Time of judgement/8
断末魔など、遺跡バカには聞こえておらず、
「こちらにはありませんね」
地面を大きな手で触り、片足を軸にして真正面を向いた。敵の足がたくさん見えているにもかかわらず、そこは都合よく削除。クリュダの蒼色をした瞳には地面だけが映り込んでいた。
「あちらでしょうか?」
さっと立ち上がり、立派な両翼で移動しようとすると、後ろから敵の手が肩を叩いた。
しかし、化石に夢中のクリュダは正面を向いたまま、その手に自分のそれを添えて引っ剥がす。
「少々待っていただけますか? 今、発掘作業で忙しいので」
すっと瞬間移動し、敵陣真っ只中にまた現れ、クリュダひとりが武器も持たずに踏み込んできた。
邪神界側はみな、ぽかんとした顔をするが、地面しか見えていないクリュダは素早くかがみ込み、シャベルで掘り始めると、近づいてきた敵の腹に都合よく当たった。
「ぐわぁっ!」
本人が知らないところで、魂はまた浄化。しばらく慎重に掘っていたが、ふと手を止め、クリュダは首をかしげ、真剣な面差しになった。
「こちらにもありませんね。おかしいですね、場所は間違っていないと思うんですが……」
*
人とは違い、はるか彼方まで見渡せる天使の瞳。ラジュはにっこり微笑みながら、女性的な金の髪を風で揺らす。
「素晴らしいですね、クリュダは。発掘作業に夢中になっていて、本人が知らないうちに、シャベルの手持ち部分で邪神界の者を次々に倒しています〜」
鋭利なスミレ色の瞳には、あちこち向きを変えて、シャベルで地面を掘り起こすたび、敵にそれがギャグみたいに当たり、地獄へと送られてゆく様子が映っていた。
「クリュダのやつ、武器よりシャベルのほうが有効的とはな、何とも滑稽だ。この戦いで武器を使わないつもりか?」
*
そんなやり取りが、味方の本陣で行われているとはつゆ知らず、クリュダは化石にまだまだ夢中。敵に背中をトントンを叩かれたのに、振り返りもせず、
「ですから、待っていていただけますか? もう少しで見つかるかもしれないんです。もう少し掘ってみると出てくるかもしれません」
物腰低く断りを入れると、シャベルを動かして、まわりに幾重にも群がっている敵に武器代わりのものが当たり続ける。
「うわぁっ!」
「ぎゃあああっ!」
「ぐはっ!」
悲鳴が上がっては、魂が浄化されるがしばらく繰り返される。
クリュダは敵に囲まれているというのに、ボケという盾で無傷だった。しかし、これはラジュの策であり、地中に埋まっているはずもなく、クリュダの収穫はゼロ。
さっと立ち上がって、クリュダはひとり乱戦している戦場に静かに佇む。
「どちらにもありませんね。一度戻って、ラジュさんに詳しい場所を――」
その時だった。二百三十五センチもある背の高いクリュダの腰のあたりをトントンと叩かれたのは。
「はい?」振り向くと、誰かの手のひらが見え、
「こちらを差し上げます」
ひらひらとした四角いものが目の前に飛び込んできた。
「こちらはっ!」
クリュダは思わず息を飲んだ――
*
本陣では今度、ナールがピンチを迎えていた。
「大鎌戻ってこなくなちゃったね」
手裏剣みたいに投げていた武器は、手を大きく上へかかげても、うんともすんとも帰ってこなくなった。
腕組みしながら、シズキはバカにしたように超不機嫌に言ってのける。
「当たり前だ。何度も投げていたら、敵も戻るのを阻止してくるの決まっているだろう」
どんなことにも限界はある。抑え込む力が強ければ、天使であっても、自分に戻ってくる機能がついていたとしても、思い通りにならないのが世の常。
ナールは山吹色のボブ髪をけだるくかき上げ、街でナンパでもするように軽薄的に言った。
「そうね。じゃあ、こうしちゃう?」
パチンと指を鳴らすが、何も起きず、
「?」
シズキは油差しの効いていない人形みたいに、ギギーっと首を横へ傾け、銀の長い前髪が落ちて、両眼があらわになった。
ちょうどその時、敵の陣地で、耳をつんざくような女たちの悲鳴がにわかに上がった。
「きゃああっっ!?」
それと同時に、空中を飛んでくるのではなく、ナールの手元に大鎌がいつの間にか戻ってきていた。
「?」
シズキの首はさらに傾く。何が起きているのかわからなくて。
「よっ!」
ナールは力むような声を上げて、空中を真っ二つに切るように、大鎌を横向きで投げた。
シュルシュルシュル!
風を切る音がして、敵の体に容赦なく、大きな三日月形の刃物が切り込み、バタバタと人が無差別に倒れ、浄化されてゆく。
しかしやはり、ナールが手を大きくかかげでも、武器は戻ってこなかった。
改善すべき点は、武器を投げない方法ではないのか――。シズキはそう思いつつ、腕組みしながら戦場を眺めていると、敵は今度、何かを手にしたようだった。男がそれをじっと見つめる。
「何だ?」
すると、別の男の兵が興奮気味に吠えた。
「うほっー!」
「おい、見せろよ!」
「こっちもこっちも!」
戦闘中にもかかわらず、男どもが群れをなして、何かを見ているようで、その表情はみなニヤニヤしていた。
「?」
さっきからどうも何かがおかしいようで、シズキはさらに首を傾げた。その隣で、ナールは慣れた感じで、大鎌を手裏剣のようにして再び戦場を走らせる。
そうしてまた、武器は戻ってこなくなってしまった。
不思議がっているシズキとは裏腹に、ナールは絶好調で、右手を斜め上に向かって伸ばし、スーパーハイテンションで叫ぶ。
「はい、次です!」
パチンと指を鳴らすと、ガラスの破片が突き刺さるような鋭い悲鳴が幾重にも轟いた。
「きゃあぁぁっっ!」
「何これ!」
喜んでいる感じではなく、まるで不気味なものにでも出会ってしまったような驚き方に、シズキには見えた。
そうして、瞬間移動してきたみたいにぱっと無事に戻ってきた、大鎌が鉄の重たい歪み音を響かせて、ナールの手に収まっていた。
「貴様さっきから、何と武器を交換して取り戻している?」
潔癖症天使からの問いかけに、ナールはとんでもないものを答え始めた。
「バイブ、エロ本、ローター?」
「貴様のポケットは色情魔か!」
シズキは首を元へ素早く戻して、火山噴火させた。それなのに、ナールはどこ吹く風で、ナルシスト的に微笑む。
「俺らしい、いい作戦でしょ? 相手が怯んだところで取り返すっていうね」
「貴様はエロ策士だな」
なぜか機嫌のいいシズキは、長々とひねくれ言葉を浴びせることなく、鼻を鳴らしただけだった。
*
ダガー一本で、対応できるような戦いではない。やはり、魔導師と出会ったことは、神の戦術のひとつだったのかも知れなかった。
敵を持ち上げて、後続してきた別の部隊の上へ落とす。陣地を変えて、あちこちで試みていたが、ダルレシアンは春風のようにふんわり微笑んだ。
「そろそろ見極められてきたんじゃないかな?」
「えぇ」崇剛は優雅にうなずきながら思う。
伝令というものがあるとは思えない。己が優先の邪神界に。だが、噂として広まり、全軍へ伝わることはさけては通れないだろう。
「もう一回、こ〜れ〜!」
軽くジャンプするように勢いをつけて、ダルレシアンが言うと、魔導師の正面にタロットカードが浮かんでいた。
「ん〜〜?」
聖なる光を浴びるカードを、聡明な瑠璃紺色の瞳でじっと見つめていたダルレシアンは、指先で上へピンとはね上げるとようにすると、
「あ、二枚引いちゃった!」
光るカードが、霊界の青空の下に浮かんでいるのを、崇剛は冷静な水色の瞳に映して、あごに細い指先を当てた。
「神のお導きかもしれませんよ」
それならそれでいい。ダルレシアンは残りのカードをポケットにしまい、空中に浮かんでいるそれを見極める。
「十一番、正義と十五番、悪魔」
正反対と言っても過言ではないカードが同時に出てしまっていた。
「ん〜〜? どう使おうかな?」
聖なるタロットカードというアイテムは神によって授けられたが、それを活かすも殺すも、使う人間次第。
いつの間にか――ダルレシアンは自身のデジタルな頭脳の中――森羅万象の草原に大の字で寝転がっていた。
眼前に広がるは、雲ひとつない青空。甘く温かい春風に吹かれ、気分は最高潮で、立て膝をして足を組む。
デタラメな鼻歌を歌いながら、漆黒の長い髪を空へ向けて、つうっとすくように伸ばしては、短いものから落ちてゆくのを、聡明な瑠璃紺色の瞳で何気なく見ていた。
いつまでも平和な空気が漂うようだったが、「答え出たかも?」と、ダルレシアンは不意に上半身だけ勢いよく起き上がった――。
それはほんの数秒のことで、タロットカードをじっと見つめていたダルレシアンを、見守っていた崇剛は異変に気づいた。それは空から落ちてくる金色をした流れ星のようなものだった。
(……直感――天啓。どなたに……!)
なんと、理論派のはずのダルレシアンの黒髪の中へ入った。崇剛は神経質な指先で後れ毛を耳にかける。
(ダルレシアンにも、直感――天啓を受けるという傾向がある……。ですが、涼介と国立氏とは入り込む場所が違う……みたいです)
見られているとは知らない、ダルレシアンは呪文を唱え始めた。
「ダジュリカ アジャンシー ルドルク ユラリネ カセルバ ジャスティス デビル!」
カードが強い光は放って、あたりが真っ白になると、特に何も起きていなかった。さっきみたいに何かが出てくるわけでもなく、あたりの様子が変わることもないようだった。
しかし、敵陣がにわかに騒がしくなった。武器同士がぶつかる音がし、掛け声が盛んに上がる。
千里眼の持ち主は、邪神界側の軍勢の奥深くを見ていた。味方はいないはずの場所で、なぜか戦いが起きている。――いや、あれは相打ちだ。
「何をしたのですか?」
魔導師が引いたタロットカードは二枚――正義と悪魔。ダルレシアンは春風が吹いたみたいにふんわりと笑った。
「邪神界の心を正神界に入れ替えたの。だから、相打ち」
「直感を使ったのですか?」
千里眼の持ち主ははっきりとこの目で、直感を受けたのを見ていたが、ダルレシアンの聡明な瑠璃紺色の瞳は横へ揺れた。
「ううん、理論」
魔導師の心の中では、ひらめいたやピンと来たはなかった。順序立ててきちんと考えた末の攻撃魔法だった。
矛盾している――。崇剛はそう思った。
「――その両方だ」
戦場から引き上げてきていた、カミエが救いの手を差し伸べた。ラジュはニコニコしながら、おどけた感じで添える。
「ダルレシアンの言動を予測するのは難しいですね〜?」
「どのような意味ですか?」
ゆるゆる〜と語尾は伸びているが、疑問形だ。崇剛は金髪天使が罠を張ってきているかもしれないと警戒しながら、聞き返した。
その問いに、合気の達人――カミエが答える。
「ダルレシアンの気の流れは特殊だ。冷静な判断を下す頭の冷たい気の流れ、感情をつかさどる胸の意識がある。しかし――」
ダルレシアンと崇剛の視線がカミエに集中した。
「ん?」
「えぇ」
先を促されたカミエの白い袴は風に揺れる。
「崇剛は何度か見たはずだ。金の流れ星みたいな気の流れを」
「えぇ、そちらは直感と天啓の気の流れです」
「それは通常、胸の気の流れ――丹田に入る。だが、ダルレシアンは頭にある冷たい気の流れに直接入り込む」
「違いが生まれるのですか?」
崇剛は冷静な水色の瞳を、また自分の爪を眺めているダルレシアンに向けた。カエミは目を細めて微笑む。
「そうだ。胸に入った時には、本人が意識をして考えを変える」
「『何となく』や『ひらめいた』、ですね?」
ベルダージュ荘で何も知らず、息子と夕食の準備をしているだろう執事――涼介が言った言葉を、崇剛は思い出した。
「しかし、ダルレシアンは違う。直感したと同時に、理論に置き換えられる」
カエミが説明を終えると、ラジュがあとを引き継いだ。
「勘と理論にはそれぞれ弱点があります〜。勘は素早い決断ができますが、はずれる時があります。理論ははずれることを少なくできますが、考えるので時間がかかります」
「つまり、どちらのデメリットもなくしたのが、ダルレシアンの気の流れということですか?」
崇剛は聞き返しながら、手強いからこそ、手加減なしで策を交わせると思うと、優雅な笑みが一層濃くなった。