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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Karma-因果応報-/6

 聖霊師で神父の崇剛は作戦を変えて、元の魂へもう一度挑んだ。


「あなたは他の方から利用されています。あなたという、たくさんの人々の恨みを持つ理由となるものを中心として、他の邪神界の者が地位や名誉――力を手に入れるために、あなたと直接関係のない者にまで、あなたは踏み台にされ使われているだけです。あなたが地位や名誉――力を得るために、上へと引き上げてくれる人は誰もいません。死ぬことはなくても、今のように苦しい状況へと次々と陥れられますよ」

 先週の金曜日――四月二十九日に、ラジュが元は霊的な理由で死ぬことはないと言っていたのが、崇剛は今ならよくわかった。


 ですから、あなたは霊的な理由で死ぬことがないのです。

 利用するために、生かされているだけです。

 利用するために殺すなという命令が上から出ているのかもしれません。

 ですが、恨みを持つ者がいる以上……。

 四肢の損傷や喪失。

 治すことの出来ない、直接死ぬことのない病気などを患うかもしれません。


 容疑者の心に話がやっとかすった、策略家の作戦のお陰で。

「り、利用されてる……。損してるってことか?」

 そうして最後に一言、これ以上犠牲者が出ないように、聖霊師は殺人犯へしっかりと釘をさした。

「ですから、どうか、結婚は控えてください。相手の方が亡くなります。あなたが罪を償わない限り、事故や病気などで人が亡くなることが、この先もあなたのまわりで起き続けます。他の方がどのような状況になっても、あなたは生きていけるのですか?」

「結婚しない……?」

「あなたに恨みを持って、転生している女性が他にもいるそうです。あなたは己の欲のために、人を殺し続けるのですか?」

「結婚について、お前に口出しされる覚えたはない!」

 元はこれ以上ないほど大声で怒鳴り散らした。

(結婚して、保険金をかけて、三沢岳に連れていけば死ぬんだ。保険金が入ってくるなら、逆に利用してやる)

 金儲けの道具としか結婚を見ていない容疑者。どっちもどっちだった。

 崇剛は冷静な水色の瞳を寂しげに一旦伏せた。

「やはり、あなたには難しい話だったみたいですね」

 改心する可能性がまったく上がらない元だった。勝ち誇ったように、殺人犯は椅子から立ち上がり、

「ふんっ! 除霊できないからって、言い訳して! 他に当たればいい……」

 バカにした視線を崇剛へ向けた。

 冷静な頭脳で物事を捉えている崇剛の心は凪だった。波立つこともなく、どこまでも静か。水色の瞳でじっと見つめ返し、それでも元の末路を案じる。

「他のどなたのところへ行っても、誰もあなたを助けてはくれませんよ。あなたを救うのはあなた自身であり、次は神なのです。私たち人間はその次なのです」

「行ってみなきゃわからないだろう!」

 元はブランドもののポーチを大層大事そうに抱えて、ドアまで歩いて行こうとしたが、振り返り、怒りで顔が真っ赤になっていた。

 崇剛は椅子に優雅に腰掛けたまま、首を横にゆっくり振って見せる。

「他の聖霊師では誰も浄化はしてくれませんよ。すぐに悪へ戻ってしまうような方の浄化は、他の聖霊師はしません。なぜなら、苦情が出るという可能性が非常に高いですからね。ご自身の評判を落とすようなことは、みなさんしません」

「大金を払えば、そんなの関係ないだろう!」

 怒鳴り散らして、元はドアを乱暴に開け、飛び出していった。


 聖霊師と守護霊、守護天使の三人だけが部屋に残った。

 前へ落ちてきてしまったターコイズブルーのリボンで束ねていた紺の髪を神経質な手で後ろへ払いのける。

「捨てゼリフ……こちらも悪の常套じょうとう手段ですね。ですが……」

 シルクのブラウスの下に肌身離さず持っているロザリオを握りしめて、崇剛の冷静な水色の瞳はそっと閉じられた。

「あなたの悪としての苦しみが消えるよう、私は心の底から神に祈っています」

 いろいろ手を尽くしてはみたが、罪状さえも認められない、百五十六人に手をかけた殺人犯。彼の幸福を、優雅な神父は静かに祈った。

 崇剛は瞳を開けて、珍しく悲しげに微笑む。


「過去と人の気持ちは変えられない――人とは無力ですね」


 失敗に終わる可能性が高いとわかっていながら、諦めずに説得し続けていた、聖霊師の神経質な横顔を、瑠璃は見上げた。

「お主が気に病むことではなかろう。全て、あやつの責任であろう」

 時計など持っていないと言うのに、今頃時刻に気づいたようなふりをして、ラジュはおどけた感じで割って入ってきた。

「おや? そろそろ私は行かないと、相手に怪しまれますね〜」

 無慈悲極まりなく、負ける可能性の高いものを好んで選び、幾度となく崇剛は窮地へ、ラジュによって陥れられてきた。

 それでも、守護天使には慈悲があり、三十二年間いつもそばにいて時には正しい道へと厳しく導いてくれた。

 そんなラジュ天使がなぜ、長期間席をはずし、すぐに戻らなければ行けないのか、本当の意味を崇剛は知ってしまった。

 

 そちらの可能性が出てきたみたいです。

 ラジュ天使が一番危険かもしれない……。

 どうか、お気をつけて――


 まるで、最後の別れのような言葉を、天使に送った守護される人へ、守護霊である瑠璃は驚いた顔を見せた。

「な、何じゃ? 崇剛、『気をつけて』とは。ラジュがいなくなるみたいなことを申しおって……」

 若草色の瞳が他に向いている今、ラジュは珍しく寂しげに微笑んだ。


 瑠璃さんは正直な人ですからね。

 あなたに知られるわけにはいかないんです。

 情報が漏洩してしまいますからね。

 ですから、こうしましょうか。


 この場をごまかすために、ラジュはニコニコ微笑みながら、いつものお遊び言葉を口にした。

「今日は床ドンで、瑠璃さんを手中に納めようかと思いましてね?」

 天使の心のうちは、物悲しさでいっぱいだった。

(私が一番の適任者でしたからね、全てをうまく運ぶためには。ですが、失敗した時には、私は消滅するかもしれませんね)

 魂の消滅という本当の死を迎えるかもしれないと思っている、ラジュには気づかず、瑠璃はいつも通り冷たく言い放った。

「お主など、我の眼中にないわ!」

「瑠璃さんは瞬ですものね〜? 守護天使には守護霊の心の中まで筒抜けですよ〜?」

 ラジュに意味ありげに微笑まれた、瑠璃の顔は一気に赤くなって、どんどん言葉が失速していった。

「あっ! ……あ、あれは、お、弟みたいな……もんじゃ……だからの……」

 百年の重みが一気になくなった八歳の少女を、崇剛とラジュは微笑ましく眺めながら、ふたりの声がピタリと重なった。

「そういうことにしておきましょうか?」


 嵐の前の静けさ――。

 束の間の守護列のいつも通り、三十二年間続いてきたやり取り。それがなくなってしまうかもしれないという、大きな出来事へと彼らは既に奥深くへ巻き込まれていたのだった。

「わ、我は眠るぞ」

 恥ずかしさを隠すために、瑠璃は部屋から出ていった。彼女の後ろ姿がすうっと消えたドアを、冷静な水色の瞳に映しながら、崇剛は優雅に足を組み替える。


 そうなのです。

 瑠璃が愛しているのは瞬であり、瞬が愛しているのは瑠璃なのです。


 微笑ましいカップルの話はここまでにして、崇剛はラジュの月のように美しい顔を見上げた。優雅な笑みは今はどこにもなく、真摯な眼差しだった。

「ラジュ天使、質問があります。よろしいでしょうか?」

 未来を予測できる天使にとっては、驚くことでもなく、ラジュはニコニコの笑顔のまま、うなずくのだが、

「しても構いませんが、質問はひとつだけです。私もあなたに聞きたいことがあります」

「どのようなことですか?」

「あなたの感想です」

 質問に答えれば、情報漏洩する。その防ぎ方の基本は、質問し返す。

「どちらの――」

 だが、ラジュにさえぎられてしまった。

「おや〜? 私は答えなくても構いませんが……。うふふふっ」

 この天使が武器を持っていたら、今頃のど元に突き立てられていただろう、不気味な含み笑いが耳元で響いた。

 崇剛は両方の手のひらを天井へ向けて、顔の高さまで上げ、優雅に降参のポーズを取った。

「仕方がありませんね」

「あなたを導く立場ですからね、私は。ですから、必要以上のことは教えませんよ〜?」

 ラジュに先手を取られた。不必要なことは教えないということだ。崇剛は大きな鍵を握るだろう、ただひとつの質問を投げかけた。


「ラジュ天使を神殿へ呼び出される時に、山吹色の髪で赤目をした天使がいらっしゃると聞きました。どのような言葉をおっしゃったのですか?」

 ラジュはかなり困った顔をして、こめかみに人差し指を突き立てた。

「おや〜? そのようなことがありましたか〜?」

 とぼけても無駄だ――。さっきの漆黒の髪を持つ少女が、情報源だ。

「瑠璃から昨夜聞いています」

「うふふふっ。バレてしまいましたか〜?」

 ラジュはいつも通りだった。わざとわかるようなことを言う。天使の心に余裕がある証拠だった。

 旧聖堂で気絶している崇剛を放置しようとした時のことを、ラジュは鮮明に思い返した。

「彼はこちらのように言っていました。『神様からお前に伝えたいことがあんの』です〜」

「そうですか」

 崇剛はただ記録し、他の情報を頭の中で流しながら、導き出そうとしたが、ラジュの凛とした澄んだ女性的な声が続きを言ってきた。

「彼は何度来ても、言葉は同じです。ですから……」

「えぇ」

 崇剛は先を促した。ラジュの右目だけがまぶたから解放されたが、それは見なかったほうがいいと後悔したくなるような、邪悪なサファイアブルーの瞳だった。

「私や崇剛と同じ思考回路である可能性が非常に高いですよ〜?」

 神経質な指をあごに当てて、崇剛は優雅に微笑む。

「情報漏洩をさけるために、同じ言葉しか使わない――」

「そうかもしれませんね〜」

 ラジュは思う。あの男は、砕けた口調で言っていても、油断のならない存在だ。話をどんなに重ねても、無駄のない物言いをする。

 もしかすると、自身や崇剛とは違った、別の思考回路を足算しているのかもしれない。その可能性が高いのではないだろうか。

 ラジュの瞳は再びニコニコのまぶたに隠された。

「それでは、私からあなたに質問です。彼の言葉を聞いて、どのような感想を抱きましたか〜?」

 天使というよりは、教師のような存在に思えた、今のラジュは。崇剛の中には様々なデータが流れ出し、ほんの0.5秒で答えを弾き出し、冷静な水色の瞳はついっと細められた。

「正直な方――みたいです」

「うふふふふっ」

 含み笑いをすると、何の別れの言葉も告げず、ラジュも崇剛からすうっと遠くへ行ってしまった。


 瑠璃もラジュもいなくなったひとりきりの診療室。最後だったかもしれないのに、あっけない去り際――


 神経質な手が慣れた感じで、ターコイズブルーのリボンを抜き取る。とけてしまった髪を首を横へ振って、さっきまで近くにいた天使の金髪と同じように、背中の後ろへ長く流した。

 水色の瞳は冷静という色をなくし、誘迷ゆうめいという名がふさわしいものに取って代わった。

 何を考えているのかわからない、ニコニコの笑顔になり、少し女性的な可愛げがあり、凛とした澄んだおどけた声で言った。

「そうですね〜? このまま、ラジュ天使には消滅していただきましょうか〜?」

 天使の真似をしながら、ラジュのいく末を、崇剛は暗示する。

「うふふふっ……というのは冗談です〜。神にまた叱られてしまいますからね」

 春風が神経質な頬のそばで、くすくす笑っているように吹き抜けてゆく。崇剛は足をエレガントに組み替えた。

「ラジュ天使には特異体質があります。そちらを使って――おや? 間違ってしまいました〜。本人が知らないうちに、女性を気絶させる。知らない女性が勝手について来る。知らない女性から贈り物を突然もらったりするそうです、ラジュ天使は」

 ラジュマジック――。その言葉がふさわしいと思う。崇剛はニコニコと微笑みながら、髪をサラサラとかき上げた。

「ですから、どのような状況に陥っても、女性の手を借りて戻ってきますよ〜?」

 水色の瞳は冷静さを取り戻したが、崇剛は手の甲を口へ当てて、くすくす笑い出した。

「ラジュ天使も策略家です。ですから、先ほどの言動は、ほどんどが嘘であるという可能性が99.99%――」

 そこまで言うと、崇剛は何も言えなくなり、肩を小刻みに振るわせて、彼なりの大爆笑を始めた。

 長い時を生きている天使は、人間である崇剛の笑いのツボにもれずにハマるよう、前振りという罠を仕掛けて、涼しい顔をしたまま去っていったのだった。

 レースのカーテンが何度か揺れ、鳥のさえずりがくるくると輪舞曲ロンドを踊ると、ようやく崇剛の笑いは収まってきた。

 女性的な雰囲気に変わってしまった彼は、胸へ落ちてきてしまった紺の髪を、神経質な手で背中へ払いのけ、優雅で遊線が螺旋を描くような声で、自分らしさを取り戻した。

「こちらのような感じでしょうか? ラジュ天使の真似はやはり難しいですね。ラジュ天使は嘘をつくという傾向があるため、情報が正しく入って来ませんからね。言葉遣いに違和感はないのですが……」

 国立の真似をした夜が色濃く蘇る。あの言い回しは、かなり無理があったと、自分自身にダメ出しをして、優雅に微笑んだ。


 そうして結局、心霊事件は真の解決を迎えられず、シュトライツ王国の崩壊への序曲が何に関係するのかも明らかにならないまま、半年近くの月日が過ぎてゆくのだった――

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