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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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Time of repentance/1

 青いステンドグラスに囲まれた、海の底にいるような聖堂へ、黒い神父服を着て、銀のロザリオを首から下げた人物が厳粛に入ってきた。小脇に聖書を抱えて。


 Time of repentance――懺悔の時。


 線の細い体で、歩き方は気品漂うもの。いつもリボンで縛られているその人の髪は、今は背中に全て流されていた。

 神経質な顔立ちをより一層際立たせる、銀の細い縁でできたメガネをかけ、眉間に指先を置いて、それを上へ引き上げる。冷静な水色の瞳はいつにも増してクールで、中央の身廊にたどり着くと、四十五度向きを変え、祭壇を真正面にして立った。

 神の畏敬を感じ、静かに目を閉じて呼吸を整え、気持ちをしずめる。事件を解決した時、屋敷にある聖堂へ、正装――神父服を着て、崇剛は必ず訪れるのだ。

 神の御前おまえ――気を引き締めて瞳を開けると同時に、背後からマダラ模様の声がかけられた。

「何、懺悔?」

「えぇ」

 崇剛が振り返ると、そこには、裸足で身廊の青い絨毯を歩いてくる、ナール天使がいた。猫のようなしなやかな足運び。

「いいよ、聞くよ?」

 冷静な水色の瞳はついっと細められ、崇剛の精巧な頭脳の中で少しだけ時が巻き戻った――


 ――聖堂を目指して、静々と歩く廊下の壁に、自身の足音がカツンカツンとこだまする。冷水で体を清め、黒い神父服に身を包んだ崇剛は、謎のベールをかぶったままの人物を思い浮かべていた。

 一度見たら一生忘れられない赤い目を持つ天使――ナールについて、情報を整理し始める。

 

 ナールが天使であると――仮説を立て、過去を追っていきましょう。


 四月十八日、月曜日。十七時十六分三十五秒以降――

 いつの間にか――庭にある樫の木へ向かって飛び、死装束を着た恩田 千恵から、瞬を救おうと夕暮れの庭を足早に歩いた。


 あごに軽く曲げた指を当て、千里眼を使う。今回の事件にまつわるたくさんの記憶が色々と入ってきたが、最後に――


 上空でナール天使を見ました。

 ですが、瑠璃は気づきませんでした。

 守護霊が天使を見ることができない――以下の可能性が11.69%で出てきます。

 ナールは天使ではない――


 いきなり崇剛は真夜中の庭に立っていた。月明かりは雲に隠れ、闇の中で邪神界の悪霊たちが殺気立っていた。

 四月二十一日、木曜日。二時十三分五十四秒以降――

 早回しで戦闘が繰り広げられ、大鎌を持つ敵と出会い、ダガーで迎え撃つが虚しく、地面へはりつけにされたあの夜――


 意識を失う前に、ナール天使が言っていました。

「お前これで終わりね」

 その後、ラジュ天使が以下のように言っていました。

「物には限度というものがあります。魂をひとつ消滅させることは、私たち天使には許されていません」

「話している時間はありません。すぐに修復します」

 しかし、次のラジュ天使の言葉から、何かの可能性が変わったみたいでした。

「おや〜? そういうことでしたか〜?」

「こちらのままにしておきましょうか〜?」

 ラジュ天使は、こちらの時に、ナールは天使ではないと気づいた可能性が78.98%――私の中の可能性は11.69%から上がり、68.72%――


 全ての音は豪雨にいきなり消し去られてしまった。自分の居場所がわからなくなるほどの、ひどい春雷の夜。

 四月三十日、土曜日。二十時十六時二十六秒――

 雷が近くへ落ちる轟音の中で、リムジンに乗って向かった夜見よみ二丁目の交差点。邪気の影響で、霊視がうまくいかず、頼りがちだった聖女――


 私が瑠璃に問いかけて返事が返ってこなかったのは二回。

 瑠璃の様子がおかしかった。

 何かを見ているみたいでした。

 ですから、私が見えないどなたかがいる可能性が出てきた。

 瑠璃が何も対処をしない――敵ではない可能性が99.99%――

 ラジュ天使とカミエ天使は不在でした。

 ナール天使が来る可能性が一番低かった――

 しかしながら、二十二時九分二十八秒以降、瑠璃がナール天使がいたと認めました。

 守護をしていない天使が来るのはおかしい――

 邪神界の重要なことを探りに行っていました。

 大勢の敵がいた可能性が非常に高いです。

 あの場をひとりで乗り切っていたとなると、天使ではないという可能性が68.72%から上がり、89.92%――


 激しい雨音が消え失せ、崇剛は春の穏やかな空気に包まれた。アールグレーの紅茶の香りに癒され、鳥のさえずりを聞く。

 五月二日、月曜日。九時五十四分十一秒以降――

 診療室へ行こうと、屋敷を歩き出すと、ラジュ天使がやって来た。必要がないはずなのに、瑠璃は起こされて診察に同席した。

 しかし、恩田 元が改心することなく、怒って部屋から出て行ったあと――


 ラジュ天使が言った、ナール天使が神殿へ呼び出す時の言葉です。

「神様からお前に伝えたいことがあんの」

 その後、ラジュ天使が神殿へ行っても、呼び出しが間違っていた形跡はありません。

 こちらの言葉は、神様から伝言を受けた――という意味になります。

 しかしながら、ナールは天使ではないという仮説をもとに考えると、こちらの意味にもなります。

 仲間から伝言を受けた――です。

 つまり、神様とは自身のことを表している可能性が出てきます。

 ですから、天使ではないという可能性から、神であるという可能性に変わり、そちらの可能性が35.38%――

 従って、ラジュ天使から私は感想を聞かれた時、

「正直な方ですね」と言ったのです。


 崇剛の頬を吹き抜けていた風は、春からいつの間にか秋の匂いへと変わっていた。

 十月十九日、水曜日。十六時六分十二秒以降――

 涼介と瞬に密かに別れを告げて、邪神界との戦場――旧聖堂へと歩き出した、崇剛は扉の前で、白いローブを着たダルレシアンに出会ったのだった。


 ダルレシアンと話し始めてから、五番目の会話――

「ナールって天使から聞いたよ」

 その後、ダルレシアンの守護天使はラジュ天使とカミエ天使だという話を聞きました。

 ナール天使がダルレシアンに、私の詳細を話すのは不自然です。

 従って、ナール天使は神であるという可能性が35.38%から上がり――57.89%――


 戦闘開始後にナール天使の武器について話している会話のひとつです。

「大鎌って重たいし大きから、持ちっぱなしじゃ疲れちゃうじゃん? だから、いっつも神界に隠してあんの。で、手上げて引き寄せると、こうやって、持ち主の俺んとこに飛んでくんの」

 次の言葉はラジュ天使でした。

「ナールならできるかもしれませんね〜?」

 ダルレシアンのタロットカードは天国に置いてあると言っていました。

 すなわち、霊界にです。

 ナールが天使であれば、天界に隠している可能性が一番高いです。

 ですが、『神界』と言いました。

 従って、ナールは神であるという可能性が57.98%から上がり――68.75%――


 その後、ナール天使は投げていた大鎌が敵に抑えらえ、手元に戻ってこなくなりました。

 指を鳴らすと、手元へ戻ってきました。

 シズキ天使が以下のように、ナール天使に聞きました。

「貴様さっきから、何と武器を交換して取り戻している?」

 ナール天使は交換している事実を否定しませんでした。

 

 戦いの最終局面では、リダルカ シュティッツの攻撃――大きな火の玉が頭上から落ちてきました。

 指を鳴らした音がしました。

 右から左へと、遠心力のようなものを感じました。

 敵地へ火の玉が落ちてゆくのを見ました。

 通常では使えない力を使っているみたいでした。

 従って、ナールは神であるという可能性が68.75%から上がり――82.91%――


 82.00%――を超えました。

 ですから、ナール天使の力の正体を調べることにしたのです。

 関係すると思われるものが出てきました。


 四月二十九日、金曜日。十時四十三分十五秒以降――

 朝食後に、執事の不手際を叱るために罠を仕掛け、聖霊寮に拘束されていて、予約をキャンセルした恩田 元を待つために、診療室の机で読んだ本は、世界のメシアの歴史――


 変化へんげのメシア。

 二百五十二年前、花冠国。

 詳細は何も載っていませんでしたが、別の事実が出てきました。


 十月二十日、木曜日。九時十七分十九秒以降――

 デジタルに居場所は変わり、べジュダージュ荘の玄関前にある石畳に、崇剛は立っていた。執事に部屋を整えるように命令し、聖霊寮に今回の事件の結果を報告しようと、ダルレシアンと一緒にリムジンで向かう途中――

 

 ダルレシアンの前世は天都 レオンでした。

 レオンの妻が変化のメシアを保有していたと記録されています。

 ナール天使が天使であるとするならば、神からメシアを与えられた――という可能性が一番が高いのです。

 しかし、メシアは神が人間に与えたものです。

 従って、ナール天使が自ら作ったメシアである可能性が99.99%――

 すなわち、メシアは与えられたのではなく、彼自身が持っている――――


 ――そうしてようやく、崇剛は青い光のシャワーが降り注ぐ聖堂へ立っている、今へと意識が戻って来た。

 裸足で身廊に立ち、強烈な印象を放つ赤い目がじっと崇剛を見ている。崇剛は冷静な水色の瞳をついっと細めた。


 今、ナール天使がおっしゃった――

「何、懺悔?」

「いいよ、聞くよ?」

 懺悔を聞くのは天使ではなく――神です。

 従って、ナールが神であるという可能性が99.99%――

 しかしながら――


しゅよ、なぜ、天使の姿をされているのですか?」

 遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が聖堂に響き渡ると、ナールはナルシスト的に微笑んで、次の瞬間には、崇剛のすぐ前に立っていた。光る輪っかと立派な両翼をつけて。

「そのまま地上に降りてきちゃうと、それだけで惑星ごと壊れちゃうの、神様だと力が強すぎてね」

「なぜ、こちらのようなことをされてまで、地上へ降臨していらっしゃるのですか?」

 崇剛が聞き終えると同時に、ナールの姿は消え去り、あらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声が背後から聞こえてきた。

「神様って、天使までみんな守護するじゃん?」

「えぇ」

 崇剛が振り返ると、青い光が降り注ぐステンドグラスを背中にして、ナールが神の畏敬を持って、宙に浮かんでいた。人を遥かに超えた存在へのおそれが聖堂の隅々まで、全身を麻痺させるようにビリビリと広がった。

 ピンと縦に線が一本通ったような緊張感のまま、ナールは祭壇の前の身廊へと降りてきた。裸足で青い絨毯を踏むが、思わずひれ伏してしまうような威圧感があった。それなのに、紡がれる言葉は、街角でナンパをするような軽薄的なものだった。

「だからさ、同じ立場にならないと、細かいことまでわかんないじゃん? どんなことがどれくらいできるのかとか、できないとかさ。だから、天使になって地上に降りてんの」

「神の慈愛なのですね」

「そうね」


 神の力で、聖堂は一瞬にして、宇宙空間へと変わった――。遠くで彗星すいせいが尾を引いて流れてゆく。

 器用さが目立つ手で、山吹色のボブ髪が大きくかき上げられた。

「神様、マジで大変。俺さ、ダルレシアンのほう中心に守ってたんだけど、あいつ、理論的に考えてるから敵に筒抜けで、どんどん狙われちゃってさ。俺ひとりで対峙したんだけど、マジで疲れたね。メシア渡してるやつを守護する時は、体制を改善しないといけないね」

 緑色がにじむ銀河の隣で、崇剛は手の甲を中性的な唇に当てて、くすくす笑い出した。

「…………」

 そうして、肩を小刻みに震わせながら、何も言えなくなり、彼なりの大爆笑を始めた。

 ダルレシアンは事実から可能性を導き出して、シュトライツ国のクーデターを起こしていた。だが、それが本当に成功するかどうかは、邪神界が狙っている現状では、神の力がなければ思惑通りには進まないのだ。

 その神の思っていたことが今、暴露されて、崇剛は笑わずにいられなかった。

「お前、こう思ってんでしょ?」

 神の御前では、人間は心まで裸だ。

「自分がイメージしてた神様と全然違うって」

「えぇ」

 優雅にうなずいただけで、崇剛はまた笑い出した。ですます口調で話し、威厳あふれる存在が神だと信じていたが、実際はまったく違っていた。

 目の前にいる神は、白いシャツはひとつしかボタンをかけず、鎖骨が見えるくらいはだけていた。耳にピアスをして、黄色いサングラスをかけ、ペンダントもシルバーのリングもつけている、いわゆる、チャラい格好だった。

 ナールの彫りの深い顔はナルシスト的に微笑み、

「心が大切だからさ、口調が砕けててもいいよね?」

「主のおっしゃる通りです」

 神の御心みこころを前にして、崇剛は笑いの渦から戻ってきた。


 瞬きをするくらい短い間で、ナールと崇剛は晴れ渡る青空の下に浮かんでいた――。

 足元は緑の絨毯が広がり、吹いてくる風に気持ちよさそうにゆらゆらと揺れている。遠くの山々が描く美しい曲線。眩しいほどの光が妖精のようにあちこちに尾を引いて、くるくると飛び回る。

 崇剛はナールの前にひれ伏した。

「四月二十一日、木曜日。悪霊に襲われた日、私を見守っていてくださってありがとうございます」

「そうね。あれはかなり厳しい厄落としだったの」

 ナールはしゃがみ込んで、崇剛のあごに手を当て、半開きになった口に、神の力で出したマスカットを綺麗な指先で軽く押し入れた。

 口の中に転がり込んできた、冷たい塊――果実を噛み砕くと、ほどばしる汁に思わずエクスタシーの吐息を、崇剛はもらす。

 禁断の果実とは、まさしくこのことだった。地上にあるどんな果物よりも、甘美な味と香りが、体に――いや心――魂に染み込んでゆき、神父は恍惚こうこつとする。

「ダルレシアンと出会うための厄落としだったのですか?」

「そう。相手がいるからさ、時間も限られてるでしょ? だから、半年で何とかすると、ああなっちゃったんだよね」

 唇の端からこぼれ出た果汁を、神経質な指先で拭い、崇剛はナールの次の言葉をただ待った。

「それに、メシア持ってるダルレシアンがお前のそばにくれば、人生がいい方向に色々と変わるよね? 邪神界と戦うにしても、魔導師のメシアもあると全然違うじゃん?」

「えぇ」

 果実に魅了された人間の男は気がつくと、神に草原の上に押し倒されていた。重力に逆らえず落ちてくるボブ髪の間にある、ルビーのように輝く赤い目ふたつ。

「そうなると、お前の未来も全然違っちゃうじゃん?」

 淫らに流れた紺の髪は、ナールの指先で神経質な頬からそっと払われる。あまりの心地よさに、冷静な水色の瞳はまぶたに隠された。

 神とひとつになる――

「そういう大きな変化が起きる前って、死ぬほど苦しい厄落としが必要なの。今回は魂が切断されて、死ぬ寸前になる、だったの。でも、本当に死んじゃったら、意味ないじゃん? だから、ずっと見てたわけ」

 頬をなでる神の手がめまいを呼ぶように、ぐるぐると意識が回り出す。真っ逆さまに楽園へ落ちてゆくようでありながら、絶対的な安心感が、崇剛を包む。

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