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心霊探偵はエレガントに〜karma〜  作者: 明智 颯茄
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お礼参り/4

 リングに何度沈めても、冷静な頭脳を使って必ず立ち上がってくる。頑丈さやはいつくばり、しがみつくという努力とは無縁に見える崇剛。だが、この男もタフなのだ。優雅で貴族的な物腰なのに。彰彦は手応えのある男を前にして、ふっと笑った。


 お前さんなりの気遣いってか。

 らよ、そそられんだよ。


 彰彦は近くにあった椅子に座り、介抱しようと崇剛から手を離そうとした。

「ん……」寝返りを打ったふりをして、崇剛はそのまま彰彦の手を自分の体の下敷きにするように引っ張った。


 冷静に判断している私は、理性が常に働いているので酔わないのです。

 ショートカクテルのような強いお酒を飲んでも。

 しかしながら、酔うという可能性が少しでもある以上、神父の私は飲みません。


「っ……」崇剛の急接近に驚いて、彰彦のカウボーイハットは床に落ちた。ブルーグレーの瞳は床と瑠璃色の貴族服の間で彷徨さまよう。


 神父さんも懺悔ってか?


 背を向けて、紺の髪に隠れてしまった崇剛の表情は見えなかったが、この男のことを知っているからこそ、今何を考えているのかよくわかった。瞳を閉じたままの崇剛のこめかみに、涙がひとつこぼれ落ちる。


 私はあなたを傷つけた。

 そちらの罪を償っていかなくてはいけません。

 ですから、私を彰彦に運んでいただくことにしましたよ。


 崇剛には意識がきちんとある。手をつかまれている。戸惑いと迷いが、彰彦の心の中で混沌カオスのように渦巻く。相手は何とも想っていない。力を入れることができない。だからと言って、振り払うこともできない。このまま引き寄せることもできない。

 チェックメイト――完全に心霊探偵にエレガントに、ノックアウトされた。手を離すという選択肢が選べなくなってしまったのだ。


 九時まで、このままふたりきりってか。


 微妙な距離感のまま、崇剛と彰彦は迎えのリムジンが来るまで、懺悔と恋心のふたつの感情の狭間で揺れながら、時間だけが静かに流れていった。


    *


 帰りの遅い主人を心配して、玄関に何度も様子を見にきていた執事――亮介の前に、気を失っている主人を運び込んできた彰彦が現れた。事件発生である。

「っていうか、崇剛、どうしたんだ?」

 メシアの影響でよく倒れる主人を、執事はとても心配した。

 崇剛から運転手へと伝言されたこと――タメ口で話せが、きちんと行き届いていたことを確認すると、彰彦は口の端でふっと笑い、

「酔い潰れやがった」

 フリしてるだけだ――がつく。と、彰彦は心の中で声を大にして言った。

 主人が酔っ払って倒れるなど、あのダーツをした日以来だ。

「どこに行ってきたんだ?」

 嫌な予感がする――涼介は胸騒ぎを覚えた。

「バーだ」と答えながら、彰彦は心の中で盛大に文句を言う。腕の中にいる策士に向かって。


 崇剛の野郎、いまだに続くような罠仕掛けやがって――


 リムジンまで運ぶという暗黙の了解だと思っていたが、屋敷へ到着して何度も起こそうとしたが、本当に眠ってしまったのか起きる気配がまったくなかった。仕方なしに、今もお姫様抱っこをしているというわけだ。

 気つけ薬として、ブランデーを飲ませただけで、BL罠を発動される執事は違和感を抱いた。

「ん? 崇剛が自分で飲むはずがない。彰彦、お前、何飲ませたんだ?」

 執事と客という立場が崩れて、同居人となってゆく。彰彦は自分と同じで、涼介は感がいいと思った。

「当ててみやがれ」

 ベルダージュ荘のコックでもある涼介は、カクテルの名前を上げ始める。

「マルゲリータとか? 確か昔少し調べた時、そんな名前を見たことがある……」

 テキーラベースのライムジュースが入ったカクテル――

「ジュースが入ってるやつなんか飲ませるかよ」

(崇剛、酔わせるのに手加減なんかすっか)

 男と男の策とパンチの交わし合い。それでなくとも、今こうして罠によって両腕が苦痛に襲われているというのに。

 正直で素直なベビーブルーの瞳の持ち主は、人の名前を上げた。

「アレキサンダーとか? 生クリームが入ってて、ケーキみたいな味がするとか書いてあった気がする……」

 ブランデーベースの甘いカクテル――

「マニアックなとこついてくんな」

 そういう彰彦が、さっきバーで頼んだものは、さらに上をゆくほど、ほとんど名前が知られていないものだった。

 涼介は面倒臭くなり、正直に聞いた。

「何だよ?」

「グリーン アラスカだ」

 優雅な玄関ホールに、彰彦のしゃがれた声が響き渡った。

「それは初めて聞いた。何が入ってるんだ?」

 涼介は気になった。料理を作る身として、単純に気になった。

「オレの好きなエキュベルのジン四十二度と、グリーン シャリュトリュースっつうリキュール五十五度を、シェイカーでただ振っただけのカクテルだ」

 彰彦がノックアウトされたい時に飲む酒のレシピだった。

 炭酸水やジュースといった割る物がない酒。涼介は顔をしかめる。

「強烈過ぎだろ、それ。お前、絶対あとで崇剛に叱られるぞ」

 執事は知らない。主人が酔ったふりをしているとは。

 刑事として屋敷を訪れている間に、主人が執事を叱るような場面に出会したことがなかったが、勘のいい彰彦は崇剛の意図がよくわかった。

「お前さん、何年、崇剛の執事やってんだ? 叱ってんじゃなくて、罠仕掛けて遊んでんだろ。そろそろ気づきやがれ」

 指摘してやったのに、涼介は驚くこともせず、

「それは知ってる。それより、話をもとに戻せ」新しい同居人に指図した。

 主人も主人なら、執事も執事だ――と、彰彦は声には出さなかったが、珍しく笑った。

 主人を喜ばすために罠にわざとはまるような涼介だ。やはりタフなのだった。主人と執事は主従関係が成り立つが、自分と同じようにガタイのいい男とは、ただの同居人だ。遠慮はいらない。

「お礼参りだ」

 敏腕刑事は黄昏た感じで言った。五歳児のパパとして平和に生きている涼介は、意味がふたつあるとは知らず、

「何だ、それ? 祈願したことが叶って、神社とかにお礼にいく、あれのことだろ?」

 表向きのほうを思い浮かべた。

「やあさんがやり返すほうの意味だ」

「何に対してだ?」

 主人は外でも罠を仕掛けていたのかと――涼介はいぶかしんだ。

 彰彦の視線は寂しげに玄関の床へと落ちて、「オレが惚れてんのに、振りやがったからよ」

 涼介は思いっきり聞き返した。

「はぁ? 彰彦が崇剛を好き――」

「オレはゲイだからよ」彰彦は強烈なパンチを昼間にくらって、少しは吹っ切れていた。今日から自分の家となるここでなら、カミングアウトしてもいいと思った。

 涼介は険しい顔をして、誰にも聞こえない小さな声でぶつぶつと言う。

「絶対ここ、おかしい……。バイセクシャルにスピコン……BL……」

「あの悪戯坊主はどこだ?」

「悪戯坊主……?」涼介は彰彦の腕の中にいる主人をじっと見つめたが、話が合わないとすぐに気づいて、「誰のことだ?」

 彰彦は今度、天井にあるシャンデリアを見上げ、考えながら、

「あぁ〜、何つったか? 名前と髪長ぇやついんだろ? オレは崇剛じゃねぇから、一回で覚えられっか」

 主人よりも巧妙な罠を仕掛けてくる魔導師を、涼介は思い出した。

「もしかして……彰彦もダルレシアンに罠を仕掛けられたのか?」

 彼も確かに漆黒の長い髪をして、主人に負けず劣らず、クールなイメージ。それなのに、春風にみたいにふんわりと微笑むものだから、普通に会話をしていると思ったら大間違いで、気づいた時には取り返しがつかない。ある意味もっとも恐ろしい人物だ。

「オレとライバルだって言いやがった」

 外国語だったが、あれは告白であり、宣言だった。

 涼介は何とも言えない顔になり、再びぶつぶつとひとりごちた。

「この三角関係がこれから毎日、屋敷で繰り広げられるのか。やっぱりおかしい……」

 執事が知らぬ間に、男ばかりの人間関係は複雑化していた。

 彰彦のブルーグレーの瞳はあちこちを見ていた。噂の人物がさっきから現れないものだから。

「野郎、どこにいやがる?」

「寝てる。疲れてるんだろう。半年も同じ部屋に入れられたままだったんだからな」

「だな」

 彰彦が同意すると、ふたりとも黙り込んでしまった。

 シュトライツ王国は崩壊して、行方を探されている、あの男は誰よりも大胆な作戦を、冷静に着実にやってのける。しかも、自身の身柄を引き換えに、多くの人を解放したのだ。平気なふりをしているだけで、本当は違っているのかもしれなかった。

 だが、やはりタフなのだ、ダルレシアンも――。

 ガス灯の燃えるゴウゴウという音が何度か風で揺れたあと、彰彦が口の端をニヤリとさせ、沈黙を破った。

「涼介、崇剛とオレの三人ですっか?」

 感覚的な執事は今頃、情報をひとつ忘れていることに気づいた。少し鼻にかかる声が玄関ホールにこだまする。

「待った! 彰彦も酔っ払ってるだろ。そこで、意味のわからない組み合わせにするな」

「バーは酔っ払いに行くとこだ」

 彰彦も酔っているのだ。ジンのショットを二杯飲んだ上に、グリーン アラスカまで飲み干したのだから。

「さっきから、話し方がおかしいと思ったら……」

 アラフォー間近の男からからかいが、二十八歳の執事にお見舞いされる。

「襲ってやっか、今からよ、崇剛を」

「冗談にならないからやめろ!」瞬発力よく、涼介はさっと右手を出して、主人の身を案じた。

 十歳の人生の差とはこうも出るものかと、彰彦は思って口の端でニヤリとした。

「分別はあるっつうの。オレの罠にまで簡単にはまんなよ」

 さっきから黙って聞いていた、崇剛は心の中で優雅に降参のポーズを取った。

(おかしな人ですね、あなたたちは。私の意思はどちらへ行ったのでしょう?)

 自分の腕の中で、少しだけ揺れた瑠璃色の貴族服を感じながら、彰彦のウェスタンブーツは涼介の横を通り過ぎ始める。

「崇剛の部屋どこだ?」

 昨日行ったはずだが、慌てていたわ、いろいろあったわ、酔っ払ってるわで、もう覚えてはいない。

 優雅な心霊探偵の罠はまだ、心霊刑事に強く効き目を現していた。彰彦の筋肉質な腕がプルプルと震えながら悲鳴を上げる。


 酔っ払ったフリまだしやがって。

 早く起きやがれ、てめぇ。

 オレの手しびれたんだよ。

 てめぇ、性癖エスだろ。


 運ばれてゆく主人を見ながら、涼介のアーミーブーツは少しだけ振り返った。

「二階の奥から二番目だ。正体不明にするまで飲ませて、自分で責任取れよ」

 ウェスタンブーツは階段の一段目を踏んで、彰彦は口の端をニヤリとさせる。

「さらってくぜ」

 刑事にくせに――涼介は結婚指輪をしている左手で、彰彦の迷彩柄のシャツをガッチリと慌ててつかんだ。

「だ〜か〜ら〜! 冗談にならないからやめろ! お姫様を連れてくみたいな言い方するな!」

 はつらつとしたベビーブルーの瞳を、鋭いブルーグレーの眼光で差し込んで、

「ジョークだ。真に受けやがって」

 涼介は手をぱっと離し、屋敷中に響く声で叫んだ。

「酔っ払い! 明日からは、バーに行ったら出迎えないからな」

 執事なりの対処をしてやる――。

 からかいがいがあると、彰彦は面白そうに微笑んだが、それよりも今はこの腕のしびれを何とかするのが先だ。

「オレの部屋は?」

 涼介もわかっていて、わざと話を引き伸ばしているのか――と、刑事ににらんだが、正直な執事はただただ感覚的でボケているだけだった。

「崇剛の寝室からふたつ手前だ。服脱がすとか、余計なことするなよ」

 一言忠告して、ようやく玄関での長い話が終わりそうだったが、

「じゃあ、明日、七時半にはここ出るからよ、起こしやがれ」

 仕事を勝手に増やして――涼介は大声で叫んだ。

「俺はお前の執事じゃない! どうして、彰彦の面倒まで俺が見るんだ!」

 主人は崇剛ひとりで十分だ。

 彰彦は二階へ上がり切り、廊下を右へ曲がった。その姿を見送っていた涼介は、ひとりきりの玄関で首を傾げる。

窮地きゅうちに陥ったお姫様を、ナイトが助けたみたいに見えるのは気のせいか?」


 静かな廊下に、スパーのかちゃかちゃという音が鳴り響くが、酔っ払っていてどうにも不規則になってしまう。

 崇剛の部屋の前までやって来たが、今日はドアは開いていなかった。彰彦の性格は粗野。崇剛で両手は塞がっている。何の躊躇もなく、ウェスタンブーツでガツンとドアを蹴り入れ、鍵は簡単に破壊され、そのまま中へ入った。

 しびれという罠から早く両腕を解放するために、崇剛の瑠璃色の貴族服をベッドの上へ、少し乱暴に置いた。

 用は済んだ。くるっとドアへ向き直り、スパーがかちゃっとひと鳴きすると、背後から遊線が螺旋を描く優雅な声がふと引き止めた。

「それから……」

「あぁ?」彰彦は首だけで振り返った。

 窓から差し込む青白い月明かりの中で、背を向けている崇剛の細い体が浮かび上がって見える。

「こちらだけは伝えておきます。私の千里眼は事件解決以外には、人の心を読み取ることには使っていません」


 ですから、あなたが私を想っても、私には伝わりません――


 崇剛の意思を汲んで、鋭いグルーグレーの眼光はドアへすっと向けられた。彰彦も相手の姿を見ずに、しゃがれた声で言った。

「そうか」


 想ってもいいってか――


 背中合わせの崇剛と彰彦は、微妙な距離感を持ったまま、

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 ガサツな声が薄暗い部屋に響くと、スパーの音がドアから出ていった。

 崇剛は神経質な両手をシーツへつき、上体をそっと起こす。冷静な水色の瞳に銀の満月を映して、ルールはルールという神父の懺悔は己が終わらせない限り、まだ続く。

「主よ、どうか、私が彼を傷つけた罪を償える術をお与えください」

 シルクのブラウス越しに、銀のロザリオをキツく握りしめた。後悔という想いを忘れないためのいましめとして――

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