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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Nightmare/3

「誰かに何かが似てる……」

 この雰囲気はどこかで――涼介は直感した。毎日顔を合わせている主人の、あの猛吹雪を感じさせるようなクールさと同じ。

 いや違う。あれを勝るほどの永遠に溶けることのない氷河期みたいな冷酷さ。それなのに、

「ふふっ」

 もらす笑い声は春風みたいに柔らかで、氷河期と思ったのは、錯覚だったとすぐに否定の一途をたどった。

 整った顔立ち――天国から降臨してきたような神秘的な人物。しかし、頭の上に光る輪っかはなく、背中に立派な翼もない。自分と同じ人間。

 だと思ったが、涼介は威圧感を抱いて、視線を上げた。

「背でかいな……」

 百九十五センチもあり、ガタイのいい自分。そうそう大きい男に会ったことはないが、二メートルは絶対に越しているだろうという背丈の男が、ふんわり微笑んでいる。

 白いローブに身を包み、主人のそばを通ると、いつも香ってくる魔除のローズマリーの匂いが漂っていた。

「It looks like this」

 男が不意に手を上げると、ラピスラズリの瑠璃色をはめ込んだ、金の腕輪が同じ色の髪飾りを指先で弄んだ。

 涼介は今言われた言語の前にただ立ち尽くした。

「何て言ったんだ?」

 男は気にした様子もなく、開いている窓枠に両肘を乗せて、景色を楽しんでいるようだった。

「So beautiful……」

「何をしてるんだ?」

 涼介はつられて、外の景色を眺める。とてもいい天気で、三沢岳の紅葉が望めた。

「I wanna come once. Why does my mind get rested?」

 聡明な瑠璃紺色の瞳は少しだけ陰ったように思えたが、春風みたいに微笑んで、

「God bless us? Do you think so?」

 可愛く小首を傾げて、涼介の瞳をじっとのぞき込むようにした。涼介は何とかひとつ訳せた。

「神様が何だ?」

 戸惑っている涼介を置いて、誰が聞いても好青年で間違いないという声色で、男は流暢に話してゆく。

「Are you such a person?」

「今度は何て言った?」

 黒の長い髪を指先でつまんで、すいてゆくようにツーと伸ばしては、短いものから、男の胸元へさらさらと落ちてゆく。

「Wadaya do if I do this?」

 今は秋だというのに、春風が吹いたようにふんわり微笑んで、男は嬉しそうに言った。

「Translation!」

 何が何だかわからないが、涼介の勘が異変を感じ取った。男は真っ直ぐ立ち上がって、目を潤ませ、白いローブが妖しく近づいてきた。

「I'll excite your hair ’n’ skin smell sweet」

 不思議なことが起きた。さっきまで、まったく意味のわからなかった涼介だったが、

「俺の髪と肌がいい匂いがする……?」

 きちんと理解していた。しかし、相手の言動に違和感を強く持つ。

 ラピスラズリの腕輪をする大きく綺麗な手で、ひまわり色の短髪を体の奥深くまで味わうようになでた。そのまま日焼けした男らしい顔へ降りていき、優しくなぞる。

 凛々しさと冷たさが匂い出る男は、窓辺からベッドのそばまで両手を後ろで組み、静かに歩いていって、涼介へ振り返った。

「Sit here/ここに座って」

 白いローブはシーツの上にさっと座り、まるで少女が一緒におしゃべりをしようと誘っているようだった。

 涼介はアーミーブーツの足をベッドへ進ませながら、

「どうしてだ?」

 男は自分の右隣――枕に近い位置のシーツを右手で軽くトントンと叩いた。

「There's something good for me an' you/キミとボクとにいいことがあるよ」

「こうか?」

 正直で素直な涼介は言われるがまま、見ず知らずの男の隣に座った。

 そうして、男はデジタルに雰囲気が変わる。春風のような柔らかさはどこにもなく、やけに威圧的だった。

「You’re a nice boy/お前はいい子だね」

 魔除のローズマリーの香りが強く匂って、涼介の思考を破壊しようとするが、それでも何とか抗う。

(変だ……。態度が全然違う……どうしてだ?)

 瑠璃紺色の瞳は瞬間凍結させるほど、今は冷たかった。主人の比ではなく、涼介は警戒する。

 しかし、そのほんの少しの時間をついて、キスができそうな位置まで迫ってきた。綺麗な顔立ちをした青年は、悪戯が成功したみたいにくすりと笑う。

「This is because you can easily fit in my trap/こうやって、俺の罠にお前は簡単にはまるんだからさ」

 そう言って、涼介の肩を大きな手でつかみ、性的な交わりを匂わせるシーツの海へ、いとも簡単に押し倒した。

「Umph!/んっ!」

「っ!」

 涼介は無防備に息をもらした。思わず閉じていたまぶたを開けると、自分の真上から見下ろしている形になった男の、黒髪がシーツの海へ浸かっていた。

 肌は触れていなくても、両肩を髪で愛撫されているような前戯。鳥肌が一気に全身に広がり、下から火で炙られるようなゾクゾク感が体中をはい回る。

「ど、どうして押し倒してるんだ!」

「You’re beautiful/お前は綺麗だね」

 男は妖艶に微笑み、涼介の頬を手のひらでなめるようになでた。涼介の頭の両脇はベッドへ深く沈み込む、男の大きな手がつかれて。

 あんなに綺麗だった空は一瞬にして、暗雲が立ち込めた。冷たい強風に煽られたレースのカーテンが、ベッドサイドに置かれていたものをなぎ倒し、乱してゆく。

 これから起きることを予感しているようだった。大粒の雨が降り出して、何もかもがびしょ濡れになる。

 青白い閃光があたりを染めると、雷鳴が轟いた。瑠璃紺色の瞳から視線をそらしてなるものかと、涼介は強く警戒する。

「な、何をする気だ? 俺に綺麗って言うって、どういうことだ?」

 スルスルスル……。

 白いローブの襟元から黒いチェーンが、涼介の胸元へ身も心もつなぐように落ちてきた。

(な、何だ?)

 確かめたかったが、視線をはずすわけにはいかない。身の危険が迫っているのは間違いないのだから。

 左右に落ちている黒い縦の線を、涼介は瞳の端に映して首を傾げる。

(どこかで、同じようなものを見た気がする……? どこでだ?)

 窓の外は激しい雨音。それなのに、衣擦れの音がやけに響く。

「What we do on the bed ……how’s your father?/ベッドですることっていったら、あれしかないでしょ?」

 あんなに健全だった、さわやかな秋の香りは今どこにもない。窓から吹き込む雨は、濡れごとを嫌でも連想させる。

 涼介は両手で白いローブの肩を持ち上げるように押し返した。

「待った! お前、男だろう」

 思いっきり拒絶されると、男はまた春風みたいにふんわりと微笑んで見せて、可愛く小首を傾げた。

「So, are there any problems?/だから、どうしたの?」

 平然と聞き返されて、黒い髪が涼介の顔に次々に落ちてきた。顔を左右に振りながら、払いのけようとする。

「問題、大アリだろう!」

 反論という熱いものも、舞い散る桜の花びらのふりして、雪が降っているようにあっという間に威力をなくしてゆく。

「Why?」

「いや、何で普通に聞き返してるんだ?」

 長い黒髪を縛っていた金の髪飾りがとかれると、男と涼介の間で言葉の応酬が始まる。

「『Such a person』maybe sensational?」

「な、何を言ってるんだ?」

 不思議なことに、涼介は男が何を話しているか、わからなくなっていた。男はシーツに顔を埋めるように近づき、耳元でそっとささやく。

「Why do you think so?」

「今度は何だ?」

「『Such a person』maybe gay?」

 ラピスラズリの腕輪をした手が下へ落ちてゆき、綺麗な男の指先は、涼介のベルトに引っかけられた。

「どうして、急にわからなくなったんだ?」

 魔法にでもかけられたように、昼は夜にとって変わった。銀の月明かりがベッドに斜めに差し込む。

 女性らしさの象徴である長い髪は、慣れた感じでかき上げられ、魔除のローズマリーの香りが体の奥深くをビリビリと刺激する。

「Do you wanna know it?」

「わかる言葉で答えろ」

 蛍火のような淡い桃色の光が、ふたりだけの寝室に飛び回り始めた。男は少しだけ体を離すと、聡明な瑠璃紺色の瞳には、色情という感情はどこにもなかった。

 そうして、くすりと笑って、

「Why didn't you ask so me first?」

「ん?」

 涼介はまた急に、男の言葉がわかるようになっていた。しかしその内容は、なぜ、最初からそう聞かなかったのか、だった。

 淡い桃色の光を頼りに、男の白いローブをよく見ると、金糸の刺繍が施されていた。

 涼介は落ち着きなく視線をあちこちに向けるが、薄闇が幻想的に広がるだけだった。

「何をしてる?」

「Wadaya think happened?」

「何が起きたんだ?」

「Everything maybe a matter of possibility?」

「全ては可能性?」

 どこかで誰かが言っていたような言葉が出てきたが、ベッドに未だ押し倒されている涼介には考える余裕などなかった。

 男は夜色に染まってしまった、涼介の髪を指にくるくると絡ませて弄ぶ。

「Have you not noticed yet?」

「何に気づかないんだ?」

「My attitude from the beginning was strange」

「お前の態度が最初からおかしい?」

 心臓がバクバクと高鳴り出す。自分の中の勘が教えるのだ。この男は危険人物だと――。

 しかし、涼介は同時にこうも思うのだ。どこかで同じことに出会ったことがあると。

 そんなことをしているうちに、男は涼介の髪から手を離した。

「Restraint!」

「んっ! んんっ! う、動けない……」

 手足どころか、指の先さえもいうことが効かなくなってしまった。焦り出す亮介とは対照的に、男は瞬間凍結させるような冷たい瞳で、真摯な眼差しで静かに問いかけた。

「Did you notice this time? Wadaya think happend?」

 体の感覚を全て切断されたみたいに、涼介は何も感じられないどころか、声も出なくなっていた。

(ど、どうなってるんだ?)

 男は何かを諭すように言う、無防備にベッドに横たわったままの涼介に。

「If I’m an enemy, what were you gonna do?」

 世界がぐるぐると回り出す。

 部屋が回る。

 空が回る。

 淡いピンクの明かりが回る。

 風が回る。

 男の聡明な瑠璃紺色の瞳を軸にして、ぐるぐると回り出す。

 何が起きているのかわからないまま、涼介にとどめを刺すような言葉が浴びせられた。

「You’re killed by me」

 キミはボクに殺される――。

 人間の生存本能が最後の言葉を翻訳した。吐き気がするほど、まだぐるぐると回り続ける中で、涼介は目を閉じた。真っ暗になった視界の中で、

「……maybe?」

 男がくすりと笑う息遣いが唇を微かに触れて、夢はそこでぷつりと途切れた――

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