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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Time of judgement/7

 どんなシチュエーションだと、全員が心の中で思った。何をどうしたら、そんな場面になってしまうのか、やはりこの男の特異体質なのだろう。

 カミエは珍しくため息を深くつく。

「お前また、知らない女に頼んで……」

「世の中親切な方がいらっしゃいますね〜?」

 話を理解していないのか、それともいつもの負けたがりの罠なのかわらならいが、ラジュも相当なポジティブ思考の天使であることは間違いなかった。

 話がどうしようもおかしくなってしまっているところへ、さらに輪をかけるように、クリュダが土偶を大切そうに頬にすり寄せて、

「今夜はこちらと一緒寝ようと思いまして……。素敵な夜になりますね」

 アドスはクリュダに近寄って、右手を親しげに差し出した。

「俺っちの仏像とともに寝ると同じっすね。知らなかったっす、クリュダさんと趣味が一緒だったとは」

 意気投合――。ガッチリと握手をして、ブンブンと大きく腕を振って、友情のあかしみたいなことをしているクリュダとアドスを前にして、シズキはバカにしたように鼻で笑った。

「貴様らの性癖はどうかしているな。人以外に興奮を覚えるとは……」

 ナールの無機質な赤目が、銀の長い前髪に向けられた。

「お前、人のこと言えないじゃん?」

「潔癖症でナルシストだ」

 カミエが地鳴りのように低い声で、しっかり補足した。負けず嫌いな俺様天使は、口の端を歪めて反撃に出た。

「その言葉そのままそっくり、貴様にも返してやる。貴様の性癖もどうかしている。あのガキの見た目――」

 シズキの話が長くなりそうだったので、クリュダは強引に話し出した。崇剛とダルレシアンを交互に見ながら、羽布団みたいな柔らかな声で言ってのける。

「どうかしたんですか? 崇剛とダルレシアンが真剣な顔をしていますが……」

「意見をぶつけ合っている」

 ひねくれ言葉という戦線から離脱したカミエが言うと、クリュダはにっこり微笑み、大きくうなずいた。

「あぁ、そうですか。仲良くなったんですね」

「いいね! 何でも前向きで」

 ナールは山吹色のボブ髪を、器用さが目立つ手でかき上げた。

「前向きでないと、発掘作業はできませんからね」

「そうっすね。あと一ミリ掘れば、出てくるかもしれないの連続すっからね!」

 合いの手を入れるようなアドスの言葉が、クリュダの遺跡バカ――という火に油を注ぐ。

「そうなんです! 信じることが大切なんですよ。実は、先日もピラミッドの中を探していたんですが、左か右かで迷ったんです。結局、右から探したんですが――」

 まだ長々と続きそうだった話の途中で、ラジュの女性的で柔らかい声が割って入った。

「カミエ〜、出番が来ましたよ〜」

「しかと受け取った!」

 指名された修業バカは、わかるように四字熟語をひとつひとつ離して、合気の技をかけるように艶やかに言った。

「研・究・者・魂、だ。クリュダに遺跡の話は厳禁だ」

 収集がつかないほど、天使たちの個性が発揮された話が次々に流れてゆく。シズキは鋭利なスミレ色の瞳で、ことの発端が誰にあるのかしっかりと突きつけてやった。

「アドス、貴様! 火をつけたことに責任を取れ! クリュダが機関銃のように話し出すのが目に見えているだろう」

 どこ吹く風で、アドスは目を丸くする。

「何、怒ってるっすか?」

 この男はいつだって、真に受けないで、シズキの勘に触るのだった。

「いつか決着をつけてやろうと思っていたが、今にしてやる! 貴様、フロンティア でぶち抜いてやる! ありがたく、消滅へと落ちるがいい!」

 武術と聞いて、アドスは俄然乗り気になった。得意げな顔で身を乗り出す。

「やるっすか? いいっすよ。いつでも受けて立つっす。俺っち、こう見えても強いっすからね」

 俺様天使をさかなでする――。

「二度とその口利けないようにしてやる!」

 シズキの俺様ボイスが戦場に響き渡ると、間合いを取るために、お互い五メートルほど離れたところに瞬間移動した。

 鋭利なスミレ色の瞳と人懐っこそうな天色の瞳はにらみ合う。

 張り詰めている空気。不意に吹いてきた強風に、ゴスパンクの白いロングコートがはためくと、シズキはいつも通り横向きで銃を構え、機関銃のように銃弾を、修験者へお見舞いしてやった。


 ズバババババッ!

 スピン、スピン、スピン!


 なぜか全て、金の錫杖に弾き返されてしまって、かすりもしなかった。シズキは一度銃弾を装填する霊力を止めて、アドスと自身の手の中にある拳銃――フロンティアを見比べる。

「くそっ! なぜ、当たらない?」

「それでは無理だ」

 カミエは興味深いものに出会えたように、目を細めて彼なりの笑みを浮かべていた。シズキは男らしいシャープな横顔を凝視する。

「なぜだ?」

「あいつは見た目はああでも、伝説の武術家と言われている。お前の球には当たらない」

 素晴らしい技を前にして、カミエは珍しく感嘆していた。シズキは何を寝ぼけたことをと思う。

「こっちは飛び道具だ。当たらないはずがない」

 銃と剣――。誰がどう見たって、シズキが勝つはずなのだ。それなのに、合気の達人は違うと言う。なぜ当たらないのか、武道家らしい言葉で、カミエは説明し始めた。

「殺気だ。殺気を読んで、お前の攻撃が次にどこへ向かってくるのかを読んでいる。だから、避けられる」

「殺気を読まれている……?」

「お前が銃の達人なら話は別だ」

 さっきから怒り色で全身が染まっているシズキは、武術の達人たちから見れば殺気だらけ。どうしても、能天気天使を倒したいナルシスト天使は、カミエに問うた。

「どうしたら、殺気をなくせる?」

 拳銃の攻撃力に頼り気味なシズキからの質問。彼がどう反応するのか簡単にわかって、カミエの瞳はより一層細くなった。

「あいつに感謝をすることだ。相手にありがとうという気持ちを持つと、相手の気の流れを自分へ取り込むことができる。すなわち、相手の動きや意思を自分の思う通りに動かすことができやすくなる。だから、今のお前には無理だ」

 誰が、あいつに頭を下げてなるものか――

「くそっ!」

 シズキは悔しそうに片足で地面を強く蹴りつけた。フロンティアをレッグホルスターへすっとしまい、咳払いをして、何事もなかったように乱れた銀の髪を綺麗に戻しながら、

「んんっ! きょ、今日のところは許してやる、ありがたく思え」

 天使同士の決闘がひと段落したところで、ラジュのおどけが声が割って入ってきた。

「そこまでにしましょうか〜? ダルレシアンのセリフみたいですよ〜」

 意見交換をしていた崇剛とダルレシアンに天使たちの視線が注がれた。

「力は加減はしてある。心配しないで」

「そうですか」

 和解はできた。優雅に微笑んだ崇剛の隣で、魔導師は後ろ手にして、体で『C』の字を作るように、可愛らしく傾けた。

「ん〜? また試しちゃった〜」

 策略だったと言われて、崇剛は怒るでもなく驚くでもなく、意味ありげに微笑んだ。

「最初にわざと説明せずに、私の反応を見たのですね?」

 会話の順番がおかしかった。わざと罠に乗ってみせた。怒っている振りというカモフラージュをして。

 罠の仕掛け合い――至福の時、策略家にとっては。

 ダルレシアンは春風が吹いたようにふんわりと笑う。

「ふふっ、そう」

「あなたという人は、おかしな人ですね」

 崇剛は手のひらを空を向けて、顔の位置と同じ高さまで持ち上げ、優雅に降参のポーズを取った。この男の中は全て数字でできている。人との距離感も感情も何もかもが明確。

「そうかも?」

 悪戯少年みたいに、認めもせず否定もせず、ダルレシアンは言ってのけた。通常ならば種明かししない。崇剛との距離感という感情の数値がある一定にまで上がったから、逆に教えてしまったほうが関係は良好になると、ダルレシアンは踏んだのだ。


 なごんでいる人間ふたりの耳に、凛とした澄んだ女性的な声が注意を呼びかけた。

「おや? このままでは消滅しますよ〜、ふたりとも〜」

 崇剛の細く神経質な右手が細身の白いズボンのポケットに当てられ、千里眼の持ち主は慌てることなく、迫ってきた数字の羅列を読み取り、

(51712……。十七時十七分十二秒。Stopの魔法をかけてから、あと五秒で、五分経ってしまう……)

 崇剛が残り時間を告げようとしている隣で、ダルレシアンは癖で自分の爪をじっと見つめて、春風まじりの好青年の声を響かせた。

「あと五秒」

 優雅な聖霊師は見抜いた――。ダルレシアンの癖が何を意味しているのか、可能性から導き出して、彼のエレガントな笑みはより一層深くなった。

「えぇ……二、一。召喚魔法が解けるまで、残り一分四十秒」

 遊線が螺旋を描きながらも、芯のある優雅な声がカウントダウンを終えると、すべたが正常に動き出した。

 ドガーンッ!

 敵の軍勢に次々に打ち込まれる砲弾。魂が消滅しているように見えるが、ギリギリいっぱいの攻撃で倒れ、天使たちが手際よく大忙しで魂を浄化し始めた。


 陣地へ一旦戻ってきた中心となる天使たち六人。

 合気の達人であるカミエと宗教バカはすぐさま、敵の戦場真っ只中へ瞬間移動し、白い袴と修験者の服で、ふんだんに使われるそれぞれの技を繰り出す姿は、聖なるもので美しく動き続けていた。

 それとは反対に、高みの見物と決め込んでいる、金髪天使はニコニコ微笑みながら、土偶と逢瀬おうせを重ねている遺跡バカの名を呼んだ。

「クリュダ?」

 声色は澄んではいたが、その裏にはブラックホールも真っ青な腹黒さが潜んでいた。

 愛しの恋人――土偶から、クリュダは顔を上げて、優しさで満ちあふれた蒼色の瞳は、邪悪と言っても過言ではないサファイアブルーのそれに向けられ、

「はい、何でしょう?」

 ラジュとクリュダの間に立っているシズキは、白いロングブーツをクロスさせながら、腕組みをしていた。コートと銀色の長い髪を風になびかせながら、これから何が起きるのか容易に想像ができた。

 どうやって超不機嫌になってしまう顔で、スミレ色の瞳は左のラジュ、右のクリュダに向けるを繰り返し始める。

 シズキの予想を裏切らず、ラジュの綺麗な唇からはこんな言葉が出てきた。

「実は、もうひとつとっておきの情報があるのです」

「どのようなものですか?」

「あの幻の化石――ガステガの全身が綺麗に残っているものが、敵の中央あたりの地面に埋まっているそうです〜」

「本当ですかっ!?」

 クリュダが目の色を変えている隣で、シズキは人差し指にしているアーマーリングの尖った先で、自分のあごをすうっとなぞる。

(貴様らの会話にバリエーションという言葉はないのか?)

 俺様天使などはさて置いて、ラジュはニコニコの笑顔で平然と、

「えぇ、嘘はついていませんよ〜?」

 クリュダが目を輝かせると、オレンジ色をした柔らかなウェエーブ髪が狂喜乱舞に動いた。

「それは、すぐに行かなくてはいけません!」

 霊力で愛しの土偶を寝室へ瞬間移動させ、再び右手にシャベルを出現させて、熱にうなされたような叫び声を戦場の隅々に響き渡らせ、

「ガステガ〜〜〜〜!!!!」

 敵陣の真ん中へ、盲目以外の何者でもなく、情熱を胸に走り出していった。

 去ってゆく二百三十五センチのガタイのいい背中を眺めたまま、武器使用をさけたがる金髪天使――お姫様のナイトと化しているシズキは鼻でバカにしたように笑った。

 そうして、隣に立っているトラップ天使を射殺すように見据える。

「ラジュ、貴様、今度は何を置いてきた? いくら貴様でも、クリュダの無駄足になることはしないとわかっている」

「クリュダが見つけてくるまで、お楽しみということです〜。うふふふっ」

 邪神界へスパイに行った成果のひとつは、笑いという策を抜け目なく張ることだった。ラジュの不気味な含み笑いが戦場に、オチという匂いをひどく漂わせながら怪しげに舞った。


    *


 猪突猛進の如く、クリュダは武器ではなく、シャベルだけで進んでゆく。本人に敵をなぎ倒すつもりはなくても、化石にたどり着きたいがためにガムシャラで、敵は巻き込まれて地獄へと送られ続ける。

 そうして、無傷で邪神界軍の中央へやってきたクリュダだった。背中同士を向ける、戦場にはなかなかない布陣。危険極まりないが、化石に気を取られ、聖戦争の真っ只中だということもすっかり忘れている。

 ここだと思われる場所を、クリュダはシャベルを使って、お目当てのものを傷つけないように慎重に掘り始めた。

「こちらでしょうか?」

 聖なる白いチャイナドレスはふと前かがみになり、地面に手を当てる。シャベルを後ろへ下げると、ちょうど近づいてきた敵の腹に、持ち手が激突。

「うぎゃ〜っ!」

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