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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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主人は執事をアグレッシブに叱りたい/2

 自分が使ったことのない単語が並べられて、涼介は初め戸惑い、崇剛の顔をまじまじと見つめた。

「盲目、呪縛、拘束……?」

 執事は心の中で、わかりやすく言い換えてみる。

(目が見えない? 縛りつける、動けない……? 目隠し……自由を奪う……!?)

 崇剛の右手に巻きつけられている包帯がふと目に入り、毎日のようにBL妄想をさせられている執事は、策略的な主人の思惑通り色欲だらけの世界へと引きずり込まれた。

(ひも状のもの……結ぶ、縛る!? 俺の体の自由を奪う!!)

 涼介はテーブルの上に放り投げたメモを横目て見て、思わず息を飲む。

(懺悔させられるのは、目に見えてる……)

 無残にも主人の罠にかかりにいくことはない――。誰だってそう思うのが当たり前だ。

 涼介もそうだった。このわかり切っている災難から何とか逃げ切ろうとした。顔は動かさず、視界の端で崇剛の傷をうかがいながら、通常の人レベルで記憶をたどり、細心の注意を払った。

(この間のダーツの時――。崇剛は頭がいい。だから、同じことはしてこない!)

 同じ屋根の下で暮らしているのに、執事は主人の思考回路が過去に重きが置かれていると理解していなかった。

 策略的な主人は真正面の壁一面に広がる、神世を思わせる青を基調にした抽象的な絵画を眺めている。


 涼介は素直で正直という傾向がある。

 従って、以前使った同じ罠を、私が仕掛けてこないと判断しているという可能性が92.34%――

 ですから、同じ罠を使いましょう。

 

 懺悔をさせることが既に決定している、執事の裏をかく作戦に主人は入った。


 涼介は私のように、きちんと記憶はしていません。

 ですから、覚えている可能性の一番高い日。

 すなわち、今から一番近い日付で、罠を仕掛けた日……。

 四月十八日、月曜日、二十時二十分二十一秒以降。

 ダーツをした時と同じ方法を使いましょう。


 ソファーに座っている執事を頬で感じる。あの夜も椅子に腰掛けさせた涼介。壁ドンが使えないのは、主人は当然わかっていた。


 ですが、そちらのままでは、涼介に避けられてしまうという可能性が95.67%――

 ですから、以下のようにします。


 全てを記憶する頭脳の持ち主は、彼の特徴を存分に発揮する罠を思いついたのだった。水色の瞳はついっと細められる。


 ひとつひとつの罠と事実を、バラバラにして、順番を組み直します。

 あちらの日の罠と事実の順番は、以下の通りです。


 感情は抜きにして、ダーツの夜に仕掛けた策と手に入れた情報を箇条書きにして、頭の中に並べた。


 一.涼介に質問をさせる。

 二.涼介に懺悔させる。

 三.涼介から情報を入手する。

 四.涼介が冷静に返答できないように、私が彼に近づく。

 五.罠を発動させるために、涼介をうなずかせる。

 六.私の言うことを、涼介に聞かせる。

 七.涼介に私の言葉を勘違いさせる。

 八.壁ドンをする。

 九.髪を束ねているリボンを解く。

 十.涼介の視界の自由を奪う。

 十一.部屋にあるものを使い、涼介を勘違いさせる。

 十二.私の吐息交じりの声に、涼介は戸惑っているように見えた。

 十三.涼介が私に暴言を吐いてくる。


 最後の項目は、崇剛の中では百パーセントに近い確率で発生する事例だ。主人は密かに期待する。執事が今日は何と言ってくるのかと。


 それでは、以上の十三個をいくつか使い、順番を変えて、涼介に罠を仕掛けます。

 ですが、こちらのままでは、罠が有効的にならないという可能性が64.58%――

 ですから、こちらの可能性を下げます。

 別のことを組み合わせ、罠を一重ではなく、何重かにします――。


 ここまでの思考時間、約二秒――。デジタルに記憶しているからこそ、できる方法だった。いや、崇剛の趣味に磨きがかかるのだった。

 冷静な水色の瞳で、移りゆく状況――情報を常に収集しながら、可能性を推し量ってゆく。


 テーブルの中央より右側に置いてある新聞紙。

 涼介が持ってきたメモ。

 自分の前にある、新聞紙に少しだけくっついているティーカップ。

 男ふたりが座るソファー。

 その後ろにある、開け放たれた両開きの窓。

 春風に揺れるカーテン。

 右手の傷の痛みと、血のにじむ包帯。

 標的との身長差、弱点。

 ドアの状態――。


 距離感と詳細を考慮して、罠を組み立てていると、春の妖精が舞い込んできたように、不意に強い風が吹いた。

 崇剛の冷静な瞳に映っていた風景が一箇所変化をもたらした。精巧な頭脳の中で、可能性の数値が一気に転化する。


 そうですね……?

 今のままですと危険であるという可能性が87.56%――


 カンカン! と警報の鐘が鳴らされるような内容だったが、策略家は慣れたもので、ポーカフェイスのまま、罠発動までカウントダウンを始めるよう近づいてゆく。


 そちらを直すのを装って、罠を仕掛けましょう。

 終了したあとは、そちらを理由にして、涼介が私に追求できないようにします。

 しかしながら、彼の追求から逃れられる可能性は少し低く、67.89%――

 涼介が私に向かって暴言を吐くという可能性は、32.11%――

 そちらの時には、いつもの言葉で交わしましょう。

 それでは、始めましょう――。


 ここまでの思考時間、約一秒――。あっという間に作戦変更をした、崇剛は不自由な右手をかばうようにして、一番最初の行動――『装う』に手をかけた。

 右脇に座っている涼介のほうへ体をねじって、右ももをソファーの上へ斜めに乗せた。

 こんなことで立ち上がるのも、涼介はしゃくに思えた。いや、完全なる疑心暗鬼――。それも崇剛の罠なのではないかと身構えてしまうのだった。

 しかも、落ち度は自分にあるのであって、それを叱られるのだ。ただ色が多少なりともついているだけだ。男の色が。


 な、何をする気だ?

 もしかして……この間のダーツの時と同じ……?

 俺の顔の両側に手を置いて、押し倒してた。

 でも、今日はできない。

 崇剛は右手を怪我してる。


 主人の甘くスパイシーな香水が、執事の鼻を弄ぶようにくすぐる。

 ロングブーツの左足は床に落としたまま。冷静な水色の瞳は涼介ではなく、背後にあるソファーの背もたれに向けられていた。

 深碧色のソファーのはずなのに、その部分だけ、茶色に近い黄色と、透き通った白い布がかかっていた。


 私は右手を怪我しています。

 ですから、今の体勢では非常に《《しづらい》》のです。


 崇剛の顔は涼介に向いているが、瞳は執事の座っているソファーの後ろへ照準があっていた。つまり、怪我をしていない左手が、目的の場所には少し遠いのだ。

「上半身だけ、あちら側へ倒していただけますか?」

 そうして、とうとうやってきた。デジタルに切り分けることができる崇剛の頭脳を存分に使える時が。いきなりこの項目から始めた。


 十一.部屋にあるものを使い、涼介を勘違いさせる――

 従って、別の意味があり、こちらの体勢――ソファーへ横向きに倒れていただきます。


 涼介は崇剛が言った通り、右隣にあるソファーの肘掛けを不思議そうに見つめた。

「ど、どうしてだ?」

 執事は思った。主人はまた自分を押し倒すつもりなのかと。そうして、ダーツをした時のように、崇剛が涼介に言うことを聞かせるために、距離を縮めてきたのかと。

 主人は執事に逃げられないように、さらに涼介にほうへ体をねじり、ロングブーツの右膝をソファーの上へ立てて乗せた。

 左足は床の上にまだしっかりと落としたまま、わざと苦しそうな顔で悩ましげに、崇剛はこんな言葉を言ってのけた。

「もう待てませんので、よろしいですか?」


 七.涼介に私の言葉を勘違いさせる――

 別のことが待てないのです。


 近づいてきそうな主人をさけるために、涼介は崇剛を注意深く正面から見ようとする。体を左にねじって、ソファーの膝掛けに背をそらせるようにもたれかかった。

「な、何をだ?」

 警戒していたつもりだったが、涼介の心臓はバクバクと早鐘を打ち出した。主人の言葉をこんな解釈にしてしまったばかりに。

(ど、どうして、その、発情しましたみたいな言い方をしてるんだ?)

 上半身だけ仰向けに倒れているようになっている涼介を前にして、崇剛は心の中で密かにくすくす笑った。


 私の望んだ通りに動きますね、涼介は。

 ソファーへ横向きに、自身で倒れています。


 こうして、主人と執事の会話が絶妙にずれたまま――いや涼介だけが同性同士の大人の話に勘違いしたまま話は進んでゆく。

 執事の左足がソファーの奥でつっかえ、崇剛の右膝は涼介の両足奥――体近くへと差し込まれた。待てないものが何なのか、そっと打ち明ける。

「私の身と心です」


 さらに、七をもう一度です。

 身も心も危険であるという可能性が87.56%から上がり、92.67%――


 冷静な水色の視界の端には窓枠が映っていた。

 涼介の思考回路は完全にやられていた。崇剛が何の話をしているのか知らないどころか、最初の言葉が何だったのかさえ覚えていなかったのだ。

「そ、それって……!」

 涼介は言葉をつまらせ、驚愕に表情は染まった。

(瑠璃様に断られたショックで男に走った!?)

 策略的な主人の手口で、BL妄想の深みへと堕とされて、涼介は崇剛の特徴を忘れ、あり得ない結論に到達してしまった。

 血でにじんでいる包帯を、崇剛は涼介のベルトへと伸ばし、わざと手前で止めた。

「私の右手がこれ以上待てません」

 恥ずかしいという感情をも、策士は冷静な頭脳で抑え込んだ。


 さらに、七をもう一度です。

 右側に危険があるのです。

 すなわち、ソファーの背もたれで、あることが起きてしまったのです。


 服を脱がされそうなニュアンスを思いっきり突きつけられ、涼介は右の手のひらを崇剛の前へ押し出した。

「いや、待て!」

 男のみさおを守りたい執事は頑なに拒んだ。相手が自分でなくてもいいだろうと。

 崇剛は涼介の腕を左手で軽々とよけ、そのひらを肘掛けの部分に乗せ、執事の上に上半身を乗り出した。

「従っていただけないのでしたら、こちらのまま《《します》》よ」


 四.涼介が冷静に返答できないように、私が彼に近づく――

 強制的に従っていただきます。


 冷静な水色の瞳が、純粋なベビーブルーのそれを、上から完全に見下ろす形となった。

 涼介はどこへにもずれることも、起き上がることができない体勢に、崇剛によって持っていかれた。さらにBL妄想という奈落の底へ転落したのだった。

「す、する?」

(男同士で、するってことか!?)

 春の穏やかな日差しの中で、執事は一人夜色となる。

 決して優しい人間ではない、策略的な主人は徹底的なまでに、罠を完璧なものへと変えてゆく。

 キスができそうな位置まで、崇剛は涼介に顔を近づけた。主人の遊線が螺旋を描く優雅で独特な声の響きで、こんな意味深な言葉が男ふたりだけの部屋に忍び込んだ。

「えぇ、縛りつけたいのです」


 四.涼介が冷静に返答できないように、私が彼に近づく――

 五.罠を発動させるために、涼介をうなずかせる――

 六.私の言うことを、涼介に聞かせる――

 九.髪を束ねているリボンを解く――の四つ同時です。

 はずれてしまったので、あるものを縛り直したいのです。


 ふたりの斜め上で、風に揺れるカーテンは真ん中のあたりで、縄状のものが波を打つようにひらひらと舞っていた。

 紺の長い髪を束ねていた、ターコイズブルーのリボンを、指先でさっと抜き取った。

 女性的な雰囲気に急に変わってしまった、同性のはずの崇剛の髪が重力に逆えず、涼介の頬をなでるように落ちて、執事は背筋をゾクゾクと凍らせた。

「わ、わかった!」

 主人に文句を言いたかった。髪をとくなと。顔を近づけるなと。しかし、執事は震えるばかりで、言葉が出てこなかった。

 崇剛はエレガントに微笑んで、吹雪のような冷たい視線を、涼介に浴びせる。

「もう少し近づきますよ。それでは、失礼」


 十.涼介の視界の自由を奪う――

 今のままでは、目標物との距離が遠いのです。


 涼介の顔の脇へ置いた左手を軸にして、崇剛は包帯を巻いた右手をソファーの後ろにある窓へ向かって伸ばした。

 執事に災難が訪れた。策略的な主人公の瑠璃色の上着が、素直で正直な執事の顔にかかってしまった。

 視力まで奪われたのだ。両脇の隙間からしか、他の景色が見えず、急な視界閉鎖に驚いて、涼介がテーブル側の腕を動かすと、

「っ!」

 何かに手を引っ掛け、男ふたりきりの部屋に、理性を失った人が本能をむき出しにして、まわりのものを思わずなぎ倒したような破壊音が乱れ舞った。


 バサバサという紙の音。

 カツンという乾いた音。

 ザバーっと液体が流れ落ちる音。

 

 冷静な水色の瞳には、感情、自分勝手な解釈など一切交えず、今起きたことを事実として、デジタルな頭脳に素早く記憶した。


 涼介の手がテーブルの上の新聞紙に当たった。

 新聞紙が落ち、そちらの一部がソファーと涼介の間へ挟まった。

 新聞紙がティーカップに当たった。

 ティーカップが倒れ、紅茶がテーブルからこぼれ落ちた。

 こちらが起きる可能性は非常に低く、0.12%だったのですが、起こってしまったので、事実として確定です。

 すなわち、100%――

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