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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Karma-因果応報-/2

 中心街が湖のような向こう岸で、今日も女神の名が由来とされるクロソイド曲線が横たわっていた。

 庭崎市の人々を魅了してやまない三沢岳。その美しい姿を存分に堪能できる、対岸の小高い丘にあるベルダージュ荘では、春の彩りを添える花々が咲き乱れる。

 花言葉の愛を歌い上げる芳醇なバラ。細長いボディーを妖艶に揺らす紫色のアイリス。

 王家の威厳を放つ女王陛下のような百合。輝くばかりの美という異名を持つ、レースのようなオレンジ色のアマリリス。

 彼女たちを高い場所から見守るような、白い十字の花を咲かせる花水木。

 芸術という精彩を放つ花壇の貴婦人たちを前にして、純真無垢な宇宙が広がる、小さなベビーブルーの瞳はキラキラ輝いていた。

「わぁ、きれい」

 感嘆の幼い声が上がると、背後の空に近い位置から、はつらつとした少し鼻にかかる声が降ってきた。

「瞬、薔薇はトゲがあるから気をつけるんだぞ」

「うん!」

 涼介が息子のすぐ後ろにしゃがみ込むと、ブーンとジェットコースターのように回転線を描き、春爛漫に向かって真っ直ぐに飛んできた、黄色と茶色の縞模様を体にまとった花のキューピッドを、瞬は満面の笑みで見つめる。

「パパ、ハチさんが、おはなをさかせるんだよね?」

 振り返った我が子の柔らかなひまわり色の髪を、父の大きな手が優しくなでる。

「そうだ。よく知ってるな」

「せんせいがおしえて――」

「す、すみません!」

 親子の楽しい会話が、落ち着きのない男の声で強制終了させられてしまった。

「はい?」

 涼介が門へ振り返ると、そこには真っ白な髪をした、七十代ぐらいの男がずいぶん焦っている様子で、こちらへ向かって歩いてくるところだった。


    *


 レースのカーテンで目隠しされた部屋へ、春の穏やかな香気が風に乗って入り込んでいた。

 紺の長めの髪は細いターコイズブルーのリボンで、わざともたつかせ縛られている。

 インクの匂いを漂わせている、文字が書かれた列の両端をつかみ、冷静な水色の瞳が記事をなぞると、デジタルな頭脳へ瞬時に記録されてゆく。

 白い布が巻かれた右手で一枚まためくる。芸術とも呼べる記憶力の持ち主――崇剛はある記事で視線を止めた。

「シュトライツ王国、民衆から王家への抗議絶えず――」

 遠い空の下にある他国の出来事。霊的に自分たちが関係しているであろう報道から、視線をそらして誌面の端を物憂げに見た。

「五月二日、月曜日」

 血はすでに完全に止まっているが、傷口がまだ塞がり切れていない手を、ポケットの中にある懐中時計に外側から触れる。

「九時五十四分十一秒……」

 インデックスをつけようとすると、部屋のドアがノックされた。

「はい?」

「崇剛、恩田さんが見えているんだが……」

 涼介の声がドアの向こうから聞こえ、

「そうですか」

 持っていた新聞を折りたたみ始めた。

(国立氏から先ほど連絡がありましたが、やはり私のところへ来たのですね)

 残っていたアールグレーの紅茶を飲もうとすると、

「何があったんだ? 最初別の人かと思った……」

 予測はつくが、正確には知らなかった。崇剛は紅茶を飲み終えてソーサーへ戻す。

 改心させるためには情報が少ない。できないかもしれないが、可能性はゼロではない。崇剛は元の前世と百五十六人分の魂の行方を知りたがった。

「診察室へ通してください」

「わかった」

 アーミーブーツがカタカタと音を立てながら、部屋から遠ざかっていきそうになった。優雅な策略家は全ての可能性の数値を頭の中へ並べて、守るべきものが何で、どうするべきか弾き出した。

「涼介?」去って行こうとしていた執事を、策略的な主人は優雅な声で呼び止めた。

「何だ?」 

 さっきより少し離れたところで、執事の声が響き渡った。

「瞬はそばに来させないようにしてください」

 一瞬の間があったが、

「わかった」

 涼介はそう言い残すと、崇剛の部屋から離れていった。いつもはつらつとしたベビーブルーの瞳が少しだけ陰る。

「邪神界だったんだな、あの人は……。罪が償えるといいな」

 アーミーブーツの足音が聞こえなくなると、崇剛は身嗜みを整えて、自室から出て一階の診察室へ向かおうとした。


 突然、頭上から聖なる光白いローブがすうっと降りてきた――。

 可能性から導き出したら、今ここにいるはずのない人物を見つけて、冷静な水色の人はついっと細められた。

「ラジュ天使……なぜ、こちらにらっしゃるのですか?」

 シュトライツ王国にいるはずではと、崇剛は思った。

 相変わらず何を考えているのかわからないようににっこり微笑んで、ラジュは珍しく素直に情報を渡してきた。

「あちらはおとりみたいなものですから〜、うふふふふっ」

「そうですか」

 崇剛は間を置くための言葉を使い、廊下を歩きながら情報を整理する。

 

 シュトライツ王国に、ラジュ天使は行っていたのは見せかけだったのかもしれない。

 そうなると、シュトライツ王国は崩壊するという可能性が98.78%でしたが――

 可能性の数値は変わりませんが、本来の目的はそちらではなく……。

 別の非常に大きなことが起きているという可能性が出てきた。


 邪神界が正神界に故意に動かされている疑いがある。今回の出来事は、雨が降るほどの駆け引きが神レベルで交差しているようだった。

 はるか未来を見ることができる神によって、緻密に計算された戦略と戦術。裏の裏をかく作戦は何重にも張られているのかもしれない。

 天使であっても、大きな計画のひとつの歯車でしかない。人間にはすぐにはわからないほど複雑化している。

 しかも、物事はまだ動いている。可能性の数値は簡単にひっくり返ることもあり得る。予断を許さない状況だった。


 天使とともに二階の廊下を優雅に歩いてゆくと、崇剛が出した可能性の数値が低いものが現実となった。

「なぜ、我も起こすのじゃ? 誠、面白き夢を見ておったのに……」

 瑠璃は眠たそうな目をこすりながら、空中を横滑りしてきた。

 元の前世を見るための審神者。それは、天使のラジュがひとりいれば問題はない。昼夜逆転している聖女は必要ない。それなのに、天使は守護霊を無理やり起こしていた。

 ラジュはいつもと違って、聖女へ優しく微笑んで、珍しくまともな言葉を口にした。

「私は途中で戻るかもしれませんからね」

 崇剛の心の内に、ひとつの可能性が浮かび上がった。冷静な水色の瞳は細められる。


 ラジュ天使が正神界を裏切っている――

 すなわち、ラジュ天使の居場所は、邪神界である。


 あの赤目でボブ髪の男は、正神界ではなく敵側だった。ラジュが反逆者。晴天の霹靂へきれきだ。

 聖女は眠気がひどく、崇剛の心の声を聞くこともなく、ラジュの言った言葉をそのまま受け取った。

「そうかの。ラジュも忙しそうじゃの」

 崇剛はいつもの癖で、あごに指の関節を当てて、思考し始める。

(ラジュ天使が邪神界側へ情報を漏洩させた……。その日付が、三月二十四日――かもしれない)

 守護天使とともに過ごしてきた、三十二年の月日が走馬灯のように浮かんでは消えてゆく。最後は離反にたどり着いてしまった。

 それでも、冷静な頭脳で動揺するわけでもなく、さっき交わされた会話と今までの事実、とある可能性の数値を変化させて、デジタルな頭脳へ、崇剛は無感情に上書き保存した。

 やがて、診療室のドアの前へ三人はやって来た。崇剛、瑠璃、ラジュは扉を見つめ、一旦立ち止まる。

 未来をある程度先まで見える、瑠璃とラジュはこの部屋の中で何が起きるのかすでにわかっていた。

 瞬を来させないように、涼介に命令を下した崇剛もだった。

 どんな戦いが診療室という戦場で待ち受けているのか考えると、三人ともどうやってもため息が出てしまうのだ。

 それでも、進むしかない。

 全てを記憶する冷静な頭脳の持ち主――聖霊師は包帯を巻いた治りかけの傷がある手で、懐中時計をズボンのポケットからそっと取り出した。

 神経質な顔の前へ持ってきて、久しぶりの再会を果たし、肉眼で時刻を確認した。

「五月二日、月曜日、十時一分十二秒――。さあ、仕事です」


 崇剛の神経質な手でドアが押されると、真っ白な頭と腰が曲がってしまったのかと思うほど、猫背の男の後ろ姿が目に入った。

 崇剛、瑠璃、ラジュにとっては過去に何度か体験している症状だった。特に驚くこともない。

 茶色のロングブーツが中へ一歩踏み入れると、小さく縮こまっていた背中はガバッと立ち上がり、頬は痩せこけ目は落ち窪み、骸骨のような顔になってしまった元が、媚を売るような目を向けた。

「せ、先生!」

 崇剛の怪我をしている右手へ飛びつこうとした。他人の傷のことなどお構いなしで、自分のことばかりが優先。聖霊師は左の手のひらを元の前へ突き出した。

「落ち着いてください。話はきちんと聞きますから」

「は、はい……」

 元は木の椅子にストンと腰を下ろした。

 崇剛は座り心地のよい診療室の椅子に身を預ける。

 机の右側にはビクスドールのような、巫女服ドレスを着た、漆黒の長い髪を持つ少女が、白いショートブーツの足を組んで腰掛けた。

 左側の机の縁には、聖なる白いローブを着た長い金の髪を揺らす、にっこりと微笑んでいる女性的な、男性天使が金の輪っかと両翼をたたんだ状態で、腰で机へもたれかかっていた。

 神秘的な聖女と天使の間に、紺の長い女性的な髪と、中性的な整った顔立ちの崇剛が構えていた。

 腰元には聖なるダガーの柄が隠されていて、シルクの滑らかなブラウスの下には肌身離さず持っている銀のロザリオ。

 瑠璃色の貴族服には魔除のローズマリーを潜ませ、ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンが気品を讃える。

 茶色のロングブーツの足をスマートに組み、魂の浄化をするには最強とも呼ばれる三人が対峙していた。

 崇剛は肘掛に両肘をついて、胸の前で両手をエレガントに組み、元の変わり果てた姿を前にしても、同情などという相手を卑下するものにつながる、可能性のあるものには手を出さなかった。


 今世で最初の事件が起きたのは……。

 二十年前、四月十二日、日曜日。十七時十六分二十五秒――

 真里さんの転落死亡事故です。

 ですが、そちらだけでは、ご自身で気づくのは難しいかもしれません。

 しかしながら、二回目、霧子さんの転落死亡事故。

 十四年前、四月十一日、日曜日。十七時十六分十二秒――

 そちらで、気づくべきだったのかもしれませんね。

 十四年間、見て見ぬ振り――いいえ。

 お金が欲しいがために、利用し続けた結果なのかもしれません。


 哀れな道化師としか言いようのない容疑者。エレガントな心霊探偵は感情などという曖昧なものを決して交えず、事実を事実として受け止めただけだった。

 春の穏やかな風が入り込む診療室は、嵐の前の静けさ。国立が忠告した通り、ルールはルールの崇剛の血も涙もない説教が繰り広げられるのだった。

 聖霊師側は三人がそろっていたが、元に見えているのは崇剛だけで、必死の形相で話の順番は支離滅裂だった。

「た、助けて欲しいんです!」

 理論から外れた言葉――名詞が抜けている。ルールから外れている、0.01のズレ。崇剛は非合理的だと思ったが、今はひとまず冷静に対処して、的確に質問を投げかけた。

「言葉がいつくか抜けているみたいですよ。何か状況が変わられたのですか?」

 何かが起きたから、聖霊寮の国立の元へ行って、ベルダージュ荘にやって来た。それを説明するのは大人として当然だ。

「先生、助けてください!」

 自分のことが最優先。人の話も聞いていない元。コミュニケーション能力まで、悪霊に奪われたかのようだった。

 骸骨みたいになてしまった元から、崇剛は視線をまったくそらさず、短く先を促した。

「えぇ、ですから?」

 聖霊師は心の中で、容疑者に最後通告する。


 あなたは今、同じ内容の言葉を二度言いました。

 こちらのままでは、時間がかかり非合理的です。

 ですから、千里眼を使いましょう。


 最終兵器を持ち出した、崇剛の脳裏に様々な音と映像が流れ始めた。そんな感覚が存在しているとは知らない元は、今にも崇剛に突進するような勢いで、

「夢の内容が変わったんです!」

「どのように変わりましたか?」

 正直に話すようになったのかと、崇剛は待ってみたが、元の説明は穴だらけで、感覚的過ぎた。

「夜、茂みに隠れて、赤い線が縦に出るんです。あとは何かを打ってるもので……」

 嘘をつくというデータが過去にある限り、本当のことを言うという可能性は必然と、正直に話す人より下がってしまうものだ。

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