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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Time for thinking/2

 茶色のロングブーツは優雅に組まれ、元の夢を整理し続ける。


 六.『返して……』と言われる。

 七.自分自身が斬られる。

 八.体をつかまれる。

 以上が正しい順番であるという可能性が99.99%――


 これらから導き出せること、そちらは……。


 恩田 元が過去世で複数の人間を殺し、恨みなどをもたれ、他の人たちが自分たちと同じ目に遭わせようとし、恩田 元自身が斬られるという夢を、悪霊によって見せられたという可能性が87.96%――


 鉄槌を喰らわすかのように、ドガーンと雷鳴が地鳴りをともって背後から襲ってきた。しかし、聖女の小さな唇からは何も聞こえなかった。

 事実として確定――

 床につけたままの片足で反動をつけ、ロッキングチェアを心地よく揺らす。冷静な水色の瞳は閉じられ、昼間、三沢岳で見た転落事故、三件へと迫った。


 恩田 元の一番目の妻――真里。没二十三歳十ヶ月。

 死亡時刻は二十年前、四月十二日、日曜日、十七時十六分二十五秒。

 男の霊によって右肩をつかまれ、肉体から魂が抜ける――幽体離脱をさせられた。

 その後……


 庭崎市を一望できる山頂で、恐ろしく奇怪な事実が、聖霊師と聖女の前で如実に繰り広げられていた。


 真里の霊体と男の霊は崖下へ行き……。

 真里の肉体の足をふたりでつかみ、彼女を谷底へ落とした――

 

 ガス灯の輝きよりも強く青白い雷光が、百年の重みを感じさせる若草色の瞳の中で、爆発的に発光したが、聖女はただ玉露を飲んだだけだった。


 二番目の妻――霧子。没二十五歳七ヶ月。

 死亡時刻は十四年前、四月十一日、日曜日、十七時十六分十二秒。

 男の霊によって右肩をつかまれ、肉体から魂が抜ける――幽体離脱をさせられた。

 その後、霧子の霊体と男の霊は崖下へ行き……。

 霧子の肉体の足をふたりでつかみ、彼女を谷底へ落とした――


 殺した犯人が誰なのか。いや、殺したという言葉がある意味違っている事件だった。まだ途中の崇剛は、感情など乗せずに、サングリアを優雅に飲んで先に進む。


 三番目の妻――涼子。没二十四歳四ヶ月。

 死亡時刻は六年前、四月十五日、日曜日、十七時十六分四十七秒。

 男の霊によって右肩をつかまれ、肉体から魂が抜ける――幽体離脱をさせられた。

 その後、涼子の霊体と男の霊は崖下へ行き……。

 涼子の肉体の足をふたりでつかみ、彼女を谷底へ落とし殺した――


 さっきからずっと閉じられていた、冷静な水色の瞳はまぶたからさっと解放され、ひとつの結論に達した。


 すなわち、彼女ら三人は己自身で故意に死んでいったのです。

 いわば、霊的な自殺です。


 三沢岳の穏やかな春の日差しと小鳥たちのさえずり。そこに似つかわしくない、転落事故の真相。彼女たちの動機を考えると、死の尊厳はやはりどこにもなかった。

 聖霊寮で、国立が崇剛へとミニシガリロとジェットライターを、埃で濁ったローテブルを滑らせてきた時の、やり場のない気持ち。

 それにまた襲われそうになったが、


 ですが……


 揺れていたロッキングチェアは不意に止まり、崇剛の瞳は涙で少しにじんだ。


 四番目の妻――千恵さんだけは違った。

 幽体離脱は起きず、男の霊も現れなかった。

 ですが、崖下には三人の女がいました。

 それらの顔は、すでに私の記憶に残っていました。

 恩田 真里、霧子、涼子の三人だったのです。

 彼女たちが、崖下から千恵さんの足を引っ張り転落させた。

 ですから、彼女だけ死亡せずに済んだのかもしれません。


 唯一の殺人未遂事件。

 崇剛が意識を失っているうちに、それでも他界してしまった千恵。聖霊寮で国立を通して、千里眼で見た逮捕時の彼女の言葉が、脳裏に色濃く蘇った。

「あなたを信じています、どのような状況になろうとも……」


 あちらの時点では、千恵さんは正神界であるという可能性が78.56%――

 しかしながら、崖から転落させられています。

 従って、可能性は上がり、89.78%――



 崇剛はいつの間にか、美しい銀の月が空に冴えるのに、真っ赤な地の雨が降る断崖絶壁に囲まれた、矛盾している谷間にひとり佇んでいた――。

 死装束を着た千恵が目の前で必死にもがいている。助けに行こうとしても、底なし沼が行手を阻む。助ける術をと、冷静な瞳であたりを見渡す。


 白血病で入院されたのは、四月二十一日、木曜日、夕方。

 亡くなったのは、一昨日、四月二十八日、木曜日、十八時二十七分三十八秒。

 約一週間です。

 亡くなるまでが早すぎます。

 こちらから導き出せること……。

 

 千恵さん邪神界の者によって殺されたという可能性が99.99%――

 さらに、千恵さんは正神界であるという可能性が上がり、99.99%――



 瞳の焦点が戻ってくると――、崇剛は青の抽象画を遠目に眺めていた。足を優雅に組み替え、後れ毛を耳にかける。


 千恵さんの念が見せた二番目の場面――

 夜、悲鳴が聞こえ、血の匂いがした。

 こちらから導き出せること、そちらは……

 千恵さんも過去世で、恩田 元に殺されているという可能性が出てくる。

 殺されてもなお、千恵さんは恨みを持たなかった……みたいです。

 なぜなら――


 崇剛の瞬きが急に多くなり、残っていたサングリアをのどへ流し込んだ。神経質な頬を一粒の涙がこぼれ落ちてゆく。


 千恵さんの生霊が言っていた言葉――


「助けて……」

「早く、助けて……」

「早く助けて。私はもう……」


 これらの本当の意味は――

 邪神界――悪へ降った恩田 元の魂を改心させることを『助けて』ほしいである。

 という可能性が87.65%――

 従って、『どのような状況になろうとも』は、邪神界であろうとも、改心することを信じている――という意味である。


 巫女服ドレスを着た瑠璃は、漆黒の長い髪を小さな手で後ろへ払いのけたが、その唇はぴくりとも動かなかった。

 誰かの本当の幸せを望む真実の愛が、人の心を平気で無視する人たちに無残に踏みつけにされた。

 挙げ句の果て、死という再生不可能なものへ陥れられた事実を前にして、聖霊師の頬にもう一粒の涙が伝っていった。

「間に合わなかった……」


 神父の体の内側で今も鳴り続けるピアノ曲。十六連符の六連打という激しいうねり。

 ダンパーペダルを踏んで、余韻と滑らかさを持たせるが、すぐにペダルを離し、次の拍の頭音を際立たせるの繰り返し。

 小刻みで忙しない重複音が、窓に吠え狂う嵐という獣の雄叫びのようだった。

 聖女は目を閉じて、音の乱気流で浄化しようとする。理不尽な輪廻転生の歪みを。

 激しい春雷の中で、聖霊師と聖女はしばらく黙ったまま、尊き心の持ち主――千恵へととむらいの花を手向たむけていた。


 カラのワイングラスにサングリアが注がれると、冷静な頭脳の中で、事実と可能性の数値が流れ始めた。

 グラスを少し柔らかい唇へつけ、重厚なブドウの香りを楽しみ、一呼吸置いた。


 本日、四月三十日、土曜日、十二時十五分一秒過ぎ――

 大鎌の悪霊と恩田 元の関係性の数値に関する私の思考。

「全ては恩田 元と関係する――です。100%――確定です」

 こちらに対するカミエ天使の言葉は、「違う」でした。

 否定の言葉ですが、私の思考が全て違うという意味とは限りません。


 銀のロザリオを小指で引っかくように、何度も揺らしながら、崇剛はさらに考えをめぐらせる。


 四月十八日、月曜日、二十時五分二秒以前の瑠璃の言葉――

「他にも、除霊の札を二百作れと申しておったわ!」

 

 四月二十九日、金曜日、九時十二分三十五秒以降――

 直感――天啓を受けた涼介と話した内容は、呪縛霊、地縛霊、怨霊、浮遊霊の違いについてでした。


 同じく、四月二十九日、金曜日、十一時二十五分十四秒から十一時四十一分五十六秒の間――

 ラジュ天使の恩田 元に対する言葉は、

「この者が霊的な理由によって、人生の途中で死ぬ可能性は0%です〜」


 これら四つの事実から、導き出せることは以下の三つです。


 恩田 元が過去世で、二百人殺したとは限らない――。


 四月二十一日、木曜日、二時十三分五十四秒以降――

 私が悪霊たちに襲われた日。

 少なくとも二百人いた悪霊たちが、全員、恩田 元に対して恨みを持つ怨霊だけとは限らない。

 すなわち、浮遊霊なども混じっていたという可能性が出てくる。

 同時に、以下の可能性も出てくる。


 恩田 元は邪神界の他者によって利用されている――


 己自身が最優先の悪の世界。人を利用することは当然のように起きる。我先に上へと登りたいがために、互いの足の引っ張り合い。

 口では嘘をつけるが心は嘘をつけない。醜さの集合体と言っても過言ではない、悪辣あくらつな世界。

 崇剛は何も感じることなく、理論的に事実を拾い上げて、平常を保っていた。彼の脳裏で前から三桁の数字が迫ってくる。


 一五六……。

 恩田 元が過去世で殺した人数は百五十六人。

 残りの四十四人は便乗してきたという可能性が99.99%――


 一旦思考を止めて、聖女にうかがいを立ててみたが、百年の重みを感じさせる幼い声は返ってこなかった。

 ワイングラスで変則的な円を描き、ルビー色の水面を揺らす。冷静な水色の瞳で眺めながら、春雷で湿った空気に声をにじませた。

「一生涯で、百五十六人を殺す――。やはり通常では考えられません。これだけの数の人間を殺すのは……」

 あの黄ばんだ聖霊寮の壁と不浄な空気、国立の鋭い眼光が、記憶の浅い部分へ引き上げられた。あの男に言った言葉は、

「人を殺すことが正当化できる理由が、何らかの要因であったかもしれませんね」

 あらゆる可能性を考えても、そこには殺人というバッドエンディングしなかった。

 集中力を促す効果のある青に囲まれた自室で、崇剛はロッキングチェアの肘掛けにもたれた。

「そうですね……? 職業もしくは立場であるという可能性が76.65%――。人を殺す職業、立場……?」

 今まで読んできた本を収納している、脳の中にある書庫を風が吹き抜けるような速度で、ひっかかるデータを拾い上げてきた。

「シャーマンもしくは神主……。にえなどを捧げます。ですが、一生のうちに捧げる数が百五十六人は多すぎます。そうなると、人柱ひとばしらを行ったという可能性ができます」

 自身のうちにある本棚の、ある場所で崇剛は歩みを止め、一冊の本をパラパラとめくり、必要なページを開いた。


 人柱とは――

 大規模建造物――橋、堤防、城、港湾施設などが災害や敵襲によって破壊されないように神に祈願する目的で、人間を土や水中に生きたまま沈めたりする風習のことを言います。


 グラスを傾け、サングリアの柑橘系の香りで、思考を切り替える。

「しかしながら……」

 氷の刃という異名を持つ視線は、カーテンのプリーツに向けられ、否定の一途をたどる。


 恩田 元は夢の中で斬られています。

 恨みを買った人たちからの仕返しである、は……。

 先ほど、瑠璃の審神者によって確定しています。

 事実が合いません。

 従って、別の職業である……という可能性が99.99%――


 視線を落とすと、一休みというように、書斎机のペンスタンドで斜めに止めっている羽ペンが、ガス灯のオレンジ色の光に優しく包み込まれいた。

「恩田 元は過去世で、何を用いて人を斬ったのでしょう?」

 人を殺す道具の候補を絞る。そんな残忍な作業も、崇剛は何の感情も交えず進めてゆく。

「そうですね……?」

 優雅に足を組み替え、部屋のドアノブの鈍い輝きに焦点をわせようと、視力の低い目を凝らした。


 本日、四月三十日、土曜日、十二時十五分一秒過ぎ――

 カミエ天使の降臨。

 ラジュ天使がカミエ天使を降臨させることはできない。

 従って、神である光命様がカミエ天使を降臨させたという可能性が99.99%――

 そうなると、光命様は私とレベルは違えど、思考回路は同じです。

 すなわち、ひとつの言動で、いくつもの理由があるという可能性が99.99%――


 策略連鎖の渦の中で、崇剛は今、極上の快楽を味わっていた。神と同じ思考回路を持てた喜びは、性的絶頂に似た悦楽の連続だ。

 永久不滅のトランス状態。ある意味では神羅万象。その海底へキラキラと光る海面を見つめながら、落ちてゆくようなマゾ的な感覚だった。


 今までの理由は、以下の三つでした。

 涼介と瞬の厄落とし。

 大鎌の悪霊退治。

 まったく別の非常に大きなことが起きているという情報を私に与えるため。

 

 銀のロザリオを握りしめた手を、中性的な唇に触れさせ、神の耳元でささやくように、崇剛はつぶやく。

「他の理由があるかもしれない――」

 聖女からの待ったの声はかからず、神の御心みこころに触れられた喜びが、媚薬のように体中に広がる。

「そうなると、カミエ天使でなくてはいけなかったという可能性が高くなる。従って、カミエ天使の降臨には重要な意味があったという可能性が出てくる……」

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