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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
23/110

Disturbed information/1

 乾いた土の上を、手のひらよりも小さい、白い紙人形みたいなものがひらひらと進んでゆく。


 中心街から少し離れた歩道で、まわりを歩いている人々は、そんな得体の知らないものがいることなど見えていないかのように、普通に通り過ぎてゆく。

 紙人形が右に左に蛇行しながら、人々に踏みつぶされないように動いてゆくのを、ブルーグレーの鋭い眼光がさっきからずっと追っていたが、不意に紙人形は道を左へ曲がった。

 大通りから横へはずれた細道を、赤茶のウェスタンブーツが砂埃を上げながら進んでゆく。かかとについている、小さなギザギザの丸い金属部分――スパーをかちゃかちゃと鳴らす後ろから、同じように地面を踏み、ついて来る靴音が複数響いていた。


 先頭をいく男はジーパンに両手を突っ込み、左右の肩を怒らせながら、白い紙人形を追ってゆく。


 両脇に立ち並ぶ建物には人気はなく、風が通り過ぎると、壊れ傾いたドアがギギーッと開いては、バタンと大きな音を脅かすかのように立てて閉じるを繰り返す。

 にわかに吹き荒れた強風に、砂埃が横滑りしてゆき、小枝の絡まった丸いタンブルウィードがウェスタンブーツの前をコロコロと横切ってゆく。

 西部劇さながらに、背が高くガタイのいい男は、じりじりと砂を踏む音を巻き起こしながら、一歩一歩着実に歩いていった。


 しばらく行くと、案内するように動いていた紙人形はふと立ち止まり、地面にくたっと平伏した。ウェスタンブーツがザザっとブレーキ音を立てて、人気のない細い路地に居残った。

「ご苦労さん」

 ガサツな男の声が響くと同時に、紙人形は地面から拾われた。手のひらでサラサラと粉になり、役目を終えたというように消え去った。

 男はトレードマークのカウボーイハットのツバを上げ、鋭いブルーグレーの眼光を店の看板へやる。

「ここか」

 軒先を凝視している横顔から、くわえタバコではなく、葉巻が顔をのぞかせていた。

「てめぇら、ここで、待機ウェイトだ」

「おっす!」

 粋の良い若い男たちの声が大勢応えて、ミニシガリロの柔らかい灰が地面へぽろっと落ちた。

 藤色をした前髪の間から現れた、ブルーグレーの鋭い眼光の先には、日に焼けた薄緑のペンキが剥がれ落ちた、お世辞にも綺麗とは言えない店舗が建っていた。

 白い扉は昔の物件らしくサイズがやけに小さめ。屋根の下できた三角部分――妻には、ひび割れた板の上に『恩田堂』と、筆で書いたような看板が吊るされていた。

 どこからどう見ても、儲ける努力を怠り、やる気の感じられないひなびた骨董店だった。


 男らしいごつい指にはめた太めのシルバーリングが三つ。それが白いドアへ伸ばされ、ぐっと中へ押すと、くくりつけてあったベルがカランカランと鳴った。

「邪魔するぜ」

 店の奥にあるカウンターの中で、新聞を読んでいた人のよさそうな、店の主人が顔を少しだけ上げる。

「いらっしゃい」

 そう言ったきり、誌面を視線を落としたままになった。入って来た客が何をしようとも、気にするどころか、手元に置いてある時計ばかりをうかがっていた。

(二時三十分過ぎ……。ラハイアット先生のところに行くにはまだ時間がある。この客が帰ったら店を閉めて……)

 ウェスタンブーツの足が、店の床をギシギシと鳴らしてゆく。何かに忍び寄るように。ブルーグレーの鋭い瞳には、壁掛けのろうそくの炎が赤々と映っていた。

 店全体はくすんだ茶色――セピア色で染め上げられた空間だった。大きな古い時計や重厚なチェストが時を止めてしまったようにどっしりと鎮座する。

 くすんだアクセサリー類と、無造作に積み上げられた色とりどりの食器たち。あちこちに置かれた統一感のない椅子と、どんな意味があるのかわからないような陶器の置物。

 所狭しと売り物が置かれ、カビ臭い独特の匂いが漂っていた。店の通路はぐるっと回るようにできている。


 しかし、入って来た客はそのまま真っ直ぐカウンターへとやって来た。

 ゴトンと何か重いものが、カウンターの板に当たった音がした。店の主人が視線を少し上げると、雄牛のツノをイメージした、シルバーのペンダントヘッドが横たわっていた。

 その向こう側には、ジャガードカモフラ――迷彩柄のシャツが陣取っている。その隙間から、バッファローがデザインされた重厚感のある、ベルトのバックルが鈍い光を射出していた。

 そのまま顔を上げると、もうひとつのペンダントヘッドの羽根型が姿を現し、さらに男の顔を仰ごうとした時、

「こういうもんだ」

 店主の眼前に四角いものが突きつけられた。不思議そうな顔で、瞳に映った文字をつぶやく。


「治安省、聖霊寮、国立 彰彦……?」


 犯罪を取り締まる機関。そこからの、いきなりの訪問。店主は国立の鋭い眼光へ視線をぶつけた。

「あ、あの……な、何ですか?」

 国立は手帳をポケットにしまい、片肘を気だるそうにカウンターへつけ、男へとぐっと身を乗り出した。


「恩田 はじめ。お前さんに、逮捕状が出てんぜ」


 ことがことなだけに、元はこれ以上ないほど大きく目を見開いた。

「た、逮捕!? わ、私は、な、何もしてません!」

 国立――心霊刑事はもう片方の腕もカウンターへつき、シルバーリングだらけの両手を軽く組んで、罪状を突きつけた。


「殺人三件と殺人未遂一件、全部オールで四件だ」


 至って普通の生活で、自分が人を殺したなんて身に覚えがない、元は椅子から勢いよく立ち上がり、

「そ、そんな! 濡れ衣です!!」

 首を激しく横に振り、手に持っていた新聞紙がばさばさと床に散らばった。


「おかしなこと、起きてんじゃねぇのか?」

「お、おかしなこと……」


 元は落ち着きなくあちこちに視線を移し始めた。拳にはめて使う武器――ナックルダスターを連想させるような、国立の指六本につけられたシルバーリングたち。

(身に覚えあるってか? 邪さんを許すわけにはいかねんだよ。てめぇの欲だけに生きてるやつに、まともに当たってたら勝利ウィンできねぇ)

 まるで今すぐにでも襲いかかって来るような、太いシルバーリング六つを前にすると、元は震え上がった。

「な、何もないです!」

 ひどく取り乱した様子で反論した。犯人はいつだって、こんな反応をする。特に、霊界の犯行というものは、今世ではない限り、本人に記憶は残っていないのだ。それならば、なおさら反抗するものだ。

 国立はよくわかっていた。だからこそ、粗野な性格の彼らしい逮捕の仕方が披露されるのだ。

(気絶しても歌わせられんぜ。聖霊師が霊視すんだからよ。用があんのはソウルだ。肉体は不必要ナッシング。れってことでよ――)

 金属の指輪を見せつけるように、心霊刑事はボクサーのように両腕を構えた。百九十七センチの長身を生かして、ブルーグレーの鋭い眼光を刺し殺すように、元へ浴びせかける。

「殴ってでも連れてくぜ」

「ひゃっ、ひゃあ〜!」

 逮捕されそうになっている元は、顔を真っ青にして震え上がり、声を裏返させながら悲鳴を上げた。店へと続いている座敷の出入り口へ腰を抜かしながらも逃げようとする。

 その時だった、のれんのかかった店の奥から、足を引きずりながら人が近づいて来る音がしたのは。綺麗な顔立ちをした、三十代前半の女が顔を出した。

「あなた、どうかしたんですか?」

「い、いや、わからん……」

 元は妻の足にしがみついて、すがるような目を女にやった。怯え切っている気弱な旦那から視線を上げ、女は国立に気丈に聞き返した。

「どのようなご用件でしょうか?」

 国立の射殺しそうな鋭いブルーグレーの眼光と、揺るぎない焦げ茶色の女の瞳が、一歩も引けない感じで絡まった。

「そいつの、コロシの件だ」

「逮捕されるおつもりですか?」

 ウェスタンスタイルで決めている、心霊刑事は何かを待つようにドアへ振り返り

、女に背中を見せた。カウンターに両手を後ろ向きにして乗せ、彼女の視線を横顔で受け止める。

「ずいぶん察しがいいな」

 前置きも聞いていないのに、旦那と違って頭の切れる女だと、国立は思った。

「逮捕状はあるんですか?」

 スパーをかちゃかちゃと鳴らしながら、国立はカウンターへ正面を再び向け、斜め前に倒れるような格好で両肘でもたれかかり、吐き捨てるように笑った。

「少し遅延レイトしててな」


 墓場は何もかもが死んでいて、花形の罪科寮とは違って、自身の損得優先のお偉方はなかなか動かないのだ。

 もう少し待つようなら、出直すしかないところだったが、開けっ放しにしていた店の入り口から、国立を慕ってやまない二十代の若い男が一枚の紙を持って、勢いよく滑るように入ってきた。

「兄貴、遅れったす!」

 国立は女と対峙しながら、手を頭の脇へ持っていき、崇剛がダガーを持つように人差し指と中指を広げた。

「よこせ」

 くわえたままのミニシガリロの脇から、ボソボソと言葉がもれ出る。

「先に動いてりゃ、しょっぴくの少しでも早くなんだろ。少しでもレイトすりゃ、邪さんにソウル持ってかれちまうからよ」

 絶妙のタイミングで、一枚の紙が細い線を引っかくように、指と指の間に置かれた。


「ジャスト!」


 しゃがれた声が響き、指で紙を挟み、パラパラと宙で見せつけるように舞わせながら、逮捕状の文面を女の正面へ持っていった。

「見ろよ」

 文章を読み始めた女は、どんどん信じられない顔になってゆく。

「…………」

 吐き捨てるように鼻で笑い、国立は女をにらんだまま、ガサツな声で一言忠告してやった。

「お前さん、この男に殺されるぜ」

 人は偶然だというが、邪神界の人間が身内を殺すなどよくある話だった。心霊刑事として駆け抜けてきた一年で、事故や病気に見せかけて殺したなど、世の中にはゴロゴロと転がっていた。

 元の妻は紙面から顔をさっと上げて、心霊刑事の鋭い眼光をもろともせず、こっちもこっちできっとにらみ返してやった。

「この人がそんなことをするはずがありません!」

 カウンターに深く頬杖をつくと、国立の羽根型のペンダントヘッドが木に当たって、ゴトンと鈍い音と立てた。

「旦那から聞いてねぇのか? 過去に三人死んでんぜ?」

 今もガクガクブルブル震えている気の弱そうな男の過去には、闇が隠されていたのだった。女はそれでも怯むことなく、言い返そうとしたが、

「あちらは、全て事故――」

 その言葉をさえぎって、国立はカウボーイハットのツバをわざと下ろし、ギリギリのラインを狙って、鋭い眼光をさらに強調させるような位置でにらんだ。

「殺人未遂が一件。れって、お前さんも落ちたってことだろ? 同じ場所からよ」

「調べたんですか?」

 女が聞き返すと、認めたと一緒になった。

「そりゃそうだろ? 三人も死んでんだからよ」

 あの膨大な資料の山から抜き出した、この事件は今もまだこうやって続いている。犯人が地獄へといかない限り、また誰かが犠牲になるのだ。

 女は自分にしがみつくようにしている夫の頭を優しくなでる。

「主人は私のことを気遣ってくれました。落ちやすい場所だからと、それに……」

 妻が夫を愛する気持ちは本物だと、国立は思いながら先を促した。

「れに?」

「主人と私は距離をきちんと開けて歩いてました。たとえ突き落とすにしても、手は届きません」


 先に死んでいる三人とも同じだった。元の手の届く位置にはいなかった。足を滑らせて落ちたのだろうと、判断するしかなかった。しかしそれが、四人も手にかける事件へと発展してしまった落ち度だった。

 今こうして話している間も、どこに仲間が潜んでいるかわからない。単独犯とも限らない。国立は神経を研ぎ澄ましながら、見えているものだけを見て話している女に問いかける。

「届かせる方法があったら?」

「物理的に無理です」

「可能にできる方法があったら?」

「そんな方法があるんですか?」

「れを、調べんだろ?」

 真相にたどり着かなければ、次もまた人が死ぬかもしれないのだ。女は反論する言葉をなくし、自分の足元でうずくまっている夫を心配そうに見つめた。

「…………」

 細い首元に異変を見つけて、数々の事件を解決してきた心霊刑事は、嫌な予感を覚えた。


「そのアザも落ちた時についたのか? 首にずいぶんついてんな。お化けさんに、首でも締められたみてぇだ」


 転落してできたアザかと思ったが、女は隠すように手をそこへ当てた。

「……こちらは違います」

 国立は思い浮かべる。聖霊寮の応接セットにやって来ては、高貴な花を咲かせてゆく、あの中性的な男の性格が几帳面であり、重箱の隅をつつくように、事細かに追求して来ることを。

最悪バッドな時にゃ、崇剛に情報渡さなきゃならねぇからよ。やっこさん、日付から秒数まで要求して来るからよ)

 あの男と来たら、ルールはルールだと言って引かないのだ。ミニシガリロの青白い煙を大きく吐き出して、

「それ、いつからだ?」

 女は少しだけ考えた。今は四月の半ばに差し掛かろうとしている。記憶はずいぶん曖昧になっていたが、それでも何とか思い出して、正直に告げた。

「三月の下旬……だったと思います」

「そうか……?」

 国立はうなずいたものの、引っ掛かりを覚えた。心霊刑事はしばらく考えていたが、策略家とは違って、全てを記憶しているわけではない。結局答えにたどり着けなかった。

 最後だと言うように、国立は別れの言葉を捨て置く。

「じゃあ、連れてくぜ」

 刑事たちが動こうとすると、女の凛とした声が店に響き渡った。

「待ってください」

「あぁ?」

 心霊刑事が視線を上げると、揺るぎのない焦げ茶色の女の瞳と、国立の鋭い眼光が絡み合ったまま、がっちりと動かなくなった。

「引く気はないのですね?」

 見た目ではわからない魂の事件。この女は邪神界なのか、それとも正神界なのか。


「てめぇはどっちだ? 場合によっちゃ、てめぇもしょっぴくぜ」


 目の前で繰り広げられている修羅場の、間に立つ位置で見ていた、元は恐怖で唇を震わせていた。やがて、女が静かに口を開いた。

「どうしても、連れてゆくおつもりですか?」

「白なら、すぐ返すぜ」

 正神界なら釈放。それが聖霊寮のルールだ。

「わかりました」

 元の妻は足掻くことをやめて、さっきからずっと自分の足にしがみついている夫のそばでかがみ込み、怯え切っている彼の横顔に、真剣な眼差しをやった。


「――あなたを信じています、どのような状況になろうとも……」


 国立は親指だけをジーパンの両ポケットに突っ込み、両肘をひし形に曲げて、首だけで後ろへ振り返る。

「連れてけ」

 セピア色のアンティークな背景に、男らしく仁王立ちし、日に焼けた横顔。カウボーイハットからはみ出した、藤色の長い横髪から切り込むような、意志の強いブルーグレーの瞳。

 ガッチリとした背の高い、ウェスタンスタイルの男は、まるで映画のポスターのようにポーズを決めているようだった。部下が男のロマンみたいな風景に目を輝かせる。

「兄貴、格好いいっす!」

 場違いな感動をして、確保を逃しそうな若い男に、国立は雑な声を上げた。

「何やってんだ? パクリ損ねんだろ!」

 口の端でニヤリとし、思わず口癖が出る。

「てめぇ、ジャーマン スープレックスだ!」

「おっす!」

 兄貴の背中を拝みながら、若い男は技を受ける構えを取り、気合を入れた。心霊刑事のウェスタンブーツは、あきれたようにかちゃかちゃと鳴り、店の入り口へ振り返った。

「ジョークだ。背中向けてるてめぇにできるか! アホ」

 帽子のツバを人差し指で上げて、思いっきり滑った前振りを、兄貴自らしっかりと拾う。

「てめぇのバックをオレが取って、背中でブリッジするようにリングに沈めんだろ! 立ち位置逆だろ!」

 兄貴の背後にある、出入り口近くに若いのが真正面を向けて立っていた。再現不可能な技で、兄貴の笑いだったのにスルーしてしまった若いのは、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。

「すまないっす……」

 部下は気を取り直して片腕を大きく上げると、国立がさっき外に待機させていた男たちが、店の中へズカズカと入って来て、怯え切っている元の両脇をつかみ上げた。

「うわっ!」

 もがき続け抵抗していたが、そのまま古びた床の上を引きずられ始めた。心霊刑事とすれ違いざまに一旦止まった。

 無実を訴えかけるように拘束された犯人が、必死の形相で懇願する。

「わ、私は何もしてません!」

 骨董屋の狭い空間に、悲鳴にも似た声が響き渡った。商売が繁盛しているわけではないが、平和な日常に突如割って入った逮捕劇。

 心霊関係の事件の真相に数々と出会ってきた国立は、元のシャツの襟元をつかんで、自分へと力強く引っ張りよせる。

「ぐ、ぐふっ! く〜っ!」

 首に食い込みそうな服を、指先で必死に引きはがそうとする元。お互いの息がかかるほど、国立は顔を近づけて、ドスの効いた声で吐き捨てるように言った。

虚言そらごとはいくらでもつけんぜ」

 それが邪神界の常套手段だった。崇剛のような千里眼は持っていないが、刑事の勘がガッチリ食らいついて離さなかった。

 顔面蒼白で、息も絶え絶えだったが、元は必死に訴え続ける。

「つ、ついてません!」

「ヘッドロックすっか? 口利けねぇぐらい、顔殴ってやるぜ」

 国立は口の端でニヤリとし、シルバーリングという狂気を持つ拳を、元の顔面へ向かって大きく振りかぶって、素早く殴りかかった。

「っ!」

 元は思わず目を閉じたが、痛みも振動も何も起きなかった。不思議に思って、目を開けてみると、国立の拳が鼻先で寸止めされていた。

 心霊刑事は百九十七センチの長身を生かして、鋭い眼光を思いっきり上から目線で、容疑者に浴びせた。

「ジョークだ」

 抵抗することもすっかり忘れさせられた、元は店から簡単に引きずり出されていった。国立はずれてしまったカウボーイハットをかぶり直しながら、ひとりごちる。

「本気でボコれるわけねぇだろ。罪状が固まってねぇのによ。こんなん駆け引きだろ? お互い楽にやれるようによ。抵抗したままじゃ、てめぇも野郎どもも疲れんだろ」

 店に一人残された女の心配そうな顔に振り返ると、鋭いブルーグレーの瞳は少しだけ陰りを見せた。

「邪魔したな」

 しゃがれた国立の声だけが店に居残り、閉まった扉を女は神妙な面持ちで凝視していたが、

「うっ!」

 突然頭を押さえ、糸が切れたようにその場に座り込んでしまった。

(頭が痛い……。めまいが……)

 体の異変を感じて、今度は苦しそうに胸を押さえると、近くにあったペン立てが着物の裾に引っかかって落ちた。

(心臓がひどくドキドキする……)

 そのまま崩れ落ちるように、畳の上に横向きに倒れ込んだ。

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