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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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神父は聖女に悪戯する

 綺麗に片付けられた食堂の奥にあるキッチンでは、生クリームを泡立てるシャカシャカという音が鳴り響いていた。


 生霊が訪問した時よりも、南の高い位置に移動したハーフムーンの月明かりが、線の細い崇剛の影を屋敷の玄関へと続く石畳に落としていた。

 千里眼の持ち主には、その隣に百二十センチほどの背丈がある聖女の影も短く伸びていた。

 瑠璃色の貴族服はミッドナイトブルーへと変わり、巫女服ドレスの朱が沈み、白に灰色が混ざり込んだようだった。


 三十二歳の男。

 と、

 八歳の少女。


 住む世界は違い、存在する法則も異なるのに、時空を共有する不思議でありながら親密な関係だった。

 崇剛の冷静な頭脳を使い、夕方起きた生霊という訪問客に関する全ての情報を順番を間違えずに、審神者をする聖女に話し終えたところで、どこか遠く別の次元を見ていた若草色の瞳を持つ少女の小さな口がふと動いた。

「全て……あっておる」

 聖女は思う。千里眼の力とは素晴らしい力だと。

「そうですか」

 肌寒い夜風に長い髪をなびかせ、崇剛はただ相づちを打った。そうして、自身のうちに革命が起こったような変化をもたらした。


 先ほど起きたこと見たもの全ては、以下のように変わる。

 不確定であるという可能性から、事実であるという可能性になり、そちらの可能性が99.99%――になった。


 落ちてしまった後れ毛を神経質な指先で耳にかけ、見極めることが難しいことを、神父は聖女へ問いかけた。

「邪神界、正神界、どちらなのでしょう?」

 雲が走る夜空に浮かぶ月のように、始まりはいつもハーフ。どちらにも属していないは者はいない。

 もともと世界は普通で、あとから邪神界ができて、そこへ行ったのか行かないのかの話なのだから。

 小さな腕を組んで、霊視を続けていた瑠璃の、漆黒の長い髪と巫女服の扇子のような袖は、時折丘を登って吹いてくる風に揺れていたが、彼女はやがてため息をもらした。

「んー……わからぬ。何かが邪魔しておって、読めぬ」

 崇剛の冷静な水色の瞳はついっと細められた。聖女の言葉の続きを待つ、思い浮かべれば彼女には伝わってしまう。だからこそ、心を空っぽにして、たったひとつ伝えていないことを待った。

 しかし、聖女の幼いが百年の重みを感じさせる声は聞こえてこなかった。不自然にならない程度で、崇剛は話を続ける。


(おかしい――。今まで、邪神界と正神界の違いを、瑠璃さんが判断できなかったことはなかった)


 瑠璃の西洋ドレスのような巫女服のスカートが、石畳の上でそよそよと揺れ動く。

「最近はわからぬことばかりじゃ。いつも同じ感じでの」

 駆け引きなど必要のないこの場では、情報収集は基本形でいいのだ。崇剛の優雅な声が質問を、瑠璃にしばらく投げかけ続ける。

「そちらはいつからですか?」

「そうじゃな……? 三、四週間前からであったかの? それくらいじゃった気がする」

「何か、いつもと違ったことはありませんでしたか?」

 全てを記憶している崇剛の脳裏には、すぐさま日付が浮かんだ。


 三月二十一日、月曜日から四月三日、日曜日――。


 対する聖女の記憶力は普通並で、印象的な出来事を思い返してみた。

「んー……? お、あったわ」

「どのようなことですか?」

 事件はいつだって、意外なところにパズルピースは転がっているかもしれないのだ。崇剛が記憶しようする前で、瑠璃は首を傾げる。

「涼介が、お主の飲むサ、サ……? 横文字は弱くての」

 百年の重みが一気になくなって、純粋な少女となった聖女。彼女の前で、神父の冷静な水色の瞳は淡い色を持って揺れた。

「サングリアですか?」

 素敵な人だと崇剛は思った。自身では決して真似のできないことを、当たり前のようにしてくる八歳の少女が。

 瑠璃は小さな人差し指を扇子のような袖口をともなって、崇剛へ勢いよく突きつけた。

「それじゃ! その用意が遅れおったと、ぼやいてた時じゃ。香りがつかないなどと、ごちゃごちゃ申しておったわ」

 食堂からもれる明かりに、くりっとした若草色の瞳は向けられたが、新しいプリン作りで忙しいコックの姿を見ることはできなかった。

「そうですか」

 崇剛は間を置くための言葉を使って、すぐさま冷静な思考回路を展開した。


 先ほどの日付で該当するのは――

 三月二十五日、金曜日であるという可能性が一番高い。

 なぜなら、そちらの日、涼介は以下のように私に言いました。


「輸送の馬車が事故に遭って、夕方までないんだ――」


 はるか下のほうにあるまばらな街明かりを、水色の瞳に映して、月明かりを頬で受け止める。


 ひとつ目の映像――大通りでの衝突音。

 事故であるという可能性が76.45%――

 二つのことが関係しているという可能性は98.99%――

 そうですね……?


 おどけた感じでいつも話してくる金髪天使を思い出してみた。

 策略家神父VS策略家天使。

 勝ちたい崇剛と負けたいラジュ。思考回路は一緒なのに、選ぶものは真逆なふたりだった。

 言動全てが失敗することを選んでいることを考慮すると、あの高貴な存在から情報を得るのは非常に難しいと、崇剛は判断していた。しかし、

「ラジュ天使は何かおっしゃっていましたか?」

「何も申しておらん。聞いたが答えんかったわ」

「そうですか」

 軽く曲げた指をあごに添えたまま、崇剛のロングブーツは夜風に靴音を少しだけにじませた。情報を並べてゆく。


 瑠璃さんが霊視できない原因。

 大通りの衝撃音。

 ラジュ天使は何も言っていない。

 最後の事実から導き出せること、そちらは……。

 ラジュ天使は今起きていることをきちんと把握しているという可能性が78.65%――

 こちらから導き出せる可能性は以下の三つ。

 ラジュ天使が策を張っている。

 私たちの魂の成長のため、ラジュ天使はわざとおっしゃらない。

 別の何かがある――。


 しかし、崇剛のデジタルな頭脳はさらに稼働するが、今導き出した数値が全てひっくり返されるような内容が、月を雲が隠すように真っ暗にしてゆく。

 その時だった、聖女の憤慨した声が聞こえてきたのは。

「他にも、除霊の札を二百作れと申しておったわ!」

 お陰で夕食に間に合わず、遅刻をして、屋敷の人間に心配をかけるという事件が起きてしまった。しかも、目を覚ましたら、ちゃっかりいなくなっていたのである、あの腹黒天使は。

「我を気絶へと陥れおって、ラジュめ!」

「そうですか」

 強風がにわかに吹き荒れ、崇剛の長い髪が怪しくなびき、貴族服の上着も翻され、聖なるダガーが何かと対峙するように顔をのぞかせた。


 去年の八月十五日、土曜日――。

 そちらの日付が、今までで一番お札の数が多い時でした。

 ですが、四十枚です。

 二百……は数が多すぎます。

 そうなると、先ほどのことを含め、四つの事実から以下の可能性が99.99%で出てきます。

 非常に大きなことが起きている――。

 残りの0.01%は別の何かが起きているです。


 幼いのに百年の重みを感じさせる瑠璃の声が、考え中の神父の耳は割って入った。

「お主、気を抜かんほうがよいぞ」

「えぇ、そうですね」

 メシアという特殊能力を持っている以上、狙われるのは必須だった。くりっとした若草色の瞳と冷静な水色の瞳が、夜という艶かしさを感じさせるものを通して真摯に交わる。

 ハーフムーンの青白い明かりと、草木をさらさらと揺らす風音がまるで嵐の前のような静けさを物語っていた。

 神父と聖女は数々の心霊事件を記憶で駆け抜けてゆき、しばらく同じ薄闇を共有しいたが、崇剛は街明かりを望む形で目をそっと閉じる。


(私もいけませんね。あなたを困らせることが好きだなんて……)


 さっと開けられた瞳には、悪戯という光が宿っていた。いつもの癖で、ポケットから懐中時計を取り出した。

 明かりがなく、針がどの位置にあるのか肉眼では見づらかったが、千里眼の持ち主には関係なかった。

 しかし、針の場所を見るのではなく、彼の脳裏に浮かび上がってくる。

 八、四、五、七……。

 四桁の数字が前から、風で吹かれたシーツでも顔にかぶるように迫ってきた。今までの経験値を生かして変換する。


 二十時四分五十七秒――もしくは、二十時四十五分七秒――

 そうですね……?


 過ぎゆく時間。懐中時計を千里眼という特殊な視力でもう一度感じると、別の数字が羅列していた。


 八、五、ゼロ、二……過ぎた時間の感覚。

 こちらから判断すると、二十時五分二秒ですね。


 何かをあとでするために時刻を確認したところで、崇剛は懐中時計をポケットにしまった。冷静な水色の瞳の端で、巫女服ドレスを着た少女を捉える。


 ラジュ天使があなたにあちらのことをおっしゃったという可能性75.56%――

 こちらで、確かめてみましょうか?


 策略家の異名を持つ神父は何気ないふりで、聖女に罠を放った。

「瑠璃さん、今日はラジュ天使にあちらのことは言われませんでしたか?」

 瑠璃の表情はみるみる怒りで歪んでゆき、

「言われたわ! お主の言葉で今思い出したわ!」

 聖女は石畳の上で地団駄踏んだ。自分の思惑通り怒り出した少女を前にして、三十二歳の崇剛はくすくす笑う。

「何とおっしゃったのですか?」

「『壁ドン』とか申しておったわ!」

「…………」

 あんなに流暢に話していた崇剛から返事は返ってこなかった。瑠璃は隣に立っている男を見上げ、不思議そうな顔をする。

「壁ドンとは何じゃ?」

 百八年前に生まれ、屋敷にずっといる聖女には今時の言葉は通じなかった。崇剛は瞬発力バッチリですと言わんばかりに、神経質な手の甲を中性的な唇に当てて、くすくす笑い出した。

「…………」

 肩を小刻みに上下させながら、とうとう何も言えなくなって、彼なりの大爆笑を始めた。月影を浴びて石畳に映し出された崇剛の影は悶え苦しむ。

 彼の笑いのツボはここだった――。


 ラジュ天使の身長は二百十センチです。

 瑠璃は百二十一センチです。

 身長差が七十九センチあります。

 どのようにして、壁ドンするおつもりだったのでしょう?

 届かない、効果がないという可能性96.45%――

 ラジュ天使がかがみ込まれるのでしょうか?


 天使の腰までも背丈がない聖女。その状態での壁ドン。あまりにもおかしな光景だった。ひとしきり笑ったところで、崇剛はあごに手を当て優雅に微笑む。

(そうですね……?)

 冷静な頭脳に膨大なデータが土砂降りの雨のようにザーッと流れ、必要なものをピックアップしてゆく。そうして、屋敷へスマートに振り返り、水色の瞳はついっと細めた。


(こちらの方法は、涼介の懺悔に使えるという可能性があります。スズランの件がありますからね。いつ、どのように罠を発動させましょうか? そうですね……?)


 生霊の訪問時間で考え損ねていたことを、デジタルに今からスムーズに再開した。

(ダーツの約束をしていましたからね。そちらに組み込みましょうか?)

 危険な夜。大人のゲームが始まる予感が漂い出ていた。ベルダージュ荘の廊下の窓からもれるオレンジ色のガス灯の下で――

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