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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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主人と執事の大人関係/2

 ひと段落というように、いつもと違って、崇剛は真剣な眼差しになった。

「それでは、いただきましょうか?」

「は〜い!」

 瞬が元気よく返事をすると、瑠璃が霊界ですうっと姿を現した。

「あ、るりちゃん!」

 幽霊と話し始めた息子を前にしながら、それぞれのグラスに涼介の手で水が注がれた。

「きょう、ぼくね?」

 ビールを一口飲んだ執事は主人をそっとうかがう。冷静な水色の瞳はまぶたの裏に隠され、瑠璃色の貴族服に包まれた両肘はテーブルで立てられ、神経質な手はあごの前で組まれていた。

(主よ、こちらの食事を祝福してください。体の糧が心の糧となるように。今日、食べ物にこと欠く人にも必要な助けを与えてください)

 屋敷の主人が祈りを終えると、慣れた感じで給仕係の初老の男が、フルボディーの赤ワインの海に浮かぶ、様々な柑橘類が入ったデキャンタを手に取った。崇剛のワイングラスが美しいルビー色に染まる。

「ありがとうございます」

 優雅な声が食卓に舞うと、給仕係の男は一礼して壁際へすっと寄った。過度の飲酒をしない神父はワインの足を指でつまみ、清々しい香りを吸い込む。

(柑橘系の果物と赤ワインには、癒しの効果がありますからね)

 執事のお陰で、毎日飲めているサングリアを少しだけ口に含み、晩餐を楽しむ。


「ぼく、さっきだれかをみたの」


 サラダをフォークに刺していた涼介は何気ない振りで、給仕係の男――ここから同志になる人間をチラッと見た。

 次の会話のターンは崇剛だった。


「玄関へと続く石畳のところです」


 微妙に成り立っているような会話だったが、千里眼の持ち主と子供には、瑠璃の声が間に入っていた。

「――どこでじゃ?」

 こうして、崇剛と瞬だけの声が、ひとつ会話が抜けたまま、執事と使用人に聞こえ始めた。

「いつじゃ?」

 霊界での食べ物を食べていた瑠璃だったが、一口で終わりにして、デザートのプリンに手を伸ばした。

「美味じゃ! 生きててよかったわ」

 幽霊の少女は顔を上気させて、大喜びする。もう死んでしまっている聖女の斜め前で、崇剛は神経質な性格で答えた。

「十七時十六分三十五秒過ぎです」

 瞬を助けることに集中していた崇剛は、珍しく正確な時刻がつかめていなかった。プリンの乗っていたデザートスプーンは、瑠璃の小さな口の前で止まる。

「我が眠っておる間か?」

 崇剛と瞬の言葉が重なった。

「そうです」

「そう」

 聖女はプリンを口へ入れて、肩肘で頬杖をつく。

「それは普通の霊ではないかもしれんの。本来なら我が起きるはずじゃ」

 崇剛がにらんだ通り、幽霊ではないようだった。しばしの沈黙が食堂に広がる。

 霊感がまったくない蚊帳の外状態の、涼介はイライラしながらポタージュスープを乱暴にかき回した。

「誰か俺にもわかるように通訳してくれ。そこで三人だけで話すな」

「パパもみえたらいいのにね。るりちゃん、とってもかわいいんだよ」

 瞬は純真な瞳でとても幸せそうに微笑んだ。父のスプーンはピタリと止まり、一瞬だけ崇剛を見た。

「…………」


 純粋という名の残酷なのか。

 それとも、違うのか。


 何とも言えない気持ちになって、ビールをグイッと煽った執事だったが、主人がその視線を見逃すはずもなかった。午後の寝室で言われた涼介の言葉が鮮明に浮かぶ。

「――俺がお前のこと知らないわけないだろう?」

 ポーカフェイスで優雅に微笑みながら、崇剛は水の入ったワイングラスを傾けた。涼介は真正面に座る瞬に身を乗り出して、少しふざけたように言う。

「息子が幽霊に恋心を抱くとは……。パパは心配だ」

 会話とは違う気持ちが、執事の中にチクチクと針を刺すように広がる。

(千里眼のメシアか……。人よりも見えるものが多いと、それだけ傷つくこともあるんだろうな)

 複雑な大人ふたりに囲まれている瞬は、無邪気に微笑んで、今度は崇剛に顔を向けた。

「せんせい、こころをたいせつにするだよね?」

「えぇ、そうですよ」

 和やかな雰囲気から――崇剛に背を向けるように、涼介は肩肘をテーブルへ着いたまま、寂しそうな表情を鏡のように映り込む窓へ向けた。

(どうして、お前、そこで平気で微笑めるんだ? 最近まで俺だって気づかなかった。お前の中にそんな気持ちがあるなんてな)

 崇剛はナイフとフォークを上品に使いこなしながら、いつもと違う行動をとっている執事をそ知らぬ振りでうかがい続ける。


 涼介は何か考えているように見える。

 私に視線を向けたのは、先ほどので二回目。

 そうなると、私が無意識の時に、彼が情報を手に入れたという可能性が85.89%――から上がり、96.89%――


 水面下で男ふたりの駆け引きがされているようだったが、ブランデーで香り付けした大好物のプリンを食べながら、幽霊の瑠璃は若草色の瞳をついっと細めた。

(お主たちの心の声は霊の我には丸聞こえじゃ。ふたりして何をしとるのじゃ? 崇剛が具体的に思い浮かべぬということは、知られたくないのであろう。ならば、我は知らぬ振りをするまでじゃ)

 大人の駆け引きとは無縁の瞬は、今日の収穫物を得意げに口にした。

「るりちゃん、あと、イチゴもあるよ」

「誠かっ!?」

 聖女は目を大きく見開き、思案する。

(イチゴとプリン? 何か間に入れがほうが美味になる気がするの?)

 まるで以心伝心というように、瞬は瑠璃の心に手を差し伸べた。

「なまクリームといっしょがおいしいよ」

 息子の声しか聞こえていなかったが、勘の優れている涼介は幽霊の少女の食事の仕方にピンときた。

「瑠璃様、まさかプリンだけしか食べてないんじゃないだろうな? その話の内容からして、そんな気がするぞ」

「パパ、せいかい!」

 息子のフォークを持つ手が元気よく上げられると、コックはガックリと肩を下ろした。

「頼むから、主食を食べてくれ〜! デザートを先に食べるな」

 涼介の斜め前の席で、瑠璃が口の端にプリンのクズをつけたまま、次々とスプーンを口へ運んでいる姿があった。

 完食したスプーンをカランと小さな器へ置き、瑠璃はナプキンで口元をぬぐいながら、


「涼介、瞬の申したものを我に作るがよい」


 聞こえていないはずなのに、絶妙なタイミングでコックは答えた。


「ホイップクリームは作ってやる。ビーフストロガノフを作った時のやつが残ってるからな」

「我はこのあと、ちと用があるのでな。少々あとにしてくれんかの?」

「食べ終わったあと、皿まで洗ってからだからな。少し遅くなるが……」

「構わぬ」


 ふたりの会話がきちんと成り立っているのを聞いていた、崇剛はくすくす笑い出した。

(おかしな人たちですね、あなたたちは。なぜ、意味が通じているのでしょう?)

 小さな通訳が、瑠璃と涼介の会話を綺麗にしめくくった。

「パパ、それでいいって」

 しばらく、食器の音と、瞬が話す声が食卓に響き、崇剛が相づちを打ったりが続いていた。

 霊感がない涼介はちぎったパンをスープへ浸すと、途切れた会話にさりげなく入った。息子には聞こえないよう小さな声で聞く。

「今日は何を見たんだ?」

 食の細い主人の皿はあまり手がつけられておらず、デキャンタのワインだけが量を減らしていた。

「今のところは何とも言えませんね」

「千里眼を持ってるお前でも見えなかったのか?」

「いいえ、見えましたよ」

「じゃあ、どうして言わない――」

 崇剛はゆっくりを首を横へ振り、涼介の言葉をさえぎった。

「事実でない以上、話すことはできません。嘘になる可能性があります。あなたが悲しむかもしれません。ですから、あなたに伝えることは――」

「瞬が関わってるのなら、親である俺が知っておく必要はあると思うが、違うか?」

 対する執事も真剣な眼差しで、瑠璃と楽しそうに話している息子とちらっと見た。

「そうなんだ。るりちゃんもいっしょだね」

 無邪気に微笑む子供の前で、父と聖霊師は一直線に視線を交わらせた。真摯なベビーブルーの瞳と冷静な水色のそれ。

 息子への愛。それは、デジタルな頭脳を持つ聖霊師にとっては感情。だからこそ、紺の後れ毛を横へ揺らして、鮮やかなまでに切り捨てた。

「私一人だけの判断であって、審神者をまだしていません。ですから、教えられません」

「サニワ?」

 聞き慣れない言葉が出てきて、涼介は不思議そうに聞き返した。千里眼を持つ聖霊師として、学んできた崇剛は、「えぇ」と短くうなずいて、


「大きく分けて、二通りの効果があります。ひとつは霊界は心の世界です。時間軸が簡単にずれてしまいます。そうですね……?」


 崇剛はワイングラスをくるくる回すと、サングリアが赤い波を描いた。


「例えば、朝食のことを今思い浮かべたとしましょう」

「あぁ」

「こちらの時点で心はすでに朝食の時間――過去へと戻っています。そのようなことが簡単に起きるのです。ですから、見えているものが現時点のものであるのか、過去のものであるのか判断する、審神者という作業が必要となります。こちらをしないと、すでに除霊されている悪霊などがいるように見えてしまい、間違いを引き起こす可能性が高くなってしまいます」


 涼介はフォークで刺していたロールキャベツを口へ運んだ。

「もうひとつは?」

 闇色が広がる庭へ、冷静な水色の瞳は真っ直ぐ向けられた。


「邪神界の者が邪魔をし、事実を歪めたり、偽の情報――幻を現世のものに見せたり、感じさせたりします」

「例えばどんなふうにだ?」

「同じ方が何度も現れ、違うことを毎回言われるということがありました。他人になりすますことも、邪神界は簡単にしてきます。そちらのことが原因で、私も何度か危険な目に遭っています」

「見分ける方法は?」

「ですから、真意を見極めるためにも、霊層の高い霊である瑠璃さんの審神者が必要なのです」

「そうなんだな」

 霊感のある息子が見ている世界は決して安全――いやとても危険なところだった。瑠璃と楽しそうに話しているのを視界の端で捉えながら、涼介は考える。

(俺が思ってる以上に危険なんだな。それでも、俺はこいつを守ってやりたい。もう失いたくない。だから――)

 胸が張り裂けそうな痛みに思わず目をつむったが、父性のもとに涼介は口を開いた。


「それでも、教えてくれ」


 この男が執事となったあの日が、全てを覚えている崇剛の脳裏に蘇ると、断ることはもうできなかった。


「あなたには知る権利がありましたね」


 うれいを帯びた声で言うと、悪霊と戦い続けてきた聖霊師はそっと目と閉じ、さっとまぶたを開けると、涼介をじっと見つめた。

「それでは、決めつけないと言う約束のもとで聞いてください。予測と事実が大幅にはずれた時、対応するのが遅れます。すなわち、負ける――死ぬという可能性が高くなってしまいます。よろしいですか?」

「わかった」

 涼介が慎重にうなずき返すと、崇剛は静かに語り出した。

「白着物を着た女の霊体が玄関前の石畳へ来ました。時刻は十七時十六分三十五秒過ぎです」

「幽霊か?」

 普通の人の見解が飛んできたが、聖霊師はゆっくりと首を横に振った。

「違うという可能性があります」

 そう言いながらも、崇剛の頭脳は小数点以下二桁の計算をきっちりとする。


 幽霊であるという可能性は11.02%――


「じゃあ、何だ? あっちの世界って、幽霊以外にいるのか?」

 主人が手を動かすと、ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンに、ろうそくの明かりがキラキラと揺らめいた。

「生霊であるという可能性があります」

 崇剛の中で引き算をすると、


 こちらの可能性が89.98%――


 涼介にとってはまた知らない単語で、不思議そうな顔をする。

「生霊って何だ? 幽霊とどこがどう違うんだ?」

 隙間風にろうそくの炎が消え去るように強く揺れる。和やかな雰囲気に霊という見えない恐怖がじんわりと忍び寄る。


「生きている人の念――想いがその人の姿形を取って、別の場所へ飛ぶことを指します。念が弱いと体の一部分。例えば頭部だけしか見えないことなどがあります。ですが、全身が見えていました。非常に強い想いがそちらにあるという可能性がとても高いです。今日見た女の生き霊は非常に珍しいです」


 二年前の忘れることができない、いや忘れてはいけない式を涼介は思い出した。

「白い着物……死装束。死ぬ間際ってことか? それを着てるってことは、そういうことだろう?」

 崇剛とは違って、直感を受け付けやすい涼介は、理論的に物事を捉えるsことが不得意で、感覚で考えてしまう。そうして、最初の約束からはずれて決めつけ始めた。

 冷静な頭脳は今も健在で、主人は慎重に言葉を紡ぐ。

「そちらの可能性『も』あります」

「他は?」

 涼介は身を乗り出した。崇剛はテーブルの上で両手を軽く組んで視線を変えずに、ひとつひとつ丁寧に伝えてゆく。

「こちらのような話はよくあります。病気か何かで肉体が衰弱していて、動けないということも考えられます。その後、回復して通常の生活に戻るということもあります」

 つまりは、死ぬ間際ではないかもしれない。不確定要素なのに、涼介は今までの話だけで、とうとうきっちり断定してしまった。

「じゃあ、関係してるのはその女一人だけってことか?」

「そうとは言い切れません」

「どうしてだ?」

「涼介には情報がまだ足りないみたいです」

 斜め横にかけてある川面かわもの油絵を、崇剛は薄闇の中でじっと見つめた。

「三つの場面を見たのです。子供が見るには少々辛いことだったと思いますよ」

 料理を食べては、誰もいない場所へ向かって話す瞬を、涼介は心配そうにそっと見つめた。

「三つの場面は何を指してるんだ?」

「ひとつ目は大きな大通りでの衝突音。二つ目は夜に断末魔が聞こえ、血の匂いがした。三つ目は落下したです」

「ずいぶん断片的だな」

「えぇ。ひとつ目は事故。二つ目は殺された。三つ目は転落。という可能性が、今のところそれぞれ一番高いです」

 壁がけのガス灯のあたりで、涼介は視線を彷徨わせる。

「どれがどうつながってるんだ? 全部、バラバラに思えるが……」

「ひとつ目と三つ目は今世、二つ目は過去世の記憶という可能性があります。二つ目以外は今のところ可能性が低く、断定するのは非常に危険です」

 そういう崇剛の脳裏には、美しい数列が並んでいた。


 ひとつ目が46.78%――

 二つ目が78.87%――

 三つ目が45.46%――


 ルッコラの青味を口の中で味わい、涼介は霊界初心者らしい疑問を投げかけた。

「過去世って、前世のことか?」

 数多の心霊現象に出会ってきた聖霊師は、紺の長い髪を横へゆっくり揺らした。

「そちらの言い方は正確には違います。前世とは、ひとつ前の人生のことだけを指し、過去世は今までの人生全てを指します。残念ながら、過去世であることはわかりますが、前世かどうかまではわかりません。輪廻転生を見るには、時間と霊力が少々かかります」

「そうか……」

 涼介はビールを一口飲み、椅子の背もたれにどさっと背中を預けた。物思いにふける。いくつもの人生という鎖はどれほど長くて、他にどんな人がどう関わってきたのか考え始めると、森羅万象という宇宙の中に放り出された気がした。

 ハの字に置かれたナイフとフォークを舐めるような、ガス灯の明かりが映り込む。サングリアのルビー色が中性的な唇から体の中へ落ちてゆく。

「それから、こちらは私の千里眼での感覚でしかありませんので、憶測でしかありあませんが、ひとつ目は本人が直接関わっていないという可能性があるかもしれません」


 長年の勘――。何がどうとうまく説明はできないが、ふたつのパズルピースを合わせようとするが、噛み合わないのではなく、次元が違う場所ですれ違う。そんな感じだった。ただ宇宙は同じなのだ――関係があると匂わせる。

「三つ目は複数の悲鳴が聞こえてきています。従って、同じ目に遭った人が他にもいるという可能性が出てきます」

「邪神界に殺されたってことか? 悲鳴がして何人も落ちったってことか、そういうことだろう?」

 崇剛が涼介に身を乗り出すと、シルクのブラウの中に隠してあるロザリオがまるで忠告するようにテーブルにぶつかり、ゴトンと濁った音を立てた。

「先ほど約束しましたよ、断定しないと。こちらは仮定を基にしての話です。事実がほとんど入っていません。ですから、決めつけるのは非常に危険です」

 瞬が体感した三番目の場面――落下速度がリアルに崇剛の体を襲うが、聖霊師の懸念はそれだけに止まらなかった。

(今回の件に関しては、多数の思惑が交差しているという可能性がある――)

 涼介ははっとして、ぬるくなってしまったビールを一気飲みした。

「そうだったな……」

 崇剛の線の細い貴族服は背もたれにもたれかかり、ロングブーツの足は優雅に組まれて、両腕は椅子の肘掛にもたれかけさせられた。

 それは何気ない仕草だったが、勘の鋭い執事は待ったをかけた。

「お前、今、話終わらせようとしただろう?」

 冷静な水色の瞳と真剣なベビーブルーの瞳は絡み合ったまま、ふたりきりで意見をぶつけ合いをする。


「世の中には知らなくてよいこともあるのです」

「敵を知っておかなかったら守れないだろう」

「あなたが悲しむという可能性が高くなりますよ」

「それでもいいから……」

「仕方がありませんね」


 千里眼の持ち主はどれだけ世界が歪んでいて、腐り切っているのかの説明を霊的な見地からし始めた。

「邪神界にも霊層というものは存在します。そちらは地位と名誉と力です。そちらを手に入れるためならば、どのようなことでもしてきます。邪神界では他人を不幸にすることで霊層が上がるのです」

 涼介は理解しようと自分の中に招き入れようとしたが、水と油みたいに交わらず、異物でどうにもピンとこない話だった。

 過去の事件ファイルから、崇剛は具体例を持ち出した。


「小さな子供が親族一同をなくし、悲しみに暮れて、他の人から同情されて熱い待遇を受ける」


 ここまでなら、お涙頂戴のいい話だが、聖霊師が見ているものは人と違っていたのだった。


「ですが、本質はそちらの子供が邪神界の上のランクで強力な力があり、人々から注目されたいがために、親族一同を他の邪神界の者を使って殺したのです」


 いつも穏やかな執事だったが、ふと怒りに駆られて、唇を強くかみしめた。


(人を殺してまで……自分のことが大切か! だから、だから……!!)


 悔しくて悔しくて、涼介は熱くなった目頭に手のひらを当てた。

「――それでね、るりちゃん」

 瞬の話し声がふと耳に入り、

(ダメだ、ここで……)

 涼介は椅子をガタガタと後ろへ押し出し、すっと立ち上がり、途切れ途切れて言った。


「ビール……取ってくる」

(泣いてから戻ってくる)


 崇剛は、「えぇ」と短くうなずき、涼介の大きな背中がキッチンへと消えてゆくのを見送る。


(やはり、あなたが悲しんでしまいましたね。今でも、涼介は彼女のことを愛しているのですね)


 乙葉 涼介が執事ではまだなく、患者だった頃のことを、崇剛は鮮明に思い出すと、同じ立場に立てないながらも、心が悲しみで震えるのだった。

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