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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Nightmare/4

 海のような青が広がる聖堂へ、崇剛の意識は再び戻ってきた。

「もう終わりましたから、構いませんよ」

 涼介はNightmare――悪夢から解放され、ほっと胸をなで下ろした。同じ夢を共有したはずなのに、いつも通りクールな主人の前で、涼介は拍子抜けする。

「お前、驚かないのか?」

「驚きませんよ」

 崇剛はしれっと言ってのけた。

「お前を驚かすのって、どうやったらできるんだろうな?」

「おそらくできませんよ」

「どうしてだ?」

「最後の0.01%は別の何かが起きると予測していますから、何が起きても心構えができています」

「お前らしい回避の仕方だな……」

 主人の理論武装は今日も健在で、涼介はほっとするやら、あきれるやらでため息をついた。

 この夢に何か予言みたいなものが隠されているのかもしれないと思い、執事は恐る恐る聞き返す。

「何て言ってたんだ?」

「そうですね?」

 乾いた秋の匂いを吸い込みながら、神経質な指先をあごに当て、全てを記憶する冷静な頭脳から英和辞書を引っ張り出してきた。

 主人の頭の中で、素早く翻訳されていたが、あるところで、崇剛は唇に手の甲を当てて、急にくすくす笑い出した。

「…………」

 肩を小刻みに振るわせている、主人が笑いの渦に落ちていることは、いつも一緒の執事にはよくわかっていた。

「そんなに笑うくらい、おかしなところあったか?」

「えぇ……」

 かろうじてうなずいたが、崇剛はまた笑い出して、いつまで経っても診断してもらえず、涼介は瑠璃色の貴族服の細い腕を引っ張った。

「いいから、教えろ。時間がないだろう?」

「全てを聞きたいのですか?」

「残したら、気になるだろう?」

 こうやって、執事は主人の罠のひとつに、いつもはまるのだ。

「そうですか。それでは、全ての会話を最初から順番に翻訳して、あなたの言葉と組み合わせます。よろしいですか?」

 主人からの最終確認に、涼介は大きくうなずいた。

「頼む」

 水色の瞳に冷静さは戻り、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が、聖堂の高い天井にまで舞い始める。まずは男の言葉から。

「こんな風に見えるんだ」

「何て言ったんだ?」

「とても綺麗……」

「何をしてるんだ?」

「一度来てみたかったんだ。どうして、心が癒されるのかな?」

「神様が祝してくれてる? キミもそう思う?」

「神様が何だ?」

「キミは『そういう人』?」

「今度は何て言った?」

「こうしたら、どうするの?」

「翻訳!」

 崇剛はここで一旦言葉を止めた。茶色のロングブーツを優雅に組み替える。

「そういうわけで、涼介は彼の言葉を聞き取れるようになったみたいです」

「はぁ?」

 思いっきり聞き返した涼介を前にして、崇剛はまた上品に笑いそうになったが、何とか冷静さを保ち、

「こちらから、涼介が『問題、大アリだろう!』と言うところまでは訳しませんよ。あなたはきちんと理解していましたからね」

「わかった」

 崇剛は続きを告げる。雨風が吹き込むベッドの上で、仰向けに倒れたまま、聡明な瑠璃紺色の瞳がじっと見つめてくる。

「どうして?」

「いや、何で普通に聞き返してるんだ?」

「『そういう人』は感覚のことかも?」

「な、何を言ってるんだ?」

「どうして、そう思うの?」

「今度は何だ?」

「『そういう人』は同性愛者のことかも?」

 主人の口からすんなり出てきた言葉に驚いて、涼介は大声を聖堂の隅々まで轟かせ、慌てて椅子から立ち上がった。

「うわぁっ!」

 崇剛は手の甲を素早く唇に当てて、くすくす笑い出した。主人の態度に、執事は心臓をバクバクさせながら、

「お前また罠はって!」

「違いますよ。きちんと訳しています。ですから、全て訳してよいのかと、初めに確認したではありませんか?」

「何だか、お前と似てるな」

「Why do you think so?/なぜ、そのように思うのですか?」

 主人まで異国の言葉で返してきて――。執事はうんざりした顔で、これ以上追求するのをやめた。

「……いい、先だ」

 涼介が座り直すと、崇剛はまた流暢に話し始めた。

「どうして、急にわからなくなったんだ?」

「知りたいの?」

「わかる言葉で答えろ」

「どうして、最初にそう聞かなかったの?」

 精巧な頭脳の中で、淡いピンクの光が部屋に飛び回る。

「ん? 何をしてる?」

「何が起きたと思う?」

「何が起きたんだ?」

「全ては可能性の問題かも?」

「全ては可能性?」

「まだ気づかないの?」

「何に気づかないんだ?」

「ボクの態度が最初からおかしいって」

「お前の態度が最初からおかしい?」

「拘束!」

「んっ! んんっ! う、動けない……」

「今度は気づいた? 何が起きてると思う?」

 ど、どうなってるんだ――と、夢の中で戸惑う涼介を尻目に、男はトドメの言葉を突きつけた。

「もし、ボクが敵だったら、どうするつもりだったの? キミはボクに殺される……『かも』?」


 崇剛は組んでいた足をといて、後れ毛を耳にかけた。

「以上です」

 涼介は毒気を抜かれたような顔をした。

「終わりか? 『かも』? 何だかよくわからない会話だな。どういうことだ? 意味はなかったのか?」

「…………」

 崇剛は中性的な唇に神経質な手の甲をつけて、くすくす笑い出した。そうして、肩を小刻みに揺らして、とうとう何も言えなくなって、彼なりの大爆笑を始めた。

「お前がどうしてそんなに笑ってるのかも、よくわからない……」

 不思議そうな顔で、執事は主人の笑いが収まるのを眺めていた。

 しばらくして、聖堂の中に神聖な空気が再び戻ってきた。涼介は崇剛の横顔に問いかける。

「夢に意味があるって、前に話してたよな?」

「夢占いですね?」

 スピリチュアル関係のことは、崇剛の冷静な頭脳の中に全て記憶されていると言っても過言ではなかった。

「俺が今朝見たのって、どういう意味だ?」

「そうですね……?」

 神経質な指はあごに当てられて、関連のあるデータをざっと土砂降りのように振らせ、崇剛は優雅に微笑んだ。

「そのままの意味ではないのですか?」

「そのまま?」

「えぇ」と短くうなずき、

「涼介には直感――天啓を受けるという傾向が強くあります。ですから、未来の出来事、予知夢であるという可能性が非常に高いですよ」崇剛は理論的に解析した。

 涼介は血の気が去ってゆき、

「それって……俺はBLになるってことか!?!?」

 執事の落ち着きのない声が聖堂に響き渡った。崇剛はくすりと笑って、

「そちらの意味で取るのですか? 自ら進んで罠にはまるのですね、涼介は」

「他にどんな意味があるんだ? 俺はストレートでいられるのか?」

 感情という波に揺られている涼介はと違って、崇剛はどこまでも冷静だった。

「夢の中の人物と、これから実際に会うという意味ではないのですか?」

「あぁ、そっちか……よかった。ん?」

 胸をなで下ろしかけたが、涼介は一抹の不安を覚えた。

「よかったのか? 本当に……?」

 再生はしたくはないが、もう一度夢をなぞってみた。

「それって……俺が狙われるってこと……!?」

 思わす息を飲み込んだ執事に、主人はこんなことをつけ加えた。

「しかしながら、彼が男色家であるという可能性がないとは言えませんね」

 そうして、主人と執事で一悶着始まる。

「お、お前また、そうやって罠張って!」

「張ってなどいませんよ。彼も言っていた通り、あくまでも可能性の話ですよ。可能性がないのでしたら、予知夢でも出てこないと思いますが、違いますか?」

 涼介は思う。人の反応を面白がって――。

「や、止め、止めだ、考えるのは。夜に眠れなくなる!」

 青い光の海の中で、ふたりの会話だけが水しぶきを上げているようにささくれだっていた。


 さわやかさとはつらつさをやっと取り戻した涼介は、聖堂のステンドグラスに描かれた両翼広げた天使を眺める。

「そういえば……俺の守護天使って、どんな人だ? 聞いたことなかったな」

「私も一度も会ったことがありません」

 聖霊師に神父という主人。天使に近い場所にいるというのに、意外な返事を返ってきて、涼介は素早く振り返って、水色の瞳に濃い青が差しているのを見つけた。

「いつもいるんじゃないのか?」

「いいえ、天使や守護霊にも、私たちと同じように通常の生活があるのです。ですから、必要な時にだけ降臨されます」

「天使って神様に遣えて、一種の神職みたいなもんで、一生貞節を守ってるのかと思った」

 主人は一流の聖霊師だ。真の世界のあり方をよく知っていた。

「違いますよ。そちらでは、私たち人間を守護することは難しいではありませんか?」

「確かにそうだな。日常生活とか子育てとかわかってないと、導くのはできないだろうな」

「そうかもしれませんね」


 霊的な針が激しく振れる――。

 神父で聖霊師は脳裏に、赤目でボブ髪の天使を浮かび上がらせた。


 いつの間にか――崇剛はパイプオルガンの音色に包まれた聖堂の身廊に跪いていた。

 天井から、両翼を広げ、天使が青い絨毯の両端に次々に降りてくる。絨毯がとても神聖なもので、天使でさえも上に降りるのははばかれるようで、誰も足をつけなかった。

 しかし、ずらっと並ぶ天使たちの奥で、祭壇の前に裸足の足がふと、しっかりと青い絨毯を踏んで立った。

 どんな逆風もいわおも、雰囲気だけで砕いてしまいそうに、堂々たる態度で、赤目でボブ髪の男は崇剛に近づいてくる。

 世界を一瞬にして浄化するように、パチンと指を鳴らした音が響き渡った――。崇剛と男を残して、聖堂は上下逆さま――になる。

 重力を無視して、崇剛と男は青いステンドグラスの海の上に浮かぶ。世界から二人だけを切り取ったように。


 神の御前おまえでは生まれたままの姿であれ――

 全てを包み込むような穏やかで暖かな風が吹き荒れ、崇剛の長い髪を束ねていたターコイズブルーの細いリボンはそっと解け、風に乗ってどこかへ飛び去った。


 背中に流れ落ちる髪。

 頬を首筋を舐めるような髪。


 瑠璃色の貴族服は黒いローブに取って代わり、銀のロザリオはこうべを垂れるように、神聖なる存在と結びつけるように、聖なる光をキラキラと放ちながら崇剛と男の頬を照らす。


 神父と天使――

 神聖なる儀式。


 足元にはたくさんの天使が見守るように、身廊の両脇に並んでいる。

 彫刻像のように彫りの深い男の顔が、ナルシスト的に微笑む。器用さが目立つ綺麗な手が、崇剛に向かって伸びてくる。


 流し込まれた媚薬。

 体の奥底が熱くなる。

 半開きの唇。


 神父は恍惚こうこつとした気持ちに包まれ、慎ましく天使のなすがままに身を任せた。中性的な綺麗な顔に、天使の手は添えられる。


 吐息が触れる。

 男の匂いが意識を浸食する。


 純真無垢でありながら、猥褻わいせつという矛盾だらけ――マダラ模様だから神羅万象。

 赤い目を見てしまったが最後、ぐるぐるとめまいがして足元も意識も衰弱させる。逃げ出したくなるはずなのに、これ以上ないほど自然体で身を投じてしまいたい、欲望に駆られる。

 逆らう力も意思も全て投げ打って、これから訪れるであろう快楽に自由に堕ちていける、崇剛はそう思う。


 ボブ髪が頬に触れる。

 せいが甘く触れる。


 天へ向かって青いシャワーが吹き上げるような聖堂の中で、全ての感覚が崩壊して、今までとは違った法則で再構築されるようだった。

 肉体的な交わりよりも、より深い結びつきを求めて、神父と天使の唇は近づこうとした――

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