表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
70/110

Nightmare/5

「ふーん、世界って広いんだな。みんな生活しながら守ってくれてるんだな。ありがたいな」

 涼介の声が耳から入り込んだ。デジタルに速やかに、崇剛は現実へ意識が戻ってきた、その時――

 シャーン!

 鈴のが強くなったような響きが、崇剛の心のうちに広がった。天井という物理的法則を無視して、ひとりの存在が聖堂へ降りてきた。

「今、降臨されましたよ」

「ど、どこにいる?」

 キョロキョロしている涼介の背後に、冷静な水色の瞳は向いていた。

「すぐ後ろに立っていらっしゃいます。守護する方は、大抵背後にいらっしゃいますよ」

 涼介は振り返ってみたが、青いステンドグラスが滝のように流れるているだけだった。

「名前は?」

「アドス天使です」

「崇剛のは金髪でローブを着てるらしいよな。どんな感じの天使だ?」

 神経質な指はあごに当てられ、「そうですね……?」直視するのではなく、あくまでも霊感という視野で、天使の容姿を観察する。

「坊主に近い紫の短髪をしていらっしゃいます」

「うん」

 涼介はうなずきながら、頭の中で想像してみた。

「瞳は人懐っこそうなあま色をしています」

「うんうん、優しそうだな。さっきまで何してたんだ?」

 いい予感を覚えた涼介に、崇剛の遊線が螺旋を描く優雅な声が闇に葬り去ろうとした。


わら人形と釘――を人々に配っていたそうです」


「え……」涼介は目が点になり、電光石火の如く、その単語から連想できる物事を思い出した。

 ずしりと背後に、悪霊でも憑いたかのような感覚に襲われる。

「それって、人形の中に髪を入れて、夜中に神社に行って釘で打つ……うしの刻参り……」

 霊感がない――盲目とはある種の恐怖心を招きやすい。涼介は背中に冷たい何かがつうっと落ちていき、ひどい寒気を覚えた。

「……人を呪う天使?」

 黒魔術だ――。感覚的な執事の発想は、理論派の主人には十分笑いの渦を巻き起こすレベルの高さで、崇剛はくすりと笑った。

「そのような方は天使にはなれませんよ」

「確かにそうだ――っていうか、それじゃ、安心して人間が生きていけないな」

 ほっと胸をなで下ろして、涼介はさらに奥深くへと進んでゆく。

「じゃあ、何でそんなものを配ってるんだ?」

「神の教えを広めるためだそうです」

 今度は違う物事を、涼介は思い浮かべた。

「何だか怪しすぎるな……」

 まるで三人で話しているように、崇剛は普通に翻訳する。

「以前は、つぼや聖水を配っていたそうです」

「詐欺じゃないのか……?」

 涼介は自分にしか聞こえないように、極力小さな声で言った。が、天使には丸聞こえだった。

 配っている――と伝えているのに、金銭が発生する話に、執事が取り違えているのが、崇剛と天使はおかしくて、顔を見合わせて少しだけ微笑んだ。

「密教のおさだそうですよ」

「怪しさ全開だ……」

 やはり世界は広かったと、涼介は改めて思い知らされた。気を取り直して、話題を変えてみる。

「服装はやっぱり、ローブなのか?」

「いいえ、修験者しゅげんじゃの格好をしていますよ。足元はワラジに足袋です」

 まさしく密教徒だった。

「白なのか?」

「えぇ、天使は全員白で統一されているみたいです」

 涼介は一番気になっていることを、天使に問うてみた。

「夢のことはどう言ってる?」

「こちらのように言っています」崇剛はそう言うと、水色の瞳から冷静さは消え去って、人懐っこそうなものに変わった。

「友達から恋愛に発展することはないっす。『あくまでも』、『あくまでも』……『あくまでも』ないっす!」

 カウンターパンチ並みに、涼介は速攻反論した。

「いや、それだけ念を押されると、かえってそうなるみたいに聞こえる!」

 俺はストレートだ――。今すぐここで、涼介は大声で表明したい気持ちに駆られた。

「そうなった時は、新しい人生観が開けるってことで、いいことじゃないっすか!」

「どこまでも前向きなんだな」

 ひまわり色の髪をかき上げて、涼介は守護天使の前に屈した。

「そうかもしれませんね」

 優雅に微笑んだ崇剛から視線をはずして、涼介は見えない天使に向かって、頭を丁寧に下げた。

「それじゃ、今日も一日よろしくお願いします」

 参列席からさっと立ち上がり、さっきまでの不安はどこへやらで、執事は主人にさわやかに微笑む。

「崇剛、サンキュウな」

「どうしたしまして」

 崇剛は手も足もといて、後れ毛を気品高く耳にかけた。アドス天使はこの世から姿を消して、涼介のアーミーブーツが身廊を歩き出す。 

「さぁ、瞬を迎えに行って、仕事だ仕事!」

 ようやく、ベルダージュ荘が平穏に動き出そうとしていた。

 崇剛はそのまま居残り、ガタイのいい執事の背中を聖堂から出ていくまで見送っていた。

「涼介は気にならないみたいです――」

 人の夢を共有する。崇剛にとっては疑問だらけで、時間が許す限り思案してみたくなった。

 畏敬を感じさせるビリビリとした空気が、天と地上を一本の線でつなぐような聖堂の高い丸天井を見上げた。

 

 いつの間にか――真実という海が広がる断崖絶壁に立ち、策略的な神父は両腕を水平に広げていた。背中からダイブしてゆくように、後ろへ倒れ込む。


 夢の中の男性が言った言葉――

「まだ気づかないの?」です。


 茶色いロングブーツのかかとは地面から離れ、真っ逆さまに海へ向かって落ち出した。重力に逆らえず、空が見る見る遠くなってゆく。

 ザバーンと背中を水面が打ち返し、派手な水しぶきを上げ、全ての音が濁った。さっきより濃くなった青の海面を見つめながら、崇剛は海底へと深く深く落ちてゆく。


 まずは、彼はどなたなのか、という疑問から考えてみましょう。

 白いローブを着ていました。

 ラピスラズリの腕輪は、聖なる石と言われています。

 God bless you――の言葉。

 黒いチェーンが落ちてきた――ロザリオであるという可能性がある。

 英語で話していました。

 宗教関係で英語圏の人間――ミズリー教の教祖であるという可能性が出てくる。

 四月三十日、土曜日、カミエ天使がいらっしゃいました。

 厄落としだと言っていました。

 涼介もその場にいました。

 そうなると、シュトライツ王国と関係しているという可能性があります。

 しかしながら、教祖の写真が流出していません。 

 ですから、ミズリー教の教祖――ダルレかどうかは断定できません。

 ですが、ここだけは、ダルレと仮に呼びましょう。


 海面から一筋の光が、冷静な水色の瞳に向かって、導くように差してきた。


 ダルレはどのような考え方をする人物なのかを考えてみましょう。

 涼介の夢の中で、彼が話したのは三十回。

 そのうち、疑問形は十九回。

 その中でも、涼介が聞き返したことに疑問形で答えたのは十一回です。

 こちらは、情報漏洩を避けるための初歩と考えてもよいかもしれません。

 涼介が屋敷に来たばかりの頃、私が彼に仕掛けた罠と同じです。

 こちらを裏づける情報は他にもあります。

 ダルレは涼介の話した言葉――花冠語を理解している、です。

 理解をしているのに、聞き返してくるのは不自然です。


 ターコイズブルーのリボンが髪からはずれ、風に舞うように上へ泡をこぼしながら登ってゆく。


 こちらはこうとも取れます。

 涼介を混乱させるために、わざと言葉が通じていない振りをした。

 同時に、情報収集しているそぶりを、涼介に悟られる可能性を減らすためです。

 こちらを裏づける情報は他にもあります。

 maybe――かもしれない、という不確定単語です。

 疑問形と不確定を組み合わせると、ダルレの情報はさらに撹乱されます。

 すなわち、涼介が言っていたように、ダルレの言っている意味がわからなくなってしまうということです。


 海面から蛍火のような光る雪が、ハラハラと舞い降りてくる。柔らかな明かりの中で、崇剛の思考はとどまることを知らない。

 

 こちらから導き出せることは、彼の言葉は全てが本当とは限らない。

 同時に、全てが嘘とは限らない。

 つまり、こうだと決めつけるのは危険です。


 神経質な指先で、光る雪に揺れると、流れ星のような強い線を描き、飛び回って消えてゆく。


 『そういう人』――感覚の人間。

 こちらの言葉から、彼は理論の人間であるという可能性が出てきます。

 『そういう人』――同性愛者。

 彼の本当の姿であるという可能性があります。

 涼介を混乱させるためならば、他の言葉でもよかったのです。

 あえて、これらの言葉を選んだ理由が他にあるのかもしれません。


 夢という不確かなものが、身を投げている海の水流で、形あるもの――現実だと千里眼のフィルターに引っかかる。


 涼介からダルレに情報漏洩したことを考えましょう。

 一.涼介は素直であるという傾向が高い。

 二.涼介には警戒心がないという傾向が高い。

「ここに座って」と言われて、彼はその通りにしています。

 意味の通じていない言葉は、すんなり聞き返しています。

 

 これらから、簡単な罠でも引っかかる可能性が79.85%――

 ですから、その後の会話では、意味のない質問が繰り返されているのです。


 三.涼介は同性愛者ではない。

「待った!」と言って、彼はダルレを拒絶していました。


 四.涼介は会話の履歴を覚えていない可能性が78.96%――

「どうして、最初にそう聞かなかったの?」と、ダルレは言いました。

 こちら前の涼介の言葉は、「わかる言葉で答えろ」です。

 この時、部屋の様子が変わります。

 同時にふたつのことが起きました。

 涼介は聞かれた質問から気をそらし、きちんと回答していません。

 こちらは、ダルレが罠を二重にして、涼介を惑わせたのです。

 その後、涼介は最初に疑問に思ったことを聞かないまま、話が進んでいきました。


 従って、ダルレがした「気づかないの?」の答えのひとつは、罠だと気づかないの、である可能性が99.99%――


 ダルレが涼介に質問をしました。

 そちらに対して、涼介がどのような言動を取ったかだけで、情報は漏洩します。

 質問の内容はどのようなことでもよいのです。

 ダルレの目的は、涼介の情報を手に入れることなのですから。


 疑問形を投げかけるたび――

 ダルレの中で涼介の可能性の数値は変わり続ける。

 つまり、より正確な情報が手に入ったのです。

 罠は時には三重や四重に組まれています。

 従って、ダルレは非常に優れた頭脳の持ち主であるかもしれません。


 さらに、彼は優しさをも持ち合わせています。

 ダルレの最後の言葉――

「敵だったら、どうするつもりだったの? キミはボクに殺される――かも?」

 こちらは、警戒心のない涼介に注意をしているのです。

 命の危険にさらされる場面に出会でくわしても、涼介は無防備に敵に近づき、気づいた時には殺されている――。

 ですから最後に、「かも?」をつけているという可能性89.97%――

 私でしたら、わざわざ注意しません。

 自身の責任で言動を決めるのが当然ですからね。

 私から見て、ダルレは優しい人物であるということです。


 海底へたどり着いた崇剛の体は、真っ赤な薔薇の花びらの絨毯にトスンと降りた。瑠璃色の貴族服をまとった細い体が、赤の中に幻想的に浮かぶ。


 それでは、ダルレが漏洩した情報を拾い上げましょう。

 身につけている服やアクセサリー。

 話している言葉。


 一度来てみたかった――

 こんな風に見えるんだ――

 こちらの言葉から、以前からベルダージュ荘を知っていたみたいです。

 彼は理論の人であるという可能性から、花冠語を学んでいるという可能性が出てきます。

 しかしながら、なぜベルダージュ荘を知っているのかの疑問は残ります。


 腰元から聖なるダガーを引き抜くと、赤い花びらが狂喜乱舞で飛び跳ねる。刃先を自分の胸に向け、手の力を抜いて落とし始めた。


 翻訳と拘束――

 こちらの言葉の通り、物事が進んでいます。

 言葉がなくても、涼介がダルレの話している内容を理解しているところもあります。

 手を使わずとも、涼介は動けなくなりました。

 これらを実現できる可能性と事実を探し出します。


 自傷行為――。崇剛の胸をダガーが刺す寸前に、銀のロザリオが聖なる光を放ち、武器を消し去った。

 

 四月二十九日、金曜日、十時四十三分十五秒以前――

 世界のメシアの歴史を読んでいました。

 風のメシア。

 二百三十七年前。


 十時四十三分十五秒以降――

 変化へんげのメシア。

 二百五十二年前。


 これらふたつの情報から導き出せること、そちらは――

 同時代に、メシア保有者がふたり以上いる可能性がある。


 翻訳と拘束――。

 そちらを行えるメシア――『魔導師』であるという可能性が出てくる。

 本の情報は名前だけでした。

 どのようなものかは書いてありません。

 ダルレはメシア保有者であるという可能性が87.98%――


 崇剛は横向きになり、腕で大きく花びらを引き寄せ、芳醇な香りに頬を埋める。朽ちた人形のように身動きもせず、そっと目を閉じた。


 少なくとも神五人が関係している別の大きな出来事についてです。

 メシア保有者同士を地上で出会わせる――。

 邪神界にとっては脅威になるという可能性が99.98%――

 五月二日、月曜日、十時一分十二秒以前――

 ラジュ天使がおしゃっていました。

「あちらは囮みたいなものですから」

 シュトライツ王国の崩壊が本来の目的ではない。

 それでは、私たちメシア保有者同士の出会いを隠すためとなるかもしれません。

 しかしそちらでは、事実がひとつズレてしまします。

 シュトライツ王国の崩壊とメシア保有者が出会うことの両方で、ダルレは関係しています。

 どのみち、ダルレに敵の目は向いてしまい、囮にはなりません。


 光る雪が崇剛の体の上へ降り積り続ける。赤と青が目に焼きつくほど鮮やかに映える。

「メシア保有者同士の出会いさえも、囮なのかもしれない……」


 腰元には元どおり、聖なるダガーの柄が鋭いシルバー色の光を放っていた。銀のロザリオは水中を飛ぶように浮かび、光を濃くしてゆく。

 

 最後に、シュトライツ王族とダルレについての関係性です。


 本日の新聞の記事――

 シュトライツ王家の城の敷地内に、ミズリー教徒は立てこもっています。

 ミズリー教徒が占領するのも時間の問題です。

 こちらが、教祖の策略通りだとしたら、王族に代わり、教祖が国を取るためだった。

 しかしながら、事実にふたつズレが出てきます。

 涼介の予知夢の意味は、彼にダルレが出会うです。

 それでは、ダルレが国に残り、政治を仕切ることはできません。

 ダルレは今後のシュトライツの政治には関わらないという可能性が78.89%――


 メシアは霊層の高い人間に、神から与えられるものです。

 従って、教祖――いいえ、ダルレが私利私欲でシュトライツ王国の崩壊を起こしたという可能性は0.12%――

 非常に低いのです。

 それでは、彼はどのような目的で、わざと捕まったのでしょう?


 薔薇の花びらも、崇剛の長い髪も、海の青も、何もかもが銀のロザリオから放たれる光に包まれ真っ白になった――


「興味深い人物ですね」

 崇剛の意識は、聖堂に戻ってきた。いつの間にか閉じていたまぶたを開き、運命という歯車を回している神を、祭壇の前に立って感じようとした。

 メシア保有者であるだけでなく、手加減をせずに策を張りめぐらせることができる人物――ダルレ。

 彼と出会えるかもしれないという予感――ギフトを与えてくれた神に、崇剛はそっと目を閉じて、感謝をする。

「ベルダージュ荘はにぎやかになるかもしれませんね」

 主人は優雅に微笑み、身を清めるようなステンドグラスの青い光のシャワーを全身で浴びながら、秋の匂いが漂う聖堂の中で、神の導きへと身を委ねていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ