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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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魔導師と迎える朝/2

「王家が動く理由が必要になります。あなたに矛先が向いている――ということは、同時に、あなたが故意に、王家を動かしたという可能性が出てきます」

「どうやって?」

 教祖の逮捕劇には、序章があったのだ。

「いくつか方法はありますが、ミズリー教祖がシュトライツの政権を握ろうとしていると、王家へもらす。そうすれば、突然、あなたを拘束したのも納得がいきます」

 ダルレシアンはふんわり微笑んでいるだけで、言動を起こさなかった。今の話は崇剛の憶測で、事実とは言い切れない。

 さっきから、ダルレシアンは疑問形ばかりを投げかけていたが、崇剛はとうとう逃げられないようにチェックメイトした。

「どのように動かしたのですか?」

 言ってもいい。この男は真相に近づいてきて、シュトライツ王国とは関係がないのだから。ダルレシアンは真剣な面持ちになった。

「千里眼を使ったの?」

「いいえ、理論だけです」

 冷静な水色の瞳が横へ揺れた。

 メシアを使えば簡単なのに、あえてそれをさける。面白い男だと、教祖は思った。ダルレシアンは頭に両腕を当てて、そのままベッドにどさっと倒れ込む。

「キミはさすがだね。どうして、王家はこんな簡単な罠に引っ掛かったのかな?」

「欲望という感情に踊らされたのかもしれませね」

 崇剛は勝利を祝福して振り返り、今初めてダルレシアンの凛々しい眉を見た。

 男がひとり、自分のベッドに横向きに倒れ込んでいる。しかも、今日会ったばかりの異国から来た男。そんなことよりも、崇剛はシュトライツ王国のことを知りたがった。

「あなたは犯人が王家の中のどなたか目星がついていたのではありませんか?」

「蜂の巣をつつくってことかも?」

「今から七個前の私の質問にまだ答えていませんよ」

 どのように動かしたのですか――?

「ボクが拘束される前に――」

 こんな答え方をする男ではない。銅色の懐中時計を、自分の爪を見るふりをして時刻を確認――インデックスをつけているのだから。崇剛は逃さなかった。

「何月何日の何時何分ですか?」

「三月二十四日、木曜日の十一時三十六分二十五秒」

「そうですか」

 崇剛が瑠璃の夢を見て、目を覚ました時刻からたった二秒前だった。

 教祖はあの立派な教団の建物の中で、誰とどこで会って会議室へ向かったのか、脳裏に鮮明に蘇らせていた。

「重鎮を集めて、ボクは王族制を廃止し、国民を救おうという話をした。それが、スパイによって王家にもれ出たってこと。でも、情報を漏洩させて、王家を動かすのが目的なんだから、その通りになって成功したよ」

 教祖に王様が誘い込まれた結果が、民衆による暗殺だった。神に反則とまで言わしめる頭脳の奥では、国王が死ぬという可能性はあったのだろう。いや、真の目的だったのかもしれない。

 遠い異国の出来事で、発展途上の花冠国で生きている崇剛は単純に知りたがった。

「シュトライツの政治はどのような情勢だったのですか?」

 聡明な瑠璃紺色の瞳は影を落とした。カチカチと置き時計が時を刻む音に、ダルレシアンの声が混じり始める。

「千年以上も続いた王制は完全に腐敗してたよ。貧富の差は広がるばかりで、科学技術の特許は王族が全て持ってゆく。最低限の生活は保証されてたけど、国王が変わってからは悪化していったよ。いつの時代だって、悪政は長く続かないという歴史を忘れてしまったのかな? 王様たちは」

 皮肉めいた言葉が、静かな夜にぽつんと寂しげに浮き彫りになった。シュトライツ国王は決して君子くんしではなかった。過去から何も学ばなかったのだから。

 崇剛の中で、シュトライツに関する情報が滝のように流れていた。

「そのような話は、新聞には一度も載ったことがありませんでした。国家規模で、外国へ情報が漏洩するのを阻止していたのかもしれませんね」

「科学技術は世界に輸出されてるのにね。この国には電気はないみたいだけど……」

おもに首都にですが、ありますよ」

「その技術を売ったお金は、国民には使われなかった。それがシュトライツ王家に不平不満が募った最大の原因だった」

「そうですか」

 神のご決断は、王族制の廃止だった。だからこそ、魔導師に力を貸したのだ。決して、ダルレシアンひとりの力ではない。

「なぜ、あなたはシュトライツに残らず、花冠国へやって来たのですか? あなたが国を治めるという選択肢もあったのではありませんか?」

 腕枕をしながら、ダルレシアンは天井にできた青白い光をじっと見つめていた。

「ボクは自分でもわかってる。王のうつわじゃないって。いろんな人と話す機会がボクにはあった。他に為政者いせいしゃにふさわしい人はたくさんいた。ボクはどちらかというと、王のそばに支える参謀が適してる」

 崇剛が予測したように、教祖は私利私欲で動く人間ではなかった。

「キミも覚えがあるかもしれないけど、幼い頃ってメシアの力が暴走しただろう?」

「えぇ」崇剛の神経質な手が毛布の上に下されると、ダルレシアンは中性的な横顔を見上げた。

「キミにはどんなことが起きたの?」

「聞くつもりのないものが聞こえたり、見るつもりのないものが見えたりして、無知ゆえに、それらを他の方に伝えて、人を傷つけた時もありましたよ」

 激情の海が少しだけ波立つ――。

「ボクも似たようなもので、突然知らない場所に立っていたり、物を動かすつもりはないのに、食器を飛ばして割ってしまったりした」

「そうですか」

「子供には強すぎる力なのかもしれないね」

「そうかもしれませんね」

 千里眼の持ち主と魔導師にとっては苦い思い出だ。白いローブの中で、ダルレシアンは足を組んだ。

「両親が怖がったんだろうね。だから、ボクは五歳でミズリー教団へ預けられた。メシアの力があったから、すぐに神童として迎えられたよ。みんな、ボクを見ると、ありがたいと言って頭を下げた。十三歳で教祖になった」

 大人の中で、ローティーンの少年が対等に渡り歩くには、やはり知恵が必要だったのだ。相手の思惑通りに動く、ただの操り人形とはなりたくなかった。だから、策略の腕が上がったのだ。

「でも、ある日気づいたんだ。それはボクにじゃなくて、メシア――神の力に頭を下げてるって。教祖としてあがめめられても、本当のボクを誰も見てくれない。そんな寂しい日々が続いた」

 たくさんの人のトップに立っていても、孤独は少年ダルレシアンにつきまとい続けた。精巧な頭脳というものは、ある時は残酷なほど心をえぐるもので、どんな小さな出来事でも、昨日のように鮮明に覚えているものだ。

 崇剛とは反対に、わからないように少しだけ顔をかたむけると、ダルレシアンのこめかみを一筋の涙がこぼれていった。

 今日会ったばかりで泣くなんて、子供でもあるまいし……。ダルレシアンは髪を払うふりをして、涙を拭う。

 似ているからわかってしまう。氷河期のようなクールな頭脳で抑えていても、感情がある以上、激情の熱が氷を溶かし、熱くなった頬を涙が伝うのだ。崇剛は真正面を向いたまま、話すテンポを変えなかった。

「そうですか。私もそのような扱いを受けたことがありましたよ」

 未来を読んで当たる――それが現実になる。人々は称賛した。でもそれは自分にではなく、メシア――神にだったのだ。そう知った時の衝撃は大きなもので、悲しみも計り知れなかった。

 まるで自分は神がおわす神殿――箱でしかないのだ。中身がなくなったら、空っぽのもの――価値のないもの。

 少しだけ震える声で、ダルレシアンは鼻をすすりもせず、冷静な頭脳で感情を抑え切った。

「そう。わかってくれて、とても嬉しいよ。ボクはずっとひとりきりで寂しかった」

 あの教団の大きな施設で、廊下を歩いても、中庭を眺めていても、自分だけモノクロになってしまったように心は凍りついて、まわりだけが平和に動いているようだった。

 それでも、教祖として人の上に立つ者の役目を果たそうとした日々の中で、孤独という闇に天から一筋の光が、ダルレシアンの心に差したのだ。

「だけど、神様はどこにでもいるんだね。本当のボクを見て、話してくれる人もたくさんいた」

 今度は感動の温かい涙が、ダルレシアンの頬を伝って、毛布へ染み込んでゆく。

 ミズリー教は厳格な宗派だ。聖職者ともなれば神に身も心も捧げ、結婚することは決して許されていない。その教祖ともなれば、自分を理解してくれる信者たちにお礼を言うことで、特別扱いもできない。本当にひとりきりの教祖だ。

 ミストリル教――宗派は違っても、神父の崇剛は、どうかダルレシアンの心が休まるようにと、説教をした。

「人は愛されるために生まれたきたのです。あなたが生まれてきたことに、私は感謝します」

 緩んだ涙腺るいせんから、とめどなく滴が落ちてゆく。

「……キミは誰かにそう教えてもらったの?」

「えぇ、ラハイアット夫妻から、たくさんの愛をいただきましたよ」

 同じメシア保有者であっても、この大きな屋敷で何の不自由なく生きてきた崇剛。夫妻の尊い気持ちの前に跪くと、神経質な頬を涙が一筋落ちた。

 心の隙間に風が吹くように、窓がカタカタとしばらく鳴っていた。

「ねえ、その愛、ボクに分けてくれる?」

「えぇ、構いませんよ」

「じゃあ、ぎゅーっとして?」

 衣擦れの音が、崇剛の耳をなでた。

「さあ、どうぞ」

 崇剛が両手を広げてかがみ込むと、白いローブの腕が伸びてきて、のどの渇きを潤すように必死で抱きしめて、男ふたりでベッドの上に寝転がった。

 そうして、今度はふたつの暖流が混じり合って、お互いの熱が涙を蒸発させてゆくように、安堵の境地で目を閉じる。また涙がこぼれるが、それは歓喜の涙で、相手には見られないが、微かに揺れる吐息で伝わってしまっても、メシア保有者の同志という誓いのようなものだった。

「うん……あったかい」崇剛の腕の中で、ダルレシアンの声がくぐもった。

 今ある温もりに似たものは、教祖として過ごした日々にもあった。ダルレシアンは大きく息を吐いて、話の続きを語り出した。

「だから、ボクはみんなの軍師――になろうと思った」

 崇剛と同じ準天使に迫る、霊層が五段だと納得するような内容が、魔導師から告げられた。

「メシアの力で王家を滅ぼすことは簡単だった。だけど、それじゃ意味がないんだ。世界はずっと続いてゆく。ボクは一時代を生きたひとりの人間に過ぎない。みんなが自分で考えて行動をして勝ち取らなければ、たとえいっときは政権がめぐってきても、苦労を知らないから、ありがたみも感じないで、簡単に手を離してしまうかもしれない。政治が安定しなければ、露頭に迷う人がたくさん出てくる。それは一番あってはいけないことでしょ? 政治に関わる人間のひとりなら、なおさらね」

 クーデターを起こすことが目的ではなく、その後の国民の暮らしがよくなることが大切なことなのだ。政権を奪った後をどうするかを考えないのなら、起こすだけ労力と時間の無駄だ。それが、ダルレシアンの信念だった。

「だから、みんなが自分で考えて動ける作戦を考えた。不平不満というまきはもうそこにあったんだ。あとは火をつけるだけでよかった」

 ダルレシアンに動かされたとは、誰も疑いもしない。自発的に言動を起こし、国に変革をもたらしたのだと信じている。教祖は称賛も名誉もいらなかったのだ。人々に幸せがやってくるのなら。

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