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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Time of judgement/9

 水を得た魚みたいな崇剛を前にして、カエミはさらに目を細めた。

「そうだ。お前のいい修業になる」

「そろそろ崇剛には、次の段階に入っていただきたいと思いまして……うふふふっ」

 言うことは腹黒で無慈悲だが、ラジュは天使としての仕事をきちんとまっとうしていた。

「そうですか」

 崇剛はあごに曲げた細い指を当てて考える。ダルレシアンと過ごす日々の中で、どんな策が有効で、どうやったら魔導師に勝てるのかと。

「神も反則だというほどです〜」

 ラジュの邪悪なヴァイオレットの瞳は珍しくまぶたから解放されて、どんな隙も見逃さないように、ダルレシアンをじっと見ていた。

「ボクには普通のことなんだけどなぁ〜」

 魔導師としてはきちんと考えているのであって、決して勘ではない。濡れ衣と言っても過言ではなかった。

「直感がすぐに理論に置き換わる。だから、ダルレシアン本人に自覚症状はない」

 カミエからの説明は全て終わって、崇剛はシルクのブラウスの下に肌身離さずつけているロザリオを強く感じた。

「神からのギフトなのかもしれませんね」

 ダルレシアンの瞳は少し陰り、ついさっきまでいたシュトライツ王国でのたくさんの出来事を思い返し、少しため息混じりになった。

「贈り物か……。そういう考え方はやっぱりいいね」

 神は信じでいないと言っていたが、誰かの話は納得する柔軟性を、教祖は持っていたのだった。

「メシアの他にも、あなたには与えてくださったのですね?」

「崇剛もね?」

「そうかもしれません」

 荒れ果てた旧聖堂であっても、神の気配は感じ取れる。崇剛は同じ境遇の人物に出会えたことを、改めて心の底から感謝した。

 白いローブを着て、漆黒の長い髪を結い上げた人間の男は、実は大騒動を巻き起こしていたのだ。 

「他の守護霊と守護天使では未来を読み取れず、ダルレシアンが生まれてから五十人以上変わった。だから、俺とラジュとのふたりで守護することになった」

 カミエがそう言うと、崇剛の冷静な水色の瞳は、無機質な赤い目をしたナールに向けられた。

 カミエが関係しているのは今の話で理解できたが、やはりナールが中心メンバーになっていることが導き出せな――途中で、ラジュの凛とした澄んだ女性的な声が割って入った。

「厄落としを直感と理論で避けて通るんです〜。ですから、人生の修業になりません。そういうわけで、私の保護下で飼い慣らすんです〜」

 崇剛は瞬発力を発して、中性的な唇に手に甲を当てくすくす笑い出した。

 ナールが無機質なマダラ模様の声をもらすと、

「お前また、わざと失敗して」

 疑惑の天使を追及する機会は、ラジュによってさりげなく奪われた。

「そちらは守護する、です」

 クリュダがふと戻ってきて、カミエとシズキがすかさずツッコミを入れた。

「いつもボケてくるお前が言うな」

 アドスからさらに突っ込みが追い打ちされた。 

「ふたりもボケてるっす。クリュダは今戻ってきたばかりっす。さっきまでいなかったのに、会話にちゃっかり参加してるっすよ。そこを突っ込まないとおかしいっす」

 クリュダは唇に握り拳を当て、コホンと咳払いをして、

「戻りました――。帰りはまた瞬間移動で、彗星の如くピュピュッとです」

 何事もなく、登場の仕方がおかしいのにスルーしていった。それなのに、シズキは鼻でバカにしたように笑い、普通に話し出す。

「クリュダ、貴様、ガステガの化石は見つかったのか?」

 そうして、妙な会話のほつれは、ミシンの針が強引に縫ってゆくように過ぎてゆく。

「それが、あちらこちら掘ってみたんですが出てきませんでした。ですが、親切な方がいらっしゃって、ご自身で見つけたこちらを譲ってくださったんです」

「紙……?」

 目の前に出されたそれはひどく黄ばんであちこち破れかけていた。シズキが首をかしげると、銀の前髪が耳元へ流れ落ち、隠された目があらわになった。

 シズキとクリュダが古びたただの紙に釘付けになっているうちに、カミエとアドスはまた戦場へと戻っていった。

 古代文字らしきものが書かれている紙。普段はのんびりしているクリュダは、それが何なのかテキパキ説明し始めた。

「こちらはパピルスという古代エジプトで使用されていた紙です。こちらに世紀の大発見が記されているかもしれません。もしかすると……」

 機関銃のように話し続けている遺跡バカを放置したまま、シズキの綺麗な顔立ちは反対側に立っているトラップ天使のサファイアブルーの瞳に向いた。

「ラジュ、貴様はどこから品物を仕入れてきている? なぜ、貴様が古文書などを持っている?」

「うふふふっ、秘密ですよ〜」

 不気味な含み笑いが響くと、真相は闇の中に葬られた。

 さっき戦場へ出ていったばかりのカミエとアドスが戻ってきた。ラジュはニコニコしながらふたりを見た。

「戦況はいかがですか〜?」

「ちょっとやばいっすね。敵がいすぎっす」

 アドスの天色の人懐っこそうな瞳は、ラジュを見ずに、広い荒野を眺めているように見せかけ、敵がひとりもいない晴れ渡る青空を仰ぎ見ていた。

「……押されている」

 カミエは何度か瞬きをして、やけにぎこちない言い方をした。

 ラジュからニコニコの笑みは消え去り、悲しげにため息をもらす。

「敵が強すぎたみたいです。それでは、私たちはこちらで、全員消滅ということになりますね」

 崇剛とダルレシアンの精巧な頭脳の中で、0.01%のズレが生じる。常時ならば、少しの猶予はあるかもしれないが、今は命がかかっている時だ。見過ごすわけにはいかない。

 崇剛はあごに指を当てて、

(そうですね……?)

 ダルレシアンは左右に体を曲げながら、

(ん〜? ん〜?)

 それぞれ考え始める。

 この戦いが始まる前から、いつ誰がどんな言葉を言って、何が本当の目的で戦っているのか。そうして今、少し様子のおかしい天使たちの意味は何なのか。

 心を聞かれてしまう状況下では質問することも思い浮かべることもできない。それでも、崇剛とダルレシアンはそれぞれ必要な情報を得るのに、素早くまわりを見渡した。

 珍しく神妙な顔つきをしているラジュの隣に立っている、カミエは誰とも視線を合わせないように、遠くの空をじっと見つめている。

 ナールは相変わらずで、大鎌を手裏剣のように投げては、戻ってこなくなると、色情魔のポケットに入っているアイテムと交換して、武器を取り戻している。

 シズキは拳銃を抜く気配もなく、ナルシスト的にポーズを決めて立っていて、アドスは戦場で戦い続けている味方をただただ眺めているだけだった。

 そうして、崇剛とダルレシアンの瞳は最後に、クリュダを見たが、彼はパピルスに夢中で論外だった。

(そちらが本当の目的だったみたいです。目標に達したのかもしれません)

(それが本当だったかも? 必要なくなったのかも?)

 何重にも張られた神の戦略を、人間ふたりの策士は読み切った。

「そういうことみたいです」

「そういうことかも?」

 崇剛とダルレシアンは同時に口にした。

 策略家神父と教祖の注目すべき点は、メインのメンバーで唯一女性――瑠璃のことだった。

 心は相手に筒抜け――。正直で素直な人には嘘がつけない。つまり、ラジュが最初に説明していた話は何かが嘘なのだ。

 冷静な水色の瞳と聡明な瑠璃紺色の瞳が出会うと、お互い微笑み合った。そんなことをしていると、噂の瑠璃が崇剛たちの元へ走り込んできた。

「すまぬ! 札が失くなっての」

「瑠璃さん、構いませんよ」

 崇剛は茶色いロングブーツを細身をさらに強調させるように左右へクロスする寸前のポーズを取ったまま、聖女を背中でかばった。

「瑠璃姫を守るナイトだね、俺たちは」

 魔除のローズマリーの香りに乗せられた、ダルレシアンの柔らかな声に、瑠璃はびっくりして、素っ頓狂な声を上げた。

「ひ、姫!? な、何じゃ!?」

 ベルダージュ荘で暮らしてきた百年近くの歳月で、そんな呼び方をする人物は誰もいなかった。瑠璃は変な汗をじわりと手のひらにかく。

 白いローブの背中を見せたまま、ダルレシアンは首だけで振り返り、小さな聖女の若草色の瞳があるだろうところをじっと見つめた。

「だって、そうでしょ? 瑠璃姫は女の子なんだから」

 聖女の扇子のような袖をともなった小さな指は、魔導師へ突きつけられ、

「は、恥ずかしいからやめぬか! その呼び方は。戦っておる最中であろう!」

 ダルレシアンは直接見ることは叶わないが、憤慨している少女が容易に想像できて、少しだけ笑う。

「ふふっ。ボクも『かっこいい』って言われたら、とっても恥ずかしいかも?」

「ならば何故なにゆえ、我に申すのじゃ?」

「悪戯かも?」

 味方は劣勢だと言って戻ってきているのに、遊んでいる魔導師に、ラジュから注意が入ったが、

「『かも』ではありません〜。確信犯です〜」

 ツッコミポイントがズレていた。恋のライバルという炎がバックにメラメラと燃え盛っているような、戯言天使だった。

「ラジュは瑠璃姫に気があるのかな?」

「おや〜? そのように聞くとは、あなたこそ好意を持っているんではないんですか?」

 ちょっかいを出して――。片目だけ開かれたヴァイオレットの瞳は、世界を恐怖で震え上がらせるような凄みを持っていた。

 見えていないダルレシアンは怯えることなく、困った顔をして小首を可愛くかしげた。

「あれ〜? そうだったかな?」

 そうして、ラジュとダルレシアンで一悶着始まる。

「とぼけるつもりですか〜?」

「あれ? そうだったかな?」

「とぼけるつもりですか〜?」

「あれ? そうだったかな?」

「とぼけるつもりですか〜?」

 壊れたおもちゃみたいに、さっきから同じ繰り返しで、痺れを切らしたシズキは形のいい眉をピクつかせながら、火山が噴火した如く叫んだ。

「貴様らは、リピートするやまびこか!」

 まわりで聞いていた味方全員が驚きの声を上げた。

「どれだけ繰り返す気だ!」

「お前たち、遊ばないよ? 真面目にやって」

 そう言うナールの攻撃の手も止まっていた。ダルレシアンの魔法攻撃で相打ちをしている敵も深くは攻めてこなかった。

 嵐の前の静けさ――

 崇剛はひとり蚊帳の外で、みんなの会話を聴きながらも、きっちり思案中だった。

今までの膨大なデータという海から必要なものを取り出す。


 ナール天使は大鎌を投げていた――

 

 ――崇剛はいつの間にか、邪神界からの襲撃に遭った夜の庭に立っていた。月明かりは雲に隠れ、屋根の上に赤い目をしたナールが大鎌をかかげ、崇剛が戦闘している様子を眺めている姿があった。

 三日月型をした大きな刃が鈍い銀色の光を放つ。

 崇剛は紺の長い髪を激しく揺らしながら、ダガーで敵を迎えつつ考える。

 あの大鎌は自身を倒すためだったのか。それとも、守るためだったのか。つまりは闇に葬り去ることのできる武器なのか、だ。

 それが知りたい――。崇剛はその思いに強く駆られた。

 ナールに直接聞いたとしても答えないだろう。ラジュが言っていた通り、相手は策士だ。その可能性が高いと崇剛が踏んでいるには、きちんとした理由がある。なぜなら、


 ナールは天使ではないという可能性が89.78%――


 だからだ。つまりは、自身の正体を偽って、戦いに混じっている。そんな人物に何を聞いても、突っぱねられる可能性は高い。それならば、別の方法で情報を手に入れるまでだ。

 敵に押さえられた大鎌を取り戻す時の、行動にも疑問が残る。パチンと指を鳴らすと、物理的に戻ってくるのではなく、他の何かと交換しているような取り戻し方をしていた。


 ナールは魔法を使えるのか――


 そんな天使がいるという話は聞いたことがない。山吹色のボブ髪で、あらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声の持ち主の素性を、崇剛はますます知りたがった。

 

 意識が現実へ戻ってくると――、崇剛たちの両脇を、劣勢だと言って戻ってくる味方の足音と風圧がうごめいていた。

 不安そうな顔をしている味方。勝利は確実だと微笑む敵。何かがズレたまま進む戦場の中で、崇剛は情報漏洩しないように、ひとり様子をうかがう。

(そうですね……?)

 珍しく困った顔をしているラジュの金の長い髪が揺れている。

(それではこうしましょう)

 崇剛のデジタルな頭脳で、情報を得るために適切な罠が瞬時に組み立てられた。

(他の方に協力していただきましょう)

 策略的な聖霊師は味方から必要な人物を探り出す。この罠には、天使が要求される。ナールの武器について知りたいのだから。まず、ダルレシアンと瑠璃は真っ先に候補からはずされた。

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