二人の少女の四つの瞳が僕の姿を捉え、二人の表情が驚愕と絶望に染まる。今の僕の姿を考えれば仕方ないんだけど、少し傷つく。兎も角助けてしまおうと思ったら、何とも言えない違和感を感じて立ち止まってしまう。
(何だろう……?本能があの人たちを敵だと言ってる感じがする。それにあのリザードマンと戦いたくない?)
それがリザードマンとしての本能だということに気付くのにそう時間はかからなかった。いざ戦おうとすると、何か途轍もない禁忌を犯す気がして足が竦む。
少女たちの方に目を向けると透明な膜のようなものを張ってリザードマンたちの攻撃を防いでいた。膜の中で真剣な表情で菫色の髪の少女が、片割れである茜色の髪の少女に何か話している。
話し終わったのか、茜色の髪の少女がこちらに顔を向け、手を胸の前で組んで何かを言ってるけど、やっぱり何を言っているのかわからない。
「―――――助けてッ!」
(言葉が分かる!)
「わかりました!」
茜色の髪の少女が言葉を言い終えると、細く拙いだけど確かな繋がりを少女との間に感じた。
さっきまで感じていた違和感が消えて動ける。なら、助けない理由はない。
「シッ!」
「グルアッ!?」
右端のリザードマンに向かって走り、その勢いのまま飛び蹴りで蹴り倒す。急に後ろから攻撃されて困惑の声を上げるリザードマンの手から槍を奪い取り、奇襲の衝撃から立ち直れていない中央のリザードマンの喉を槍で突き刺す。
「ギャアアアァァァ…ァァ……ァ…」
「あと一匹!……あれ?」
「……む、こちらは片付いたぞ。それにしても、言語を扱うほどの知性もあったのか…。…………これは亜種どころか変異種か?」
「あ、あのー……」
「……生きてる…私、生きてる!」
「…………」
もう一匹も倒そうと思って目を向けると、喉から血を流してうつ伏せに倒れているリザードマンがいた。
話しかけても、リザードマンを倒したのだろう菫色の髪をした少女は考え込んでいて聞こえてないみたいだし、茜色の髪をした少女も生を噛み締めて泣いていて聞こえてない。……どうすれば良いんだろう?
「…ぐすっ、ぐすんっ……。……あっ、すみません。待たせちゃいましたか?もう助からないと思ってたから、助かってつい感極まっちゃいました……」
「いや、それは良いんですけど……」
「……すみません、もう少し待っていてくれませんか?シェリーダさん、ああなると暫くあのままなので……」
「あ、はい。分かりました。えーと……」
「ティファ、ティファ・ルーデント、と言います。よろしくお願いします、リザードマンさん」
そう自己紹介してティファさんが頭を下げる。名前を聞くのを忘れていたから、ティファさんが察してくれて助かったよ。そういえば、名前はどうしようかな。前世の名前を使おうかな、新しい名前だと呼ばれたときにすぐ反応できないかもしれないし…。
それにしても、まだシェリーダさんがぶつぶつ独り言を言ってるんだけど……少し鬼気迫るものがあって怖いな。
「僕の名前はリュート・ミズシマと言います。ティファさん、こちらこそよろしくお願いします」
「…………」
「…………」
あ、あれ?何かまずいこと言ったかな?ティファさんは口をあんぐり開けて固まってるし、ジェニファーさんも髪の色と同じきれいな菫色の瞳を見開いて僕を見てる。
「……ネ、ネームドモンスター…………」
「………驚いたな、こんな浅い階層でネームドモンスターが現れるとは…」
「ネームドモンスターがどうかしたんですか?」
「君のことではあるんだけど、君に説明しようとすると時間がかかるから、そうだな……他のモンスターよりも強いとだけ言っておこう」
なるほど、確かに僕は自分の居場所どころか、この世界?の常識を知らないからモンスターの説明なんてされても基礎の基礎から説明してもらわないと理解できないだろうな。
他のモンスターより強いかぁ……同族っぽいリザードマンは意外と簡単に倒せたし間違ってないんだろう。
「さて、ティファはリュートと本契約結んでくれ。その間に私はこのリザードマン共にとどめを刺す」
「はい!」
本契約って言葉も気になるけど、その後の言葉の方が衝撃的すぎる。
「……えっ?まだ生きてるんですか、そのリザードマンたち」
「…なんだ、まだ見たことがなかったのか。それなら覚えておくと良い。モンスターは死ぬと……この様に灰に変わって魔石と今回は出なかったが稀に体の一部を残す」
ジェニファーさんが灰の中から親指の爪ほどの青紫色の結晶を取り出しながら説明してくれる。喉を裂かれた状態でまだ生きてたんだ……流石はモンスター、人型でも根本的に人間とは違うんだ。
…………いや、僕もそうなんだけどね。
「……それで本契約って何ですか?」
「ええっとですね……。私の職業はテイマーと呼ばれるもので、簡単に言うとモンスターと契約して使役することができるんです」
「へぇ……ということは…………僕を使役するってことですか?」
使役されるのはちょっと…………一部の人なら大喜びするんだろうけど。
そんなことを考えていたら、ティファさんが大慌てで否定してくる。
「ちっ、違います!……まあ、ある意味違わなくはないんですが……。私がやろうとしているのは契約の中の一つで盟約って呼ばれるものなんです」
「……それはどういうものなんですか?」
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ!お互いに友好的でいましょうってぐらいの緩い契約ですから」
「うーん、分かりました。契約します」
「えっ!?良いんですか?私が言うのもなんですが、会ったばかりですし……それに私が本当のことを言ってるとは限りませんよ?」
「はい、ティファさんたちは悪い人には見えないので………」
無いと思うけどこれで騙されたら僕の人を見る目が無かっただけだしね。お爺ちゃんもそんなこと言ってた気がするし。
「じゃあ、私の後に続いてください。……我は汝に友好を望む」
「……我は汝に友好を望む」
「盟約をここに、恒久なる友好の証を示さん」
「盟約をここに、恒久なる友好の証を示さん」
「盟約」
「盟約」
細く拙い繋がりが強く確かなものになったのを感じた。何かを強制される感じもない。信じてはいたけど、二人に気付かれないように安どの息を吐いた。
「終わったか。何か異常はないか?」
「うん、大丈夫」
「僕も特にはないです」
「そうか、それは良かった」
リザードマンたちに止めを刺し終えたジェニファーさんが近づいてくる。少し心配そうな顔をしてたけど、僕たちが何ともないと分かると笑顔に変わった。
「では行くとするか」
「はい、返りましょう!」
「はい……って何処に?」
「契約したのだからついて来るものだと思ったのだが、違ったのか?」
「いいえ、ついていきます!」
良かった。漸くここから出られるみたいだ。返事をして、先を歩いている二人に追いつくために早足で歩く。
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