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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Karma-因果応報-/4

 すでに終了している審神者。必要なデータだけ、崇剛は取り出して、なぜ転落死亡事故が繰り返し起こってしまったのかを、流暢に説明し始めた。

「真里さんは前世では、お鈴さん。霧子さんは前世で、美緒さん。涼子さんは静里しずりさんでした。三人はあなたに辻斬りで殺され恨みを持ち、あなたを悲しませ傷つけるために、わざと三沢岳から転落死したのです。そちらのためだけに生まれ変わったのです。さらに、転落現場を一ミリもズレないようにし、あなたに疑いがかかるように仕向けたのです」

 妻は愛してなどいなかったのだ。寝首をかく機会をずっと狙っていたのだ。元はあっけに取られた。

「あいつらは……」

「恨みを持つ相手と心を通じ合わせているように見せかけ、突然死ぬことによって、相手を悲しませるためだけに生まれてきたのです」

 相手を嘆き悲しませ、苦しめるだけに、霊的に自殺する人生。あまりにもひどり転生の理由だった。

「そ、そんなの嘘だ。自殺するために生まれてきたなんて、死んだら意味がないじゃないか?」

「邪神界は死んだその日にも、早ければ生まれ変わることができるのです。ですから、死に対しての尊厳を持っていないのかもしれませんね」

 それでも、元はどうやっても顔がにやけてしまうのだった。自分は生きていて、相手は死んだ。自分が勝者で、相手が敗者だ――。

(金が入ってきたから、それでいい)

 妻が三人も同じ理由で亡くなったというのに、悲しむどころか、保険金の掛金を、あわよくばと思って引き上げる男。

 そんな容疑者の末路を、崇剛は予測した。


 相手が作戦を変えてくるかもしれませんね。

 彼女たちが死んでも、恩田 元には悲しみという感情は生まれないみたいですからね。

 夜見二丁目の交差点の女の霊――

 彼女は最後、言葉と態度を変えてきました。

 助言をした人がいるという可能性が……


 ここで一旦思考を停止して、崇剛は瑠璃とラジュの審神者を待ったが、何も返してこなかった。


 助言――作戦を変えるよう指示した人がいる。

 別の大きな何かが起きていること、恩田 元は少なからずとも関係しています。

 従って、天使以上の邪神界の者から指示が出ているという可能性が78.89%――

 そうなると、相手が作戦を変えてくるという可能性が98.97%で出てくる。

 邪神界でも、天使のレベルにまで登るには、それなりの努力が必要です。

 相手を利用していないように見せかけ、実は利用しているという巧妙な策もしてきます。

 ですから、今までとは違った出来事が恩田 元に起きるという可能性が98.98%――


 ここまでの思考時間、約二秒――。

 策略家の理論と数字を聞いていた、あとひとつで準天使になる高い霊層を持つ、守護霊――瑠璃は眠そうな目を手でこすりながら文句を言った。

「悪しき者にの、こやつが利用されてなければの……。放っておいてもよいのだがの――というか、放っておきたいわ!」

 白いブーツは地団駄踏んだ。

「己で地獄からはい上がるのであろう。己自身で落ちたのじゃから」

 話す価値などない。時間の無駄だと、聖女は思い、怒り爆発だった。

 瑠璃の幼い顔をのぞき込もうとして、ラジュが首を傾げると金の髪が白いローブからサラサラと落ちた。

「おやおや? 瑠璃さん、聖女の言う言葉ではありませんよ。私も今すぐ魂を引き抜いてしまいたいところですが……。神からの赦しが出ていませんからね。いくら邪神界の者でも私には殺せません」

 こっちもこっちで、表面上はニコニコしながら、相当殺気立っていた。今回ばかりは、崇剛も同意見だった。ふたりの顔を交互に見て、心の中で会話する。

「他の方が死ぬという可能性がゼロならば、私も既に帰していますよ。時間と労力の無駄以外の何ものでもありませんからね。自室でひとり紅茶を飲んでいたほうがはるかに有効的です」

 元が改心するという可能性の数字はさっきからまったく上がらなかった。自分勝手な人間には、勝手をさせておけばいいのだ。

 聖女、天使、聖霊師から元のレベルの低さ加減にサジが投げられた。それでも、聖霊師はあきらめという感情もデジタルに切り捨てる。

「なぜ、三沢岳へ行ったのですか?」

「妻が行きたいと言ってきたからです」

 過度のストレスによって急激に白くなってしまった元の髪が、シルバー色の線をかき散らしていた。

「どのようにですか?」

「四月の二週から三週にかけてしか咲かないヌラの花がどうしても見たいというので……」

 ガラスのように美しい白い花が、三沢岳山頂を背景にして、犯人と聖霊師の脳裏をよぎっていた。

「四人全員が、誘ってきましたか?」

 崇剛は予測していた、四番目の妻――千恵は違っていたのではないかと。元の心臓はドクッと大きく波打つ。

「ち、千恵だけは自分で誘いました」

(転落死して、保険金が入ると思ったからな)

 思い浮かべれば、千里眼の持ち主には筒抜けなのに、自分の功績を讃えようと、心弱きものは、余計なことを話してしまうものなのだ。

 正面で椅子に優雅に腰掛けている崇剛は、首からかけているロザリオから、神の加護を惜しげもなく受けていた。

「彼女は行くことを拒んでいませんでしたか?」

 生き霊になってまで、知らせにきた千恵だ。健在意識でも、何らかの心霊現象に遭っていたり、体調を崩しやすく、用心深かったと見るのが、数々の事件関係者に出会ってきた、崇剛の率直な意見だった。

 元の落ち窪んだ目は急に落ち着きがなくなった。

「そ、それは……」

「あなたが彼女を無理やり連れていったのですね?」

「…………」

「千恵さんは転落しなくて済んだのかもしれませんよ」

 あの三沢岳の崖っぷちに追い込まれたような気分になった元は、とうとうこんな言い訳をした。頭に手を当てて、照れたように笑う。

「いや〜、ヌラの花は綺麗だから……あいつにも見せたくて……」

「なぜ、あなたは嘘をつくのですか? 人ひとりが死んでいるのです。そちらがどれだけ重要なことか理解できないのですか?」

「嘘は言って――」

「転落すると知っていて、連れて行ったのですね?」

 元は大声を上げ、これ以上ないほど意味のない嘘をついた。

「そ、それは濡れ衣です!」

(さ、さっき思い浮かべたか?)

 自転車操業並みに、感覚で話している犯人は、自分の言った言葉をきちんと覚えていなかった。

 デジタルな頭脳の持ち主――崇剛は追い討ちをかけた。

「今から十個前のあなたが思い浮かべた心の声は、『転落死して、保険金が入ると思ったからな』です。嘘ではありませんか」

 元が怒りという炎を燃やそうとも、崇剛の冷たい雨ですぐに火を消されてしまう。

「…………」

 カッとなった気持ちはにわか仕込みで、元はすぐに所在なさげに椅子に座った。

 殺された百五十六人の、邪神界か正神界かも全て振り分けが終わった。全員の魂の行方が優雅な聖霊師から明らかにされた。

「前世であなたに殺された人たちはあなたに対しての恨みを持ち、全員邪神界へ下りました」

 自分に恨みを持つ人数の多さに、元は恐れ慄き、唇を振るわせた。

「……全員、邪神界……こ、殺される……!?」

 寒くもないのに、体をガタガタとさせて、元は床の隅っこを見つめたまま、ぶつぶつと呪文のようにつぶやいていた。

 崇剛の話はまだ終わっておらず、芯があり螺旋状にくるくると遊びまわる声で続きが語られた。


「ですが、最後の犠牲者、百五十六人目である現世げんせでは千恵さん、前世ではお七さん――は、あなたに対して恨みを持ちませんでした。彼女は前世でもあなたの妻だったのです。あなたに正神界へ戻るよう改心をしてほしくて生まれ変わったそうです。邪神界の者によって人生の半ばで殺される可能性が高かったため、神から何度も生まれ変わるのを止められたそうです。しかしながら、彼女の意思は固くそれでも生まれ変わり、あなたのそばへやって来ました。ですが、やはり殺されてしまいました。あなたの改心を快く思っていない邪神界の者たちに」


「してくれなんて頼んでないっ!」

 決死の覚悟で生まれてきた人に対して、金に換金するための結婚を繰り返してきた元は大声でわめき散らした。

 神父は千恵に敬意を払いながら、容疑者に静かに問いかけた。


「己自身を犠牲にしてでも、相手を想いやる……。そのような方に出会えるのは、奇跡と言っても過言ではありませんよ。彼女の愛を無下にするのですか?」


「勝手に生まれて死んでいったんだろう! 俺は何もしてない!」

 未だに自身の前世の行いで事件が起き、人が死んでいっているという事実を受け止められない元だった。

 冷静な水色の瞳は哀れな男からはずされることなく、事件の本質を突きつけた。

「あなたが原因で千恵さんは死んだのですよ。あなたは己さえよければ、人を平気で殺すのですか? そちらとまったく変わりませんよ、あなたが今行っていることは」

「え、え……?」

「あなたが罪を償わずに、このまま生き続けるとは、そちらのような意味なのです。自ら手を下さなくても、殺人鬼と変わらないのです」

「俺が人を殺した……?」

 精気まで奪われ、衰弱している元は自分の両手を見つめると、血で真っ赤に染まっていた。夢遊病にでもなって、人を殺して、翌朝に気づく。身に覚えのない犯行、そんな気分だった。

 今のままではとても償えそうになかったが、事実は事実として、まずは突きつけなければと思い、聖霊師は犯人へ流暢に長々と説明し始めた。


「世見二丁目の交差点で事故が三月二十五日、金曜日から、六回起きていました。そちらの原因は、子供の地縛霊を迎えにきた女性の霊気で起きたものです。そちらの子供はあなたが殺した身籠った女性の胎児で、女性はあなたへ憎しみを持ち邪神界へと下りました。そのため、子供はたったひとり、正神界へと残りましたが、母親が己の手元に置いておきたくて、子供を邪神界へと連れていったのです。そちらため、無実の子供は自身の意思に関係なく悪に魂を売り飛ばすこととなったのです。しかしながら、どのような境遇であったとしても、正神界へ戻って来た時、三歳の身で地獄へと落ちるのです。何の罪もない子供まで、あなたが原因で悪へ下ってしまったのです。そちらでも、あなたは己に責任がないと言うのですか?」


「な、何の話だ……?」

 制御できない力を持ってしまったがために、自身で責任が取れないほどの罪が重なっていた。元を残して、冷静な水色の瞳は氷の刃で相手を刺すように向けられていた。

「弱き者――子供を犠牲にしてまで生きる人生とはどのような意味があるのですか?」

「俺は誰も殺していない! 何を問われる理由があるんだ?」

 怒鳴り散らせば、相手が怯えて、撤回するのだろうという甘え。それはここではもう通じないのだ。

 自分の人生が崩壊の序曲を踏んでいるとも認められず、言い逃れをしている犯人の前で、紺の長い髪はゆっくり横へ揺れた。


「今世の話ではありません、今しているのは。前世の話です。あなたが原因となり、他の罪のない人たちまで巻き添えにしているのです。夜見二丁目の交差点では馬車同士の衝突事故が六回も起き、その度に品物が破損し、そちらの道を通ろうとしていた人たちに遅延が生じた。そちらだけでも、被害をこうむる人は数え切れないほどたくさんいるのです。己自身の言動によって、どれだけの人や物事にどれほどの影響を与えるのか考えたことはありますか? 大人のする言動ではありませんよ。今世でも、あなたの知らないところで、どなたかの恨みを買っているかもしれません」


 未だ元の手のひらの中では、真っ赤な血が泉のように湧き出しては、ぽたりぽたりと床に滴り落ちている、幻覚を見ていた。

「ど、どういうことだ? 他の人間……。それも俺のせいなのか?」

 聖霊師は気にせず、容疑者を次のゲームの盤上へ無理やり引っ張り上げた。


「涼子さんの一千万と千恵さんの五千万の保険金は、どちらの国の保険会社を使ったのですか?」


 まだまだ発展途上国の花冠。電気が通っているのは役所だけ。ガス灯が自宅にある家は珍しかった。


 花冠国では、数千万の保険金を払える保険会社はありません。

 間に幾つかの会社を通していたのでしょう。

 国立氏も気づいていませんでしたからね。

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