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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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天使が訪れる時/5

 残念ながら、あなたの魂は今すぐ抜けて、地獄へと落ちます。

 罪を償っていない以上、生まれ変わることは赦されていません。

 霊界は非常に厳しい場所です。

 魂の有無が肉体の生死ではありません。

 魂の入っていない肉体はよくあります。

 肉体が死したあと、あなたという人間は存在しなかったということになります。

 霊層がある一定以上にならないと、存在することが赦されていません。

 ですから、長い輪廻転生の中で、過去へとさかのぼり、条件を満たした時の名前と姿形に変わります。


 神が作ったルールである以上、従うしかないのだ。ちょっとぐらいという甘さが、悪につけ入られる隙を作ってしまうのだ。だからこそ、措置は厳しいのだ。

 崇剛は組んでいた足を床へ両方ともきちんとつけ、姿勢を正し何かを待った。


 魂が抜けて、自身の意思はなくなります。

 ですが、神は本人が考えているように見せかけ、肉体を動かすのです。

 他の方々のために――


 元の頭上に、白い光がスポットライトのように差してきた。

 崇剛、瑠璃、シズキの見ている前で、元の肉体から霊体――魂が抜け、見る見るうちに天高くへ上がり、とうとう見えなくなった。正神界へ無事に成仏し、地獄行きとなった。

 空っぽになった肉体の後ろに、真っ白な男がまだひとり残っていた。額には三角の白い布をつけている。

 崇剛の冷静な水色の瞳は、シズキの鋭利なスミレ色の瞳へ向けられた。

「正式な守護霊ではありませんが、あちらの方はどうされるのですか?」

 聖霊師はわかっていた。あれは、元の祖父だと。

 しかし、天使は怒りで可愛らしい顔を歪めていた。

「人の人生を導くのに、貴様のような公私混同する親族など必要ないだろう」

 偽物の守護霊は急におどおどし始めた。

「貴様が勝手に守護霊についたお陰で、あいつは改心することもできず、罪を無駄に重ねて地獄へと落ちた」

「ど、どうか、お許しを!」

 男は床に崩れ落ち、天使にすがりつくように手を伸ばそうとした。

 シズキはさっと別の場所へ瞬間移動をして、霊に触られたブーツが穢れたみたいに、綺麗に指先で拭った。

「人の人生を狂わせておいて許せとは、貴様どういうつもりだ? 貴様も同様、今の存在は抹消される。ありがたく思え」

 シズキが片手を上げると、ロングコートの裾が少しだけ持ち上がった。偽物の守護霊の霊体が宙へ浮かぶ。

「ひい〜っ!」

「人に憑く呪縛霊だ! 成仏もせず地上をうろついた罪を思い知るがいい。貴様も地獄へ落ちろ!」

 フロンティア シックス シューターはレッグホルスターからすっと抜き取られると、感情で動き子孫を苦しめた偽物の守護霊――呪縛霊に銃口を向けた。

 スバーンッ!

 容赦なく銃弾を打ち込み、その勢いに乗って、真っ白な霊体は空高くへ登って消え去った。

 今ここにいるのは、崇剛、瑠璃、シズキだけになった。そうして、肉体――魂の入っていない入れ物がひとつだけ余っている。

 恩田 元と名前のつけられた肉体は、今起きたことを健在意識ではまったく理解していなかった。

 さっきと変わらず、魂が存在しているものだと、神に思わされたまま、崇剛に普通に話しかけてきた。

「先生……」

 神が肉体を滅ぼさない限り、人は人。魂が入っていまいが、存在している以上、魂が入っている人と同じように接することが当たり前。

 神父は尊敬の念を持って、優雅に先を促した。

「えぇ」

「千恵には会えますか? お礼を言いたいんです」


 既に手遅れだった――。

 恩田 元として会うことはもうできない。それが真実だ。存在していなかったことになるとは、彼女の記憶からも過去として忘れ去られるのだ。

 己が自分勝手に――悪に生きてきたばかりに、半年前に他界してしまった女は無惨な最期を遂げた。

 霊層の違うふたりが会うことは決して赦されていない。

 元が望んでいるような形では、もう会えないが、曖昧にすることもできない。だからといって、気休めという嘘をつくのは誠意に欠ける。

「そうですね?」

 崇剛は千里眼を使って、神から与えられた力で、できる限り未来を見た。

 だがしかし、さっき成仏してしまった男が、千恵に会う場面は見つからなかった。心の中で、聖霊師は天使に問いかける。

「いかがですか? シズキ天使」

 腹の前で両腕を組むシズキの、綺麗な手にあるアーマーリングが鋭い銀の光を放ちながら、トントンと腕に叩きつけられていたが、やがてピタリと止まった。

「俺に見えている未来の範疇でもめぐり合えない。霊層が違いすぎる。あっちは十段んだ。こいつが努力している間に、向こうはさらに努力を重ねて、天使の域へと上り、神世にたどりつく。会いたければ、はいつくばって、死ぬ気で努力するがいい」

 このままを伝えるわけにはいかない――。

「そうですか」崇剛は相づちをついて、「そうですね? こうしましょうか」あっという間に、優しさという嘘を組み立てた。

「今はまだわかりませんが、めぐり会える時が来るかもしれませんよ」

 神が見ている未来には、可能性が残っているのではないかと、聖霊師は望みを託した。

「そうですか。ありがとうございました」

 半年前とは違い、礼儀正しく頭を下げた元の前で、崇剛の後れ毛はゆっくり横へ揺れた。

「いいえ、私は何もしていませんよ。あなたご自身のお力です。あなたが決心して、こちらへいらっしゃったのです」

 元は唇を軽く噛んで、物悲しく床をしばらく見つめていたが、やがて椅子から立ち上がり、

「失礼します」

 頭を下げて出て行こうとしたが、崇剛の優雅な声が引き止めた。

「ちょっと待っていてくださいますか?」

「あぁ、はい……」

 神父はエレガントに椅子から立ち上がり、診療用のベッドの横まで行き、片膝を立てて、金庫の前に座り込んだ。

 全てを記憶する冷静な頭脳で、一番新しい暗証番号を簡単に引き寄せ、ロックを解除しようとする。

 患者からの謝礼はいつも中身を確認せず、次々に中へしまってしまう金庫。難なく開けられた中から、必要な分を手でつかみ、崇剛は元のそばまで歩いてきた。

「こちらをどうぞ、お使いください」

「こ、これは、先生の金じゃないですか?」

 差し出された封筒を見て、元はびっくりして、それを押し返した。

 かがんだために、ターコイズブルーのリボンで束ねた髪は、崇剛の左肩から胸にかけて落ちてしまっていた。

 払いのけることもせず、神に選ばれし者として、神父として当然の行いをしようと、崇剛はした。

「お金は神が人に与えるものです。ですから、神のものなのです。私は一時的に預かっているだけです。あなたのように困っている方に渡す役目でしかありません。ですから、あなたにこちらは差し上げます」

 打算もなく、見返りも期待しない、本当の親切な心に出会い、元は涙で瞳を潤ませながら、封筒を大切に受け取った。

「い……いつか、必ず……返します」

 痩せこけてしまった患者の頬に、涙が伝ってゆくのを、冷静な瞳に映しつつ、崇剛は首を横へゆっくりと振った。

「ですから、私には返さなくていいのです。私のものではなく、神があなたに与えてくださったものなのですから」

「あ……ありがとうございます」

 元は生まれて初めて、神に感謝の言葉を口にした――。


 茶色のロングブーツはカツカツと心地よい音を立てて、元の横をスマートに通り過ぎる。

 診療室のドアをロイヤルブルーサファイアのカフスボタンを従えた、神経質な手で押し開け、崇剛は元が廊下へ出るのを待った。

 ボロボロの靴が部屋から出ると、ドアをいつも通り後ろ手でそっと閉めた。

 聖霊師は患者を見送るため、優雅に廊下を歩き出した。床に涙のあとをポタポタとつけている元とは何も話さず、ただ杖をつく音が痛々しげに響いていた。

 崇剛の神経質な手は屋敷と庭とを隔てている診療所のドアへたどり着き、押し開ける。

 後ろからついてきた元へ振り返り、新しい生活をスタートさせる人を前にして、崇剛は優雅に微笑んだ。

「それでは、どうかお自愛ください」

「本当に、ありがとうございました」

 元はまた深々と頭を下げ、そう言い残して、芝生に足を踏み入れた。崇剛が見守る中、正門へと歩きづらそうに進んでいった。

 左へカーブしている道から見えなくなるまで、崇剛はずっと見送っていた。


 そうして、完全に見えなくなると、崇剛は気持ちを切り替えるため、そっと目を閉じた。

 もっと大きな別のことが待っている。

 一秒にも満たない束の間の休息を取り、神父は隣に立っている天使へ顔を向けた。

「シズキ天使は戻られないのですか?」

「人間の貴様に、俺の行動をどうこう言われる筋合いはない。戻るだけ無駄だ」

 疑問形だった、つまりは情報収集。国立の守護天使を前にして、崇剛はただの相づちを打つが、

「そうですか」

 密かに、冷静な水色の瞳をついっと細めた。

 帰る気のないシズキ。可能性は大きくふたつ。国立の守護は自動制御になっている。もうひとつは、守護する人間がこっちへやって来る。

 戻るだけ無駄――。

 後者のほうが可能性が高いと、崇剛は導き出して、神経質な指をあごに当てた。

(機会がめぐってくるみたいです。そうですね……?)

 あの駆け引きが上手な刑事から、必要な情報を聞き出すにはどうするべきか。土砂降りの雨のように、兄貴と慕われてやまない男のデータを、精巧な頭脳の中に流し始めた。

「崇剛、守護霊のガキ、旧聖堂だ」

 最低限のことだけ言うと、シズキはあごで歩くように示した。春雷の晩に何が起きているのか、カミエから聞かされていた瑠璃は感慨深く、少し物悲しく言葉を紡いだ。

「とうとう、この時が来たのかの。シュトライツ王国は崩壊したからの。次はこっちの番じゃ」

 そこで、冷静な頭脳に膨大なデータが流れていた崇剛は、必要なものを取り出し、

「部屋へ一度戻ってもよろしいですか? ひとつしておきたいことがあるのです」

 未来を読める天使であるシズキは、策略家が何をするのかわかって、鼻でバカにしたように笑う。

「貴様とラジュの快楽の尺度は変人レベルに値するな。いい、許可する。だが、すぐに戻ってこい。遅れたら、フロンティアでぶち抜いてやる」

「ありがとうございます」

 崇剛は優雅に頭を下げると、茶色のロングブーツは屋敷の一階の廊下を、カツンカツンと足早に硬い音を立てて歩き出した。

 可能性が0.01%であろうとも、ゼロではない限り、99.99%まで急激に上がり、事実として確定する――。

 崇剛の三十二年という月日は、そんな事象が何度も訪れていて、優雅な策略家は彼らしい理由で、あきらめという文字を己の辞書に持っていなかった。

 二階へと続く階段をスマートに駆け上がり、寝室の前までやって来た。崇剛の歩みはそこでピタリと止まり、

「こちらを少しだけ開けておきましょう」

 神経質な手が金の鈍い光を放っているドアノブを回し、奥へ押し入れた。

「こちらが必要になるという可能性が38.79%――」

 急げと言われている以上、崇剛はすぐに廊下を戻ってきた。階下へと降りる階段の手前で、ふと立ち止まる。

 涼介と瞬の話し声が部屋からもれてくるのを聞きつけて、冷静な水色の瞳にドアを映した。

「私はもう、あなたたちに会えなくなるかもしれません。ですが、生き残れるという可能性がある以上、さようならは言いません」

 余計な心配などかけたくなかった。無事に戻ってくる可能性があるのなら、知らせないほうがいいのだ。

 神経質な手は階段の手すりに乗せられ、崇剛はやはり主人である自身は孤独の身の上なのだと思うと、そっとまぶたを閉じた。

「しかしながら、魂が消滅するという可能性があります。ですから――」

 屋敷の主人はこの二年間で、乙葉親子と過ごした日々を思い返す。冷静な頭脳に鮮明にひとつひとつ浮かび上がらせると、一粒の涙が頬を伝い、優雅な声が少しだけ震えた。

「さようなら……」

 言い残して、涼介と瞬には会わず、崇剛は階段を降りて、診療室の出入り口へと急いだ――。



 それぞれ立場の違う三人は、秋香る風が吹く庭へ出て、屋敷の東側をぐるっと回り込んだ。

 裏手にある雑木林の中を、崇剛、瑠璃、シズキは進みながら、さっきからずっと気になっていたことを、優雅な千里眼の持ち主は聞いた。

「天使の輪と翼はどうされたのですか?」

 ファンションをかなり気にしている、ナルシスト天使は鋭利なスミレ色の瞳で歩き続ける。

「あれは俺の美的センスを破壊するものでも何物でもない。だから、いつもはしまってある」

「出し入れ自由とはの。知らなかったの」

 瑠璃はもっともな意見を述べた。

 もう少しで旧聖堂が見えるというところで、ザーッと強い風が吹き荒れ、まわりの木々がザワザワと騒ぎ立てた。

 崇剛の紺色をした髪も、瑠璃の漆黒のそれも、シズキの白いロングコートも一斉に舞い上がる。

 まるで敵の来襲を知らせる警報のように――

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