表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
39/110

Spiritual liar/3

 ――診察室へ意識が戻ると、思考時間は約三秒――。元の瞬きが一回行われている間で、冷静な頭脳の持ち主は、重大な可能性の数字を弾き出した。

 非常事態の予測――。

 茶色のロングブーツを履く足を優雅に組み替え、包帯を見つめたままの元を、冷静な水色の瞳で見据えた。


 恩田 元は嘘をつくという傾向が非常にあります。

 国立氏から情報を得たほうが合理的であるという可能性が87.67%――

 従って、このまま話していても、非常に効率がよくないという可能性が87.45%――。

 少なくとも、二百人の魂の行方がかかっています。

 ですから、話を早く切り上げて、聖霊寮へ行き、そちらから情報を得たほうがいいかもしれません――。

 しかしながら……


 あごに当てていた神経質な手を解いて、ズボンのポケットをさりげなく触り、千里眼を使う。


 今の時刻は、十一時二十五分十四秒――。

 治安省へは、自動車で行っても三十分はかかります。

 十二時を過ぎてしまう。

 昼休みの時間は、十二時〜十三時です。

 そちらは避けましょう。


 藤色の短髪がガシガシとかき上げられ、ミニシガリロの青白い煙が立ち昇る。あの男のプレイベートを邪魔する権利は、聖霊師にはなかった。


 従って、まだ少し時間があります。

 恩田 元には嘘をつくという傾向がある。

 ですから、全てを国立氏に話していないという可能性が99.87%――。

 情報交換を有効にするためにも、もう少し聞き出しましょうか。


 両手を自分の膝でぎゅっと握っている、氷山の一角としての近くがあるのかないのか、そんな元に崇剛は神経を傾けた。

「…………」

(夢の話はしなくていい。自分が悪者にされたら、たまったもんじゃない)

 非情なまでに合理主義者の崇剛はいきなり核心へと迫った。

「同じ夢を何度も見ていらっしゃいませんか?」

 知らないはずだと思っていたことが言い当てられる。そんなことをされる人が取る行動を、元ももれなく取った。忙しなく視線をあちこち向け、驚きすぎて言葉が出てこなかった。

「え、え……?」

(な、何でそれを知ってるんだ?)

 挙動不審な言動にもかかわらず、崇剛が驚かない理由が何か見極めることも、焦っている元にはできなかった。策略家はその隙をついて、わざとこの質問を投げかける。

「とても大切なことかもしれません。教えていただけませんか?」

 可能性ではなく、決めつけという感情で動いている元は、デジタル頭脳を持つ崇剛の前で無防備に情報を漏洩することとなったのだ。

「…………」

(この人、怖い。気味が悪い。いや、嘘を言ってるだけだ)

 差別を前にしても、崇剛の心は冷静な頭脳によって、ただのなぎだった。水色の瞳をついっと細める。

(仕方がありませんね。こうしましょうか)

 あっという間に作戦変更し、両肘を膝の上へ乗せ、標的へと身を乗り出し、冷酷非道に強引に情報を引き出し始めた。

「夢の内容は、ご自身が斬られた。悲鳴が聞こえ――」

 知るはずのない内容を言い当てられ始めた、元は慌ててさえぎり、

「わっ、わかりました! 自分で話します」

(疑われたくない!)

 生唾をごくりと飲んで、話し始めたが、

「はい、自分が斬られて、血の匂いがして、男と女の悲鳴が聞こえてきたです」

 穴だらけの情報だった。崇剛は優雅に微笑みながら、どうとでも取れる相づちを打った。

「そうですか」

 神経質な指先で後れ毛を耳にかけて、冷静な頭脳で可能性を推し量り始める。


 私のように他の方はきちんと記憶していないという可能性が98.75%――。

 従って、多少の情報漏れはあります。

 そちらを考慮しても、情報がふたつ抜けているみたいです。

 『返して……』と、他の方がおっしゃった。

 最後に、ご自身が、『いい……だ……』とおっしゃった。

 並びに、順番が前後しています。

 そちらに、何か意味があるという可能性が35.45%出てきた。


 崇剛はいつの間にか新緑の草原に裸足で立っていた――。

 水色の瞳が見上げる空からは、血のように真っ赤な雨が地上を水没させるように降り注いでいる。


 さらに、先ほどの水道から血が出てきた話――。

 こちらも、情報がひとつ抜けています。

 女性の笑い声が聞こえてきています。


 紺の髪は赤い雨を吸って、重たい紫色に変わり、神経質な頬には血の涙を流したように滴がいくつもいくつも落ちてゆく。


 おかしい――

 言わない。そちらは裏を返せば……重要であるということです。

 こちらの可能性が75.43%――


 隣に立っているラジュの金色をした髪が風に吹かれ、崇剛の視界が不良になり、気がつくとまた現実へと意識は戻っていた。

 白髪まじりの男を真正面から見て、崇剛は今までのデータから事実を探ってゆく。


 すぐにわかるような嘘をつく。

 こちらのようなことをする方の一番の傾向――。

 そちらは、邪神界、正神界に関係なく、霊層が非常に低いということです。

 すなわち、魂が濁っており、人としてもレベルが低いということです。

 そうですね……?


 隣でさっきからずっとニコニコしている天使に、聖霊師は意識を傾けた。

 ラジュの不気味な含み笑いが崇剛の心にだけ聞こえてきた。神の目で判断してつけられたランクづけを告げる。

「うふふふっ。四百九十五段です〜。あと六段下がれば、地獄行きです〜。あと三つ嘘をつけば、血の池へ突き落としましょうか〜?」

 天使の仕事をまっとうしているのか、趣味なのか判断しかねるラジュに、崇剛は心の中で返事を返した。

「なぜ嘘をつかれるのですか? 邪神界の者は霊層は五百一段以下にはなりません」

 数字が大きくなればなるほど、霊層は低くなるシステムだった。

「ですが、正神界へと戻ってきた時には、この者は千段以下に落ちるかもしれませんよ? 邪神界へ行っただけで、罪はずいぶん重なりますからね〜?」

「ですから、邪神界から戻ってこないのかもしれませんね」

「そちらもありますが、地獄の設備に不備が――」

 メシア保有者と天使だけの会話がどこまでも続いていきそうだったが、元のおどおどした声が割って入った。

「あ、あの……先生、悪霊とか憑いてませんか?」

(よく、そういう理由ってあるだろう)

 天使と守護霊によって、結界を張られた屋敷内。診療所の椅子に座っている崇剛とラジュを残して、色をなくした。

 千里眼の持ち主の前で、全ての出来事が逆再生されてゆく。元は椅子から立ち上がり、後ろ歩きでドアから出ていった。


 呪縛霊。

 怨霊。

 生霊……そのようなものは見えません。

 従って……。


 正常な色を取り戻し、今現在の診療室で、冷静な水色の瞳は横へゆっくり揺れる。

「今のところ、そちらは心配ありません」

 そうとしか言いようがなかった。行動が自由な怨霊と生霊は行方が追えない。今いないだけかもしれないのだから。

 ラジュの他に目に見えない人物がもう一人いた。それは元の背後に立っている真っ白い男だった。

 すぐ近くにある本棚のガラス窓には映っていない、この世のものではない者。


 ですが……別のものがついています。

 額の上に三角の白い布をつけた霊体。

 そちらは先祖であるという可能性が98.74%――。

 正式な守護霊ではないみたいです。

 すなわち、一種の呪縛霊です。

 そうですね……?


 白いローブと金の長い髪を視界の端に映しながら、崇剛は肘掛にもたれた。


 霊層の低い方は、事実を事実として受け入れられないという傾向が非常に高い。

 従って、こちらのことと、大きな事件であるということは、今は伏せておきましょう。

 さらに、先ほどから過去世を見ようとしているのですが、何かが邪魔をしていて、見ることが出来ません。


 待ってはみたものの、凛とした澄んだ女性的な声はいつまでも聞こえてこなかった。崇剛は少しだけ左へ顔を向け、心の中で金髪天使に意見を求めた。

「ラジュ天使、教えていただけないのですか?」

 いつの間にかシロツメグサの花冠をかぶっていて、女性みたいなトラップ天使はニコニコしながら、手堅く守護してくる。

「崇剛の修業になりませんし、この者のためにも、今はなりませんからね。教えませんよ〜?」

 花冠を直す指先は男の線なのに、全体的に女性と勘違いさせる天使は、手厳しく啓示する。

「今真実を告げても、この者が改心できるという可能性は0.001%です〜。ゼロに非常に近いです」

 依頼主は天使からサジを投げられていた。

「そうですか」

 同じ思考回路の天使。人間よりもはるかに長い時を生きている相手。策略など通用しない。崇剛は天使からの情報収集はあきらめ、元に顔を戻した。

「恩田さん、今ところは何とも言えませんが、ひとつだけはきちんと答えて差し上げられます」

 神父として、人を悪戯に傷つける――嘘に変わるかもしれない、未確定要素の出来事は伝えないことにした。元の心臓は大きく波打ち、手のひらに汗がにじむ。

「は、はい。どんなことですか?」

(な、何を言われるんだろう?)

 嘘をつく依頼主にも、慈愛の精神で、崇剛は真摯な気持ちで向き合った。

「水道から血が流れ出てくる。こちらを、霊が物理的に行うことは不可能です。なぜなら、水道管の水を全て抜き取り、血に置き換えなくてはいけません」

 元は目をパチパチと瞬かせながら、流暢に話す聖霊師の話に何とかついていこうとしていた。

「さらに、どなたの血なのかという疑問点が残ります。霊の体――霊体には血が流れていません。ですから、理論的に考えて起こり得ません。すなわち、脳に呼びかけられ、幻を見せられたのです。その後、血は残っていましたか?」

 あの不気味な夜のお勝手で、妻に話しかけられたあとのことを思い出して、元は頭をプルプルと横に振った。

「い、いえ……残ってなかったです。カラのコップだけでした……」


 崇剛はいつの間にか、切り立った崖の上に立っていた――。茶色のロングブーツで一歩踏み出し、騎馬隊だらけの戦場の真ん中で眼下を眺めた。

 その戦況はとても奇妙で、右手は整然と並んでいるのに、左手だけが大混乱に陥っていた。


 霊界は心の世界――。

 気持ちが弱っていれば、肉体を乗っ取られてしまう。

 邪神界の者が他の邪神界の者を狙う。

 当たり前に起きます。


 冷静な水色の瞳の遠くで、我先に手柄と願うばかりに、内部紛争が起こり、血が無駄に流れてゆくのが見え、虚しさという風が紺の長い髪を揺らした。


 己自身のことが最優先。

 仲間意識など、彼らには当然ありません。

 あなたを狙ってくるかもしれない――。


 診療室へと意識が戻ってくると、カミソリが飛ぶような逆風が吹き荒ぶ中に立っているような、元に崇剛は一言忠告した。

「どうか、お気を強く持ってください」

 そこで初めて、ラジュから待ったの声がおどけた感じでかかった。

「この者が霊的な理由によって、人生の途中で死ぬ可能性は0%です〜」

 人間とは違って、未来をある程度見ることができる天使からの忠告に、崇剛は心の中で相づちを打った。

「そうですか」

 霊界で会話をしていると、聖霊師に励まされた依頼主はほっと胸をなで下ろした。

「は、はい……」

(じゃあ、気のせいだったのか。よかった、これで、安心して眠れる)

 歪んだレンズで世の中を見ている男には、物事はそのまま伝わらなかった。崇剛が間違いを訂正しようとすると、ラジュから催促――巻きの合図が入った。

「この者に関しては、ここで切り上げて、国立 彰彦の元へ行っていただけませんか〜?」

 これ以上ないくらいにっこり微笑んで、邪悪という名のサファイアブルーの瞳を元へやった。

(この者には、少し怖い想いをしていただきましょうか。お仕置きが必要な者ですからね)

 戯言天使の脳裏に鮮やかに蘇る。針のような輝きを持つ銀色の長い前髪。その奥に隠れた鋭利なスミレ色の瞳が。

 人差し指をこめかみに突き立てて、ラジュは珍しく困った顔をする。

「おや〜? 失念していました〜」

 崇剛は水色の瞳をついっと細めて、何らかの罠が隠されているとにらんだ。ラジュはニコニコの笑みで、真意を簡単に隠す。

「国立 彰彦が崇剛に会いたがっていると、『ある方』から聞きましたよ〜? ふたりでぜひ楽しんできてくださいね〜。うふふふっ」

 意味深な言い方をしてきて、聞き出そうとしても、のらりくらりと交わされてしまうのだ。いつだってそうだった。

 子供の頃はそれで悔しい思いをしたが、もう三十二歳だ。負けたがりの天使に付き合う暇はない。

「そうですか。彼の元へ行きましょう。何か重要な意味があるのかもしれませんね」

 診療室は春風が優しい旋律を紡いでいただけで、聖霊師と依頼主は黙ったままだった。

 神経質な手で、ズボンのポケットに入っている懐中時計を軽く触る。


 十一時四十一分五十六秒――。

 今から出ても、治安省へ到着するのは十二時十五分過ぎ。

 休憩時間中です。

 ですが、ひとつ手に入れたい情報があるため、すぐに出かけましょう。

 私が予測した通りならば、通常より時間がかかるという可能性が97.45%――

 すなわち、今出発しても十三時より、遅れて到着するということです。


 依頼主を放置した時間は約一秒。崇剛の遊線が螺旋を描く優雅な声が診察室に上品に舞った。

「本日は、こちらで終了です」

 それに即座に答えたのは、ラジュだった。

「それでは私は帰りますよ〜。用があるんです〜」

「ありがとうございました」

 崇剛が心の中でお礼を言うと、ここにいる必要なしというように、ラジュはキラキラと聖なる光を散りばめ、すうっと消えていった。

 診療終了と言われた依頼主は、ブランドもののポーチを握りしめて、椅子からゆっくりと立ち上がった。

「は、はぁ……」

 崇剛はエレガントに立ち上がり、ドアまでロングブールのかかとを鳴らしながら近づいていき、ドアノブを左手で回した。

「また何かありましたら、ご相談ください。それでは」

 元の汚れていない黒い革靴は、出口へと近づいていき、ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンが止まったままのドアのそばで、軽く頭を下げた。

「はい、失礼します」

(金を要求されなかった。こんなので、金なんか渡せるか。大事な金だ。何でも自分の思う通りにできるもの)

 千里眼のチャンネルを開いたままの崇剛には、今もまだ元の心はよく聞こえていた。廊下を帰り始めた猫背男の背後で、崇剛は気づかれないように、優雅に降参のポーズを取った。


 おかしな方ですね、あなたは。

 お金で手に入らないものは、こちらの世界にもたくさんあります。

 さらに、お金は天へは持っていけません。

 たとえ、持っていけたとしても、何の意味もありません。

 なぜなら、霊界には、お金という制度が存在していないのですから。

 お金で地位も名誉も買えないのです。


 いつも通り診療所のドアから、元の後ろ姿を屋敷の外へと見送った、崇剛はそのまま邪神界が入ってこない結界の中で、千里眼を使って依頼主の行方を追った。

「坂道を下って行っています。自動車が路肩に止めてあります。運転手が降りて、ドアを開けています。戸惑うことなく乗り込んだ。従って、自動車を所有しているという可能性が99.99%――。富裕層……。どのようにして、お金を手に入れたのでしょう? 国立氏は、そちらを知っているかもしれませんね」

 千里眼のチャンネルを切って、轟音のようになだれ込んできていた音や風景をシャットアウトした。

 

 本日は金曜日――。

 私の可能性の導き出し方が間違っていなければ……。

 あちらの出来事が起きるという可能性が99.99%――


 屋敷の主人は畑仕事をしていた執事の近くまで、ブーツの底で芝生を優雅に踏んでいった。

「涼介、今すぐに聖霊寮へ行きますので、車の用意をお願いします」

「あぁ、わかった」

 執事は立ち上がって、元が出て行った正門と、振り返って主人が屋敷の中へ戻ってゆくのを交互に見つめた。

「国立のとこに行く? そんな重要な事件には見えなかったけどな。人のよさそうな感じだったし……」

 人の心の闇を知らないというよりは、次元の違う場所で生きてきた、素直で正直な執事には、さっぱりわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ