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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Time for thinking/3

 三沢岳の山頂で、カンパリソーダの苦味に悩まされたあと、冷静な頭脳に記憶した物事の順番を、ぽつりぽつりと口にした。

「カミエ天使が降臨した。悪霊の前へ向かって、カミエ天使が走ってきた。カミエ天使は日本刀を鞘から出した」

 気づきという、神からのギフトが時間差遅れで、守護される人へ惜しげもなく降り注いだ。

「日本刀……斬る……。そちらを使って、恩田 元は過去世で人を殺したのかもしれない」

 ソファーに腰を下ろし、リラックスしている聖女の白いブーツは、左右を組み替えられたが、何の反論もなかった。

 胸元へと落とした銀のロザリオはまだ、神経質な手に握られたままだった。


 千恵さんの念が見せた二番目の場面――過去世の記憶。

 夜見二丁目交差点の事故を起こした邪神界の女の霊。

 彼女の過去世の記憶――

 悲鳴を上げ、殺された。

 ふたつは関係している。

 ふたりとも、恩田 元に過去世で殺されたという可能性が87.96%――

 夜見二丁目交差点で見た女の霊は、三百五十一年前に亡くなっています。


 雷色が窓から舞い込んでいるであろう、寝室の白いシーツから離れた場所で、顔を連ねる本の群から適任者を呼び起こす。


 三百五十一年前、彗空すいこう時代……加瀬かせ幕府。

 武士……であるという可能性が出て来ます。


 冷静な水色の瞳の中には、ガス灯の炎が儚げに揺れていた。神経質な指先で、後れ毛を耳にかける。


 君主に使え、いくさで敵――人を殺します。

 武士だった家系は個人ではなく、家自体にごうが非常にあります。

 そのために、視力の低下などが起きます。

 業とは、過去世での悪い行いで受ける報いのことを指します。

 ですが……事実がひとつ合いません――


 水色の瞳はついっと細められて、ロッキングチェアは再び揺れ始めた。


 恩田 元の見ている夢での自身の言葉――

「いい……だ……」は、「いい出来だ……」であるという可能性が99.99%――

 武士ではないという可能性が98.78%でしょうね。

 そうですね……?

 日本刀……加瀬幕府……?


 心地よい揺れに身を任せ、しばらく考えていたが、事実に近いものは見えてこなかった。聖女からも神からも手を差し伸べられなかった。

 ピタリとロッキングチェアを漕ぐのをやめて、デジタルに思案する案件を切り替えた。

 

 夜見二丁目交差点で見た女の霊は、三百五十一年前に亡くなっている。

 恩田 元が関係している。

 三百五十一年前――


 他の人間が知らない霊界のルールが、千里眼を持つ聖霊師の中で、強い違和感を抱きながら浮かび上がっていた。


 正神界ならば、次に転生するのは約四百年後。

 転生するのが早過ぎます。

 百五十六人、過去世で人を殺しています。

 通常ならば、地獄で罪を償うには、千年以上はかかるという可能性が85.67%――

 ですが、転生しています。

 こちらから判断できること、そちらは……。

 恩田 元が見ている夢は過去世の中でも、前世であるという可能性が78.97%――

 三百五十年で転生を可能にするためには……。

 邪神界になる必要がある、かもしれない。


 崇剛はそこで一呼吸置いたが、桃色の茶器は聖女の口元へ運ばれてゆくだけで、彼女は何も言わなかった――否定しなかった。

 そうして今、元は悪へ降った邪神界であると確定した。国立の刑事の勘はやはり鈍っていなかった。

 サングリアを唇から体へ招き入れ、柑橘系の香りが癒しをもたらす。グラスをテーブルへ置くと、再び推理は始まった。


 先ほど導き出した、邪神界の動き。

 三月二十五日から活性化したという可能性は32.82%……。


 妙な間が、聖霊師と聖女の間に流れた。崇剛は顔を瑠璃に向けて、彼女がのんびりと玉露を飲む姿を眺めていた。

 ズズーッとすする音が雨と混じり、漆黒の髪は小さな手で背中へ払われる。それでも、崇剛は瑠璃の横顔を眺めていた。

 聖女は湯呑みをさらに傾け、玉露を堪能するが、優雅な策略家はくすりと笑った。

「やはり、三月二十五日に、邪神界で何か動きがあったのですね?」

 待ったのに声をかけない。質問もしてこない。何も意見をしないということは、肯定していると同意義。瑠璃は思わず玉露を吹き出しそうになった。

「なっ!? お主いつの間に……。じゃから、我を陥れるでない!」

「今頃気づいたのですか?」

 悪戯好きの神父は手の甲を唇に当てて、くすくす笑い出した。いくつになっても、同じようなことをしてくると、聖女はあきれた顔をした。

「我で遊ぶでない! お主もラジュと同じじゃ」

 瑠璃は白いブーツの足をジタバタさせた。百年の重みが一気に消え失せた、八歳の少女を前にして、三十二歳の神父は昔のように同じ年頃に戻り、悪戯が成功した少年のような微笑みを見せた。


 ピアノの音色は高音から低音へ滑り落ちてゆくを繰り返す。華麗なるフィナーレ――最終小節を目指して紡がれ続ける。

 崇剛の神経質な手と、サングリアのワイングラスは、お互いを魅了してやまないロマンスを、大樹の下で雨宿りするようなひと時をともにする。

 窓から差し込む雷光の青白い煌めきの中で、ルビー色と冷静な水色の瞳はじっと見つめ合う。


 邪神界の動きの活発化と恩田 元は関係しているという可能性は60.07%――

 可能性が少し低いです。


 四月二十一日、木曜日、二時十三分五十四秒後――

 大鎌を持った悪霊……残りの四十四人は、恩田 元の過去世と関係のない霊。

 これらから導き出せる可能性は……。

 恩田 元は邪神界の他の者に今後も利用され続ける……。

 すなわち、彼のまわりで人が死に続ける……かもしれない。


 死を撒き散らす兵器と言っても過言ではない、話流れだった。聖女は急須を傾け、湯呑みに玉露を注ぎ足したが、ただそれきり。

 ことは重大だった。負のスパイラスができ上がり、恩田 元という元凶を目指して、悪霊が次々と集まり、犠牲者が出続ける。

 しかし残念ながら、霊的な理由で忠告しようとも、聞く耳を持たないのが、世の中の常だ。

 今のままでは、悪行という罪状を犯人へ宣告しても、真に受けるどころか、笑い飛ばし、元は罪を重ね続けるだろう。

 理論的に全てを話し、どこかで犯人の心のほつれができたところで、改心へと導かなければ、事件は解決しない。

 崇剛は千里眼を使って、神の元へ犯人が無事に戻れるようにと、さらに情報を引き出そうとするが、何も浮かび上がらなかった。

「前世のお名前と職業が未だ見えてきません……」

「今は知る必要はなかろう。見えぬとはそういうことじゃ」

 守護をする者としては、何もかもに手を差し伸べていたのでは、崇剛のためにならないと、聖女は十分心得ていた。


 そこで――

 さっきから体の内で鳴り続けていた、ラフマニノフ 楽興の時 第四番 ホ短調 プレストは高音のフォルティッシモでカーンと天まで飛び跳ねるような終止符を書き綴り、恩田 元についての事件検証に一旦ピリオドを打った。


 白と朱の巫女服ドレスを着た瑠璃は玉露を味わう。瑠璃色の貴族服に身を包む崇剛はサングリアのグラスを優雅に傾ける。

 少し勢いの弱まってきた春雷の光と音は、遠くへ行きかけているように、時間差で空に響いた。

 束の間の休息に神父と聖女は浸る――

 ふたりは自分の髪を何度か手で払いのけたり、耳にかけたりするのを繰り返していた。

 カラになったワイングラスと湯呑みが、同時にローテーブルへ置かれると、聖霊師はもうひとつの事件へ手をかけた。彼の心の内で新しいピアノ曲が流れる。


 ショパン 革命のエチュード。


 絶対命令を出す楽譜に書き記された、フラット、シャープ、ナチュラルの記号たちが、変幻自在に奏でられる曲調。

 独特のリズムを刻む、フォルテとピアニッシモの乱打は、今の雷に似ていた。いきなり遠くの空へ落ちたかと思えば、今度は近くへ落ちる。

 次々に空から大地や建物を射すように落ちてくる力強い線を描く、雨の重なり合いを表すようなスラーでつながれた高低音を疾走する十六分音符。

 不規則な春雷とピアノの音はアバンギャルドでありながら、いい緊張感で神父と聖女を包み込んだ。

 ピアノの音色に酔いしれながら、茶色のロングブーツの細い足は優雅に組み替えられた。ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンで彩られたシルクのブラウスの袖口は、膝の上に寄せ集められる。


 それでは、次に移りましょうか。

 別の非常に大きなことが起きているという事実……についてです。

 本日、四月三十日、土曜日、十二時十五分一秒過ぎ――

「ラジュ天使はどちらにいらっしゃるのですか?」と、私はカミエ天使に聞きました。

「ラジュは今、シュト――!!」と、カミエ天使はおっしゃいました。


 次の話の内容は、厄落としについてでした。

「そちらを、他の言語で表したら、どのようにおっしゃるのですか?」と、私は聞きました。

「Escape from evil」と、カミエ天使はお答えになりました。


 シュトで始まる場所もしくは国の名前、さらに英語圏……。

 これらの情報と合致するものが、今まででふたつあります。


 ひとつ目は――、

 こちらの屋敷は二百五十三年前。

 当時の有名な建築家だった天都あまつ レオンが建てています。

 姓は天都でした。


 しかしながら、百九十三年前――。

 シュトライツ王国出身さ、ガルデリア ラハイアットと婚姻関係を結び、姓がラハイアットになったのです。


 ふたつ目は――

 四月二十九日、金曜日の新聞。

 『シュトライツ王国、民衆による暴動が勃発』の記事です。


 従って、シュトライツ王国で、別の非常に大きなことが起きているという可能性が出てきます。

 そちらは、私たち人間の想像を超えることであるという可能性が79.28%――

 なぜなら、暴動を起こすだけの多数の人たちの守護する者までも関わっているという可能性が99.99%――だからです。


 物事はいつも偶然な顔をして近づいてきて、必然だと告げてゆくのだ。三つの情報の羅列。策略家は当然そこに何らかの可能性を導き出した。

 国家規模での出来事。人ひとりでどうにかできる問題ではない。霊界と物質界の天変地異が臭い出る事件の予感だった。

 聖女の意見を聞きたいものだと、崇剛は再びただ待った。すると、

「その話の真相は我にもわからぬ。何かちょこまかとやっておる気がするのだがの……。カミエからも聞き出せなくての。ラジュは戻って来ぬし……」

 常世の住人である霊にも知らされていない出来事。規模は自然と、天使レベルへと引き上げられた。

「そうですか」

 崇剛はただの相づちを打って、素早く情報を整理する。


 守護霊の瑠璃も知らない……。

 情報漏洩を避けるために、極秘にされているという可能性が出てくる。

 そうなると、人の想像を超えることであるという可能性の数値は上がり、99.99%――

 


 崇剛はいつの間にか――、不浄で黄ばんだ聖霊寮の応接セットに座っていた。死んだような目をして、席に座っている人々とを隔てる衝立。

 ある意味、死角で、鋭いブルーグレーの眼光と、ウェスタンスタイルで決めている男の、藤色の髪に天から金の光が入ってくるのを見つけた。


 四月二十九日、金曜日、十三時十四分十七秒以降――

 国立氏が受けた直感――天啓。

 邪神界の大魔王と四天王の話でした。


 神経質な手をあごに当てて、冷静な水色の瞳をついっと細めた。


 神レベルで何かが起きている……。

 非常に大きなことに、国立氏も関係しているという可能性が出てくる。

 本日、四月三十日、土曜日、十二時十五分一秒過ぎのカミエ天使の降臨――

 涼介と瞬の厄落としのための高熱――


 カミエ天使の守護神は夕霧命ゆうぎりのみことです。

 夕霧命の了承も降りなければ、カミエ天使は降臨することは赦されていません。

 守護をしている人が、物質界に今現在いないのですから。

 霊界のルールは非常に厳しいです。

 神の許可を得ず、勝手に物質界へ降りてくることは天使も霊もどのような理由があろうとも認められていません。

 そうなると……



 崇剛の意識は再び自室へと戻ってきていた――。ロッキングチェアをゆったりと揺らし、足をエレガントに組み替える。


 少なくとも、私、涼介、瞬、国立氏、カミエ天使の守護神が関係しているという可能性が出てきます。

 すなわち、守護神五人が少なくとも関係している……。


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