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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
64/110

Karma-因果応報-/5

 少しはわかる金の話になったので、元は何とか自分のターンでコマをひとつ進めた。

「そ、それは関係するんですか?」

 犯罪者の心の中は、怒りで荒れ狂っていた。

(な、何でそんなことまで言わなくちゃいけないんだ! 勝手に落ちたり、病気になって死んだんだろ!)

 圧勝という盤上を前にして、崇剛は優雅に足を組み替え、ワンゲーム中一回しかできないキャスリングを計算済みで、いきなり初手で使ってきた。

「えぇ、関係しますよ。あなたにとっての重要性は非常に高いです。お金を大切にしていましたよね?」

 チェスのグラウンドマスターである聖霊師を前にして、容疑者はゲームのルールもわからないまま、見様見真似でポーンをひとつ前へ進ませた。

「シュトライツ王国です」

「そうですか」

 崇剛はポーカフェイスのまま短く相づちを打ち、キングへ迫る勢いでコマを置いた。


「ですが、保険金は入ってこないかもしれませんね」

(邪神界側はあなたに対して、もう既に別の作戦を取っているかもしれません)


 元は驚いて、ワンターン見逃した。

「ど、どういうことですか? 金が入ってこない?」

 ターンがめぐってきた聖霊師は優雅に微笑みながら、元のクイーンをポーン軽く弾いた。

「シュトライツ王国の情勢は知っていますか?」

 そう聞き返す、崇剛の脳裏には、国立を通して、元を逮捕した時の新聞を読む姿が鮮明に浮かんでいた。

 今朝見てきた新聞の小さな記事――惑星の裏側で起きている国の出来事を思い出して、元は笑い話でも聞いたように、一気に緊張感がとけた。

「あ〜、あれは……あははっ! ただの小競り合いでしょう」

「違うかもしれませんよ」

 霊的に見ている崇剛には急に真剣な顔つきになって、首を横へ振った。

「まさか、千年以上も続いた王国が滅びるわけないでしょう。金も技術も持ってるし、世界の中心――」

「千年以上続いたから、滅びないとは言い切れませんよ」

 崇剛は可能性の話をしていた。そうして、密かに、ラジュの反応を待っていたが、金髪天使はニコニコしているだけで、何も言わなかった。

 喜べることではない。だから、崇剛の冷静な水色の瞳は一瞬閉じられ、再び開けられると、金第一主義の殺人犯を一気にチェックメイトした。


「シュトライツ王国は崩壊――します」

(事実として確定、100%です)


 普通の人ではわからないし、理解もできない話。まだ起こっていない未来の出来事。

 遠い空の下にある他国の民衆の暴動。今回が初めてのこと。元は当然甘く見ていた。

 先進国の情報が、発展途上国に正しく入ってきているとは限らない。ここにも可能性というものは潜んでいて、崇剛はシュトライツ王国の今までの情勢がどうだったのか、国民はどんな想いで暮らしているのかを、正確に把握したかった。

 それをよく知っている人物のうちひとりは、あのダルレという教祖なのだ。集団心理というものは、采配ひとつで、白を黒に簡単に変えるのだ。

 千年続いていたとしたって、崩壊してもおかしくないのだった。

 崇剛の冷静な頭脳と千里眼の透視能力がどれだけ優れているのか、元はわかるはずもなく、顔を真っ赤にして椅子からいきなり立ち上がり、聖霊師へ指を突きつけた。


「あなたは俺を脅してる! 絶対にそうだ!」

「なぜ、私があなたを脅すのですか? そちらにどのような意味があるのですか? 教えていただけませんか?」


 三手連続で鮮やかに打ち込み、スタイリッシュにチェックメイトを決めた、崇剛の心のうちは、

(なぜ、あなたは私に『脅す』という言葉を使ったのか、自身で気づいていますか?)

 元の生き方は糸のほつれがあちこちに見えているのだ。見る人が見れば。

 そんな繊細なことに気づく暇もなく、三つも一気に質問されてしまった元は、突き出していた指を力なく引っ込め、落ち着きなくあたりを見渡した。

「そ、それは……。こいつにどんな得があるんだ?」

 罠を仕掛けるという快楽に囚われているが、聖書を読み、心優しい人たちの慈愛の中で、澄んだ心で物事を見続けていた崇剛。

 優雅な神父は両肘を膝へ落とし、身を前へ乗り出した。胸のロザリオが肌から離れ、シルクのブラウスのぶつかる、犯人に懺悔させるかのように。

 神父の中性的な唇から、瞬間凍結させるような非常に冷たい声が放たれた。


「人を脅す――最低の人間がする行為です。相手の心を物のように縛りつけ、本人が嫌がり傷つくことを平気でするのですから。違いますか? 悪を絶対に許さない教えのキリスト教圏では、悪烈極まりない行為です」

「お、俺を侮辱する気かっ!!」

 元は醜くも、野蛮に大声を張り上げ、崇剛を罵倒しようとした。

 崇剛の腰元には、物質界でも通用する、聖なるダガーがある。しかしそれさえも、聖霊師は理論武装という別の武器を使い、スマートに刃物はさけた。


「逆ギレ……そちらも悪の行為です。なぜなら、受け入れられない事実から逃げるために、怒鳴り散らすことで相手を怯えさせ現実逃避をするからです。ですが、事実は事実です。過去は変えられません。あなたが前世で行った百五十六人を殺したという罪は取り消しにはできませんよ。なぜ、意味のない怒りを人へぶつけるのですか?」


 声を荒げるわけでもなく、人を見下すでもなく、崇剛の冷静な水色の瞳は、悪に魂を売り飛ばした元の瞳へ真っ直ぐ向けられていた。

「ぬぐぐっ!」

 元は言い負かされて、とうとう何も返せなくなってしまった。千里眼の持ち主は全てを見透かすように、悪に下った者をじっと捉えた。


「自身ではうまく己の心の醜さを隠せたように思っているつもりかもしれませんが、言動の端々で霊層――すなわち魂の透明度は相手に伝わるものです。あなたは先ほど私に対して『脅す』という言葉を使いました。そちらは、あなた自身が他の人に対して同じことを行っている、もしくは思っていると公言しているようなものです。したことがなければ、そちらのような発想さえ浮かばないと思いますが、違いますか?」

「誰でもそう思っているだろう!」

 元はごまかそうとしたが、神父として多くの人々と接してきた崇剛は、人の価値観も様々だとよく知っていた。


「思っていない方もたくさんいらっしゃいますよ。人は自身の価値観で他人を見ようとする傾向が強いです。下から上を見ることはできません。己の中に上のレベルがないからです。しかしながら、上から下を見ることはできます。なぜなら、そちらは自身が通ってきた道だからです」


 長い説教を終えたところで、人の力ではどうにも動かせない、未来のひとつを、崇剛は容疑者にもう一度はっきりと提示した。

「よろしいですか? シュトライツ王国は崩壊します。従って、保険金は入ってこないかもしれませんよ」

 ラジュが教えてこない限り、いつ崩壊するのかは崇剛にはわからないが、保険金が入ってこないのは事実となるは、もう明らかだった。

 自分がどんな罪を起こして、何が原因で今の状態を引き起こしているのか知ろうともせず、逃げることばかり考えている犯人は、媚を売るように聞き返した。


「じゃあ、魂を浄化すればいいんですよね?」

「そちらも今はできません――」


 楽をしていい想いをできる、魔法があると信じているような元だった。国立が聖霊寮で親切にも伝えた話を、まったく理解していなかった。

「ど、どうしてですか? 聖霊師って浄化するんじゃないのか? そうしたら、邪神界じゃなくなるんだろう?」

 今の元では、聖霊寮も聖霊師もお手上げなのだ。逃げ道ばかり探そうとする犯人へ、神父は長々とまた説教した。


「邪神界の証である邪気を払っても、あなたは邪神界へまたすぐに戻ってしまいます。今のあなたでは地獄の辛さに耐えられず、弱い心に忍び込むようにやって来た邪神界の者の手助けで悪へ簡単に下り直してしまいます。正神界のままでいても邪神界から狙われることには変わりません。あなたが心の底から償おうとしない限り、私も聖霊寮も神でさえも、あなたに救いの手を伸ばすことは出来ないのです。ですが、こちらだけは伝えます。神はたとえあなたが悪に下ったという過去を持っていても、正神界へ戻った時には何も言わず、喜んで両手を広げ暖かく迎えてくださるでしょう」


「は、はぁ……。神様なんかいないだろう」

 元は奇異な目で崇剛を見て、誰にも聞こえないようにボソボソと、人の思想を踏みにじった。

 崇剛の中にある、元が改心するという数値はさっきから、まったく上がらなかった。

 この男が改心しなければ、人はまた死ぬのだ――。

 デジタルで冷静な頭脳を駆使して、崇剛は別の方向からアプローチしようとした、メシア保有者という選ばれし者の責任をまっとうしようとして。

「論語の『君子くんししてどうぜず、小人しょうじんは同じて和せず』という言葉は知っていますか?」

 元は不思議そうに目をパチパチさせただけだった。

「いえ……」

「君子――優れた人物は協調性を持つが、嘘をつくなどをして同調はしない。対して、小人は嘘などをついて同調するが協調性がないという意味です。こちらを基にして考えを広げると、以下のようになります。小人――邪神界の者は損だと思えば、平気で去ってゆくのです。ですから、あなたに利用価値がないと判断した途端、お金などは入ってこなくなりますよ」

「か、金がなくなったら大変だ!」

 高級品を買って、優越感に浸りたがっている元にとっては大問題。彼は頭を抱えて椅子の上でうずくまった。

「お金を手にすることが、あなたの幸せになるのでしたら、あなたを苦しめようとしている人たちは、次はそちらを阻止してくるかもしれませんよ」

「じゃ、じゃあ、どうしたら、金がなくならないようになりますか?」

 レベルの違う話が、神父から殺人犯へ言い渡された。


「お金では買えない命をあなたは百五十六人分奪ったのです。彼らの家族も悲しんだでしょう。そちらの人たちの心を傷つけたことも償わなくてはいけません。膨大な数の人たちへの償いです。己の身を削ってでも、相手を想いやる気持ちを持つことが大切です。他人に無償で自身の大切なもの――そうですね……? あなたに関してはお金を相手に何の見返りも求めずに渡すことが出来ますか?」


「そ、そんな……」

 元にとっては、めちゃくちゃな話だった。しかし、神父にとっては当たり前のものだった。神からの後光を受けたように、崇剛は優雅に微笑んで、

「そちらが出来れば罪を償う一歩となるでしょう」

「どこかに逃げ道が……」

 往生際の悪い元を、崇剛はチェスのコマでキングのまわりを、四方八方塞ぐように、コマを一気に動かしてチェックメイトするように、非常に冷たい声で神の元へ導き始めた。


「逃げ道はどちらにもありませんよ。長い輪廻転生の中で死んでも生まれ変わっても、何千年、何万年、何億年と償わない限り、あなたへ対する憎しみや怨みは続いていきます。神――しゅはとても厳しく優しい方です。罪を償えるように、人の一生をかけても同じやり直しを何度もしてくださいますよ」


 元は額には脂汗がびっしりになった。

「そ、それって……。同じことばかりで人生が終わる……?」

 崇剛はそれでも、救われる道があるという可能性がある以上、元を勝手に切り捨てるわけにはいかなかった。

「あなたの捉え方の問題です。私たち人間ができるようになるまで、主は見捨てず暖かく見守っていてくださるという解釈は出来ませんか?」

「…………」

 もう普通のやり方では、殺人犯に言葉が届くことはなかった。元は恐怖でプルプルと震え出し、血の気が引き唇まで真っ青になってしまった。

 だが、それでも、嘘をついて慰めという優しい言葉をかけることはできない。つけ焼き刀の嘘は誰も幸せにならないのだから。自分で起こしてしまった以上、誰も直接手を貸して助けられない。

 立ち止まっている暇などないのに、フリーズしてしまった容疑者を前にして、冷静な水色の瞳はついっと細められた。


 あなたが改心するという可能性は未だ変わりません。

 そうですね、こうしましょう。

 こちらの言い方はあまりしたくはありませんが……。

 あなたの霊層でも、通じる言い方をしましょう。

 小人は損得で物事を判断します。

 従って、損だ、得だと思わせれば動く……。

 すなわち、改心する可能性が上がるという可能性が99.98%――

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