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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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ダーツの軌跡/3

 夕方に見つけた葉っぱの真相は、主人でなくとも怒って当然の話だった。正直で素直な涼介は落ち込む――感情に流された。手元に視線を落として、あっさりと情報を渡してしまう。


「毒として本当に使ったことはない。ただ、お前を守ろうと思って……」


 策略家の罠はいつでも何重にも張られている。主人を思う執事の主従愛に思える場面だったが、冷酷な崇剛は機会を見逃さず、一気に涼介の懐に切り込もうとする。

(私が繰り返し見ている夢……。それでは、こちらの言葉にしましょうか。もうひとつの情報を答えてきただきます)

 崇剛の最初の目的は、スズランのことではなく、執事にある秘密がもれているかもしれないという事実を確認することだ。今まさにそれに手をかけようとしている。

 老若男女を振り向かせるほど優美に微笑み、崇剛は中性的な魅惑をひどく振りまいた。主人を守ろうとしていた執事に向かって。


「私を愛してくださっているのですか――?」


 BLの香りをぷんぷんと匂わせられて、涼介は戸惑い顔をした。

「お前また……」

 主人が自分の気持ちをごまかすためにやってきているのだと、執事は信じて疑わなかった。

 涼介は抗議したいのだ。さっき自分が言っていたではないかと。己をごまかすために嘘をつくことはいけないと。それなのに、ごまかしていると、短絡に判断している執事は、主人の瞳をまっすぐ見返した。


「だから、お前が愛してるのは――」

「神ですよ」


 涼介が言い終わる前に、崇剛はさえぎった、その先を聞きたくない――いや誰にも聞こえないようにするために。さらに言葉を重ねる。


「私は神父ですから……」


 今ここが神さえも見ていないところならば、崇剛は力なく床に崩れ落ち、悲痛で張り裂けそうな胸を押さえ、一人うずくまったかもしれない。

 夢と涼介の言葉を足し算したら、そこから導き出されることはもう、策略家の頭脳にはっきりと浮かび上がっていた。

 

 愛していると寝言もしくは、夢魘むえんで言ったという可能性が98.87%――

 それならば、次はそちらの言葉を使って、情報をさらに引き出しましょうか。

 ことは深刻なのです――。

 感情に流されている時ではないのだ。涼介の言葉の真相を早くつかまないと、取り返しのつかないことになるかもしれないのだ。その可能性が少しでもある以上、崇剛はどこまでも冷酷に、これ以上情報が漏洩しないよう最新の注意を払って、調べるしかないのだ。

 優雅に微笑んでいる主人を前にして、執事はあきれた顔をしながら、いつもの癖が思わず出た。


「この、自虐神父!」

「ありがとうございます」


 なぜかお礼を言う崇剛だった。彼が足を優雅に組み替えると、服の擦れる音が静かになった部屋に響いた。

 会話は一旦終了したような形となっていて、策略家は次の機会をうかがおうとしていたが、ひどく反省した執事が自ら口を開いた。

「致死量は知ってる。いろいろ調べてるうちに覚えたんだ」

 中心街から見上げた小高い丘に建つ、洋風の建物。それだけでも目立つのに、祓いの館とも呼ばれているベルダージュ荘。医者のいない時代に、病気が治る治らないとの噂はどうやっても広がるものだ。

「時々、冷やかしてくる客がいるだろう? そいつらを、追い払うために使おうと思ったことはある……」

 深く反省している涼介の隣で、崇剛の冷静な水色の瞳はついっと細められた。認めたならば、もうひとつの関連する事実が起きた経緯について是非知りたいところだ。

(涼介にはきちんと懺悔していただきましょう)

 主人に執事が叱られるの図が決定してしまった。そうして、もうひとつのこととは……。


 去年の五月七日、金曜日、十四時四十七分十八秒――。

 国立氏が以下のように、私に聞いてきました。

 

「毒盛りでお化けさん、ノックアウトできんのか?」


 涼介がしていたのですね。

 ですが、涼介が国立氏に話すのはおかしいです。

 ふたりが顔を合わせるのは、屋敷だけです。

 挨拶をする程度で、話しているところを見たことがありません。

 そうなると、違うルートで国立氏――すなわち、聖霊寮へ情報が渡ったという可能性が出てきます。

 今から六つ前の涼介の言葉――毒として本当に使ったことはない。

 涼介に嘘をつくという傾向はありません。

 こちらから導き出せること……。

 屋敷の誰かが情報を漏洩したという可能性が99.99%――出てきます。

 

 ここまでの思考時間、約二秒。主人としてはとても見過ごせる出来事ではなかったが、回りくどい彼はまずこうした。先の尖った氷柱で刺しような冷たい芯のある声で、崇剛はわざと言う。

「毒を使うことは到底、許される行為ではありませんよ」

「あぁ……」

 突き放すような冷たさを持った声色に、涼介は胸の前で両腕を組んで唇を噛みしめた。

 崇剛はあごに指を当てて、氷のやいばで切るような鋭く冷たい視線を涼介へ送った。流暢に話す主人らしくなく、無言のまま時が過ぎ始めた。


「…………」

(こちらで、私が怒っているように、涼介に見えるという可能性が76.45%――)


 水面下で密かに展開している罠。涼介がそれに気づくことはなかった。返事が返ってこないことを不思議に思い、思わず崇剛の顔を見ると、刺殺しそうな氷柱の視線と、涼介のベビーブルーの瞳はぶつかった。

「もしかして……」

 罠にうっかりはまって、執事は主人の特徴をすっかり忘れてまった。

「怒ってるのか?」

「えぇ」


 策略的な主人は珍しく優雅な笑みを消したままで短くうなずいた――いや嘘を平然とついた。

(いいえ、怒っていませんよ。感情を常に冷静な頭脳で押さえ込んでいる私には、怒るということは起きません)

 懺悔まで秒読みに入った執事は、正直に頭を下げた。

「すまなかった」

 すでに主人の手中に落ちていまっている執事。二度と毒を使わないように、神父は神へと導いてゆく――行き止まりへと誘い込む。

 男ふたりで同じソファーにきちんと距離を保って座っていたが、不意にそれが崩れた。崇剛は涼介へと身を静かに乗り出して、さーっと衣擦れの音が体の奥深くに刻まれるように響いた。

「私に許してほしいのですか?」

 主人は知っている、執事の勘が鋭いことを。ただ座っている状態で近づけば、逃げるのは当たり前だが、崇剛の中ではきちんと計算されていた。


 涼介は酔っています。

 ですから、いつもよりも感覚が鈍っているという可能性が78.98%――


 意識がぼうっとしている涼介は、取り繕うような表面上の会話に、とりあえず返事を返す。

「まぁ、そうだな」

 しかし、残りの21.02%が、執事の胸の奥底で警報を鳴らすのだった。

(ん、変だな? 気のせいか?)

 考えている隙に、崇剛は両手でソファーを押し込み、優雅にその上をさーっという音をまたさせて横滑りをし、標的との距離をさらに縮めた。


「それでは、私と『約束』をしていただけますか?」


 警戒心を持たれるような内容に一気に持っていった崇剛。いつもなら、執事は聞き返すだろう。しかし、罠は何重にも仕掛けられていて、策略家の中での勝算は増すばかりだった。


 私のこちらの言葉にあなたがうなずけば……。

 罠を発動させることができるという可能性が99.99%――

 私が近づくと、あなたは冷静に返答ができないという可能性99.12%――


 まるでパブロフの犬。条件反射で、涼介は崇剛から遠ざかろうと体をねじり、背筋を肘掛に沿うようにそらした。

「……や、約束?」

 一気に縮められた距離に、心臓がバクバク言い始め、なぜ近づいたのか主人に涼介は問い詰めることができなくなってしまっていた。

 追いかけるように主人も体をねじらせ、片膝をソファーの上へ乗せ、ロングブーツのもう片方の足は床に落としたまま、両手を涼介の腰の脇へ拘束するように置いた。


 私の言葉にあなたがうなずくという可能性は67.78%――

 少し低いです。

 ですから、以下の行動で可能性を高くします。


 勝利をほしがる策略家が本気で動いてきた。涼介の腰下にある黒革のソファーは、崇剛の体重をさらにかけられて、深く深く海底へ向かって沈むように押し込まれる。

 シートが斜め前へと角度を落とし、涼介が崇剛のほうへ滑り落ちそうになる。それから逃れるために、肘掛を後ろ手でしっかりつかんだ。

 じわりじわり忍び寄るBLというシチュエーションを前にして、涼介は落ち着きなく上下に見るを繰り返す、獣を思わせるように四つんばいになっている崇剛を。

(ど、どんな罠を仕掛ける気だ?)

 主人の神経質な手は涼介の腰から、頬の両脇へと一気に持っていかれた。

「っ!」

 崇剛が涼介をソファーの上で完全に押し倒している格好で動きはひとまず止まった。冷静な水色の瞳と純粋なベビーブルーの瞳は一直線に絡まり合う。

「…………」

「…………」

 ガス灯の明かりが主人と執事――男ふたりの影をまるで服を脱いでいるように、妖しげにゆらゆらと背後の壁へ映し出す。

 策略的な屋敷の主人によって人払いされた部屋。誰も来ない。この先、どんな状況になっても。


 私の言葉にあなたがうなずくという可能性は87.64%――

 さらに可能性を上げましょう。


 負けず嫌いな主人によって、冷酷非道な方法が実行される。崇剛は涼介を見下ろしたまま、顔を近づけてゆく。

 キスができそうな距離まで迫って、ようやく執事から聞き返された『約束?』に、優雅で芯のある声で酔わせるように今応えた。

「えぇ、約束です」

 主人はとうとう執事を追い詰めた。

 

 こちらで、あなたは私の望むままになるという可能性が98.79%――

 うなずかない時には、別の方法を取りましょうか。


 崇剛の束ねた紺の長い髪が肩から下へ落ち、絶妙な距離――触れるか触れないかで執事の頬にかかった。悪寒が背中にゾクゾクと走った涼介はうっかりうなずいてしまった。

「わ、わかった……!」

 順調に策が進んでいる崇剛は優雅に微笑んだ。そうして、神父らしいアイテムを使って、涼介に言うことを聞かせる条件を一気に増やした。


「それでは、旧約聖書、出エジプト記、モーセの十戒じっかいと称して、私の言うことは十個先まで必ず聞いてください。よろしいですか?」

「わ、わかった」

 主人の息がかかるほどの至近距離で、涼介の返事は投げやりになっていた。それでも、崇剛は動くこともせず、十個で涼介を懺悔させる罠を組み立てた。

 要求を飲んでしまった涼介の斜め後ろにある、部屋の片隅――バースペースへ、崇剛の冷静な視線は送られ、ひとつ目の命令が下される。

「それではまず、あちらの丸椅子をひとつこちらへ持ってきてください」

「椅子……?」

 キスされそうな位置で、未だ拘束されている涼介は拍子抜けした。それでも、ちょっとでも動けば唇が触れ合ってしまうのは、目に見えている。

 主人の髪の間から見えるものを不思議そうに眺めていたが、崇剛がやっと涼介から身を引いた。

「っ……」

 優雅に元の位置へ座り直し、乱れた髪を神経質な手で背中へ落とし、策略家は次の命令を下す。

「廊下側の壁へ椅子を置いてください」

「わかった」

 崇剛によって崩されてしまった体を起こし、涼介はソファーからさっと立ち上がった。


 執事が背を向けて歩き出した、その隙に、主人はサングリアの入ったワイングラスと、チーズスティックパイをさしてあるロングカクテルグラスを、ダガーをつかむように中指と人差し指で隣り合うようにくっつけた。


 罠という迷路を歩かされている涼介にはさっぱりで、何に使うのかわからないながらも、背の高い丸椅子に手をかけた。

「こうか?」

 男らしい大きな手で椅子を軽々と持ち上げ、廊下側の壁へアーミーブーツのかかとを鳴らしながら歩いてゆく。そこでさらに細かい命令が、崇剛から出された。

「椅子の背もたれを壁につけて、そちらへ座ってください」

「んっ!」

 涼介は椅子を床に下ろし、壁と向き合うようにそれを間にして立った。男らしく両足の内側を使って、椅子を壁際へぴったりと寄せた。


 執事の背後――死角で、崇剛はソファーからそっと立ち上がり、壁の近くにあったローチェストの上へ、サングリアのグラスとチーズスティックパイの入ったロングカクテルグラスを密かに移動する。


「はぁ……」

 懺悔させられるのは目に見ている。涼介はため息を吐きながら椅子へ座った。これで、策略的な主人よりも、正直な執事の背丈が意図的に低くなった。

 ロングブーツのかかとをエレガントに鳴らして、崇剛は涼介に近づき、半径五十センチ以内に入った。そうして、優雅に微笑みながらこんな言葉を口にする。


「私をあなたの中へ入れてもよろしいですか――?」


 わざと単語ふたつを抜かした。突然の言葉で、涼介は椅子に座ったまま、不思議そうな顔をしていたが、

「何をだ? お前を俺に……入れる? それって、お前、まさか……!」

 主人の体が、執事の中へ入る――。涼介の中で、この方程式ができ上がり、BL罠にまっしぐらだった。主人はさらに執事に追い討ちをかける。


「私自身――です」


 大人の隠語に勘違いさせられた涼介の表情は驚愕に染まった。

「おっ! お前『自身』って……それって!!」

 無防備に壁を背にして座っている執事。主人は標的を追い詰めるように素早くかがみ寄り、壁を右腕で、


 ドン!


 と強く叩いた。そのままそこに居残り、崇剛が肌身離さず持っているロザリオが胸の中で飛び跳ね、魔除けのローズマリーの香りがほとばしった。


 ラジュ天使からの情報――壁ドンです。

 いつもの言葉遣いでは、効果が出ないという可能性が98.78%――

 ですから、こうしましょう。


 お互いの髪が交わるほど顔を近づけた。冷静という名のにらみを効かせ、氷の刃で水色の瞳で標的である、ベビーブルーの瞳をのぞき込んだ。

 今まで見せたこともない真顔で、崇剛は同性の涼介に向かって、優雅だが今にも押しつぶしてしまうような非常に威圧感のある声で、こんな言葉を浴びせた。


「『お前』、まどかに毒の話した『だろう』?」


 今目の前にいる男の子供が、聖霊寮に情報を流した本人なのだ。崇剛の中で推理が精巧な頭脳に浮かんでいた。


 涼介が聖霊寮に直接話すのはおかしいです。

 評判が落ちることにつながるのは、少し考えればわかります。

 涼介はどなたにも毒は使っていない。

 こちらの時点で、屋敷関係者以外の人間はまず消えます。

 涼介は執事です。

 部下である他の使用人や召使に毒の話をするのは不自然です。

 そうなると、残りふたり。

 瑠璃は霊感がなければ、見ることも話すこともできません。

 従って、瞬しか残らないのです――


 だが、崇剛の胸の内ではかなりの違和感が生じていた。

(しかしながら、言い慣れませんね、こちらの言葉遣いは)

 紺の後れ毛が崇剛の神経質な頬に、壁ドンの衝撃で艶やかにまとわりついていた。急接近してきた主人のギャップにびっくりして、涼介は言いよどみ、視線を彷徨わせる。

「ど、どうして……?」

 執事は色々言いたいことが他にもあったが、パニック寸前で言葉にならなかった。

(俺が男のお前に、壁ドンされてるんだ! しかも、お前、言葉遣いまでおかしくなってる。今まで、そんな言葉使ったことなかっただろう!)


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