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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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始まりの晩餐/3

 手についていたパンのカスを落としていた、瞬がパッと表情を明るくさせた。

「あ、そうだ! せんせいとダルレシアンおにいちゃんもいっしょにはいろう。みんなでなかよし〜♪」

 子供の無邪気な発言だったが、彰彦の脳裏に浮かんだ――男四人が一緒に風呂に入っているところが――

「そいつはやばいぜ」

 ぼそっと彰彦の独り言が食卓に舞うと、

「え……?」瞬はぽかんと口を開けた。

 いつの間にか額に手を当てて、顔が青ざめていた涼介が、

「それは大人になってからがいいな」

 ボケてんのか――。執事の妄想が暴走していたとは知らない彰彦は、ショットグラスを少し乱暴にテーブルへ置いた。涼介に喝を入れるように。

「大人になってからのほうが、もっとやべぇだろ」

 向かいの席で展開されている話についていけず、瞬は丸い目をパチパチと瞬かせていた。

 ビールを飲んだグラスの縁を、指先で拭いながら、ダルレシアンは大人の話から小さな子供を救出する。

「毎日変わりばんこに入ろうか? 瞬」

 純真無垢なベビーブルーの瞳はみるみる輝いていった。

「うん! せんせいは?」

 ずっと一緒に暮らしていて、いろいろなことを教えてくれる先生。どんな理由があるのかは知らないが、超えられない壁がある――瞬は子供ながら感じ取っていた。

 懐中時計に冷静な水色の瞳を落とすと、いつもよりも食事の時間が伸びていた。こんな賑やかな食卓は、故ラハイアット夫妻が亡くなって以来、今までなかった。

 心が温かい――。そうしてくれたひとりは、自分の返事を待っている小さな人であることは紛れもない。

 瞬は私が気づかないことを教えてくれる――。氷河期のようなクールさではなく、崇剛の優雅な微笑みは、今はどこまでも暖かな陽だまりのようだった。

「一緒に入ることができる時は入りますよ」

「やったあ!」瞬は両手で万歳した。


 食事も少しずつ減ってゆき、プリンに手をつけ始めるまで、涼介と彰彦は時々話の波に乗れずにいた。テーブルの上でまったく手がつけられていない料理を、涼介はため息まじりに見つめる。

「瑠璃様の言葉が抜けてるから、話がわからない。いつもの夕食だ」

 ひとりだけ、ポツンとはぐれてしまう。しかし、今日からは違うのだ。同じように聞こえていない彰彦は、チーズを一口かじった。

「あぶれたモン同士で話すっか」

 ジンのショットを数杯飲んでいる男を、ビールを何杯も飲んでいる男は胡散臭そうに見た。

「お前のその目、嫌な予感がする。子供にも聞かせられる話にしろ」

「いいぜ」

 彰彦は椅子の上に乗せた足を組み替え直すと、スパーがカチャッと鳴った。

「じゃあよ、仕事の話だ」

「仕事? 口外していいのか?」

 この男は刑事だ。涼介は眉をひそめた。太いシルバーリングをつけた大きな手のひらで、彰彦は涼介の腕を軽く叩く。

「ここだけの話にしとけよ」

「あぁ、わかった」

 涼介がうなずくと、ふたりはいつの間にか、食堂の賑わいからはぐれていた。


    *


 ――――ザーッと雨が外で煙る、聖霊寮の不浄な空気の中に、ふたりで立っていた。相変わらずうず高く積まれた資料に囲まれた谷間に、ひとつの事件の記録が広げられていた。

「ある日よ。外国と関係する事件の資料を見つけたんだよ」

「どこの国だ?」

「噂のシュトライツと隣接する国だ」

 心霊事件が紐解かれると――、いきなり薄暗い廊下で、彰彦と涼介は靴音を響かせて歩いていた。他に職員がいるのに、不自然なほど大きく物音が響く。

「何があったんだ?」

「学校から人がひとりずつ消えてくっつう事件が起きてるらしくてよ。出張でその学校に行ったんだ」

「出張なんてあるんだな」

 聖霊寮の廊下を歩いていたはずなのに、教室が並ぶ学校の通路をいつの間にか歩いていた。死を連想させら冷たい壁と天井に囲まれた空間。場所は変わったはずなのに、相変わらず雨の音が降り注ぐ。

「でよ、高等学校っつって、十代後半のガキが通うところなんだよ」

「ふーん」

 真っ暗な空に、青白い閃光がストロボを焚くように、ピカッとあたりを一瞬だけ昼間のように明るくした。

「行ったその日がよ、あいにくひでぇ雷雨でよ。この国みてぇにろうそくもガス灯もなくて、電気で明かりを取ってたんだ。がよ、落雷して電気はオジャン――停電して真っ暗だ」

 遠くにいたはずの雷が、まさしく光の速さで一瞬にして飛んできて、窓から見上げた校舎の屋上にあった避雷針に、青白い線を作ってバリバリと切り裂くように落ちた。

 思わず目を閉じて、再び開けると、薄暗い廊下に赤い点が浮かび上がった。まるで血のような生々しい色をして。

 涼介は急に寒気がして、両肩を腕でさする。

「学校って独特の雰囲気あるよな。それに、七不思議とかあって、思い出さなくていい時に思い出す。ちょっと怖くなってきた」

 赤い点を通り過ぎようとすると、遠くに人影がゆらゆらと浮かんだ。

「でよ、生徒がみんな同じ方向に歩いてくんだ」

「ど、どこにだ?」

 にえか処刑台でもあるのか。涼介は心臓がバクバク言い出す。

「それが暗くてよ、よくわかんねぇんだよな」

 自分たちの足音に別の音が、カツンカツンと人気のない学校の廊下に混じり始めた。音が反響して、どこが源なのかわからず、涼介はキョロキョロする。

 すると今度は、自分の足音だけになっていた。彰彦がいない――。ひとりきりになってしまった、怪奇現象が起きている廊下。

 冷たい汗が背中をすうっと落ちてゆく。すると、背後にふと人の気配を感じた。恐る恐る振り返るとそこには、ウェスタンスタイルの心霊刑事が立っていた。

「そのうち、センコーがやって来てよ、生徒がひとりずついなくなってるっつうんだ」

「やっぱり本当だったのか?」

 彰彦はスパーの音をさせながら近づいてきて、涼介の腕を手の甲で軽く叩いた。

「まあ、最後まで聞けよ」

 また靴音が他にした。彰彦と一緒に見ると、大人――先生がひとり廊下を横切っていった。

「オレも生徒の人数数えたんだが、マジで減ってたんだよ」

 雨でにじむ窓が余計に不安をかき立てる。雷鳴は耳をつんざくほど爆音で、時折り落雷の衝撃で地面がぐらっと揺れる。

「しかも、外からストレンジな音がするんだよな。ブーンブーンっていう低い音が」

「な、何の音だ?」

 確かに聞こえてくる。激しい雨音と雷鳴の合間に、何かが鋭く回転しているのに、鈍い音という矛盾しているものが。

「さっきから、雷はすぐ近くにバンバン落ちててよ、土砂降りで窓から外は全然見えねぇんだ」

 立ち止まっている涼介を置いて、彰彦は廊下を歩いてゆく。

「がよ、人がいなくなってんなら、目ぇそむけるわけにはいかねぇだろ?」

 不気味な音は数を増していたが、涼介は心に言い聞かせる。ただの夕立だと――。

「そうだな。それが刑事のお前の仕事だからな」

 彰彦は雨が叩きつける窓に寄って、手のひらを当ててみるが、凍りつくような冷たさが広がった。

「窓の外見たんだよ。たらよ、血みてぇに真っ赤な目が列作って並んでんだ。まるで霊柩車れいきゅうしゃみたいだったぜ」

「れ、霊柩車!? こ、怖っ!」

 涼介は落雷でも受けたように、びくっとした。危機が迫っていると、彰彦は廊下を急に走り出す。

「で、これは止めねぇとヤバイって思ってよ。ガキどもが歩いてくほうに全力で走っていってみると、そこは出口でよ」

 慌ててあとを追いかけた涼介は、靴が規則正しく並ぶ空間へやって来た。ひどい違和感を覚える。

「出口、ん?」

 雨音は直接耳に入り込み、さっきより鮮明に鋭く地面に叩きつける。外は闇ではなく、クリーム色の光で空から落ちてくる滴が描く線を照らし出していた。生徒がひとり大きな塊に飲み込まれてゆく。

「ガキどもの親が、雨に濡れねぇように、車で学校に迎えにきてたってわけだ」

「赤い目って、車のテールランプか?」

 涼介が見ている前で、生徒がまたひとり迎えの車に乗り込み、見送る視界には車のライトが暗闇に冴えていた。

「それ以外に何があんだよ?」

 彰彦は挑発的なブルーグレーの瞳を、涼介へやった――――


    *


 涼介と彰彦は現実へと戻ってきた――。ぬるくなってしまったビールのグラスから手を離して、涼介は大声を上げた。

「あっ! お前、今の話全部、作り話だろ?」

「今頃気づくなよ。話せるわけねぇだろ。守秘義務があんだからよ」

 お前まで罠を仕掛けてきて――。涼介はビールをガブガブと飲み干した。

「お前、明日の弁当、ハート型にしてやる!」

 執事攻撃を放ったが、兄貴はびくともせず、ショットグラスを傾けた。

「新婚さんの愛妻弁当にすんなよ」

 涼介は大きく伸びをして、「まあ、それは冗談だ」少しだけ微笑んだ。「他の国と関係する事件って実際にあるのか?」

 お化けに国境はないのだろう――。彰彦は放置された事件を目で追う毎日で、それをよく思い知らされる。

「あるにはあるけどよ。国内の事件整理するだけで、手一杯だな」

「そうか。お前もメシア持つようになるのかもな――」

 涼介はチーズの盛り合わせから一塊取り、口の中へ放り投げた。

 彰彦は楽しそうに話している、崇剛とダルレシアンをうかがった。執事は何か聞いているのかと思って。

「どっから、その話出てきたんだよ?」

 だが、

「何となくだ。そんな気がする」

 やはり感覚的な涼介だった。彰彦は面白そうに笑う。

「適当言いやがって」――


    *


 昼休みの喧騒に、彰彦の意識は戻ってきた。顔に乗せていたカウボーイハットを取って、ブルーグレーの瞳に秋空を映す。

「メシア……。望んだからって、もらえるもんじゃねぇだろ」

 チャイムが鳴り始めた。彰彦はさっと起き上がって、木の幹からポンと芝生の上に軽々と飛び降り、

「っと、昼休み終わりってか。戻っか」

 ジーパンのポケットに親指を引っ掛けながら、ウェスタンブーツで足早に歩き出した。弁当箱を小脇に抱えながら芝生から渡り廊下を通り、建物の中へと入った。

 平和な他の部署から離れてゆく。聖霊寮という幽霊たちの事件が集まる場所――墓場へ向とかって。次の角を曲がれば、空気は一変する――と、その時――

「ちょっと、君!」

 やけに滑舌かつぜつのよくない中年男の声が廊下に響き渡った。誰か他の人間に話しかけているのだろう。聞こえはすれど、心に届かない声。

 彰彦がそのまま前へ進もうとすると、

「国立くん!」

 自分の名前を呼ばれた。よく聞けば、聞いたことのある声だった。

「あぁ?」けだるそうに振り返る。できれば、振り返りたくない。こんなところで油を売ってる暇はないのだから。

 そこには、小柄ででっぷりと太った、どこにでもいるような個性のない中年男が立っていた。忘れもしない。二年前に聖霊寮に左遷した、かつて上司だった野郎だ。

 小さな犬がキャンキャン吠えるように、男は彰彦に向かって怒り出した。

「今朝のあれは何だね。リムジンになんか乗ってきて、私への当てつけか?」

 見当違いもはなはだしい――。彰彦は口の端でふっと笑った。

「そんなんじゃ、オレと同じリングには上がれねぇぜ」

「どういう意味だ!」

 だこみたいに、男は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。近くを歩いていた職員たちの視線が集中する。

「てめぇが世間体っつう迷路をグルグル回ってる間に、世の中変わってんだよ」

 どこまでも現実逃避している男に、彰彦は事実を突きつけてやった。

「…………」男は言葉を失い、視線をあちこちに向けて考える。

 勝者はいつも自分で、この鋭い眼光でズバズバ生意気なことを言う男が敗者なのだ。二度と表舞台に立てないようにしたのに、功績を上げたと、省内ではもっぱらの噂だ。

 彰彦はかぶっていたカウボーイハットを人差し指で上へ少し押し上げた。

「ノーマルに考えりゃわかんだろ。てめぇひとりのために、リムジン買うやつなんかいねぇだろ。相手にしてると思ったら大間違いだぜ」

 恨んだり憎んだりすることが、どれほど無駄かはもう人生で学んだのだ。怒ったりすれば、己自身も迷路に迷い込んでしまう。心霊関係の仕事をしていると、物事の見方も変わるもので、どんなことが起きても、神様の導きだと割り切ると、怒る気にも、目の前にいる人間を相手にする気にもならないものだ。

「借り物か。誰のだ?」

 発展途上の花冠国で、リムジンを所有しているとなると、数名の政治家と、もうひとり一般人がいる――男の脳裏に浮かんだ名前が、彰彦の口から出てきた。

「ラハイアット家だ」

 あり得ない――。自分が左遷した男が権力を持っているなど。男は怒りに支配されて、言葉に突っかかった。

「ラ、ラハイアット家だと? ま、まさか、国家予算ほどの財産を有する大富豪と、君が知り合える機会などないだろう。う、嘘などついて、恥ずかしいと思わない――」

 見当違いなののしり――。やはり世間体という迷路でぐるぐると回っていただけのことはある。

「嘘じゃねぇぜ。聖霊師に、崇剛 ラハイアットがいんだよ」

 リムジンは何度も、治安省のロータリーに入ってきていた。運転手がドアを開け、あの瑠璃色の貴族服を着た優雅な男が、入り口から聖霊寮へと歩いてくる。中性的で気品漂う男とすれ違うと、職員たちは思わず立ち止まり、振り返って見惚れるほどの人物だ。

 有名な話――崇剛 ラハイアットがスピリチュアルに通じているのは。

 掌握しているつもりが、誰も男には、噂の人物の話をしていなかったのだ。

「五十万もの悪霊を捕まえたとかいうのは、まさか、ラハイアット家の主人なのか?」

 もう就業時間は始まっている。金が目の前に並んでいないと、人を判断できない中年男に構っている暇などない。崇剛との約束――悪霊退治が待っているのだ。

「じゃあな」話は済んだ――彰彦はジーパンのポケットに手を突っ込み、スパーをかちゃかちゃと鳴らして、廊下を歩き出す。

 中年男は青ざめた顔で、頭を抱えた。

「墓場じゃなかったのか……」

 先日の聖戦争のお陰で聖霊寮は、いつの間にか花形になったのだ。そこが墓場かどうかを決めるのは、結局のところ、本人の考え次第なのだ――。それを伝えたとしても、この年だけ食った中年男にはわかりはしないだろうと、彰彦は思った。

「いい墓場に送ってくれて、サンキュウな」

 彰彦は肩越しに指を二本突き立てたそれを、合図でも送るように振った。

「く〜っ!」

 男は悔しそうに手をきつく握り、廊下の真ん中で、年甲斐もなく地団駄を踏んだのだった。

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