プロローグ
始めまして、よろしくお願いします。
僕、水島 龍斗は代々水島流武術という徒手、剣、槍など、何でもありの実践的な総合格闘術を受け継ぐ武門の名家の長男として生まれた。
でも、僕は生まれながらの虚弱体質で体が弱かった。跡取りとして期待されていただけに、周囲の落胆は大きかった。それでも両親は僕を愛してくれたし、四人いる祖父母も優しかった。……まあ、父方のお爺ちゃんはその程度鍛えれば克服できる、とか言ってかなり厳しく武術を教えてくれたけど、幸せな日々だった。
それが変わったのは、僕が十一歳の夏だった。父方のお爺ちゃんとの武術の稽古中に、突然眩暈を感じて僕は倒れた。お爺ちゃんが血相を変えて走り寄ってくるのは見ていたけどそこから先の記憶はなかった。
目が覚めた時には記憶にない白い天井が見えたので驚いたけど、僕が寝ているベットの横に座っていたお母さんが病院の病室だと教えてくれた。
それから数日、色々な検査を病院で受けた後に僕は退院した。迎えに来てくれた両親に結局何が原因で倒れたのか聞いても曖昧な笑みを浮かべるだけで何も教えてくれなかった。
あれから四年、僕は十五歳になった。あの日から僕はさらに病弱になり、二か月前から床に臥すことも多くなってきた。多分、あの時倒れた原因は何かの病気だったのだろう。それも今の医療では治療できない類のものだと思う。
「…僕は後どのくらい生きられるんだろう……?」
すっかり細くなってしまった腕を見ながらそう呟いてしまう。僕が床に伏し始めた頃から両親やお爺ちゃんたちが、何かに焦っている気がする。………僕の病気の治療法が見つからないんだろう。
今日の体調はとても良かったけど、なかなか寝付けない所為で余計なことを考えてしまう。
「……ん………おにいちゃん…………?」
「……ごめん、起こしちゃった?」
「ううん……ねむれないの?」
「……ちょっとね。でも、大丈夫だよ。……ほら、まだ夜だよ、お休み」
「……うん、おやすみなさい」
僕の隣で寝ていた今年で四歳になる弟の翔二が目を擦りながら、薄っすら目を開ける。翔二はとてもよく僕に懐いていて夜はいつも僕と一緒に寝たがる。そんな翔二が僕もとても好きだった。目に入れても痛くないほどだ。
だから、翔二が心配してくれたことが嬉しくてつい頬が緩んでしまう。翔二を寝かしつけてしばらくした後、不意に部屋の外に人の気配を感じた。
「……誰だろう?お父さんたちじゃないし、使用人の人でもないし……まさか、泥棒?」
念のために、部屋に飾ってある鞘に納まった刀を手にして障子に近づいていく。ちなみにこの刀は刃引きされていない真剣なんだよ。……何で子供の寝る部屋にこんな危ないものを置いているのか不思議だったけど、こういう時にこんなにも心強いとは思わなかった。
刀は背中に隠した状態にして障子に手をかけ、勢いよく縁側に飛び出した。
「誰だ!?」
「……何だぁ?このヒョロイガキは?」
「多分、この家のガキだろ」
「んなことは分かってる!そうだなぁ、騒ぐ前に捕まえとくか」
「そうするか、いざって時の人質に使えそうだしな」
月明りに照らされた縁側に四つの影が浮かび上がる。僕から見て手前に二人、奥のほうに二人だ。どうやら二手に分かれて行動し始めたところだったようだ。体格からして全員男のようだ。
奥のほうの二人はこちらを無視して縁側の角を曲がっていった。手前の二人は泥棒の癖にこっそりと動くつもりはないらしく、大声で相談してから僕を見てきた。
「……おい、ガキ。おとなしく捕まれば痛い思いせずに済むぜ」
「…………」
「チッ!…なんか言えよ、それともビビッて声も出ねぇのか?」
「ギャハハハハ!喋れるわけねぇだろ!むしろ、漏らしてないだけマシじゃね?」
「さて、大人しくしろよ?」
いや、本当にこの人たち泥棒なのか、疑問に思えてきたよ。このまま誰かが来るまで何もしないで騒いでいてくれないかな……。
騒ぎつつも一人がナイフを取り出して僕に近づいてくる。さっき爆笑していた方はその後ろでニヤニヤと余裕のある顔で笑っていた。
「……言っても意味がないと思うけど、油断大敵って言葉があるんですよ」
「あん?その言葉が何だってっ…あがぁ……ぐぅ…!?」
「せいッ!!」
「……ぐはっ…………!」
男は僕を逃がさないようにするためか、少し股を開いて横に抜けられないようにしてにじり寄ってくる。はっきり言って縁側は後ろにも続いているので意味が無いと思うけど、こっちとしては都合がいいので何も言わないでおく。
もう少しで相手の間合いに入るという所で、僕方から相手の間合いに飛び込む。驚いて男の動きが止まって隙に背中に隠していた刀を鞘に収まった状態のまま、男の股間を狙って下から掬い上げるように振るう。
急所を強打された痛みで悶絶し、前屈みになったところで顎に下から掌底を放つ。その一撃が止めになり、男は白目を剥いて後ろに倒れた。
「なっ!?斎藤っ!?テメェ、何しやがる!!」
「貴方達から仕掛けてきたみたいなものでしょ!?」
「……この野郎っ!ふざけやがって!」
この男の人、斎藤って言うんだ。いや、そんなことより目の前の敵を何とかしなきゃ。もう一人の男に先ほどの余裕ような顔は無く、その表情は驚愕で彩られていた。しかし、すぐにその表情は怒りへと変わった。
挑発したつもりは無かったのに凄い怒ってる。月明りだけだから顔とかは見づらいけど、きっと凄く怖い顔してるよ、あの人。
(体の調子は今までのことを考えれば信じられないほど良い。刀も重いけど問題なく振れる。もしかしたら、病気になる前より良いかもしれない…。これなら少なくとも素人に負けることはない)
「テメェ、ぶっ殺してやる!」
「よっと」
「くっそ、避けんじゃねぇよ!ぐふっ!?」
「ふんっ」
「…ぐぇっ………」
男はナイフを構え、怒りに任せて突進してくる。でも、怒りに任せて突進してくるだけなら対処は簡単だ。
僕は男の腕に鞘を当てて、ナイフと男の体の軌道を逸らしつつ男とすれ違う。悪態をつきながら振り返ろうとした男の横顔を納刀状態の刀で思いっ切り殴りつける。さらに四つん這いになった男の後頭部も同じように殴りつけた。
一応、生きているのか確認した後、二人は邪魔なので庭に転がしておく。
「はぁ、はぁ、……ふぅ、後二人か…。早く捕まえないと……」
「ぐああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「へ?」
「聞いてねぇ、こんなバケモンがいるなんて聞いてねぇぞ!」
泥棒のもう一組の方を捕まえに行こうとと思って、もう一組が消えていった曲がり角の方に目を向けると、角から庭の方に人が飛んでいった。
つい間抜けな声を出して呆然としていたら、今度は槍が角から姿を現して一直線に飛んでいき、コンクリート製の塀に突き刺さる。その後に泥棒に一人が這う這うの体で曲がり角を曲がってくる。その顔からは恐怖で血の気が退いていた。
「くそ、おい、お前ら、逃げ…る……ぞ……?」
「…後は貴方だけです」
「なん、何なんだよ、テメェらは!?バケモノしかこの家にはいないのかよ!?」
「……心外じゃのう」
「ひ、ひいいぃぃぃぃぃぃ!」
泥棒がこっちに顔を向けると、唖然とした表情をした。
徐々に理解が追い付いたのか、今度は恐怖して化け物を見る目で僕を見て、喚き散らした。
お爺ちゃんが曲がり角から姿を表して泥棒を凄むと、泥棒が悲鳴を上げて気絶した。
人を数メートル飛ばしたり、槍を投げてコンクリート製の塀に突き刺さらせたりしたのは、お爺ちゃんだったのか。……あれ?お爺ちゃんって、人間?
「龍斗、そちらは何人じゃった?」
「二人だったよ。他にはいないと思…う……?」
「龍斗っ!!」
なんだか急に体に力が入らなくなって……凄く眠い…………。
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