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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
83/110

Time of judgement/5

 綺麗に晴れ渡る霊界の青空が眼前にどこまでも広がる。拘束されたのと同じだったが、カミエは慌てるでもなく、揺るぎない落ち着きで、体の隅々にまで神経を研ぎ澄ます。


 触れていればかかる。

 背中――

 全員の呼吸に合わせる。

 全員の操れる支点を奪う。

 円を描く。

 合気――


 技が発動されると、建物の柱が一斉に向き取られたように、敵全員が地面に総崩れになった。

「うわぁぁっっ!」

 カミエの体は地面近くまで自然とずれ落ちて、草履の足は荒野へ何事もなかったように立った。

 襲いかかる敵の手に触れては、体の気の流れを使って合気をかけ、自分の近くへ敵を積み上げてゆくを繰り返す。

 倒しても倒しても、増え続ける敵勢。

 

 合気は護身術だ。

 何か他の打撃系の技を使わんと、敵は本当に倒せん。


 魔法のような武術だが、やはり弱点があった。次々と敵が手をかけてこようとする。休む暇がない。


 数が多過ぎる。

 日本刀が抜けん……。

 このままでは、倒した敵の合気が解ける……。


 カミエはそれでも、刀でばっさりと切るように焦りを切り捨て、ひとり敵に立ち向かう。

(右。左。左後ろ。左。右。前方……)

 山積みに倒れた敵たちに囲まれた、白い袴姿の男が荒野に佇む。一点集中のカミエの弱点が見え始めていた。

 

    *


 本陣にいるシズキは、カミエの戦況を、鋭利なスミレ色の瞳で刺すように眺めていた。

「カミエのやつ、一点に集中過ぎだ。あんなに重ねて、どうやって浄化するつもりだ?」

 どうしようもないほどの敵という瓦礫がれきの山。合気の効力が切れた時には間違いなく無傷では、カミエは戻ってこれないだろう。

 シズキは腕組みしていた手を解いて、拳銃――フロンティアを取り出した。まっすぐ前を見たまま、隣にいる金髪天使に声をかける。

「ラジュ、抜け」

 月のように美しい顔立ちから、ニコニコの笑みはなくなり、ラジュらしくなく何も返してこなかった。

「…………」

「貴様が俺たちの中では一番浄化の力がある。貴様でないと、あれだけの数は浄化できない」

 奥行きがあり少し低めのシズキの声は、まだ続きを話していた。風に吹かれた金の髪を払うこともせず、ラジュは悲しげに微笑む。

「昔取った杵柄きねづかでしょうか?」

「貴様、余計な御託ごたくはいいから早くぬけ!」

 白いローブに隠れている太ももが風に煽られ、滑らかな線の途中で、引っ掛かりができていた。

「…………」

 ラジュは戦場を眺めたまま、武器を手にするつもりはなかった。ただ立ち尽くす。 シズキは銃口をラジュの太ももの後ろに突きつけた。女性らしいボディーラインがはっきりと浮かび上がる。

「貴様のその足、ぶち抜いてでも抜かせてやる!」

「…………」

 ラジュの花のように綺麗な唇は、一ミリも動くことはなかった。

 この男――シズキは本当に攻撃してくるだろう。脅して、相手にいうことを聞かせるような、卑怯な真似はしない、心の澄んだ存在だ。

 ラジュは思う。自身の足がなくなったとしても、心の中になまりのように沈んだ悲しみとは比べものにならないのだと。

「抜き取る仕草だけでも、敵の動きは封じられる」

 シズキは信じて待った。この男はこれくらいのことでは負けないのだと。不屈の精神で何度でも立ち上がってくるのだ。ニコニコと微笑みながら。

 少しの間が空いたが、ラジュはくすりと笑い、

「……仕方がありませんね」

 左足だけを爪先立ちさせた。右手を両足の前へ落とすと、聖なるローブの白い布地は縦に切れ目がすうっと入った。スリットスカートのように生地は分かれ、膝の上に乗っていたそれを左手で払い落とす。

 色気という言葉がひれ伏すほど、色白でしなやかであり肌はきめ細かく、足を自慢とする女も思わずそれを隠してしまうような曲線美の足が現れた。

 その太ももには、茶色のベルトが巻きつけられていた。内側に崇剛のものとよく似ている聖なるダガーの柄が鋭いシルバー色の光を放っていた。

「はぁ〜……」

 敵の目は男女の区別なく、全員がラジュの足に釘付けになり、思わず感嘆のため息をもらす。当の本人はまったく気にした様子もなく、ダガーの柄に手をかけて、スッと抜き出した。

 しかし、崇剛はと違い、鉛筆を持つような指遣いで、どこからどう見ても初心者みたいな武器の扱い方だった。

「俺が後押ししてやる! ありがたく思え!」

「えぇ」

 やっと援護攻撃が始まるかと思いきや、ラジュのおどけた声が戦場に響き渡った。

「それでは、カミエの背中の真ん中を狙って、ダガーを投げましょうか〜?」

 いつもの調子を取り戻したラジュは、不気味は含み笑いをしながら、

「彼を消滅させましょうか〜? 負ける可能性が高くなります〜」

 相打ちを進んでしようとしているトラップ天使を、射殺すように鋭利なスミレ色の瞳がにらみつけ、

「貴様、ふざけている暇があるなら、日頃から武器の扱い方の練習をしておけ! 貴様ごと敵に吹っ飛ばしてやる!」

 シズキは銃口を今度、ラジュの金髪に当て、引き金に手をかけた。ラジュはおどけた感じで、

「おや? 今日のシズキは怖いですね〜。私が先に消滅ですか〜」

 シズキの細く神経質な指先がトリガーを奥へ引っ張り始める。

「貴様、最初に言ったことを忘れるな。仕事は仕事だ、きちんとやれ! 俺たちは今、何をしていると思っている?」

 真剣に囮の振りをする。それが任務――

 シズキの怒りは爆発寸前だったが、ラジュの次の言葉はこれだった。

「それでは、カミエの右肩を狙って放ちます〜。彼を狙います〜。負ける可能性が高くなりますからね、うふふふっ」

 味方を狙うと宣言をしたのに、シズキは銃口をはずした。

「それでいい」

 俺様天使はそう言うと、ラジュの右肩の上で、拳銃を横向きに構えた。

 シズキは決して気短な性格ではなかったが、いつまで経っても、ラジュの武器が準備完了にならないため、

「もたもたするな、早くしろ!」

 拳銃は再びラジュの頭に突きつけられ、人質を取っているように催促された。

 それは蚊帳の外で、ラジュは片手を口に添えて、ヤッホーと叫ぶように、聞こえないほど遠くにいる合気の達人に忠告する。

「カミエ〜、避けないと怪我をしますよ〜? シズキは本気です〜」

 武器の使用をずっとさけてきた金髪天使。ダガーを投げたが、飛距離がまったくなく、敵に到達する前に落ちそうになった。

 シズキはラジュの右肩越しに、慣れた感じで拳銃を横向きに構え、引き金を力一杯絞った。

「俺のフロンティアの弾丸の前にひれ伏すがいい!」


 スバーンッ!!


 荒野を銃声が蹂躙じゅうりんするように駆け抜けた。ラジュが放ったダガーの柄の先端に銃弾が後押しするように当たり、


 ビュンッ!!


 硬いものが目にも留まらぬ速さで当たったような、鋭い金属音が歪んだ。

 飛距離と速度が爆発的に伸び、次々と合気で敵の動きを封じている、背丈が高く骨格のしっかりとした白い袴へ向かって、ダガーの銀色をした線が光の速度ほどで伸びてゆく。

(来る! 後方、右肩。 殺気――シズキ!)

 気の流れを読む武術――合気の達人――カミエは振り向かなくともわかった。向かってくる武器がラジュのもので、シズキが手を加えたのだと。

 右肩を艶やかに左下へ落とし、手を日本刀の柄にかけた。その刹那、シズキの撃った弾丸は深緑色の短髪をかすかにかすめ、積み重なっていた敵たちに爆発を起こすように当たり広がった。

「うわぁぁぁっっっ!!!!」

 浄化し始める。隙ができた。それと同時に、日本刀は鞘からすうっと抜き取られ、居着くことなく流れるような仕草で、カミエは縮地を使う。

 ドーナツ化現象を起こしている敵。日本刀の刃先を腰の横で後ろ向きに構える。そうして、カミエは目にも止まらぬ速さて、時計回りに氷上を滑るが如し円を描き走り、重い鉄の塊が早く動く計り知れない破壊力を持って、敵を斬りつけた。

「ぐわぁぁぁぁあっっっっ!!!!」

 凄まじい断末魔があたりに炸裂し、水面に落ちた滴のように、敵全員が外側へ反り返り倒れた。銃と剣、そうして、武術の合わせ技の前に、敵の数を一気に減らしたのだった。

 ラジュが右手をすっと背後へ引くような仕草をすると、敵の陣地から銀色の光が、宙を横滑りしてきた。まるで引力でもあるかのように、ラジュの綺麗な手に収まると、さっき投げたダガーだった。

「参謀が陣地を離れるわけにはいきませんからね〜。きちんと自身のところへ戻ってきますよ?」

 もっともらしいことを言ったが、シズキは超不機嫌顔で真っ向から否定した。

「違う。崇剛のようにダガーを分身させられるのに、貴様が練習をおこたっているからだ。少しは見習ったらどうだ?」

 敵の目を釘付けにしながら、ダガーを太ももにある鞘へしまう。ラジュの動きはふと止まり、珍しく寂しげな顔をする。

「そう……ですね」

 触れてはいけないところに触れてしまったと気づき、シズキはラジュとは反対側へ神経質な顔を向け、

「もういい。この話は終わりだ」

 戦場という緊迫した中だったが、妙な沈黙がラジュとシズキの間に流れた。


 邪神界という悪烈な集団を前にして、金と銀の髪はしばらく荒野を吹き抜けてくる風に揺れていたが、ラジュはいつものニコニコの笑みに戻った。

「そうでした〜、もうひとつ、失念していました〜」

「貴様、きちんと仕事をしろ。何のために、俺が今ここにいる? 俺の行動を無にしたら、貴様のその頭、フロンティアでぶち抜いてやる」

「うふふふっ。それでは、飛ばしますよ〜」

 ラジュが右手を上へ向かって押し出すようにすると、金の光がすうっと上空へ登り、どこかへ向かってシューっと飛んでいったが、

「おや? 間違った人へ飛ばしてしまいました〜」

 ラジュの口から出てきたのは思いっきり嫌な予感がする言葉だったが、シズキの超不機嫌極まりない男性的で奥深さのある声で、

「貴様の口は嘘をつくためについているんだな」

 魔法だけで倒し続けている崇剛は、ラジュとシズキの会話を考える。


 間違った人……。

 嘘をつくためについている……。

 正しい人に送ったという可能性が出てくる。

 シズキ天使が戻らなかった理由……。

 寝室のドアを開けてきたことが必要になるという可能性は38.79%から上がり、78.99%――


 崇剛の神経質な顔は、物質界の崩れた建物の隙間からのぞいている雑木林へとやられた。

「あちらの方がこちらへいらっしゃるみたいです――」

 振り返った衝動でターコイズブルー後れ毛が頬に艶やかに絡みついた。


    *


 シャーン!


 透き通るような鈴の音が浄化するように響き渡った。

 砂糖菓子に群がるアリのような敵たちが、「うわぁぁっ!」と悲鳴を上げて、あたりに竜巻でも起きたかのように吹き飛ばされた。

「力任せの攻撃には負けないっすよ!」

 粋な声が響くと、ゆっくりと回転を止めながら、アドスが中央に白い修験者の服装で立っていた。

 金の錫杖を手にして地面を叩くと、シャーンと全てを清めるように鈴が鳴る。大柄な天使の武器は槍のようなもの。あちこちから様々な武器で襲いかかる敵を、船を漕ぐかいのように、錫杖を地面と水平に持ち、

「ふっ!」

 相手の武器を叩き落とし、体を振り払う。時には、体の前で横にしっかりと構えたまま、敵軍にそのまま突進してゆく。まさしく力技だった。

「うわぁっ!」

 何人で束になってかかっても、アドスの体はびくともしない。

「そんなもんすか?」

 拍子抜けしたみたいに言ってのけると、邪神界の敵は顔を真っ赤にして、怒り狂った。

「何だと!?」

 力の競り合いを起こして、止まっているアドスに、容赦なく他の敵が襲い掛かろうとする。

「んっ!」

 十人ほどの敵に押さえ込まれていた錫杖で相手を弾き返し、槍を振るうように武器を振るい、

「うわっ!」

 くいのように尖った先で、容赦なく敵を突き刺す。

「ぎゃああっ!」

 武器を持つ手をそのままに片足で立ち、後ろへ蹴り上げるようにして、敵の腹めがけて、アドスは手慣れた感じでキックを背後にお見舞いする。

「手足は存分に動かして戦うっす。足元がお留守っす!」

 錫杖の金の光は地面近くを猛スピードで横滑りし、美しい線を描くと、敵の足にあたり、次々とドミノのように順番に倒れ始めた。

「うっわぁ!」

「いつっ!」

 敵の足元を攻撃することに集中しているアドスの背中に、人影がふと立った。大きく刀を振りかざし、天使の魂を打ち砕こうとする。

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