探偵は刑事を誘う/4
そのあとのことは、国立が見聞きした順番通りに、崇剛のデジタルな頭脳に記録された。
ベッドに下され、心配しているであろう国立を安心させるために、崇剛はわざと寝返りを打った。ベッドが国立の体重で沈み込む感覚を覚え、目を閉じたまま懺悔を聞いた。
そうして――
「惚れてんぜ」
決定的な言葉が、国立のガサツな声でもたらされた。
四月二十九日、月曜日では、あなたが私を愛しているという可能性は11.78%――
ですが、今日――十月十九日、水曜日。
あなた自身が今話をしたので、100%――事実として確定です。
頭の両脇が沈み込み、
「キスしてから帰っか?」はっきりと聞こえた。
相手の気配と鉄っぽい男の匂いが近づいてくるのを感じる。襲われそうになっているのを阻止しようと、国立の死角で崇剛の神経質な指先はピクッと動いたが、
「……ジョークだ。てめぇの反応見れねぇんじゃ、そそられねぇだろ」
その言葉を聞いて、崇剛は指先の力を抜いた。そうして、相手が部屋を出ていくまでベッドの上で静かに待っていると、もうひとつ欲しがっていた情報が罠を仕掛けた通りに出てきた。
「式神……てか」
しかし、崇剛の意識があったのはそこまで、本当にすぐに眠りについた――
*
時は再び今へと戻る――聖霊寮の応接セットを囲んでいた天使三人は、苦渋の表情を浮かべていた。
「崇剛は相変わらず手厳しいですね〜」
「見るに耐えん」
「策士、貴様、断るのはよかったが、他に方法があっただろう」
視線を合わせもせず、ラジュ、カミエ、シズキは珍しくため息をついた。
ブルーグレーの鋭い眼光は崇剛に向けられたままだった。
物腰全てが優雅で貴族的。激情という獣を冷静な頭脳という盾で飼い慣らす、冷と熱。神父で策略家。デジタルな思考回路で、他人にもすぐになり変わる。
ギャップというギャップを持ち合わせ、変化しているようで、自身の芯を持ち続ける中性的でありながら男性より。長い紺の髪がとければ女性的。
国立 彰彦を一年以上も魅了してやまない、崇剛 ラハイアット――。彼が向かいのソファーでエレガントに細い茶色いロングブーツの足を組んでいた。
心が痛まないと言ったら嘘になる――。だが挑発的な国立は視線を意地でもはずさなかった。ハングリーなボクサーのように口の端でニヤリとする。
不確定で言ってきやがって。
『今のところ』ってか。
瑠璃お嬢のことは、前に話してた厄落としってか。
心霊刑事は青白い煙を吐いて、ひとり黄昏る。天変地異でも起きているような情熱が胸を掻きむしっていた。
がよ、オレの気持ちは厄落としなんかじゃねぇ。
今でもチェンジしてねぇんだからよ。
国立はもう一度青白い煙を吐いて、クールな横顔を見せている心霊探偵に身を乗り出した。
「崇剛?」
「えぇ」冷静さをたもって返事を返した崇剛だったが、生まれてから数えるほどしかない体の反応を知る。ドクンと大きく心臓が脈を打った。
あなたはどのような言葉を私にかけてくるのでしょう?
可能性が導き出せません。
今ここにいない人の話をしているように、国立は崇剛に問いかけた。
「そいつがてめぇの名前を下で呼び捨てにしろって言ったら、お前さんは何て応えんだ?」
心の中で、強烈なカウンターパンチをお見舞いした。
涼介みてぇに、オレのこと呼び上がれ。
でもって、困りやがれ。
窓から視線を戻し、崇剛はあごに手を当てて思考のポーズを取った。情報を相手からもたらされた。冷静な頭脳を駆使して、自身の言動を可能性で導き出す。しかし、それが合っているのか確認する術がない。
冷静な水色の瞳の中に、戸惑いという炎がほんの少しだけ灯った。
「……えぇ、構いませんよ。彰彦」
(こちらには応えて差し上げられます)
線の細い体なのに、タフな反撃をしてきやがる――国立は面白そうに鼻でふっと笑った。
(デジタルに進めやがって、すぐに呼ぶんじゃねぇ。粋なことしてきやがる。だから、そそられっぱなしなんだよ)
聖霊寮の他の職員には、ただの世間話に思えていた。しかし、神をもうならせるダルレシアンには、誰が誰に何を伝えたのか、何があって結果がどうなったのかは一目瞭然だった。
魔導師は爪を見る仕草をやめて、漆黒の長い髪とつうっとすくように伸ばしては、短いものからサラサラと落とすをし始めた。
崇剛は思い出した、当初の目的を果たすために。
昨日――十月十九日、水曜日、戦闘前に聞いたラジュの言葉を。
「敵の大将は四天王の内――火の属性を持つリダルカ シュティッツです」
さらに、国立がこの応接セットで言っていた言葉も。
四月二十九日、金曜日に、あなたの受けた直感――天啓――
邪神界の大魔王と四天王の話でした。
あなたという可能性にかけても……いいかもしれない。
天使三人に聞こえるようにさっきから思案していたが、待ったの声はかからなかった。それは、崇剛にとっては、国立も神の示した道を進み始めるという意味だった。
「彰彦、ベルダージュ荘へ来ませんか?」
(私のそばにいてくれませんか?)
一緒に暮らさないか――と言ってきた心霊探偵。心霊刑事は視線をはずさないまま、ミニシガリロを再び口にくわえ、青白い煙を上げた。
「…………」
(振っといて、それってか)
残酷この上ない男だ――。あきれてものが言えない。国立はジェットライターを手のひらでポンポンと上へ投げては受け止めるをし始めた。
崇剛のシルクのブラウスの下にある銀のロザリオが、心臓のドクンドクンという振動で微かに揺れる。
「…………」
彼が断ってくるという可能性が50.00%――
彼が承諾するという可能性が50.00%――
どちらをしてくるのでしょう?
可能性が半分。それはわからないという意味。出かける前に、執事に申し渡した仕事は、国立の部屋のことだったのだ。
返事を待つ崇剛の、冷静な水色の瞳にはこんな男が映っていた。
トレードマークのカウボーイハットからはみ出す長めの藤色の髪。自分の寝室で急に近づいてきて、鉄っぽい男の匂いを今でも酔わせるように残していった。同性に慕われる兄貴肌で、崇剛はとまったく違う面を持つ心霊刑事。それなのに、情熱があるところが似ているが、表現する態度や言葉がまったく違う。
簡単な策には引っかからない彰彦。相手が強敵であればあるほど、楽しみに変えてしまう策略家である崇剛にとって、これほど面白い男はそうそうおらず、できればそばにいたい。ともに生きていけたらと強く望む。
霊感もあり、刑事の勘もあり、直感も天啓も受ける。性的に好意を持たれ、それを断ったことで、今よりもそばにいることが叶わないのは、神に選ばれし者――メシア保有者であり、神父で聖霊師、邪神界と戦うという人生を歩んでいる崇剛にとっては大きな損失だった。
一分の沈黙が流れた。
彰彦はくわえ葉巻のまま口の端でふっと笑い、
「…………」
お前さんの頭は相変わらず、クールでデジタルでいやがる。がよ――
崇剛へ身を乗り出すと、長さの違うペンダントのチェーンがチャラチャラと歪み、しゃがれた声で返事を返してやった。
「いいぜ。邪さんひとりでも多くノックアウトできんだろ。れによ、お前さんがいちいち聖霊寮に来る必要もなくなんだろ」
「ありがとうございます」
三十二年間の中で、一番の緊張感から解放され、崇剛に優雅な笑みが戻った。間髪入れず、流暢な英語が割って入ってきた。
「Hey, Akihiko」さっきまで黙って聞いていたダルレシアンは、鋭いブルーグレーの眼光が自分へ向くのを待った。
「What?」
彰彦は暑くでどうしようもないような気怠さで聞き返した。ダルレシアンは白いローブの下で、妖艶に足を組み替え、意味ありげに微笑む。
「I ’n’ he slept together last night/昨日、彼と一夜をともにしたんだ」
「What kind of joke?/どんなジョークだよ?」
どんな話の順で言ってきてるのか――。彰彦はひとまずカウンターパンチを喰らわせた。
ふたりの話をそばで聞いていた崇剛は、別のところに引っかかりを覚えたのだった。
「英語が話せるのですか?」
弄んでいたジェットライターを、彰彦はローテーブルの上にザーッと滑らせる。
「外国の映画を観んのが好きでな。簡単なものならわかんぜ」
「I see. It's good if you can communicate,maybe?/そう。それなら話が早いかも?」
崇剛に紹介してもらい、英語しか話していなかったダルレシアンは、ここでやっとカミングアウトした。
彰彦は持っていたミニシガリロを乱暴に灰皿へ投げつける。
「てめぇ、さっきから、話の内容わかってて、聞いてやがったのか!」
崇剛とふたりきりの世界だと思っていたのに――。
「そうだよ」
しれっと、春風が吹いたみたいに穏やかに微笑みながら、しっかり策略的な外国人を前に、彰彦は帽子をとって、藤色の髪をガシガシとかき上げた。
「どいつもこいつも罠仕かけてきやがって。どうせ、疲れちまって、たまたま一緒に寝たんだろ?」
三十八歳の男を騙そうとは、そうは問屋が卸さない――。
「Not only that/それだけじゃないよ」
聡明な瑠璃紺色の瞳は、デジタルに寂しさ色を帯びて、崇剛の神経質な顔を見つめた。
「Sugata, hug me because I'm lonely?/崇剛、寂しくなったからぎゅーってして?」
崇剛はあきれた顔をする。「昨夜、私の部屋を訪れたのは、罠だったのですね?」
演技だったのだ。やはり男色家であった、元教祖は。何の悪びれた様子もなく、ダルレシアンは春風のようにふんわり微笑んで、
「そう。犯人を探すのは、いつでもよかったよね? だって、もう死んでしまったんだから」
事実として確定している以上、物事は動かないのだ。昨日の夜に寝室を訪れるのは不自然だった。
「おかしな人ですね、あなたは」
崇剛は手の甲を中性的な唇に当てて、くすくす笑い出した。出会ってからの短い間で、神父である自分を利用して、罠を仕掛けたのだと思うと、優雅な策略家は至福の時を迎えた。
「でも、気持ちは本当かも? ふふっ」
さっきとは違って、ダルレシアンは照れたように笑った。
いつもは、優雅な聖霊師だけの応接セットだが、やけに仲のいい魔導師との関係を見せつけられて、彰彦は青白い煙を吐き出すと、輪っかの形で浮かび、不浄な聖霊寮の空気に消えていった。
「どうなってんだ?」
「I maybe bisexual?/ボクはバイセクシャルかも?」
悩まないでほしいと、ダルレシアンは思った。
厳格な宗教の長で、同性を好きだと言えば、窘められる日々だった。いつしか、誰も好きにならないように、クールな頭脳で恋心を胸の奥深くに沈めるようになったのだ。
「そうか」黄昏気味にしゃがれた声で言って、彰彦は大きなため息とともに長く煙を吐き出した。
お前さんも同じ穴のムジナか――
元教祖の言葉で、彰彦は少しだけ救われた気がした。
だがしかし、ダルレシアンは教祖という立場から神によって解放されたのだ。悩む必要などもうどこにもない。
「I love smart parson. So you might be my rival?/ボクは頭のいい人が好きでね。だから、キミはボクのライバルかも?」首を可愛くかしげると、漆黒の長い髪が白いローブの肩からサラサラと落ちた。
おかしな三角関係になったものだ――崇剛はふたりの間で珍しくため息をついた。
「から、さっきから英語てしゃべってるってか? 余計な気遣いしやがって」
彰彦は口ではそう言っていたが、鋭いブルーグレーの眼光はいつもより緩んでいた。
しかし――
「あっかんべー!」ダルレシアンは子供がするように、片方の目の下を指先で引っ張って、舌を大きく出した。元教祖は挑戦的を通り越して、悪戯坊主満載だった。
「てめぇ……!」彰彦はうなるように言って、ミニシガリロを灰皿に投げつけた。
下手に出てりゃ、いい気になりやがって――
崇剛という共通点で結ばれた、ふたりのやり取りを黙って見ていた本人は、懐中時計をポケットから出し、インデックスをつけて話をまとめ出した。
「いつから、屋敷に来れますか?」
荷物の整理などがあって、すぐには来れない可能性が高いと踏んでいたが、彰彦は即答だった。
「今日からでいいぜ」ソファーの背にもたれて、心霊刑事は大きく伸びをする。
「そうですか。迎えは何時にしますか?」
「五時だ。オレは残業しねぇ主義だ」
崇剛は優雅に立ち上がり、
「それでは、また来ますよ」
線の細い瑠璃色の貴族服が出口へ向かおうとすると、白いローブは後ろ向きで歩きつきながら、
「Bye-bey, Akihiko!」
ちゃっかり呼び捨てにしている魔導師と崇剛を見送って、彰彦は鼻で少しだけ笑った。
「悩んでるオレがアホみてぇに思えんな」
ローテーブルに置いてあった銀のシガーケースとジェットライターをつかみ取ると、シルバーリングとぶつかり、カチャカチャという音が聖霊寮の淀んだ空気に歪んだ。