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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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心霊探偵と心霊刑事/2

 巧妙な策が密かに動き出した中で、元の事件が話し合われ始めた。

「逮捕理由は他にもありますか?」

 国立が膝の上に身を乗り出すと、それにつられて、チェーンの長さが違う、雄牛のツノと羽根型のペンダントヘッドが、崇剛へと迫ってきた。

「カミさんに、保険金かけられててな」

 くわえ葉巻のまま、国立のごつい手にはめられたシルバーリングが、聖霊師の前に並んだ、妻の写真を右から順番にカツンカツンと当ててゆく。

「こっちから、三百万、五百万、一千万、五千万だ。一生遊んで暮らせんぜ」

「そうですか」

 元が富裕層の理由は簡単にわかった。ブルーグレーの鋭い眼光は、穏やかな春の日差しを刺すようににらむ。

「恩田の野郎、心のどっかで、てめぇのカミさん死ぬって、わかってたんじゃねぇのか? でなよ、掛け金上がっていかねぇだろ」

 原因は知らないとしても、結果は同じ。そこに損得勘定が存在してもおかしくない。心霊刑事はそう判断した。

 崇剛は思い返す。ベルダージュ荘の診療室で、死に目に会えなかったと怒っていたが、元のどこにも悲しみは落ちていなかったことを。

「そうかもしれませんね」

 千里眼でも使わない限り、本当の心の内はわからないが、わざと掛け金を上げたという可能性は78.65%――だと、崇剛は導き出した。

 転落死亡事故と多額の保険金。それだけで、心霊刑事が手をかけるには動機としてはいささか弱すぎた。

 崇剛の神経質な指先は、また落ちてきてしまった後れ毛を耳にかける。

「他にも何かありますか?」

 山積みの事件関係の資料から、一枚の小さな四角いものを、指で挟み持ちし、国立は宙でピラピラと見せびらかした。

「転落現場は三沢岳のハイキングコース。山頂近くの東側だ。おかしなことに、一ミリもずれてねぇんだ。がよ、罪科寮じゃ事件性はねぇって、証明されてやがる。っつうことで……」

「聖霊寮へ回ってきたのですね」

 肉体を持つ人間が殺した可能性はないということだ。

「現場の写真を見せていただけますか?」

 崇剛の脳裏ではある仮説が立てられていた。


 呪縛霊、地縛霊ならば、映っているという可能性が92.89%――


「千里眼使いやがれ。笑い取ってくんじゃねぇ」

 心霊刑事の手から、写真が二十枚ほどすうっと滑り込んできた。事故現場と落下場所。元妻たちはすでに死んで映っている写真。

 ふたりはそれぞれ好きなものを飲みながら、崇剛は一枚ずつ流れるように見ていたが、やがて、

「何も映っていませんね」

 国立はいぶかしげな顔をした。

「どうなってやがる? 呪さんでも地さんでもねぇってか」

「浮遊霊もしくは、怨霊おんりょうであるかもしれませんね」

 犯人は動くことが自由にできる幽霊とすれば、捜査は完全に振り出しに戻ったのかもしれなかった。

「浮さんに怨さん……か。居場所がわかりやがらねぇ」

「浮遊霊だとすれば、悪戯の可能性が高いです。怨霊となると、写真に写っていない他の方が関係している、かもしれませんね」

「他のお化けさんがいりゃ、恩田は幽体離脱して、離れたところにいたカミさんを落せっから、犯行可能になんな。がよ?」

 葉巻の柔らかい灰がぽろっと落ち、国立の視線を受けて、崇剛は「えぇ」と短くうなずき、長々と話し出した。

「転落した時刻が全員、秒数は違えど、分数まで一緒の、十七時十六分――。さらに、亡くなっている曜日が同じ日曜日。四月の第二週から三週にかけてで、時期もほぼ同じです。……故意に同じになっているのかもしれませんね。恩田 元に罪を着せるために……」

 国立はミニシガリロを灰皿ですり消して、新しいのに火をつけた。

「そうなっと、先に死んだカミさんが怨霊になって、後妻のカミさんを殺したってか?」

 瑠璃色の上着に忍ばせていた、魔除けのローズマリーの香りが少しだけ強くなって、待ったの声をかけたようだった。


「殺されたとは限りませんよ。事実ではありません、まだ可能性です。ですから、決めつけるのは非常に危険です」

「あぁ?」

 鋭いブルーグレーの眼光と冷静な水色の瞳は、ローテーブルの上でしっかりと絡み合う。

「恩田の野郎、邪さんだろ? どっからどう見ても、そう見えんぜ」

「恩田 元が邪神界であるという可能性は非常に高いです」

 刑事も探偵も同じ見解だった。しかし、崇剛は大きなザルで物事を救い上げる思考回路ではなかった。

「生き残っているから邪神界、死んだから正神界とは言い切れませんよ。もちろん、全員が同じ世界の者とも限りません」

 国立は思い出す。ベルダージュ荘へ行くたびに、今目の前にいる男よりも先に、自分を出迎える執事のことを。ひまわり色の短髪とはつらつとしたベビーブルーの瞳を持ち、ガタイのいい男の名を口にする。

「涼介か……」

「えぇ。彼と瞬は生きています」

 主人は思い返す。あの執事は屋敷に来たばかりの頃は、あんな風に笑わなかった。小さな瞬もだ。しかし、あの事件より前はもっと笑っていたのかもしれない。

 国立は軽く組んだジーパンの長い足を、ローテーブルの下へもぐらせた。

「お前さんの言ってることはよ。恩田の野郎だけじゃなくて、他のやつもやってねぇって意味だろ?」


 犯人がいない――。


 それなのに殺人事件という域を出ない。紅茶の微糖が中性的な唇から体の内へ落ちてゆく。

「あくまでも可能性です」

「殺されてねぇとしたら、他に何があんだ?」

 数々の事件を見たり、聞いたりしてきた崇剛は、敵が何を望んでいるのかを口にしたが、途中でさえぎられた。

「邪神界の者は自分自身の地位と名誉、力を手に入れるためならば、どのようなことでもしてきます。ですから――」

「くだらねぇことしてきやがる。てめぇの人生、何だと思ってやがんだ?」


 国立は刑事の勘で、崇剛の言わんとしていることに気づいた。反吐が出るというように吐き捨てた。

 殺されていないのなら、答えはひとつだが、感情を滅多にあらわにしない崇剛でも、氷柱という先の尖った視線で、目の前にあるものを全て差し切りそうな怒りがあった。

 激情という名の獣が雄叫びを上げそうになるのを、冷静な頭脳という盾で抑えるのに珍しく必死になった。


 そんな人生は、やり切れない――。


 その時、ザーッとすれる音がして、ミニシガリロとジェットライターが国立から崇剛へ滑ってきた。

「ありがとうございます」

 お礼を言ったかと思うと、崇剛は細い指で、ミニシガリロを何の躊躇もなく、すうっと抜き取った。

 ジェットライターで端を炙り、火がついたところで、包帯の巻きついた手で挟み持った。

 顔を窓際へ向け、国立に横顔を見せる。少し柔らかい唇へ細い葉巻は運ばれ、口の中で味と香りを楽しみ、煙をすーっと吐き出した。


 その仕草はまるで映画のワンシーンのようだった。

 聖霊寮のよどみ切った不浄な空気の中で、魔除けのローズマリーの香りは力強くほどばしる。

 中性的な雰囲気を持つ優雅な男の、紺の髪には策略といういけない快楽に溺れ、遊ぶようにわざともたつかせ、神経質な頬の横で束ねている細いターコイズブルーのリボン。


 女性を連想させる長い髪。

 と、

 血のにじんだ包帯と葉巻。


 という、男性を思わせるものがあり、唇から吐き出される青白い煙は、人を惑わせるような、導くような、両極性を見せる。

 神父と策略家という、崇剛でしか持ち得ない、交差するはずのない立場。

 思考する時間を有するが、落ち着きはなく、優雅に見えるが、誰かを助けるためならば、部屋の窓から庭の木へ飛び移るほどの瞬発力。

 聖なるダガーを華麗に使いこなし、勝利をつかみ取るためなら、冷静な頭脳を駆使し、人の真似で難なくこなす。

 まったく違った一面が突如、表面化し、常に生と死の狭間で戦っている、これ以上ないほどのギャップ。

 時折り、冷静という名の盾から垣間見える、激情という獣を飼い慣らす、冷と熱の両面を持ち合わせる、絶妙なバランスの上で生きている聖霊師。

 性別に関係なく、人々を魅了してやまないメシアの持ち主。


 国立の鋭いブルーグレーの瞳の中には、そんな男がひとり細いロングブーツの足を組み、ソファーで優雅に腰掛けていた。

 横顔を見せたまま、ミニシガリロの煙を唇から吐き出し、崇剛の口元が密かに動いた。

「そのような人生を送る方がいるみたいですね。どのような意味があるのでしょう?」

 崇剛の問いかけはいつまでも宙に浮いたままだった。

 正神界と邪神界。立場も考え方も真逆。それでも、立ち向かうためには相手の考え方――価値観を知らなくはいけない。

 しかし、転生に対する尺度があまりにもかけ離れていて、それはとても許されるものではなく。探偵と刑事はしばらく黙ったまま、ミニシガリロの青白い煙だけが、応接セットからふたつ立ち上っているだけだった。


 激情の獣を抑え切った崇剛の、遊線が螺旋を描く声が青白い煙とともに宙に舞った。

「千恵さんだけが転落死亡していません。ですから、他の方とは違うのかもしれませんね」

「いいやつが先に死ぬって、案外邪さんが関係してんのかもな」

「…………」

 崇剛は答えなかった。それが千里眼の持ち主が、人の死に違った面から立ち会ってきた証言だった。

「入院されたのは、四月二十一日、木曜日以降ですか?」

「その日の夕方だ」


 崇剛はあごに手を当てて、冷静な思考回路を展開させる。亡くなってしまった死装束の女の身に何が起きたのかを考える。


 千恵さんの生霊が屋敷に現れたのは……。

 一回目は、四月十八日、月曜日、十七時十六分三十五秒過ぎ。

「助けて……」

 と言っていた。

 転落した翌日です。

 二回目は、四月二十一日、木曜日、二時十三分五十四秒。

 悪霊に襲われた日。

「早く助けて……」

 に変わっていた。

 状況関わった可能性が78.45%――

 急いでいるように見えた。

 ですから、入院された可能性が63.78%でしたが、今確定――100%です。


 細い足を組み替えた、崇剛には違和感が強く残っていた。聖なるダガーの柄がソファーにすれて、グルッと寝言のような濁った音を出す。


 ですが、おかしいみたいです。

 亡くなったのは、昨日四月二十八日、木曜日、十八時二十七分三十八秒。

 入院されてから、亡くなるまで約一週間です。

 不自然です。

 そうなると、心霊的理由で亡くなったという可能性が99.99%――


 関係者は一人を残して、全員死亡。現実的ではなく、ますますスピリチュアルよりに事件は展開していた。

「逮捕された時、恩田 元と彼女は一緒にいらっしゃいましたか?」

 国立は骨董屋で、火花を散らすような勢いで対峙した女の綺麗な顔をはっきりと思い出していた。

「ずいぶんと勇ましい女だったぜ」

「そうですか」

 間を置くための言葉を言って、次の話が始まる前に、


 そうですね……?

 先ほどのおかしい点の情報も得ましょうか。

 ですから、こちらの言葉にしましょう。


 作戦をあっという間に立てながら、葉巻のお陰で香りの引き立った紅茶を飲む。崇剛は優雅に微笑んで、何気なくわざと聞いた。

「そちらの時の様子を、国立氏を通して千里眼を使い、見せていただけませんか?」

 数少ない事件関係者――国立のブルーグレーの鋭い眼光は、ほんの一瞬だけ崇剛の冷静な水色の瞳からずれた。


 策略家のそれはついっと細められる。

 おかしい――。


「あぁ? お前さん、今までそんなこと言いやがらなっただろうがよ。何やってんだ?」

 国立は気だるく聞き返して、短くなってしまったミニシガリロを灰皿ですり消した。もっともらしい理由づけなど、崇剛にとっては容易いことだった。

「生前の病気の影響で、昼夜逆転している瑠璃はいません。ラジュ天使も席をはずしています」

 屋敷の二階でぐっすり眠っている瑠璃と、元の診断が終わる間際に、どこかへ行くと言って出かけてしまったラジュ。

 邪神界がいて物騒だというのに、メシア保有者だけでウロウロしていると知って、国立は鼻で笑った。

「トラップ天使はサボりで、眠り姫はお留守ってか?」

「えぇ」

 素知らぬふりで、崇剛はしれっとうなずく。国立が胸に手を当てると、長さの違うチェーンがチャラチャラと歪んだ。

「だから、オレってか? お前さんの守護霊と守護天使は、どうなってやがる?」

「どうしても離れなくてはいけない時はコンピュータ制御なのです。しかしながら、審神者はできません」

「ハイテクだな、常世とこよはよ」

 確かにそうだと、国立は合点がいった。先進国の文化は神様が与えているのなら、そのはるか上を神の世界はいっているのだろうと。

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