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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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心霊探偵と心霊刑事/3

「直接関係した人や場所から情報を得たほうが正確に見える可能性が高いのです。ですから、あなたを通して情報を得たいのです」

 流暢に崇剛の説明は続くが、国立は負けじと言い返した。

「霊界から呼び出すんじゃねぇのか? 他の聖霊師はやってんぜ。お前さんはできねぇのか。やってるとこ見たことねぇけどよ」

 メシア保有者は人と違った情報をいくつも持っていた。

「成仏してしまった霊を地上――物質界へ呼び出すことはできません。例え神であってもです」

「やってる聖霊師がいやがんだろ?」

「そちらは、神もしくは邪神界の者、こちらの世界に残っている霊によって、幻を見せられているのです。通常、霊視をする方は審神者を行いません。ですから、幻だと気づくどころか、本物だと信じて疑わないのです」

 カフェラテを一口飲んで、知らなくてもいいことが世の中にはあると、国立は改めて思った。

「神様もフェイクってか? 何の意味があってしてんだ?」

「嘘も方便ほうべんという言葉があります。先祖の霊や亡くなってしまった方と話をするように見せかけて、この世の者の心を悔い改めさせたり、生きる気力を取り戻せるようにしてくださっているのかもしれませんね。神の御心は神のみぞ知るですが……」

 メシア保有者であっても、人間であることは変わらない。神や天使が手を下しているのならば、間違っていると言うこと自体が、間違いなのだ。長い目で見れば、それはたくさんの人が幸せになるために起きていることなのだ。

 一瞬だけ視線をそらし、国立が大きく息を吸うと、カモフラシャツが上下に動いた。

「そうか……。神さんはいろんな手使ってきやがんな……」

 崇剛の予想ではもう少し早く了承を得られるはずだった。だが違った。

(おかしい……。国立氏は戸惑っているように見える)

 唇から抜き取られたシガリロは灰皿へと運ばれ、すりつけるように灰は落とされ、国立は再び青白い煙を上げた。

 罠を仕掛けた場所へと、自然を装って追い込んでゆくが、焦りは禁物で、だからといって逃げ道を絶たなければいけない。

「邪神界の者とこちらの世界にいる霊を、呼び出す行為は非常に危険です。自分自身より霊層の高い――力の強い魂を呼び出した時、体を乗っ取られ、そのまま元へ戻れなかったという事例は多々あります。ですから、特に自身の体を明け渡す、霊媒はあまり感心しませんね」

 崇剛は一旦違う話題へと話を持っていき、カモフラージュした。それでも、国立はうなずきはしなかった。

 新しい葉巻をジェットライターで炙り、くるくると回して炎色を作る。ライターの青い炎が消えると、国立はまた葉巻をふかした。何度か繰り返して、やがて、

「なぁ、崇剛、お前さんだったよな?」

 罠を見破られたか――。それならば、作戦は変更して、別の機会を待つだけだ。崇剛は優雅な笑みで、真意を隠す。

「どのようなことですか?」

「てめぇの心はてめぇでチェンジできねぇほど、人ってのは弱いって言ったのはよ。俺に説教してったことあっただろ、いつだったかよ」

 心霊刑事の口から出てきたのは、聖書の話だった。ダーツの時に涼介に仕掛けた罠よりも前の部分。

 崇剛の頭の中にはきちんとインデックスをつけて、保存してあった。

「そちらは、去年の七月二十二日、水曜日のことです。旧約聖書――出エジプト記の話です」

 時刻は十五時十七分二十九秒――。


 三十八歳の男臭い、鋭い眼光が崇剛に真っ直ぐ向かっていた。

「れって、こう取ってもいいのか? 神さんの導きってよ」


 国立はいつの間にか、絶壁の下にある海でひとりもがいていた――。

 沈むでも浮かぶでもなく、中途半端なまま、海面に顔を出しては沈んで、溺れるかと思う寸前でまた浮かび上がって、息苦しく蛇の生殺しだと、ひとり唾を吐く。

「神さんがわざと、心を変えさせなかったって話だったよな。エジプト王がモーセの解放断ったのってよ?」

 そんな溺れそうな国立を眺めながら、砂浜に優雅にたたずみ、首にかけたロザリオを握りしめ、中性的な半開きの唇で口づけした神父は、慈愛の笑みを浮かべた。

「そうかもしれませんね」

 岸へ上がれば、溺れるという苦しみからは逃げられるが、この物腰が上品な男にまたしてやられるのだ。

 腰元に挿してある、心にまで届く聖なるダガーで心身ともにズタボロにされ、断崖絶壁から傷口に塩水がしみる海へと、冷酷にも突き落とされるのだ。

 弱みを握られるとはまさにこのことだ。無抵抗のまま何度もノックアウトされ、真っ逆さまに海へと落ちてゆく――


 気づくと、国立は聖霊寮のソファーに浅く座り、さっき見た男が目の前に足を組んで優雅に座っているのだった。

 視線だけははずしてやるものかと、冷静な水色の瞳を真っ直ぐ見つめたまま、国立はぼそっと言った。

「いいぜ……見やがれ」

 罠はもう過ぎたことなのだ。崇剛は事件に集中する。

「そうですか、それでは失礼――」

 千里眼のメシアを開く。様々な音や映像が割り込んでくる。そうして、きちんとエチケットを守ろうとした。

(心は見ませんよ。恩田 元を逮捕した時の場面だけを見ます)

 恩田堂の扉が、シルバーリング三つをつけた手で開けられ、いつもよりも高い視界――国立に完全に崇剛が重なり合って、早回しで逮捕する場面が次々と記録されていき、心霊刑事が店から出たところで、千里眼のチャンネルを切った。

「――終わりましたから、もう構いませんよ」

 あごに手を当て、今はもう生きていない千恵の真剣な瞳をもう一度、脳裏で一時停止する。

「あなたを信じています、どのような状況になろうとも……」


 何の穢れもない言葉に、崇剛には聞こえた。だからこそ、そこに事実が隠されていると踏み、推し量る。


 逮捕時に言っています。

 心の声とのズレはなし。

 本当の言葉です。

 問題は、『どのような状況』がどちらを指しているかで意味が違ってきます。

 邪神界であったとしても信じているのか。

 それとも、別のことであっても信じているのか。

 どちらなのでしょう?


 千里眼で見られるという珍事に出くわした、心霊刑事は緊張から解放され、ローテーブルからウェスタンブーツの足を抜き取り、男らしく足を開いて座り直した。

 体の内側を蛇に全て舐められたような、何とも言えない不快感だったが、国立は平気な顔で、

「何かわかったか?」

「今のところは何とも言えませんが、千恵さんの首のアザは直接、霊が手を下したものではないかもしれません」

 首回りにべったりとついていたアザ。国立に聞かれ、両手をやって隠そうとしても、いくつもついていて、骨董屋の埃が光り踊る中で、やけに不吉に浮き彫りになっていた。

 審神者ができない以上、この場では何もかもが不確定。国立と崇剛の見解に違いが出て、身を乗り出した。

「あぁ?」

「白血病の症状のひとつ――皮下出血みたいです」

「そうか」

 自分のデスクで見た幻想を思い出す。座敷の障子戸に傀儡のようにもたれかかる、女の口から大量の血が流れていたのを。

 あの時気づいたとしても、医者がほとんどいないこの時代に、何ができたのだと、中途半端な霊感は、心をやけにささくれ立たせる。

 と、国立は苛立ちながら、ぽろっと灰が床へ落ちたのを視線で追った。崇剛は最後の青白い煙を口へ招き入れて、灰皿へ葉巻を置いた。

「夢の話は聞いていませんか?」

 他の聖霊師が知らなかった情報を、簡単に持ち出してきた崇剛。一目置いてあるだけ、芸術的な手口はいつでも健在で、国立は楽しそうに鼻で笑う。

「恩田の野郎、泳がせて正解だったな。聞き出したぜ」

「どのような内容だったか順番を違えず、教えていただけませんか?」

 調書に書き止めてあるのなら、聞いた順番通りにもれなく残っているだろう。国立は一枚の紙を持ち上げた。

「てめぇ自信が斬られた。悲鳴、断末魔……。『返して……』って言われる。血の匂い、だ」

「情報が抜けていますし、順番もおかしいみたいです」

 崇剛はそう言って、茶色のロングブーツを組み直し、紅茶を上品に一口飲んだ。不浄な聖霊寮で漂っていた、ふたりの会話はふと途切れた。


「…………」

「…………」


 ずっとくわえ葉巻だった国立は、ふと唇から抜き取って、藤色の短髪をガシガシをかいた。

 それでも、崇剛は優雅にソファーの上で腰掛けて、この線の細い男が何をしてきたのかわかって、心霊刑事は鋭い眼光で刺殺しそうに見て、ガサツな声で突っ込んだやった。

「てめぇばっかし、情報持ってくんじゃねぇ! こっちにも渡しやがれ、そこで笑い取ってんじゃねぇ!」

 順番がおかしいと言った割には、崇剛が元から聞いた内容は教えないという、マニアックな笑い。

 優雅な神父は手の甲を唇に添えて、くすくす笑い始めた。

「笑いは人生において大切だと、国立氏が以前おっしゃっていましたからね。ですから、罠を仕掛けましたよ」

 真面目に話が進みやしない。ルールはルールの男のお陰で。

 アラフォー前の国立の口から、スレた大人の言葉が放たれた。

「お前さん、性癖エムだろ? てめぇのトラップで笑いやがって」

「そのようなものは、私にはありませんよ。『神父』ですから……」

 優雅なイメージを汚されてなるものかと、崇剛は涼しい顔をして言い返した。次から次へとツッコミポイントを回してきやがってと思いながら、兄貴も前振りを投げつけてやった。

「てめぇ、フロント ハイキックだ!」

「えぇ、構いませんよ」

 収集がつかないほど、お笑いお披露目パーティとなってしまった、応接セットという現場では。

 国立は持っていた紙を頭上高くへ投げ、しれっと上品な横顔を見せている崇剛に噛みつくように言った。

「テーブル挟んでる状態で出来るか! てめぇの顔にオレのキックが入んだろ。つうか、承諾すんじゃねぇ。そこで、遊びやがって」

 そうしてとうとう、崇剛は肩を小刻みに揺らし、何も言えなくなって、彼なりの大爆笑を始めた。

「…………」

 落ちてきた紙を他の調書の上に重ねると、国立の口から衝撃的な内容が聖霊寮にもたらされた。

「てめぇ、半分は『神主』じゃねぇのか? ミズリー教っつうのは、クリスチャンと神道しんとうを足して二で割った密教って、説明してただろ」

 神父の振りをしている、優雅な神主はエレガントに「えぇ」と短くうなずき、策略家と再確認させるような理由を告げる。

「ですが、お誘いを受けることが多く、そちらを断るには、神父のほうが好都合なのです。神主だと、断り切れないのです」

 神父ならば神に身を捧げたと言っても、一般の人でも納得するが、神主はそうはいかないのだ。

 絶対に悪を入れないという、厳しい規律の中に組み込まれた神父、と、どんなものでも柔軟に取り入れる宗教の神主。どちらが断れる可能性が高いのかは明白だった。

 時には同性にも言い寄られる聖霊師の苦悩。しかし、したたかで、国立は一言言ってやりたくなった。

「ナンパに宗教利用しやがって」

 意味が少々違っていたが、崇剛は後れ毛を耳にかけ、冷静な水色の瞳は一瞬にして全てのものを凍結させるほど冷たかった。

「私は決して優しい人間ではありませんからね。利用できるものは利用します」

「お前さん、童貞だろ?」

 こんな暴言は執事でも吐いてこない。高台の屋敷で優雅な暮らしとは違って、刺激をもたらすタフガイを前にして、崇剛はくすくす笑い出した。

「あなたと話していると、飽きませんね」

 返事をはぐらかしやがって――。ふたりともアラサー。いい大人だ。遊んでいる暇はない。国立はしゃがれた声で、

「話元に戻せや」

 崇剛は笑うのをすぐにやめて、真剣な顔に戻った。

「私が恩田 元から聞いた順番は、自分が斬られて、血の匂いがして、男と女の悲鳴が聞こえてきた、です」

「お前さん、千里眼使わなかったのか?」

「いいえ、使いましたよ。私が見たのは……」

 崇剛がそこまで言うと、ふたりの頭上にいつの間にか黒板が現れた。そこへ白いチョークで探偵は箇条書きしてゆく。


 自分自身が斬られる。

 うめき声と悲鳴が、男性と女性の声の両方で、複数聞こえてくる。

 『返して……』と言われる。

 体をつかまれる。

 悲鳴と断末魔が、男性と女性の声の両方で、複数聞こえてくる。

 血の匂いがした。

 血で視界が真っ赤になる。


 以上ですと言いながら、刑事に振り返りつつ、チョークで汚れてしまった手をパンパンと軽く叩いて、ハンカチをポケットから取り出そうとする――。


 気づくと、ふたりはさっきと同じローテーブルを挟んだ向かい側のソファーにそれぞれ座っていた。

「それから、夢の内容がひとつ抜けているみたいですね」

「何が抜けてやがんだ?」

「最後に、『いい……だ……』と言っています」

 予測はついている。だが、敏腕だった心霊刑事の意見を崇剛は聞きたかった。

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