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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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心霊探偵と心霊刑事/4

 さっきからまったく灰があるべきところへ収まらず、床へ落ちていっている。国立は気にすることなく、カウボーイハットを取って、髪をガシガシと強くかき上げた。

「いい……? あぁ〜と、ノーマルに考えりゃ、『いい出来だ……』じゃねのか?」

「そうかもしれませんね」

 百パーセントに近いと導き出していたが、崇剛は几帳面にも不確定要素として、脳裏に残したままにした。

「がよ、順番おかしくねぇか? 何が完成したんだよ?」

「何かは今のところなんとも言えませんが、そうですね……?」

 崇剛はあごに手を当て、思考時のポーズを取ったが、あくまでも公平に事件を見つめた。

「霊界は心の世界です。恩田 元が嘘をついているのではなく、夢を見るごとに順番が入れ替わっているという可能性があります。すなわち、起きた出来事が順番通りではない……」

 過去へも未来へも簡単にいける。それが霊感だ。聖霊師はよく心得ていた。

「時間の流れが、私たちが生きている世界とは違うみたいですね」

 さっき妄想世界の黒板に書かれた箇条書きを並べ替えるとしたら、何通りあるんだと、国立は文句を言ってやりたくなった。

「てめぇの、そのクールな頭、時には邪魔になんだろ? わかりやすく言いやがれ」

 水色の瞳は珍しく影を見せた。

「仕方がありませんね、神からのギフトなのですから……」

 見えないものを見聞きする千里眼のメシアを持ち、全てを記憶する冷静な頭脳を持つ、この男にも欠点はあるのだ。

 言い過ぎたのか。いや、瑠璃と何かあったと見るべきだと、国立は嗅ぎ取った。冷静に判断し過ぎて、恋心を見逃した。そんなところだろう。踏み込むべきところじゃない。

「早く言いやがれ」

 口調はキツかったが、声色は優しかった。崇剛は切なさに溺れがちな自分に鞭を打って、冷静という名の氷上へ立った。

「例えば、朝昼夜という時間の流れがあるとします。通常は朝昼夜ですが、恩田 元の見ている夢の中の時間の流れは、『朝夜昼』かもしれませんよ」


 遠くの山肌を朝日が登ってくる、湖のほとりに国立はいつの間にか立っていた――。綺麗な朝焼けが水面に映り込み、幻想的な景色を作り出してゆく。

 そう予測していたが、誰かが空に幕を張ったように、急に真っ暗になり、朝日の代わりに、湖には銀の月と星空が流れるように広がった。

 頬を通り過ぎる夜風が冷たく心地がよく、思わず目を閉じると、じりじりと照りつける太陽で、まぶたが明るくなっていた。

 新緑の山を境にして、空が頭上と足元を青に染め上げていた――。


 現実に戻ってきた国立はまったく想像がつかず、ただつぶやいた。

「朝、夜、昼……? お前さんみてぇに、デジタルじゃねぇからよ。わかりやがらねぇ」

 今朝、執事に仕掛けた罠の構造と同じかもしれないと思いながら、全てを記憶するデジタルな頭脳で、崇剛は簡単にやってのけた。

「ひとつひとつの事実をバラバラにして、組み立て直します。すると、一通りだけ、筋の通った並びがあります」

 国立は返事が返ってこないことを承知で、自問自答する。

「どれがどうだ?」

 真の回答を聖霊師はさけてゆく。

「こちらから読み取れること……。そちらは、恩田 元が全ての原因である、という可能性が非常に高いです」

 短くなった葉巻の吸殻を灰皿へ投げ入れ、国立は新しいミニシガリロの巻き目をグルグルと回しながら堪能する。

「『返して……』は命、人生のことだろ。それを、恩田は奪ったっつうことだ。そうなっと……」

 あのおどおどして、嘘ばかりついてくる男は、過去世で人を殺したのだ。しかし、矛盾点が探偵と刑事の中でぽっかりと浮かび上がった。

「ですが、少々おかしいですね」

「だな」


 崇剛と国立はいつの間にか、切り立った崖の上に並んで立っていた――。

 少し離れた崖の上で、元が大鎌を持った悪魔に蹴りつけられ、谷底へと落ちてゆこうとする。

 それでも何とか、元は手で地面にしがみつき、少しずつガラガラと瓦礫が落ちていく。

 崇剛は手をあごに当てたまま、茶色のロングブーツで斜面を右に左に落ち着きなく歩いた。

「転落現場は一ミリもずれていない。そちらから見てとれるのは、恩田 元に罪を着せようとしている人間がいる可能性が高いです。そちらから考えると、夢の順番を正しいまま見せれば、恩田 元の逮捕には近づきます」

 大鎌を持った悪魔は元の足元に突然現れ、浮いたまま、自ら落としたはずの哀れな男を安全な場所へと持ち上げるのだ。

 完全に地面に立ったところで、悪魔はまた元の腹へ蹴りを入れて、谷底へ突き落とそうとするのだ。

 突然吹いてきた強風が谷間を咆哮する。一瞬目を伏せた崇剛と国立の前で、また元は地面の上へ助けられている。

「しかし、順番を入れ替えているとすると、混乱させるために入れ替えているという可能性が出てきます。恩田 元の事件を解決できないようにしている……という可能性も出てきます」

 海で溺れそうで溺れないのと、いい勝負で、落ちそうなのに落ちることができないのも、難儀だと思いながら、国立は乾いた風に声をしゃがれさせた。

「時間稼ぎ……てか? どいつが何のために?」

 石臼で挽いたようなじりじりという足音がしていたが、崇剛の優雅な声で一気に、聖霊寮の応接セットへ意識が戻ってきた。

「これ以上は言えませんよ。こちらには結界が張ってありませんからね。邪神界に簡単に情報漏洩してしまいます」

 のらりくらりと交わしてきやがって――。国立はドスのきいた声で、聖霊師に末恐ろしい提案をした。

「てめぇ、牢屋に入れてやっか? あそこには結界張ってあんぜ」

 そこで白状しろというのだ、刑事は。それなのに、崇剛は涼しい顔をして、しれっと了承する。

「えぇ、構いませんよ」

 何が起きても、全てを記憶する頭脳で、崇剛は言い逃れてゆくのだった。

(正神界の私を、牢屋へ入れることはできません。いくら、法整備の行き届いていない、聖霊寮でも、そちらの決まりはあります。さらに、次の私の言葉がオチです――)

 ビーチフラッグのように、砂浜をふたりで駆け抜けて、笑いの落ちという旗をスライディングしながらつかんでやろうと、密かに楽しんでいたのだった。

 国立は口の端でニヤリとしながら、

「早く話進めやがれ」

 フラッグを勝ち取った崇剛は、手厳しいツッコミをした。

「今話を脱線させようと誘導したのは、四個前のあなたが言った『どいつが何のために?』ではありませんか。私ではありませんよ」

 理論派のツッコミだなと、国立は苦笑して、速やかに話を戻した。

「関係者が他にもいるってか?」

 振り出しに戻るどころか、海底深くへ沈んでしまったような事件。

「…………」

「…………」


 言葉が途切れたふたりの間に、いつの間にか、赤い目ふたつと山吹色のボブ髪を持つ男が立っていた。別次元で風が不意に吹き、白い服が旗のようにはためく――。


 崇剛は男のほうへ視線を向けるが、冷静な水色の瞳には映らず、不浄な聖霊寮で、時間をやり過ごしている職員たちが、死んだ目で座っている景色ばかりだった。


 思い出す――、あの血のように赤い目ふたつを。

 天使の輪と立派な両翼が嘘だとしたら、化けていたとしたら、あの男は邪神界の人間で、手に大鎌を握り、自分の首を切断したのかもしれなかった。

 午前中のラジュの言動からは、男について何も言っていなかったが、崇剛は意識が途切れる前の、あのゆるゆる〜と語尾の伸びた言葉を思い返した。

「おや〜? そういうことでしたか〜?」

「こちらのままにしておきましょうか〜?」

 本当の死――魂の消滅を率先して起こさせようとしていた。それまでは、

「物には限度というものがあります。魂をひとつ消滅させることは、私たち天使には許されていません」

「話している時間はありません。すぐに修復します」

 あの腹黒天使の中で、何の可能性が変わったのか。なぜ言動を急に変えたのか。嘘を平気で吐くような性格だ。赤目の男に会っていたとしても、会っていないと言い張るだろう。

 聞いたって無駄だ。しかしそうなると、隠す理由と消滅させようとする言動に矛盾が出てくる。

 メシアを保有している自分を狙ってくるのは、邪神界であるという可能性が非常に高い。しかし、戯言ざれごと天使が邪神界を庇うのは、筋が通っていない。

 やはり、ラジュはあの男のことを、悪霊に襲われた時に見ていないのか。


 ――診療室の座り心地のよい椅子に優雅に座りながら、ラジュが言い残していった言葉を今度は脳裏で再生する。

「それでは私は帰りますよ〜。用があるんです〜」

 守護の仕事を放り出してまで、大切なことをどこかでしているようだ。それは何なのか。


 崇剛はいつの間にか宇宙空間へ放り出されていた――。

 無重力で浮かぶ体の横や頭上、足元をネオンのような色を帯びた数字の羅列が濁流のように流れ出す。

 冷静な水色の瞳で風のように早く過ぎてゆく数字を読み取り、デジタルな思考で測りにかける。

 全てはつながっているのか。

 それとも、別々のことが同時に起きているのか。


 ――崇剛の視線の前で、綺麗な唇に真っ赤なラズベリーが放り投げられ、噛み砕くと別次元で甘酸っぱい香りが広がった。

「何、殺されたいの?」

 男は立ち上がりながら振り返った。物理的法則を無視して、広野が地平線を描くほど広がっている。

 片手を高くかかげると、遠くのほうから黒い塊が猛スピードで迫ってくる。そうして、ズシャーンと重い鉄が歪む音がした――。


 開けっ放しのドアから、他の職員が歩いてゆく足音が聞こえた。さっきからずっと考えていた崇剛は現実へと意識は戻ってきていて、リムジンの中から見た事故現場を鮮明に脳裏に蘇らせる。

「庭崎市、中心街の世見二丁目交差点で起きた事故の件はありませんか?」

 思いも寄らないことを言ってきて、国立は気だるく聞き返した。

「あぁ? あれは終わってんぜ」

「見せていただけませんか?」

 ガタイのいい体がソファーから立ち上がって、背を向けて自分から離れてゆく。似ているのに、似ていない男の横顔は日に焼けていて、どこからどう見ても美形で、同性でも惚れてしまうだろう魅力を持っている。

 それなのに、そんなことなどどこ吹く風で、今こうやって、崇剛がずっと姿を追っていることさえ、気にもかけていない。

 散らかっている机の上を、あちこち引っ掻き回している。男らしさが見え隠れする大雑把さ。

 いつどこにどの資料を置いたのか忘れるはずがない。崇剛は自分が絶対にしないことをしている国立とに、心地よいズレを見つけて、優雅な笑みがより一層濃くなった。

 紙を取り上げて、戻ってくる素振りを見せようとすると、崇剛の水色の瞳は真正面へ向いた。

 スパーのかちゃかちゃという金属音が、近づいてくることを耳で教える。それが止まると、長いジーパンの足がソファーにどさっと腰掛けた。

「三百年前の呪さんで、痴情ちじょうのもつれらしいぜ。他の聖霊師で解決したぜ。どうして、お前さんが気にすんだ?」

「確かめたいことがあるのです」

 神経質な手で紙を押さえ、数字の羅列を追いながら、千里眼であの事故現場をもう一度霊視する。


 事故発生の日時……。

 三月二十五日、金曜日、十二時十五分二十六秒。

 四月八日、金曜日、十二時三十七分四十五秒。

 四月十五日、金曜日、十二時十五分二十八秒。

 四月十八日、月曜日、十二時四十二分十五秒。

 四月二十一日、金曜日、十二時二十七分十八秒。

 本日――四月二十八日、金曜日、十二時十七分十八秒以前。

 合計、六回――


 やがて、崇剛は口を開いた。

「私には……三百五十一年前に関係しているように見えます。そちらの霊視は違うみたいですね」

 よくある話だ、他の聖霊師が間違えることなど。五十年も変われば、時代背景もだいぶ違うだろう。異議を唱えるものが出てきた以上、このまま放置するわけにもいかない。

 そうしてまた、沈黙がふたりに降りた。

「…………」

「…………」

 妙な間が流れ、他の職員たちの咳払いや風の音が何度か起きた。国立は吸っていた葉巻を灰皿に乱暴に投げつける。

「情報渡しやがれ。てめぇだけ、持ってくんじゃねぇ。バックドロップだ!」

「えぇ、構いませんよ」

 しれっと了承した。優雅な貴公子はお気に入りになってしまった、マニアックな笑いが。

 国立は葉巻を指に挟んで、油断も隙もないと思いながら、口の端でニヤリとする。

「テーブル挟んだ状態でできるか! てめぇのバックを、オレが取んだろうが。いいから、言いやがれ。同じ笑い取ってくるんじゃねぇ」

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