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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Time of judgement/4

 規則正しく響いていた足音は消え失せ、混乱している人々の声が風に乗って、ダルレシアンの耳に入り込む。彼は悪戯が成功したみたいに、ぺろっと舌を出した。

「ボクたちは無傷で、敵は大打撃かも?」

 人間ふたりで敵を一気に倒してしまった、崇剛とダルレシアンの元へ、ラジュが瞬間移動ですうっと現れた。

「おや? 浄化ですか〜?」

 天使が右手を上げると、敵は次々と浄化されていき、自動で地獄へ送られる。

 崇剛の茶色いロングブーツは一歩も動くことなく、隣にいる魔導師に話しかけた。

「しばらく、こちらを続けましょうか?」

「敵にタイミングを図られるまでは、とても合理的だね」

 戦場の混乱が収束する前に、崇剛とダルレシアンの協力攻撃は何度も続けられた。


    *


 メシア保有者より少し離れたところで、白と朱を基調にした巫女服ドレスは、蛍火のような緑色の光を、ゆらゆらと天へ炎が燃え上がらせながら立っていた。

 瑠璃は神経を集中させ、

「願主、瑠璃!」

 顔の前で手を打ち鳴らし、邪気を払った。聖女の百年の重みを感じさせる少女の声が響き渡る。

「急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう! 悪霊退散!!」

 漆黒に長い髪がベールのようにふわっと浮き上がると、緑の光に包まれた札がいくつも飛び交い、敵の額へ向かって生きているように宙を滑っていき、ピタッとくっつき始めた。

「うわぁぁっっ!」

「ぎゃあぁぁっっ!」

 散らすことしかできない札。敵は整列を乱し、横へよろけたり、後ろへ押し返されるだけ。聖女のこめかみにヒヤリと汗が流れ落ちそうになる。

 その時だった。凛とした澄んだ女性的な男の声が、おどけた感じで戦場に割って入ったのは。

「おや? 瑠璃さん、こんなに散らしたんですか〜?」

 金髪天使――ラジュは、まるで教子の成長を喜ぶ教師のような笑みをしていた。

「まあの」興味なさそうに返事をして、瑠璃は文句を言う。「お主、先に説明しておかぬか。我が散らした邪気をどうするのかと心配しておったぞ」

 聖女の突き放すような反応など、ラジュには蚊に刺されたようなもので、瑠璃を愛おしそうに見つめる。

「成長しているんですね〜、瑠璃さんは。それではご褒美として、生き残れた暁には、私があごクイをして差し上げましょうか〜?」

 二言目はいつも、口説き文句の戯言天使。瑠璃はその場で地団駄を踏んだ。

「じゃから、いつも申しておるじゃろう。お主など眼中にないわ!」

 ニコニコと微笑む金髪天使の前で、憤慨している聖女の図はいつものことだった。

 しかし、邪神界の軍勢から、女たちの黄色い悲鳴がにわかに巻き起こった。

「ラ、ラジュ様のあごクイがっ!」

 ラジュマジックの効果は、敵味方関係なく戦場をどよめかせた。

 瑠璃はそんなことよりも、小さな腕をツルペタな胸の前で組み、難しい顔をする。

「お主の申すことはよくわからぬの。あごクイとは何じゃ?」

 乙女用語に弱い、八歳の少女だった。

 策士の天使は意味ありげに微笑む。トドメをさせないようにするための、聖女の殿しんがり――撤退する策なのだと思いながら。

「うふふふっ。それでは、頃合いを見計らって、また来ますよ〜」

 緊迫感のまったくない、ゆるゆる〜とした語尾で言い残すと、ラジュは元の位置へと瞬間移動で消え去った。

 敵軍から、常軌を脱している名残惜しそうな叫び声が次々と上がる。

「きゃあ、ラジュ様〜!」

「私も浄化して〜!」

 その場で、バタバタと女たちは気絶し始め、敵兵の男たちは何が起きているのかわからず唖然とした。何の攻撃もしていないのに、浄化されてゆく敵の女たち。

 瑠璃は間近で見て、妙に感心する。

まことだったとはの。ラジュは本に何の策を張っておるのじゃ?」

 あごに指を当てて優雅に佇んでいた崇剛は、地獄へと送られてゆく女たちへ、冷静な水色の瞳をちらっとやった。

「噂は本当だったみたいです。どのような罠を仕掛けているのでしょうか?」

 しかし、どうやってもおかしな光景で、崇剛はまたくすくす笑い出した。

 あの無慈悲天使ときたら、次から次へと、崇剛を笑いの渦へ突き落とすようなことを、ニコニコしながら仕掛けていって、まったくシリアスにならない。

 瑠璃色の貴族服がまた前へ倒れる前に、ダルレシアンが真正面に立ち、小刻みに揺れている崇剛の両方の肩に手を置いた。

「崇剛、冷静になって。まだ戦い中〜」

 笑っている暇はない。盲目のダルレシアンにとっては、崇剛は命綱だ。

 渦の中に片足が引き込まれ始めていたが、崇剛は何とか笑いから戻ってきた。唇に当てていた手の甲を離して、魔導師に優雅な笑みを見せる。

「お気遣い、ありがとうございます」

「ふふっ」

 とても嬉しそうに、ダルレシアンは笑い声をもらす。教祖だって笑いたいのだ。このおかしな攻撃を音だけで聞いているにしても。


    *


 無住心剣流で振るわれていた日本刀は鞘に収まっていた。

 カミエの無感情、無動のカーキ色をした瞳は、どこまでも落ち着き払っていた。

 動くもののいない戦場を風が吹き抜けてゆく。砂埃が舞い、白い袴がはためく。武道家――カミエは百人近くの敵とひとり対峙する。

 待ち続ける武術――合気あいき。自身からは仕掛けず、カミエの絶対不動という特徴が冴え渡る技。

 修業の果てに手に入れた、霊体の気の流れが、カミエの脳裏で視覚化されている。

 一色触発――。

 風がにわかに強く吹くと、敵との間に張り詰めていた空気が一気に崩れた。

 カミエの武道というアンテナが素早く反応する。


 来る!

 右、殺気。


 袴の袖が微かに揺れるが、どこか別のところを見ているような瞳で、刀を振りかざしながら走り込んでくる敵を、ただただじっと待つ。


 相手の呼吸に合わせる。

 操れる支点……それを奪う。


 無意識で体が勝手に反応する。


 触れた瞬間に、肩甲骨けんこうこつまわりで円を描く。

 合気――。


 カミエの節々がはっきりとした手は、艶やかに敵の刀をさけ、相手の手の甲に軽く触れた。上弦を描くように後ろへ反転させる。

「うわっ!」

 敵はうめき声を上げ、魔法でも使ったように体全体が空中でくるっと前転し、背中から地面に強く叩きつけられた。

 どさっと砂袋でも落ちるかのように、敵は意識を失い、その場で武器は力なく荒野の土の上に転がった。

 留まることなく次の敵がやってくる。


 来る!

 左、殺気。


 さっきと同じ動作を、反対側の手――左に切り替える。大きな剣をかかげて、敵は走る衝動で体を揺らしながら、襲いかかってくる。

 殺気むき出しで、カミエを殺そうとする敵に、武術の達人は素手で待ち構えた。


 相手の呼吸。

 操れる支点。

 円を描く。

 合気。


 左手が内側へ円を描くような仕草をすると、敵の剣を持つ手を外側から攻める――交わすような位置になった。

 間合いがゼロになると同時に、カミエは手の甲で敵を払うように外側へほんの少しだけ押す――のではなく、触れるという表現がぴったりだった。

「くっ!」

 敵が息を詰まらせる。体は軽々と空中を前転し、立ち上がれないように背中から地面に強く叩きつけられた。

 相手の数は百人近く。このままでは、何人も同時に走り込んできて、修羅場とかす。合気の達人――カミエは次の一手を投じた。


 正中線、強化。


 あたりの空気が一瞬にして変わった。

 ビリビリと全身を麻痺させるような痺れ。それが何かと問われれば、教会にいるような高いところから大きなものに見下ろされている畏敬としか言いようがない。

 敵はジリジリと後退あとずさりする。

 カミエの体からは、一本の線が上下にピンと張り詰めたように貫通しているようだった。その場から一歩も動かないまま、切れ長なカーキ色の瞳で敵を見据える。

(正中線を強化させると、相手に恐怖心が持たせることができる。すなわち、相手を牽制けんせいすることができる)

 敵たちは手がぶるぶると勝手に震え出し、武器の金属がすれるかちゃかちゃとした音が、荒野に小さくひしめき合った。

 風がヒュルヒュルと吹き抜け、カミエの深緑をした短髪をなでるように揺らす。

 天使がひとりに敵が大勢――。

(合気は護身術だ。だから、自分から向かっていって、かけるようなことはしない)

 ふと無風になった。それが合図というように、敵が再び動き出した。

 細いポールの上で絶妙にバランスを取るように、体は居着くことなく、ゆらゆらとしながら、カミエは荒野に立ち続ける。


 殺気!

 右。左。右前方。前方。


 小さな石を積み上げるように、ひとつひとつの動作を、カミエは丁寧にこなしてゆく。敵に触れるたびに、白い袖口が髪が艶やかに揺れ動く。

 ミスをすることなく、合気の達人は敵に触れては、地面へと落としていたが、やはり多勢に無勢。真正面を向いたまま、カミエは自身に降りかかる危機を察知した。


 後方、左右同時!

 振り返るのは間に合わん。


 武器を片手にした敵が前方で斬り込み続けている。敵は一気にカミエを襲う算段で、文字通り背水の陣で退路まで絶たれた。

 しかし、武術の達人にとっては、よくある戦況で、呼吸も乱れることなく、過去も現在も未来も関係なく、カミエは淡々と戦法を変更した。


 地面を介して、合気をかける。

 相手の呼吸と合わせる。 相手の操れる支点を奪う。

 正中線上で、円を描く。

 合気――!


 意表をつく形で迫ってきた、敵ふたりがカミエに斬りかかろうとする。合気の達人は振り返ることも、触れることもしない。

 それなのに、背後から迫ってきていた敵は悲鳴を勝手に上げた。

「うわっ!」

「うぅっ!」

 敵がバック転するようにふわっと宙で回り、その様が水面に落ちた滴の跳ね返りのように王冠の反り返りのカーブを描く。まるで芸術だった。

 綺麗にふたり同時に、地面に強く叩きつけられ、砂埃が舞い上がる。


 この正神界の天使は生半可な技では倒せない――。敵勢は全員そう思った。


 触れもしなければ、見もしない。圧倒的な力の差を目の当たりにした。何をどうすれば、遠くにいる敵を素手で倒すのだ。

 だからと言って、引き下がるわけにはいかない。四天王の元で戦っているのだから。この戦いで功績を挙げれば、地位と名誉は約束されている。

 敵はカミエをにらんだまま、ジリジリと横へ忍足で行ったり来たりする。

 そうしてまた、敵との間合いが一気に崩れた。

 一点集中――。

 四方八方から我先にやってくる敵に触れて、次々に空中で一回転させて、カミエは地面に叩き落とす。呼吸ひとつ乱さず、一歩も動かず。

 武道家は心の中で、日々の修業の成果を復唱する。


 描く円を小さくすると、早く回せて、敵にも打撃を強く与えることが出来る。

 触れたまま――相手の支点、すなわち重心を自分が奪っている以上、効果は続く。

 その間は、相手の思考と動きは封じられる。

 そのために、倒した相手は自分の近くへ叩き落とす。


 ひとり倒れた上に、もうひとり重ねられる。地面よりも人の体は柔軟で、同じ衝撃を得るには一回転させる力が多くいる。すると当然、ひとりを倒すのに時間がたくさん要求される。

 カミエの戦い方は自然と、敵を交わすように払い、ヨロヨロと脱力させる戦い方へと変わっていった。

 山のように、敵が白い袴のまわりに積み上げられてゆく。絶対不動という落ち着きで、同じ作業を淡々と続けてゆくカミエ。

 正神界の天使はひとり。数では邪神界のほうがまさる。しかも、無謀にも敵の陣地近くに入り込んでいる、日本刀を腰に挿した白い袴姿の侍。

 攻め込めば勝てると、敵は信じ、次々に走り込んでくる。カミエはそれを無感情の瞳に映したまま、素手で戦い続ける。


 だが、今は敵の数が多い。

 触れていることが困難になって来る。

 その時は、敵と敵をくっつける。

 すなわち、上に積み上げてゆく。

 そうすると、合気がかかっている時間がそれぞれが共鳴し合い、延長される。


 カミエの倒した敵の数はすでに百人越えしていた。地面に積み上げられている敵は、何が起きているのかわからない。呼吸をするのも苦しい。

 それはみな、カミエに主導権――意識を奪われているからだった。

 しかし、やはり無理があった。カミエの白い袴の袖を敵のひとりに捕まれた。ぐらっと、武道家の視界が揺れる。

 好機とばかりに敵が一斉に寄ってきて、カミエは胴上げされるように持ち上げられてしまった。

「っ!」

 腕も使えない。地面に足もついていない。

 万事休す――

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