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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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魔導師と迎える朝/1

 陽もとっぷりと暮れ、崇剛は夕食の時刻に少しだけ遅刻をしたが、ベルダージュ荘の夜は平和に始まった。虫の音があちこちから奏でられ、窓をカタカタと揺らす風もほとんどない、静かな夜――秋の夜長。

 ゆらゆらと揺れるろうそくの明かりだけで、崇剛は寝室で本――世界メシアの歴史を読んでいる。魔導師のページを開くが詳細は何も書かれていない。

 今まさに起きていることのように鮮明に思い返す。聖戦争の終焉しゅうえんはナールの力だった。物を交換する。敵と味方の陣地を入れ替える。

 神が人に与えた力がメシアだ。そうなると、ナールのあの力もメシアに関係するのかもしれない――という可能性が出てきて当然だった。天使にもメシアが与えられている可能性はゼロではない。

 本を最初から注意深くめくり最後までたどり着いた。視線をはずして、あごに指を当てて思考のポーズを取る。

「ナール天使が使った力である可能性が一番高いものは――変化へんげのメシアかもしれない」

 記憶してしまっている、そのページへまた戻る。もう覚えてはいるのだが、崇剛はもう一度声に出して読んだ。

「二百五十二年前、花冠国で見かけられた。ベルダージュ荘――こちらの屋敷を建てた人物である天都あまつ レオンの妻が持っていたとされるメシア」

 偶然か。神父として神の元で生きている崇剛は、偶然だと思ったことが必然だったとあとで知るという経験を何度もしてきた。そうなると、必然になる。

 キーワードは少ない。

「変化は――変える、と、ける、に分けて考えることもできます。変える力を使って、武器や陣地を入れ替えた。そちらが一番可能性が高いかもしれませんね」

 不意にカタカタと窓が風に揺れた。本から視線を上げ、レースのカーテン越しに、青白い月明かりが差し込んでいるのを見つける。

 傍に置いていた懐中時計をろうそくの淡い炎にかざし、

「二十三時一分五十二秒――そろそろ眠りましょうか?」

 寝巻きの上に羽織っていたカーディガンを綺麗に畳んで、座っていた椅子へ乗せる。水色の瞳の前でゆらゆらと揺れていたろうそくの炎は、息を吹きかけると姿と消した。

 視力がほとんどない崇剛は月明かりだけを頼りに、慣れた寝室を歩きベッドへ入り込もうと、毛布に手をかけた。

「あれから、ダルレシアンの目は覚めませんでしたが、どこにも異常がないそうです。明日、彼にいろいろと話を聞いて――」

 その時、ドアがにわかにノックされた。崇剛は手を止めて、ドアの向こうに誰がいるのかの可能性を探る。時刻はさっき確認した。この時間帯に、主人の寝室を訪れる人間は屋敷には今までいなかった。

 そうなると、必然と今日きたばかりの人物となる――

「Who are you?/どなたですか?」

 遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が、夜更よふけの寝室に外国語で響き渡った。

「That's me. Dalrecian/ボク、ダルレシアン」

 目を覚ましたのは何よりよかった。ただいささかこんな時間帯にやってくるとはおかしいが。

「どうかしたのですか?」

「キミに聞きたいことがあってね」

「どのようなことですか?」

 急を要することでないのなら、断ってしまってもいい。崇剛はそう思っていたが、ダルレシアンの声は少しトーンが落ちて、さも重要と言わんばかりだった。

「ここじゃ何だから、中に入ってもいいかな?」

 聞いた質問と違うことを返してきた――。そう思いながら、薄闇から崇剛は逃げようとする。

「ろうそくを消してしまったので、そちらをつけますから少々待っていただけますか?」

「明かりなら、ボクが持ってるよ」

「そうですか」崇剛はただの相づちを打ったが、今日来たばかりのダルレシアンが、この状況で持っている明かりで一番可能性が高いのは、涼介に運ばれた部屋にあったろうそくだ。

「だから、ドアを早く開けて」

 催促されて、情報が欲しくて、崇剛はろうそくもつけないままドアへと近づき、それを手前へ引いた。

 そこには、ろうそくのような暖かいオレンジ色の光ではなく、今外に出ている月のような青白い光を顔の下から照らし、ぱっと見、お化けに勘違いするようなダルレシアンが立っていた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 崇剛の横を通り抜け、ダルレシアンは寝室へ入った。さっき上を向いていた光は今度、部屋の壁を照らし出している。

 天井は闇に覆われているのに、壁の一部分だけが明るい。ろうそくの炎とは明らかに違う。一体何を、魔導師は持っているのだ――

「何の明かりなのですか?」

 ダルレシアンは気にした様子もなく、手元へ青白い光を近づけて、

「これは『携帯』のライト」

「そうですか」

 持ち運べるライト――崇剛はそう訳した。

「そちらも瞬間移動で持ってきたのですか?」

「そう。ボクにとって大切な物だからね」

「そうですか」

 事実にズレが生じている――。他に手荷物はなかった。闇を照らすライトだけは持ってきた。どうもおかしい。

 千里眼の持ち主が考えている間に、ダルレシアンはベッドにサッと座った。

「崇剛、ここに座って?」

 薄暗いベッドの上を、ダルレシアンは手でトントンと叩いた。その仕草は、涼介の夢の中で見たものとひどく似ていた。あのあと、執事は押し倒されたのだった。

 密かに魔導師の霊層――魂の透明度を千里眼で見る。浮かび上がってくる数字は五――。準天使に迫る勢いで、崇剛と同じ高さでもあった。

(霊層が高くなるほど、他人の心を無視して、自身の欲を満たすことはしません。ですから――)

 崇剛はドアを閉め、「えぇ」と曖昧な返事をして、男ふたりきりの寝室を、魔導師が座るベッドまで歩いていき、同じように腰を下ろした。スプリングが沈み込む感覚がお互いの存在を近いだけでなく、色欲漂うものにいざなおうとする。

 窓の外から漂う虫の音。青白い光は部屋を全て照らすのではなく、崇剛とダルレシアンの背中で天井を丸く切り取るように光っていた。

 崇剛の遊線が螺旋を描く優雅な声が、薄闇と混じる。

「どちらのことを聞きたいのですか?」

「キミの千里眼でならわかるかと思って。前国王――ルドルフ フェティア 十四世を殺した犯人」

「犯人は結局見つからなかったのですか?」

「候補は何人かいたけど、決定的な証拠はどこにもなかった」

「そうですか」

 崇剛がうなずくと、静寂がまた戻った。

「そうですね……?」

 崇剛は両肘を膝へ落とし、組んだ手の甲へあごを軽く乗せ千里眼を使う。

 惑星の反対側に位置する、シュトライツへと意識を飛ばし、時間軸を巻き戻す。会ったこともない人物は魂に問いかける。肉体につけられた名前と同じかどうか。

 壁や天井を物理的に無視をして、あちこち探す。殺人をおかそうとしている犯人と前国王が死のうとしている現場を。

 そうしてやがて、崇剛は口を開いた。

「見つけましたよ」

「誰?」

 ダルレシアンが振り向くと、髪が白いローブをなでる音が微かに響いた。

「本日という言葉があっているかはわかりませんが、今朝亡くなった、パトレシアン グラクソティ国王です」

「そう。キミのお陰で、やっと犯人を見つけられたよ」

 ダルレシアンはもう終わったことと言うように、さっと真正面へ向き直した。

 教祖も犯人を見つけたかったのだ。だが、どうやっても見つけられなかった。王族の騎士団を中心にして探しても、半年間痕跡が見つからなかった。そこから出てくる可能性は、誰かが隠蔽いんぺいしている、だ。それができるのは王族か騎士団の上層部――。

 ダルレシアンのにらんでいた人物が犯人だった。前国王から王位を奪うために殺したのか――今となっては正確な動機は誰にもわからない。

 泣くわけでも怒るわけでもなく、ただじっと青白い壁を見つめている。その横顔を崇剛は冷静な水色の瞳で捉えながら、

「お金で暗殺者を雇い、小さな毒針で即死させた。死因も検死した人々は知っていました。ですが、王族から圧力がかかり闇にほうむられ、そちらに関わった人々は口封じのために全員殺されたのです。そうして、パトレシアン グラソティラスはミズリー教へ矛先ほこさきを向けた――」崇剛はそこでわざと言い直した。

「ではなく、向けさせられたのです」

 まとわりつくような濃密な時間が広がる。ダルレシアンは漆黒の長い髪をつうっと前へすくように伸ばしながら、子供がするように足を少しパタパタと動かした。

「誰に?」

 ベッドから伝わる振動に揺れながら、崇剛は「あなたに――です」探偵が犯人を当てるように言った。

 濡れ衣だ――というように、爪を見る仕草を始めたダルレシアンは、「ボクは何もしてないんだけどなあ」

 薄暗くて、視力が弱くて、教祖の大きな手の中にあるものを、崇剛はよく見ることができないながら、

「例えば、ミズリー教のおさである、あなたが政権を王族から奪うとの噂が、王族側へ渡れば、国王を動かすことは可能ではありませんか?」

 策略家同士で火花が散る――。

「もし、そうだとしても、それだけじゃ、ここまでうまく物事は進まないよね? ボクは実際には何もできなかった。拘束されていたからね。動いたのは国民と王家だけ」

「あなたは、国民のほとんどが信者であるミズリー教の教祖です。国王よりも世論よろんを知っているという可能性があります」

「どうして?」

「あなたは人々から懺悔ざんげを聞くからです。国王に嘘をつくことはあっても、神の御前おまえにいる教祖のあなたには、本当のことを話す可能性が非常に高いのです。違いますか?」

「ふふっ」

 春風のように微笑むと、ダルレシアンの大きな手のひらから、かちゃんと金属がすれる音がして、銅色の懐中時計がスルスルっと落ちて姿を現した。

 否定もしない。意見もしない。それは肯定の意味――。振り子のように動き出した時計を見つけて、崇剛は優雅に微笑む。

「従って、国民がクーデターを起こす可能性は十分にあったと、あなたは予測して、王家へ先に罠を仕掛けたのではありませんか?」

「王家がボクの身柄を、信者たちと引き換えに拘束したんだけど……」

 半年近く前の四月十五日、金曜日――。あの日、騎士団が武装をして、教団に突如現れた。占拠するような勢いで、騎士たちが廊下を凱旋がいせんしていたのは、誰もが知っている。

 それを、この隣にいる策士の男は、教祖であるダルレシアンが引き金を引いたと言うのだ。聡明な瑠璃紺色の瞳は崇剛に真っ直ぐ向けられ、ダルレシアンは頬杖をついた。

「どうして、そう思うの?」

 のらりくらりと交わすつもりか――。

 崇剛は神経質な頬で視線を受け止め、今は着ていない瑠璃色の貴族服の内ポケットを鮮明に思い出す。

「魔除けのローズマリーは小さなものです。ですから、以前から落とし物として扱われていた可能性が非常に高いです」

「そうかも?」

 好青年の笑みをしながら、ダルレシアンは可愛く小首をかしげた。

「前国王が亡くなってから半年もの間、一度も王家が動いてこないのは不自然です。ですが、動いてきました。そうなると……」

「ん〜?」

 青白い光の中で、ダルレシアンはさらに首をかしげた。

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