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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
79/110

Time of judgement/1

「五、四、三、二、一。始まりましたよ〜」

 ラジュのカウントダウンが終わると、シャボン玉が割れたように結界が消え去る感覚がした。

「ウォォォッッ!!!!」

 両軍から鬨の声が凄まじい雷鳴のように一斉に上がった。

 最後の砦――崇剛たちを残して、他の天使や霊たちが彼らを次々に追い越し、敵陣へ向けて突進してゆく。

 旧聖堂はホログラムのように透き通り、霊界に広がる荒野にぽつんと建っている。土煙が茶色い霧のように舞い上がり、戦場はたちまち不鮮明になった。

 白いロングコートをなびかせながら、シズキの鋭利はスミレ色の瞳は、ニコニコしているラジュに突き刺すように向けらた。

「貴様、今回は何人はべらせた?」

「はべらせてなどいませんよ」

 ラジュマジックを放つ女性的な男は、金の髪を横へゆっくりとしらした。

「何人連れてきた?」

 カミエは思った。この男は好きこのんで女を引き連れているわけではない。シズキのように言っては、否定するのが当然だと。

 ラジュはこめかみに人差し指を突き立て、小首をかしげる。

「そうですね〜? ざっと千人といったところでしょうか〜? 気絶した方もいらっしゃいましたが」

 アドスはラジュのすぐ隣に猛スピードで近づいて、目をギラギラと輝かせた。

「全員、女の人っすか?」

「そうです〜」

「可愛い子ばっかりすか?」

 手のひらを胸の前ですりすりしながら、アドスは敵陣を興味津々で眺めた。シズキのスミレ色をした鋭利な瞳は、軽蔑の眼差しを送る。

「貴様の煩悩ぼんのうは星の数ほどあるんだな」

 羽布団みたいな声で、クリュダは少し悔しそうにうなった。

「残念! ちょっと間違えちゃいました。種類は増えません」

「そうね。シズキ、勉強不足」

 風が吹くたび、はだけた白いシャツの襟から鎖骨が見え隠れする、ナールはルビーのように赤い目に、俺様天使の横顔を映した。

「どういうことだ?」

 まさか、ナールにまで注意されると思っていなかった、シズキが首を傾げると、銀の長い前髪がサラサラと動いた。

 クリュダは握った拳を口元へ当てて、咳払いをする。

「こほん! 説明しちゃいましょう」

 両手を腰の後ろで組み、足をきちんとそろえ、長々と教授し始めた。

「人には目、耳、鼻、舌、身、そうして、意――心の感覚の、六つを持っていると言われています」

 白いチャイナドレスは右へ左へ行ったり来たりする。

「その感覚の受け取り方は、良、悪、平の三つ。それに加えて、浄――綺麗と染――けがれの二つに分類されます」

 彼らの両脇を走り抜けてゆく軍勢の間で、クリュダの話は続いてゆく。

「これを掛け算をします。ですから、6×3×2=36個になるわけです」

 荒野の乾いた風が、穏やかな春のものに変わったように、優しい説明は終わりを迎えた。

「そのような人生を人は送るため、前世、現世、来世の三つをさらにかけます。ですから、煩悩は百八つということです」

 ナールのデッキシューズは荒野の上で軽くクロスさせれ、論破してきた。

「アドスは天使だから転生してないじゃん?」

 カミエが真面目な顔をして、シズキに話のトドメを刺そうとした。

「前世がない。だから、百八より少な――」

 天使たちの揉め事をさっきから黙って聞いていた、ダルレシアンは手のひらを軽く握って、自分の爪を聡明な瑠璃紺色の瞳で眺めながら、崇剛に問いかけた。

「女性を気絶させるってどういうこと?」

 にわかに信じがたい話。金髪でニコニコの天使を見ることはできないが、凛とした澄んだ女性的な声を持つ男性天使。

 彼が危険人物みたいな話になっている。ダルレシアンにはそう思えた。

 崇剛の冷静な水色の瞳は、ダルレシアンに向けられ、優雅に微笑む。

「ラジュ天使は特異体質をしていらっしゃいます」

「どういうの?」

「ラジュ天使が通ると、近くにいらしゃった女性が気絶するのです」

 ある意味では、無差別テロ。

 ダルレシアンの脳裏に浮かぶ。真っ白な雲が広がる天国。そこで、バタバタと倒れる女たち。当然ながら、

「それって、仕事がとどこおるってことだよね?」

 話がひと段落した天使たちから、ナールの無機質なうなずきが聞こえ、

「そう。だから、神様も困っちゃってんの」

 彼はけだるそうに、山吹色のボブ髪をかき上げた。

 さっきから言われっぱなしのラジュは、こめかみに人差し指を突き立て、珍しく苦渋の表情を見せる。

「私も少々困っているんです〜」

 ダルレシアンは声がしたほうへ顔を向け、春風が吹いたように柔らかに微笑んだ。

「ラジュはモテモテだね」

「私を褒めても何も出ませんよ〜?」

 ニコニコしながら言うものだから、やけに凄みを増していた。

 しかし、今話題の天使のまわりで起きている摩訶不思議現象はこれだけには収まらず、遊線が螺旋を描く優雅な声で、崇剛がつけ足した。

「それから、知らない女性が勝手についてくるそうですよ」

 ダルレシアンは今度、人間である崇剛に視線を向ける。

「それで、邪神界にいた女の子をこっちに連れてきたってこと?」

「えぇ、なぜか、彼女たちが改心したいとおっしゃるので、連れてきてしまいました〜。うふふふっ」

 風で乱れた金の髪を耳にかけながら、ラジュは不気味な含み笑いをした。

 瑠璃はあきれた顔で、金髪天使をチラッと見やった。

「それが千人とはの。お主が邪神界にいたほうがよいのではあるまいか? 次々にこっちへ戻ってくるであろう」

 ラジュは手のひらに拳をとんとぶつけておどけた。

「おや〜? その手がありましたか。今から私は堕天使になりましょうか〜?」

 ああ言えばこう言うで、こたえもしない。本気で悪になりそうな、負けること大好き天使。彼に返す言葉が誰にも見つからなかった。

「…………」

 敵陣に到着した味方の兵たちが、各々《おのおの》の武器を振り、戦場は静かでありながら着実にせり合いが起きていた。

 メインの彼らもそろそろ出陣かというところで、ラジュが今頃思いついたように声を上げた。

「そうでした。失念していました〜」

 シズキは鋭利なスミレ色の瞳で、戯言天使を射しながら、

「貴様また策を張る気だな? そう言う時は絶対にそうだ」

「違いますよ〜?」

 語尾がゆるゆると伸び、おどけた感がより一層強く出ていた。

 ラジュの女性らしい綺麗な唇から、次に何が出てくるのかと、みんな黙って待っていた。すると、にっこりと柔らかな笑みで戦場を見つめている天使へ伝令された。

「クリュダ、邪神界でとある方から教えていただいたんですが、あなたにとっておきの情報があるんです〜」

 優しさに満ちあふれた蒼色の瞳は、戦場からラジュへ向けられ、

「どのようなものですか?」

 こんな話が、トラップ天使からもたらされたのだった。

「敵の後方に、『ナスカの地上絵』があるそうです〜」

「本当ですかっ!?」

 さっきまでの穏やかさはどこかへ吹き飛び、戦場中に響くような驚き声を上げた。カミエは腰のあたりで組んでいた両腕はそのままで、目をつむり、首を横に振る。

「お前また、その手を使って……」

 しっかり聞こえているはずなのに、ラジュは素知らぬ振りで、話をゆるゆるとしながら強引に進める。

「えぇ、嘘はついていませんよ〜?」

 そんなトラップ天使の心のうちは、かなりひどいものだった。

(奇跡は起きるかもしれませんよ〜?)

 腹黒天使の策に気づかず、クリュダは「ふむ」とうなずいて、

「それは、すぐに行かなくはいけません!」

 力強く決心すると、クリュダの手の中に大きなシャベルが現れた。発掘アイテムである。

 それを手に、彼は、

「ナスカ〜〜〜〜!!!!」

 と叫びながら、猪突猛進ちょとつもうしん。戦場にひとり突っ込んでいった。

 両翼があることも忘れ、無謀に――いや何かに取り憑かれたように走ってゆく仲間の背中を見ながら、シズキの可愛らしい顔は怒りで歪んでいた。

「貴様、仲間を捨て駒にするとはどういうつもりだ! クリュダにそんなことを言ったら、ひとりで飛び出して行くのは目に見えているだろう」

「していませんよ〜? 消滅した時はした時です〜」

 しれっと答えたラジュの策はあまりにもひどかった。

 それに輪をかけて、ナールは無機質な表情で、土煙を上げて去ってゆくクリュダに、冷静にツッコミを入れた。

「ナスカの地上絵って、地上にあるから地上絵なんじゃないの?」

「霊界にはないっすね! 研究バカってやつっすか」

 宗教バカのアドスが綺麗にまとめ上げた。

 ナールは少し背伸びをして、遠くを眺める。その視線の先には、シャベルを振り回しながら、敵陣をもろともせず、一番奥までど真ん中を突っ切っていこうをする、クリュダのガムシャラな姿があった。

「でも、なかなかいい感じじゃん」

 曲芸でも見ているように眺めている、アドスも同じものを見ていた。

「そうっすね。シャベルの持ち手で敵をなぎ倒して、一人で進んでるっす!」

 バカもここまで行くと、見事なまでに無敵だ――。シズキは鼻でバカにしたように笑う。

「武器でないもので倒すとは、何とも皮肉だな」

「重心のズレを少し直すと、もっとよく倒せるかもしれん」

 地鳴りのように低い声で、カミエの指摘が聞こえてきて、シズキはまた鼻で笑った。

「貴様、本当に修業バカ――」

 シズキが最後まで言い終わる前に、ラジュは右手を高々と上げ、後ろにまだ控えている味方に大声で言ってのけた。

「みなさ〜ん、クリュダが犠牲になって、突破口を開いてくれましたよ〜」

 無慈悲にもほどがあると、味方勢は思ってあっけに取られたが、ワンテンポ遅れて進軍し始めた。


    *

 

 その頃、当の本人――クリュダは、

「すみません。通していただけますか?」

 敵兵でごった返す陣の真っ只中を、腰を低くして進んでいた。

 ナスカの地上絵があると言われたものだから、蒼色の瞳は地面ばかりを見ている。持っているシャベルの持ち手が、見る方向を変えると、見事なまでに敵の兵にぶち当たった。

「うわっ!」

 ついでに天使の浄化する力は健在で、敵がひとり地獄へと送られる。

 しかし、クリュダはそんなことにはお構いなしで、丁寧な物腰で進軍してゆく。

「申し訳ありません。先に行きたいので、少々失礼します」

 反対にシャベルが向き、敵がなぎ倒されてゆく。

「わぁっ!」

「ぐがっ!」

 クリュダに戦っている気はないのに、敵を浄化している戦況に、他の人たちから驚きや感心した声が上がる。

 見えないながらも、さっきからそれを聞いていた、ダルレシアンは春風のように微笑む。

「ふふっ。面白いね、天使たちは」

 じっと黙って見ていた聖女は、扇子のような袖口を組んで、あきれた顔をしていた。

「お主ら緊張感がないの。五十万の兵がいるのにの」

 真剣身のない戦い方。敵ばかりにダメージがあるように思えいていたが、瑠璃は傍に立っていた瑠璃色の貴族服を着た男が今どんな被害をこうむっているか言ってやった。

「それにの、崇剛が戦闘不能になってるがよいのかの? さっきから黙っておるからおかしいと思っての、今見たらの……」

 紺の長い髪とターコイズブルーのリボンが揺れているが、それはどうも別のことで動いているようだった。

「何……!!」

 全員が視線を集中させると、崇剛が神経質な手の甲を中性的な唇に当てて、肩を上下に小刻みに揺らしながら、何も言えなくなり、彼なりの大爆笑をしているところだった。

「…………」

(おかしい……です)

 笑いの渦がいつもの比ではなく、崇剛は前にかがみ込むようにして、まだまだ笑い続け、平常心という言葉がどこかへ行ってしまったようだった。

 その時、ラジュのニコニコの笑みが画面いっぱいになり、

「それでは、ご覧のみなさ〜ん!」

 カメラ目線でバイバイと手を振り出した。

「主人公の崇剛が笑い死にという形で、『心霊探偵はエレガントに』シリーズは今回限りで終了です〜、うふふふっ」

 画面が暗くなり、エンディングテーマの温和なピアノ曲が流れ始めた。下から、白字のキャスト名が迫り上がってくる。


 崇剛 ライハイアット/光命ひかりのみこと

 ダルレシアン ラハイアット/孔明こうめい

 瑠璃 ラハイアット/桔梗ききょう

 ラジュ/月命るなすのみこと

 カミエ/夕霧命ゆうぎりのみこと

 シズキ……


 最後までエンドロールが流れると、


 =おしまい=


 音楽は鳴り止み、画面が真っ暗になった――

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